25話
一撃でノアを気絶させたダンテ。
それに反射的に臨戦態勢を取る2人。
カイルは言った。
「何故、ここに?」
「カイルのピンチに駆けつけただけだよ」
そう言って笑いかけてくる。
「つまり、監視してたのか」
「ううん、こうなるように種を蒔いてたから」
どうやって誘導したのだろうか。
彼はそこに思考を巡らせてみる。
だが情報が足りないので分かるはずもない。
「何をしに来た?」
「さっき言ったとおりだよ?」
「なら、俺のそばにいろよ」
「そうしたい気持ちもあるけど、今はごめんね」
彼女は申し訳なさそうな表情で謝る。
そこから嘘の色を見抜けなかった。
「何故、ここに来てしまったんだ……」
この言葉は、ミヤがいるこの場では言うべきでなかった。
それを聞いて、目の前の彼女は嬉しそうに笑う。
「心配してくれてありがとう。 お礼に一つ情報提供してあげようかな。 これから、世界は力を求め始める。 そうなるように恨みだとか、妬み、色んな物を仕込んでる。 もう、争いは止まらない」
「何故そんな事をする?」
「これは私達の復讐。 世界に対する復讐」
「世界に対する復讐? どう言う事だ、国に対してじゃないのか」
「うん、まあそっちは組織が勝手にやろうとしてる方だけど」
「具体的には?」
ダンテは耳元まで、口を近付けて言う。
「この世界の神を殺して、世界を終わらせる。大雑把に言うとそんなかんじかな」
もうカイルの理解が追いつく話ではなかった。
神と呼ばれる存在の居場所は、この世界で深い地下だと言われているが、その途中にはどれだけ熟練の魔法士が集まっても貫けない壁がある。
それは過去に一度も貫かれた事はなく、神の存在は結局証明されていない。
考えている間に周囲の変化にカイルは気付く。
「ダンテ」
「分かってるよ」
彼女は彼の唇に人差し指で触れ、その指を自分の唇に当ててから恥ずかしげに小さく笑う。
「動かないで、大丈夫」
そう言って辺りを見渡す。
もう既にノアに対する討伐隊に囲まれていた。
動くな、というのは恐らく手を出すなという事だろう。
何かを見せたいのか、もしくは純粋に彼の身を案じての事なのかと必死にカイルはその意図を考える。
彼は彼女を死なせたくなかった。
だから、追いかけようとするが。
「もう……でも嬉しいよ」
それを止める腹部の強い衝撃。
攻撃を受け、倒れたカイルだけでなく側で両方を視野に入れていたミヤも何をされたのか全く見えなかった。
視界に広がる数多の魔法の中で金色の髪の少女が隙間を縫うように舞い、人が死ぬ虐殺の風景。
近付かれたことさえ気付かずに命を落とす。
勝てる訳がないと知りつつも、誰もが彼女に挑むのは撤退の指示がないからだ。
死ぬ事よりもブレイスに逆らうことを皆が恐れる、そういう風に教育されている。
それに、ここはブレイスの本拠地でもある、そう簡単に落とされるわけには行かない。
退くことは許されないので彼らの死は決まっているような物だった。
美しい殺戮の舞いの中、カイルはそれに見惚れるのではなくただ心配していた。
負ける事はないだろう。
心配だったのは狂気と呼ぶべき表情を浮かべている事について。
以前の彼女は暴力などを冗談でさえしなかった。
狂気を孕んだ表情を浮かべることはなかった。
関わりが多くない彼が会った誰よりも優しかった。
それが嘘だったとは彼には思えない、真実だと信じている。
このままいけば、彼女が力を見せつけ、その力を解明するために多くの犠牲と共に研究が始まるだろう。
実験が終われば、ブレイスは全てを征服しようと戦争を始めるかもしれない。
仮にそうなればどうあがいてもそれはカイルには止められない。
今出来る事は何だろうかと考えてみても、何も浮かばない。
この状況で何かするには絶望的なほどに力が足りなかった。
もう手遅れだ。
彼女を止める力もなく、救う為にすべきことさえ分からない。
それでも、立ち上がって、覚悟を声に出す。
「あいつを、止める」
「無茶だ、もうどうにもならない」
それに、振り向く。
「このままだと、ダンテは救えなくなる。 その前に助ける」
「どうやって?」
返す言葉はなかった。
何も言い返せず、無視して一歩踏み出す。
カイルに背後から止めようとする声が届くが止まれなかった。
距離が半分ほど詰まった頃、ダンテがカイルに気付く。
それとほぼ同時に、兵に囲まれる。
だが、その誰もが彼を見ていなかった。
つまりは護衛という事だ。
「カイル、行くな」
1人の兵によって水平に持たれた小さな板に映るリュウが言った。
風景から同じ場にいる事は分かっても、正確な場所までは推測出来ない。
「何故」
「お前に死なれる訳にはいかないからな」
「死ぬつもりはない」
「どうやってあれと張り合う? 数で包囲し続ければいつかは魔力が切れる、まあその前に逃げるだろうが」
「それまでにどれだけ犠牲が出るか分かってるのか?」
「いやいや、現状じゃ他にどうしようもないだろう。それに、そいつらの命はお前と比べると遥かに軽い」
命の重さ云々は置いておくとして、彼の言うことは正しかった。
それにダンテはもう既に逃げる準備を始めている。
退路は塞がれていないが塞いでも無理矢理退路を作られて突破されてしまうだけだ。
彼女1人が逃げた後、残ったのは当初数千いた兵の9割だった。
逆に言えば軍の1割がたった1人に殺された事になる。
この結果、下手をすれば国民が大幅に減る事になる。
適当に取繕われた言葉と共に、連れ去られデシアの為の実験体となるだろう。
それを、不自然なく行う手段は彼らには幾らでもあった。
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