24話
殺す気で、睨みつけ、地を蹴ろうとする前にノアが疲れた声で言う。
「あ〜こいつ弱いなぁ、元が弱いとどうしようもねぇ」
まるで、本人とは別の意思が介在している様な言い方。
カイルはそれに言った。
「は、お前は誰だ」
「そんなのどうだっていいだろ、もう名前なんて覚えてねぇよ」
相当な年月を生きているのだろうかと思わせる口振り。
次に続くのはあっさりとした口調。
「あ、お前力欲しかったりする?」
「そんな、制御出来ないもんいらねぇよ」
「いやいや、お前なら制御出来ると思うけどねぇ。お前だって、力を見せつけたい、金が欲しい、いやそれはあるな」
「あれ、記憶を共有してる?」
「俺とこいつは同じ存在だからな、もう1つの存在だと言って良い」
「そんな事よりさっきの続けろよ」
ノアが笑う、ニヤつくと言う表現が最も近い。
完全に獲物を見つけた者の顔だった。
「お、興味ある?」
話を聞いて良いのか、カイルはほんの少し迷う。
だが、ダンテと同じ力を手に入れたノアの今の状態は興味深かった。
彼女を救う手掛かりになる可能性がある。
「あぁ」
ミヤが止めようとする気配を感じ取って後ろ手に腕に触れ止める。
自分は冷静だとそうして伝えたのだ。
「誰にだってある、望みだ。俺はそれを力に変えてやる、欲望が強ければ強いほどお前は強くなる」
軽く両の手を開いてそのまま、例えばと言って続ける。
少し様になっているが、隙だらけだ。
残念な事に、カイルではその隙を突いても致命傷を与える事ができない。
「こいつの記憶によるとお前は恋人に裏切られたらしいな」
その認識がなく、反応が僅かに遅れるがそれを気にした様子はなかった。
適当に答える。
「ん、あぁ」
「それに、復讐したくないか?」
「ふむ」
「試しに」
ノアが浮遊しながら接近しようとする。
それは本人の意思とは到底思えなかった。
明らかに体の中心が何かに強引に引っ張られて、それに他の部位が付随しているだけだ。
それよりも、黒い魔力が先行して、カイルに取り付こうとする。
それを、恋人の止める声があった。
「止めなさい」
ダンテは気配を消して、魔力を抑えつつカイルとミヤの共闘を少し羨ましげに眺めていた。
彼女は今グラウンドの端に立っているが、校内を監視する者と装置は全て事前に排除してあるので見つかる事はない。
2人の連携はそれなりに見事な物だと言えた。
それに対する嫉妬が溢れる。
「……私なら、もっと上手くサポート出来るもん」
だが、デシアに取り憑かれた者に対抗するにはやはり通常のヒトである彼らの動きは遅すぎた。
次第に押され始める。
今ブレイスが所有する不完全なデシアでさえ、現時点でヒトの中では最高峰に近い力を持つはずのカイルを圧倒する。
「あ!危ない……でも、まだ、行っちゃだめ」
今行ったとしても、まだ包囲網は出来ていない。
デシアの力を見せつける為に彼らには派手に戦ってもらう必要がある。
「だから、少しの間は、2人で耐えてね」
それに、友情も少しは深まるだろう。
「……まあ、ミヤの方は大体予想通り」
ダンテはある程度彼の情報を得ていたからこそ、カイルと接触しやすい様に周囲を誘導してみたのだ。
それは上手く行ったらしくカイルを気に入ってくれたみたいだった。
優しい彼はきっと仲間を守ろうとする。
それが深い絶望を呼ぶ。
大きな望みを作る。
それこそがデシアの力の根源だ。
その力を使うには色々と準備が必要になる。
彼には、デシアを抱えながらブレイスの下で戦い続けてもらうつもりだった、そしてそれを支える仲間が必要だ。
「カイルはきっと誰よりも強くなる」
その力で、世界を壊してもらう。
次に来る世界に2人で生きる。
そのためにまずは、彼には信じられる仲間を手に入れてもらわなければならない。
友情に飢えた者、救われた恩義がある者、優しさに惹かれた者。
最後に余計な女もくっ付いてしまったがそれほど大きな失敗ではなかった。
ダンテにとっては、まだカイルと婚約関係にある上、自分が最も彼を愛しているという自信がある。
どんな結果になろうと愛し抜く、守り抜くための覚悟がある。
その為にはある程度の演技が必要だ。
「あんな女に惹かれないでよね……」
心配そうに呟く。
それだけ見れば完全な乙女の姿で、これから行われるであろう行為と全く結びつく事はなかった。
「そろそろ、かな」
昇降口の方を見てダンテはそう言った。
愛しい恋人の方を見るとそれだけで記憶が少し蘇る。
本物のダンテは増幅された復讐心と恋心に揺れて当初は利用しようと近付いた彼から離れた。
今体を支配しているダンテは、混ざり合う毎に、強くなる愛情に困っていたが、もう今ではすんなりと受け入れられるようになっていた。
本来の人格、精神が体を支配しようとしてくる。
それも今となっては弱い抵抗。
彼の近くに寄れば多少強まるが、もう手遅れな程に混ざりきっている。
ノアに埋め込んだデシアがより強い体を求めて、カイルに近付く。
それを見て、彼女は飛び出した。
彼を、その力から護る為に。




