23話
校内で最も大きな飾り気のない黒色扉の前に、カイルは今1人で立っていた。
原因はその部屋の先にいるだろう。
手を前に突き出す。
呼び鈴を押したのだ。
内側からしか開けられない様になっているのでこうする他なかった。
冷静で、低い声が聞こえる。
「カイルか」
やはり、声の主、リュウは分かっていたようだった。
そもそも、最上階のこの部屋の為だけの通路が用意されているような場所にここで迷い込むバカはそうそういない。
「あぁ、お前に呼ばれて来た」
「忘れてると思ったか?」
笑い声が聞こえるが顔は見えない。
だが彼は今のが演技だとは思ってはいなかった。
この学校の支配者であるリュウが機嫌取りをする必要もない。
本来カイルがしなければいけない立場だ。
扉が開く、左右には書類棚が見える。
正面に、無骨な茶の机、椅子に座ったリュウ。
何故か存在する1つの段差を乗り越える。
「用は?」
「はは、せっかちだな」
「忙しいんでな」
「働いたりしなくても金はあるだろう何かしてるのか?」
「実は商店街でこれから働くんだ」
勿論これは冗談だ。
お互い真顔である事からそう取りにくい、だがカイルはリュウがそれを理解する事を前提にそう言った。
それに、彼は仕方ないなとでも言いたげな顔で言い返す。
「嘘だろ、お前はそんな奴じゃない」
「で、用は」
「ん、まあいい」
そう言って何かを投げてくる。
「これを持っていけ、一応前の戦闘でデータを取ってる、お前専用の武器だ」
前のような魔力で刃を形作るタイプでは無い、純粋な剣を掴んで少し眺めてからカイルが言った。
「赤が良かった」
刀身の色は青。
持ち手が薄い黒で余計な装飾は一切ない長めの直剣だ。
「我慢しろよ、それは魔力を流すだけで機能する単純な作りになってる」
試しに魔力を流してみる。
すると、青の刀身が少し伸びて見えた。
刀身が魔力に覆われている。
見た目程度であれば、どんな武器でも彼だけで実現出来る。
中身が、大きく違った。
「精神干渉して魔力を補強してるのか」
「そうだ」
これを持つべきではなかった。
だが、元々彼に拒否権はなかった。
ブレイスの奴隷にそんなものは用意されていない。
考え込むような仕草にリュウが何か言おうとした時、男子生徒と女子生徒の悲鳴。
それは途中で途切れた、最後まで言い切ることは出来なかったらしい。
それを聞いたリュウは溜息を吐いた。
「やっぱり失敗か」
「失敗?」
「デシアを埋め込んだ、ノアに」
嘘でなければ安直すぎる行動だ。
専用の実験室で、多くの兵を連れて万が一に備えてやるべき実験のはずだった。
「は」
「正確にはそういう風に誘導した」
「おまえ……」
「止めてきてくれ、早くしないと相当死ぬぞ」
ポケットから音がなる。
魔力を介した電話だ。
妨害も盗聴も容易な連絡手段を使ってきた相手はミヤだった。
「今の聞こえた?今兄さんとこでしょ、なんて言ってる?」
「俺に止めろと」
「悲鳴だけで把握したって事は知ってるのかな。 あ、答えはいいよ。 見つけたらグラウンドの方へ誘導するからそっちに来て」
「わかった」
通信が切れる。
リュウが言う。
「誰だ?」
「心の友だ」
「おまえにそんな奴がいるのか?」
「いない」
「はは、まあ暴走したデータも取れるしちょうどいいだろう」
無視して部屋を出る。
魔力の気配は非常に大きい。
意識しなくとも常に居場所が分かる。
ミヤが会話の通りグラウンドの方へ誘導してくれている。
「ミヤ、どう言う事だ」
カイルは黒く染まったヒトらしき姿を見て言う。
ミヤが発動した幻覚魔法の影響で存在しない何かと戦っている。
その動きが早すぎて、目で追うのが精一杯だ。
「多分ノアに何かが取り憑いてる」
「会話は出来るのか?」
「ずっと何か話しかけて来てたけど周りを逃すので精一杯だった、というか最初から攻撃を防ぐだけで手一杯だったよ」
「あんな化け物が相手でも幻覚魔法が通るのか?」
そう言ってもう一度見る。
黒い体からは羽のような物が生え始めている。
もうこれではヒトかどうかさえ怪しい。
「最初僕が会ったときはあんな黒くなかったし頭を抑えてただけだったんだ」
「その時にかけたのか?」
「少し、あの時のダンテに似てたから念のために幻覚を見せて、今も維持してるけどもう流石に効果は切れるよ」
どうやら、2人でヒトでない化け物と戦う必要があるらしい。
とても対処出来るとは思えなかった。
それでも、やるしかないのが現実だ。
「勝てるか?」
「分からない、けどやるしか道がないのは確実だしねー」
逃げるという選択肢もあった。
だが、逃せばノアは恐ろしい程の犠牲を出すだろう。
そうすればナナや、ビオスやユウカにまで被害が及ぶ可能性も高くなる。
「はぁ、面倒すぎるだろ」
「さて、もう時間がないし解くよ」
3、2、1と解除のカウントダウン。
こちらに気付く前に、左右から挟み込む様に仕掛ける。
二つの刃は、どちらも急激に長く伸びた爪に弾かれる。
その勢いを利用してカイルは反撃を避けるが、追撃が避けられない。
それをミヤが遮り、カイルがまた反撃。
2人で連携しつつ対処する。
連携の練習などは一切していないがお互いに次の行動を意識し合い、動作を噛み合わせていく。
そのまま何度も打ち合う。
手数は単純計算で二倍、長引けば有利になるはずだった。
しかし、押されているのは2人の方だった。
攻撃を防いだカイルが吹き飛ばされる。
ミヤは腹部を浅く裂かれ、追撃を警戒しつつ後ろに飛ぶ。
どちらにも追撃はなかった。
化け物となったノアが言う。
「どうだ、これが俺の…………あ、あ、あ」
何か言いかけたかと思えば頭を押さえ始める。
暫くそんな状況が続く。
その間にカイルは立ち上がり、ミヤと2人でまたお互いに援護しやすい状況を作る。
「ははははは、そういえば力を隠してたらしいな、カイル。 だがお前も所詮はこの程度。俺に敵う訳がなかったんだ!」
化け物、ノアは胸を抑えて苦しそうにそう言った。
やはり、様子がおかしい。
カイルが観察していると、軽く腰を落とし、腕を震わせて嬉しそう表情になる。
「俺は強い、強い強い強い強い強い強い、リュウなんかよりももっと!」
隠しきれない承認欲求が溢れている。
それを表現するように暴走する魔力に空気が震え出す。
視界さえ揺れるほどに魔力が暴れ出す。
「それを証明するためにお前らも殺す! 殺すのは楽しいよなぁ……嬉しいよな面白いよな!」
狂い始めたのか、もしくは狂っていたのか、それはカイルには分からない。
分かるのは、殺す気で挑まなければ死ぬと言う事。
その覚悟を持つ必要があると言う事。
「カイル」
ミヤが言った。
「10秒だけ時間を作って、拘束術を……」
「あいつに拘束が効くと思うか」
「分からない」
「殺す、それしかない」
「君に、それが出来る?」
「やるしかない、分かるだろ」
ミヤは少し悩んでから頷いて、短く言った。
「可能なら、戦闘不能に」
「分かってる」
投稿したつもりができてませんでした....




