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2話

 カイルは今は一人で暮らしているが元は許嫁と暮らしていた。

その許嫁の名がダンテ。

長い間ではなかったが人殺しの術以外を知らなかった彼に、生きる事を教え、喜びや悲しみといった感情を教えたと言っても過言ではない。

もう既に三ヶ月ほど連絡が取れていないが彼女が死んでいるとは彼は考えていない。

いつかまた会えると信じて、いつか来る復讐の日の為に今日も道化を演じるのだ。



 朝、学校が始まる二時間前にカイルはいつも起床する。

と言っても何かしている訳ではないのだが、気付けば習慣となってしまっていた。


「はぁ、平和だなぁ」


 なんて、彼は呟いてみたがそれが壊れる可能性が高いと学校で3日ほど前に忠告を受けたばかりだ。

何やら最近小規模な反乱が続いているのだとか。

リビングに置いてある魔法を利用した民間放送用のボードを起動する。

誰にでも楽に起動出来る類の日用品だが、念の為一度苦戦している様に見せる事も忘れない。

もう既に番組が終わる直前だったらしくすぐに画面が切り替わる。



「おはようございます、今日の一言メッセージ!」


 毎朝行われる意味がわからない一言メッセージだ。



「これ、いつも思うけど何の意味があるんだよ」


「最近学校や我が国の施設が襲撃を受けているぞ」


「は?」


「以上、一言メッセージでした〜」


「いや一言で済ますなよ……」


 今の報道の意味を考える。

民間用の魔法放送で流れたという事はブレイス側が許可したという事だ。

通常、報道機関はどこも彼らによって管理されている。

彼らの意に反する報道をすれば次の日には違う番組が生まれるだけでは終わらない。


「乗っ取られた、というのも考えにくいか」


 なら。


「やっぱり許可を受けての事だろうな」


 カイルがつけたのは古くから続く有名番組だ。

ブレイス側からの援助もそれなりに受けていると聞いているし深い付き合いであるというのは公然の噂である。


「朝の裏表コーナー!」


 気付けばまたコーナーが変わっている。

先のと同じで基本的にはどうでも良い物なので話は聞かない。


「さて、準備……と言っても要らないか」


 魔法を学ぶ為だけの学校だから魔法具以外は不要なのだ。

カイルの魔法具は在学中は一切使用しない予定だ。


「はぁ、今日も元気に行きますかね。 面白い事あればいいなぁ」


 力も、向上心もないクズを演じに、今日もイジメを受ける為に魔法学校へ向かう。




「おはよーございまーす」


 元気に挨拶してみるが、基本的に返事はない。


「あ、おはよう」


 カイルは1つとは言え返事が返ってきた事に内心飛び上がりそうな程に驚くが挙動には出さないよう注意していた。


「……返事なんて……ても良いでしょ!」


「えーなんで?」


「なんでって……」


「あなたは昔から誰にでも優しくしすぎなの!」


「あんた時々……てるけど……つに関って……クな事がないからね


 女生徒達が小声で会話している。

聞こえないよう注意を払ってはいるが彼は聴力はどちらかと言えば良い方だった。


「偽善者が」


 カイルが放ったこの呟きは声というよりは息に近かった。


「ん、こいつ何か言った?」


「いや、言ってないだろ。 だいたい誰にだよ」


 何故か、笑いが生まれる。

既に囲まれている辺りから元々、彼を笑いに来ていた事が解る。


「ちょっと朝早いけど魔法の練習しようぜ」


 そんな言葉と共にカイルは手を引っ張られる。


「早く来いって」


 後ろからも押され、逃げようが無くなってしまった。

彼は面倒そうな声で返す。


「わかった、わかったって」


 そんな感じで連れ去られたのは校内の教室の大半を占める魔法実習室。


「体の調子はどうだよ」


「ん、万全だ」


「じゃあ、練習してみたい魔法があるんだよなぁ、練習台になってくれ」


 このセリフを聞いたのはもう何度目か分からない。

答えを言う前に手の上に小さな竜巻が生まれ、それを向けられるとカイルの方へ伸び始める。

その魔法の展開、攻撃の速さだけで間違いなく成績上位者の物だと断定出来る程の物だった。

魔法の才能に乏しい者は間違いなく死ぬだろう。

が、カイルは体だけは頑丈という評価を受けている。

だから遠慮無くこの様に魔法を撃ってくるのだ。

竜巻が触れると抵抗する間も無く全身に衝撃が伝わり、少ししてから背中からの衝撃とで挟み撃ちに合う。

5秒ほど続いて、地に落ちる事が許された。


 グッタリと倒れ込む。

それは演技で、体は万全の状態の時程では無いが十分動く事は可能だった。


「ん? やりすぎだったか?」


「これ以上やると死んじまいそうだな」


 落胆の声と共に横腹に強い衝撃。

カイルは弱い吐き気を堪えるように、蹲ってみせる。

その気になれば殺す事さえも容易、だが彼は今日も耐える。


「一発じゃねぇかもう終わりかよ、クソが」


「それだけの威力って事じゃねぇの」


 機械音が聞こえ、教室の扉が開く。

生徒手帳が扉にかかっている魔法制御を起動した音だ。

部外者の侵入を考慮して全面的に魔法的な管理システムとなっているのは時折そう言った事が実際に起こるからだと言われている。


「あぁ、いってぇ……加減しろよ」


「もうすぐ授業始まるじゃねえか……」


 ふらふらと立ち上がり、教室へと向かう。

校内には数多く魔法記録装置は存在しているのだ。

今攻撃を受けた彼はそれなりにダメージを負っているフリをする必要がある。

教室から最も近い実習室を選んでくれた事は正直カイルにとって、ありがたかった。

強い痛みを感じているフリをしながら進むと時間がかかるのだ。

その事にだけ感謝しながら扉に生徒手帳を当て教室に入る。


 教室の中が少し、騒然とする。

だがこれはよく考えてみれば当たり前の事だった。

カイルの制服は前がボロボロ、形は保っているが所々穴が空いてしまっている。

明らかに何かあった風貌をしているし多くの者は彼が教室から半強制的に連れて行かれたのを見ていた。


「大丈夫?」


 声をかけてきたのは、やはり先程の彼女で。

純白、と言うには少し輝きすぎて見える長く伸ばした白の髪に深い青の瞳。

優しい、と周りから評価を得るために、落ちこぼれのカイルを気遣うフリをする偽善者。

純粋な目をして、駆け寄ってくるその姿にカイルは少し苛立ちを感じる。

何に対する怒りかは彼にも分かっていない。


「あー……ほっときゃ良いのに」


「ハハ、俺のせいでボロボロだな」


 なんて、声が聞こえる。


「大丈夫だよ、ユウカさん」


 とだけ言って自分の席に向かう。

それに、彼女は言う。


「ホントに?」


 振り向かずに言った。


「本当に」


 ここで始業を示すチャイムが鳴り少し年老いた女性の教員が入ってくる。


「どうかしましたか、ユウカさん」


「いえ、あのカイルくんがケガを」


「そこのそれが何か?」


「そういう言い方はちょっとどうかと思うんですけど」


「あなたは前もその様な事を言ってましたね、成績優秀なあなたがブレイスの名を持つとはいえ、追放寸前の彼のようなゴミを気にかける必要なんてありません」


「でも」


「もうそこのゴミについては良いでしょう?」


 語気を強めたセリフには少し迫力があった。

それでもう彼女は反論出来なくなってしまう。


「座りなさい」


 恐らくカイルにも向けられた物だろう。

これ以上はどちらも逆らう事なく席に着く。



 授業に入ってしまえば彼女は完全な優等生に戻っていた。

授業中、カイルはついていけないフリをする必要はもう無い。

もう諦めたという体で適当に授業中を過ごしている。

成績により、手に入る資格等が大幅に変わるが卒業自体は誰にでも出来るのだから彼が今すべき事は勉学や訓練ではなかった。

それに、卒業の予定もない。



 授業が終わり、家に帰る。

少し笑われながらという点においても結局はいつもと同じ事だ。

帰る道の途中、辺りが唐突に暗くなる。

空は真っ黒、周囲の風景が黒い煙のような物に遮られる。

魔法による封鎖術の1つだ。

数人で1つの地点を囲いながら維持する労力が必要な為、効力と見合わないので使われる事は通常ないのだが。

この封鎖を破る事ははっきり言って難しい事ではない。

だからこそカイルは結界魔法を破らずにこの魔法が使われた意味を考える。

確実な密閉空間で話がしたい、という説が濃厚だが周囲からすれば唐突に人が消える上、近くにいた人間も巻き込んでしまう為、人払いが必要になる。


「こんにちは」


「誰だ?」


 姿は見えない、音や光を遮断する結界の外から話をしている事は考えられない。

だから、内部には居るが姿を隠していると言う事になる。


「残念ながら僕からも見えてないから名前言ってもお互いに認識出来ない」


「何故……」


 カイルは何か言おうとしてすぐに止めた。

何故この魔法を使ったのか等聞く事に大した価値はない。


「君の恋人、ダンテさんからのお誘いだ」


「ダンテから!? 今どこにいるんだ!」


「まあ、慌てるなよ。 彼女は1ヶ月後、君に会いに行くだろう」


「……何故、あいつはいなくなった?」


「さぁ、彼女から聞けば良いんじゃないかな。 何しろ僕らは彼女よりも立場が下だから」


「立場? あいつは何処かに所属してるのか?」


「それも、1ヶ月後で良いだろう?」


 カイルは少し考え込んでから、言った。


「用件は?」


「1ヶ月後が約束の時だと伝えるように頼まれてね」


「約束の時……」


「おや、これ以上は聞いていないよ? それで伝わると聞いている」


 カイルはブレイスに対する復讐の件だろうかと推測した。

仮に違ったとしても多分、彼女は正しい。

何にせよ彼は彼女に協力するつもりだった。

生まれた頃から殺し合いばかりをさせられて、その術ばかりを学ばせるなど余りに可笑しな話だ。

カイルはそれは普通じゃないと彼女から学んだ。

憎むべき行為だと学んだ。


 だから。

「いや、理解した。 十分だ」

とだけ返す。


「彼女は君に会う事を少し悩んでいた、結果僕が来たんだけど心配は必要なかったようだね」


「あぁ」


「じゃあ、お互いにやるべき事をしよう」


「1ヶ月後、俺は何をすれば良い?」


「好きにして良い、と聞いてる。 伝達が本命だ」


「魔法通信の方は……」


「君とやるのは盗聴が怖い、やめよう」


「俺なんかがブレイスから盗聴されないだろう」


「いや、君は警戒されている」


「何故?」


「彼女が元々警戒されていたから、かな」


「あいつが?」


「そう、ダンテさんが」


「仮にそうだとしても俺が疑われる理由には……」


「なるよ、君が力を隠している可能性はもう既にブレイスの中で浮上している」


「俺は頑張って結構ひ弱そうな学生を演じてるじゃないか」


「元の素質を考慮するとこれほどレベルが落ちる事はあり得ないって話だ」


「つまり、弱くなりすぎたのか」


「そう、気をつけてくれよ。 君は将来的に単独で戦況を変える程の大事な戦力だと聞いている」


 それほどの力は、ない。

そもそも、単独で戦況を変えることの出来る魔法など存在しない。

どれだけ強大な魔法を放とうと、多く集まった弱者の魔法には敵わない。



「期待しすぎだよ」


 彼は少し笑って、じゃあなと言って魔法を自分で解除しようとする。


「あー待って」


「ん?」


「万が一にも僕の姿は市民に視認される訳にはいかない」


「どうせ誰も気にも止めないだろう」


「これぐらい直接言わなくても分かってくれよ」


 呆れた雰囲気が伝わってくる。

何が言いたいのかすぐにカイルは理解した。


「はぁ、普通に言ってくれよ」


「じゃあ、10秒後この結界を切る」


 10秒待つ、やはり辺りには誰もいない。

それに、それほどの間抜けだとも思っていなかった。




 カイルは嬉しそうに安堵の溜息をつく。


「ダンテ、生きてたんだな」


 家に帰るその足取りは普段と比べて軽く、帰宅にかかった時間は五分ほどいつもより短かった。

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