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17話

「久しぶりね、カイル」


 まだ、小さかったカイルにとっては、大きな女性。

茶髪、白の涼しげなワンピース。

真剣さを感じる赤い瞳に、少し笑顔に彩られた裏のある顔。

指輪などからそれなりにお金があるのだと彼にも分かる。

名を呼ばれたが、彼の記憶にはない女性だった。


「誰」


「私はあなたの母なの」


 家のソファに座っているのを、玄関方面の部屋の入り口から眺める形でカイルは母を名乗る人物を見ている。


「勝手に入った?」


「安心して、許可はもらってるのよ」


 そう言って横を、少し警戒心を隠しきれていないダンテを微笑ましげな笑みと共に見る。

彼も合わせて見た。

すると、目があって、ホント? と視線で問いかけてくる。

それには、何も答えを返さず言った。


「俺はあなたの事を覚えていません」


「丁寧な言葉遣いが使えるようになったのね、そちらのお嬢さんのお陰かしら、ありがとう」


「いえ……」


 ダンテが答えに困ってカイルを見る。

彼女は対等な関係で話してくる年上と話した事がないらしく、そのせいだろうかと彼は考えて、助け舟の意味も込めて言った。

まだ、子供だから、声は少し高い。


「それで、何の用ですか?」


「あなたを引き取ろうと思って、来たの、そこのお嬢さんと一緒に」


 ダンテが緊張を持った声で言う。


「それは出来ません、彼の親に戻る事が可能だとすれば、あなたがブレイスの一員となるぐらいでしょうか。ですがそれも難しい」


「どうして?」


「あなたは一度彼の親としての権利を放棄している。 彼は私の婚約者です」


 強気な声だった。

カイルには怒っているようにも聞こえた。

それは、保身だとか、その手の物には聞こえなかった。


「あの頃はお金がなかったから、仕方なかったのよ」


「では、ブレイスからお金で買い戻そうと?」


「どうするかはカイルが決める事ではないの?」


「俺は行かない」


 カイルが即答すると驚いた顔になる。

そもそも、彼に本来決定権はない事は当人も知っている。


「本人はそう言っていますが」


「良く考えて、親がいなければ生活は難しい。確かにお嬢さんは優秀かもしれないけど、私なら今は仕事をする必要もないし……」


「その安定した生活は、彼を売って得た金のお陰でしょう?」


 彼の母は無視して、言った。


「ちょっとあなたが持っている魔法技術を使ってお手伝いしてもらうかもしれないけど、簡単な事だから」


 呆れた声でダンテが言った。


「それが目当てですか、確かに彼の魔法力ならあなたの住んでいる地区であれば容易に稼げるでしょう」


「……何故、地区まで知っているの?」


 不気味そうな視線をダンテが強気な表情で受けて言った。


「私達はブレイスです」


「ダンテ、この人の事をどこまで?」


知っているのかと言う部分が省かれた質問に彼女は少し戸惑いを見せてから答える。


「顔以外は大体知ってたの、この人はあなたを売った金で遊んでて、結局お金が無くなって最近別の男に貢がせてるとか聞いてたから関わっては来ないと思ってたんだけど」


「カイル!この子は嘘を吐いてる!あなたを都合良く利用しようとしてる!」


 少しヒステリック気味の声で、そう言われた途端、ダンテがひどく辛そうな顔になる。

今まではずっと強気な表情を維持していたのに、唐突に変わった。


 少し不快だ、と思ったカイルは言った。


「まずエライ人と相談してよ」


「それじゃ……通らないの」


「どうして?」


 本当は答えは分かっていたが分からないフリをする。

ブレイスの力は、ダンテから聞いている。

非道な行いまで、色々聞いている。


「ブレイスのヒトは話を聞いてくれないのよ」


「それが私達です」


「ほら! こんなヒト達なのよ、カイル今すぐここから、環境に洗脳される前に逃げるべきよ」


 そのまま捲し立ててくる。

暫くして、息を切らして睨みつけるような視線に変わる。


「子供が、大人に逆らわないで!」


 逆らわないで、その音にカイルは思い出す。

キズだらけの体で売られた時の事を。

毎日のようにその母が大人の男から殴られていた事も。

その時感じていた感情は恐怖だった。

当時の想いが少しだけ戻って来て、一歩後ろに下がる。

外に逃げようとする。

それを見たダンテが小さな、相手を威圧させるような声で言った。

だが、所詮子供だ。

彼女の声には大した迫力はない。


「いい加減にして」


「あなたも!」


「これ以上騒ぐなら、お父様でも呼びましょうか」


 そう言って彼女が通信機器の元に歩いていくと、カイルの母が止めようとして飛びかかる。

彼はそれを止めなかった。

その理由は母が傷付こうがどうでもいいからだ。



 ダンテは片手で母の顔に触れた。

彼女が力を入れた時点で、彼の母の手はまだ彼女を掴むには頭1つ分の距離があった。

簡単に倒れ込む。

テーブルに激突していたが致命傷とはならない当たり方だった。


「子供とは言え、私もブレイスです」


 実力が違うと暗に言う。


「大人達を大勢呼ぶわよ!」


「どうぞ、私もブレイスのヒトを呼びましょう」


「貴方達の為だけに来るわけないでしょう」


 嘲笑うような表情に向かってダンテは言う。


「来ますよ、私は現時点でどの兄よりも潜在能力が高いと言われていてそれに最も戦闘能力の成績が良かった彼が婚約者として選ばれた。こんなカップルを簡単に見捨てません」


 嘘だと、カイルは思う。

それにしては余りに放任されすぎている。


 それに、とダンテが続けて言う。


「大人達と言っても私1人で対処出来るでしょう」


「良いわよ、そ」


 立ち上がり、言い切る前にダンテが消えた。

気付けば、彼女の拳が腹部にめり込んでいる。

今の攻撃は、彼にも全く見えなかった。

カイルの横を通り過ぎて、玄関のドアを突き破る。


「あ」


 母が来てから初めて可愛らしい声が上がった。


「あ」


 カイルも遅れて反応する。

外で気絶している母には目もくれず、玄関扉の前で2人でどうしようと迷っている。


「……どの程度あれば直るかな?」


「分からない」


「だよねどうしよう」


「ドアが無くても結界があるから良いけど外から見えちゃう……」


「視認出来ないバリア作るのは?」


「寝れないでしょ、寝てたら見える範囲は問題ないけど」


「あのドアを内側で固定して塞ぐのは?」


「出るときは?」


「窓」


「却下」


 何か言おうとして、そこで記憶が揺らぐ。

それはカイルの目が覚める合図だった。



 懐かしい記憶。

彼女を強く信頼する事が出来るようになった理由の1つで、良い夢ではないはずだが不思議と気分は悪くなかった。


「出かけてみるか」


 だから普段外に出ない彼も、今日はそんな事を声に出して言って、一度は年上の恋人に破壊された玄関へと向かった。

次話水曜日(9日)22時か23時予定

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