16話
多くのクラスメイト達がカイルに向けた視線は恐怖を伴っていた。
今まで、彼に向いていたのは努力しない怠惰な者に対する嘲りや呆れ、嫌悪感だった。
それが全て消えて今ではただのブレイスの一員、恐怖の対象だ。
ただのクズから、ブレイスの奴隷のクズにランクアップする事が皆分かっているのだ。
だからもう彼に今までのような視線は隠れてでさえ向けられない、むしろ賞賛の視線ばかりになるかもしれない。
そういう風に彼らは思考を誘導されている。
反して一部、好意的な視線も確かにあった。
その1つの発生源であるビオスが言う。
「なんでそんな力を隠してたんだよ?」
それに、答えずに逃げる様にその場を離れる。
「おいおい、待てって」
学校を出る為に校門を通ろうとしたところでまた同じ声がカイルに届く。
ずっとついてきていたのは彼も知っていた。
「おーい」
「カイル」
ついて来られるのは面倒なので振り向く。
見てみると着いてきていたのは1人ではなかった。
「なんだ」
「それだけの力があって、なんで隠してたんだ?」
「私も、少し知りたいかな」
何故、この2人はこうも自分に付き纏うのだろうとカイルは少し考えてから、言った。
「それを知って、何が変わる?」
「さぁ?」
「聞く意味がないなら、聞くな」
「でも」
帰ろうと思い直した矢先、ビオスが言った。
「お前が本当に力を隠していたかったなら、あの時俺やユウカちゃんを助けて良かったのか?」
「偶然だと何度言えば……」
無視して言ってくる。
「いいや、ダメだったはずだ。 つまり、お前は結局優しい、良いやつなんだ」
反論を無視した挙句、勝手に決めつけた上そんな事を言ってきて。
カイルにはもう、これ以上会話する意味があるとも思えなかった。
だからもう、何も言わず帰ろうとする。
が、何故か更に声が増える。
「僕も、同意だよ。 君が本当に何か考えを持っていたなら、ダンテと協力してブレイスに歯向かおうとしていたなら」
ダンテとのやり取りからバレていたのだろうか、だとすれば、殺す必要がある。
少し焦る。
その様子に気付いていないのか気付いていて無視しているのか、普段と変わらぬ口調でミヤは言う。
「君は傍観すべきだった」
だが、バレているのだとしたら、もう既に彼は命を狙われているはずで。
そうなっていないのだからミヤは何も言わなかったと言うことになる。
だとすれば、何故。
カイルは疑問からもう一度振り向く。
「だから、なんだよ」
「友達になろう」
「私も!」
「あ、当然俺ともね!」
「ハッ、バカバカしい」
そのお花畑のような思考を笑う。
すると、3人が勘違いしたのか合わせて笑ってくる。
「また明日」
「じゃあな!」
暫くして、ずっと後ろに付いてくる気配がある事に気付く。
首だけ振り向く、ユウカだった。
カイルは帰る方向が同じだとすれば仕方がないと割り切って無視する。
どちらかと言えば町の外れに位置する彼の家だがその途中にはいつも人の群れが出来ている商店街がある。
「カイル、って呼んでも良いかな」
「は、好きにしろよ、俺が答えるかどうかは別だしな」
「ありがとう」
「……」
「カイル」
「……」
「返事、してほしいな」
「……」
「まあ、今はまだ良いけど」
今はまだ、と言った彼女の顔を見たカイルは、少し緊張を感じてしまう、が表情には出さない。
支配欲を刺激させる、しょんぼりとした顔だった。
「これ以上行っちゃうと帰りが遅くなっちゃうから、もう行くね」
「…………こっちじゃないのかよ、あいつバカだろ」
小さく笑うその姿は、やはり寂しい物だった。
家に着いて一時間程経った頃。
「カイル、いるか」
「何故窓から話しかける?」
「反対側に回るのが面倒だった」
リュウが訪問してきた。
訪問と呼べるかどうかは微妙だが本人はそのつもりだろう。
続けて言う。
「援助打ち切りは中止になった、あとお前の拷問だとかそう言った話もあったが俺が話をつけておいた」
「だから?」
「俺に感謝しろよ」
「はいはい、ありがとう」
「それと、今後任務を与える事もあるだろう」
「何故俺がそんな事しなきゃならない?」
遠回しに否を返す、それにリュウは言った。
返事としては決して正しくない答えだった。
「お前が優秀だからだ」
「理由になってないだろ、それ」
「黙って従え、暫くしたらお前に相応しい地位でもやる」
地位で全て操れると思っているのだろうかとカイルは半目で見る。
すると、正面からその視線を受けて彼は言う。
「地位じゃ、不満か?」
「別に」
「容姿のいい女でも複数寄こそうか?」
地位の次は女ときた、次は金だろうか。
だがカイルはそれらを強く望んでいると言うわけではない。
望みがあるとすれば、ダンテを取り戻す事だ。
ブレイスはきっと彼女を殺そうとする、その前に彼が動く必要がある。
だが何をどうすれば良いのか、まだ彼には皆目見当もついていない。
「別に要らない、さっさと帰れよ」
「ははは、分かったよ」
背を向けたリュウが、言う。
「もしも、もしもお前がダンテのことを救いたいと思ってるなら、本気で願う事が出来るなら手を貸してくれ」
「何故、俺が裏切り者の為に頑張らなきゃいけない?」
振り向いた彼は笑う。
そして言った。
「さぁ、な。 でもお前はきっとそれをするだろう。 あとお前のクラスメイトの家族が俺の所に抗議に来ていたよ」
「は、なんだそれ」
「お前はいい奴だから援助打ち切りを保留してくれとさ、それもわざわざ俺の所に来ていた」
彼は笑って言ったが、もしもその意見が気に入らなければ殺されていた可能性だってあった。
仮に正しい意見だろうと、ブレイスが決定した事に逆らってはいけない。
この国の常識だ。
それに反抗する馬鹿は定期的に現れるのだが、8割がブレイスが用意した滑稽な笑劇だとカイルは思っている。
「殺さなかったんだよな? どういう風の吹き回しだ?」
「はは、俺だって何でもかんでも殺してる訳じゃないさ。 軽く拷問はしてみたがどうやら本当に好意だけでそんなことを言いだしたらしいしな」
「拷問したのかよ」
「ん、それがどうした?」
「別に、何でもない」
少し、立ち止まったまま間が空いて、リュウが言った。
「……まあ、ダンテが狂った原因の目星は付いてる。 対処法はこれから探る所だ」
「どうせ、お前らのせいで狂ったんだろ? 何故お前らがそれを知らない?」
「それをお前に教える必要はない」
「だろうな」
カイルも答えを期待していた訳ではない。
恐らく彼女が色々上手くやっていたのだろうとは予想している。
「いつまで、そこにいる?」
「もう帰る」
そう言って踵を返した彼の姿が見えなくなったところで、溜息を吐いた。
「面倒な事になりそうだ」
そう言ったカイルはひどく疲れた顔をしていた。




