15話
時をほんの少し遡り、カイル達が住む第一地区から遠く離れた、十三地区。
その地下の牢獄に、ノアがいた。
基本的に地下深い場所では魔法が使えない。
厳密には、魔力が上手く扱えない。
だから牢屋などは地下に作られる事が多い。
その牢獄も、魔法が使用不可能な場所に当たる。
彼の前には1人の男、恐らくは尋問官が、立っている。
拷問官でないと考えたのはもう何度も拷問を受けていて何も答えていない事からだった。
訓練を受けていると敵は知ったはずだ。
なら、余程余裕がない限り無駄なことはもうしないだろう。
「何か聞きたいなら、また拷問でもしてみろよ」
暇だったのでそんなことを言ってみる。
仮にもノアはブレイスの名を持つ人間だ。
兄と比べられると成績で言えば見劣るが拷問に対する訓練は受けているしそもそも吐かれて困るような重要な情報は与えられていない。
年老いた声が響く。
「意味のない行為は、面倒だ」
「お前は拷問官か?」
「違う、監視だ」
「ここでは魔法は使えない、必要ないだろう」
それに初老の男は笑って、言う。
「確かに、それもそうだ」
暫くして、もう一度話しかけてみる。
「ここでの俺の発言は記録されているか、もしくは上層部に聞こえるのか?」
「それを知って、どうする?」
反応から、そうだろうと推測する。
「さぁ、な。 俺を人質として交渉したいんだろうが」
「なんだ?」
「無駄だよ、俺はそれほど貴重な人物じゃない」
「決めるのはお前じゃない。 それに、それが事実だとして、何故お前はそれを言う?」
「何故だろうな」
言われてから考える。
ブレイスにとって自分の命は決して重くない。
血の繋がった兄はノアを容赦無く切り捨てるだろう。
父はそもそも、見向きもしない。
ここは兄の管轄内だ、例え家族であっても手出しは禁止されている。
彼はもう既に自分の支配を確立させているし、例え父が相手であっても支配が揺るがない様に教育されている、それもその、父親からだ。
それほどの信頼と権力を得る事が出来たのは彼が優秀で、弱みをほとんど持たないからだ。
仮にその肉親を殺すべき場面があれば、彼はあっさりと殺すだろう。
ノアも同様にその程度で躊躇う事はない、がどうにも才能には抗えなかった。
どうあがいても超えられない絶望に対する苛立ちを、才能に恵まれたが努力してこなかったクズで発散していたのだが、今日その罰が当たるらしい。
人質に使えないとバレた途端殺される、運がいいと助かるかもしれないが。
多くの足音が聞こえる。
彼は自分自身の身がどうなるのか、不安に駆られるが同時に心配しても仕方がないとも考えていた。
「さぁ、どうする?」
そう言った直後、鎧を身に付けた兵士が数人降りてくる。
「出ろ」
「俺に人質としての価値はない、まあ、やれるだけやってみろ」
それだけ言うと素直に指示に従って牢から出て、後ろ手に縛られたまま付き従う。
周りを囲う兵達の動きを見て、彼らが決して自分より強くない事が解る。
その気になれば拘束された状態でも逃げ出せる自信があったが、どうせなら最後まで運命に身を任せてみよう、なんて思う。
「魔法通信を、奴に繋げ」
連れて行かれたのは大きな司令室の様な部屋。
そこには各地の戦闘の様子がモニターに映し出されている。
その最も大きな、中央のモニターに、知っている顔が映る。
「先に言っておく」
兄が、リュウが言った。
「俺はお前達の交渉を受け入れるつもりはない、認めるのは無条件降伏だけだ」
「こちらには人質が……」
「なら、殺せよ」
あっさりとした声にざわめく。
ノアが人質程度で交渉が通ると思っていたのだろうかと呆れていると兄が言った。
「で、話はそれだけか」
「待て、ここで私達を見逃せばお前にメリットがある」
それに、彼は興味を持った風に顔を作る。
だがそれは演技だ。
恐らくはもう既に侵入部隊がここに向かっている。
「ほう、なんだ?」
「俺達はお前の親を殺す、そうすればお前は全ての権限を」
リュウが遮る。
「確かに、実現出来るなら美味しい話だな」
暗に実現出来ないと返す。
同時に彼はそれを望んでいる事を表明している。
無論、盗聴などはさせていないとノアも考えているが少し不用心すぎるんじゃないかと思わずにはいられなかった。
「なら!」
パンと音がした。
魔法でロックされている扉を破壊した音だ。
「なんだ、死ぬ前に言ってみろ」
「頼む、待ってくれ!」
「言うなら今しかないぞ?」
彼の笑った顔は完全に悪役その物だった。
絶望と同時に、ノアを除いて、その場にいた奴はみな焼死、斬死、刺死、様々な方法で死んでいく。
「生きてたのか、ノア」
そう言う彼の顔に、自分の生死でさえ興味を持っていない事をノアは強制的に理解させられてしまう。
「彼らは、俺を拷問しませんでした」
この報告は、価値の無い物だ。
ブレイスで生きて来た奴に、そんな同情だとかの感情を求めるのは無駄だ。
ミヤのような例外はいるものの、そう言った者は彼ほど優秀でなければすぐに殺されている。
余計な感情を持つ無能は必要ないからだ。
「それが?」
「いえ、なんでもありません」
ノアは侵入部隊と共に、死体まみれの通路を歩く。
安全が保障されたはずの彼の顔は浮かない物だった。




