14話
「カイル!? なんでそんなとこから……」
片手を当て、魔法で教室後ろ側の扉を押さえるビオスが窓を壊した音に反応して振り向く。
それを無視して、周囲を見る。
「ひどい状況だな」
「うん、一回教室には入られちゃって……」
傷を負った生徒はユウカを中心に出来る奴が治療しているらしく、幾つかの小さな列が出来ていた。
前の扉を守っていた生徒が叫ぶ。
「クソ、やばい、破られる」
「ノアが殲滅に出てくれてる! 後少しでいい、耐えてくれ」
ビオスが期待を抱かせる言葉を放つがカイルには正直、彼にこの状況を単独で対処しきれるとは思わなかった。
それだけじゃなく、外から扉以外に対する魔法の気配は一切感じられないのだ。
既に死んでいる可能性が高い。
「ダメだ! ごめん、みんな戦闘準備を!」
もう、前がダメなのは解っていた。
今更、実力を隠したとしても無駄だ。
もうバレた。
「クソ」
ビオスが扉に吹き飛ばされる2人の男子生徒を見て、悔しそうな顔をして、迷いの表情を見せる。
今も後ろの扉にも攻撃は続いているせいだろう。
一人の銃を持つ兵士の姿が見えて、皆の顔に緊張が、恐怖が、浮かぶ。
魔力弾が発射される。
一瞬で十を超える弾数がばら撒かれ、二射目の散弾は全く違う方向を向いている。
魔法銃はどれも威力が高くないので防ぐのはそう難しくないのだが、誰もが怯えきってしまっていて、戦意を失っているせいでこのままだと、全滅してしまう。
適当にばら撒かれただけなので単発では死にはしないが、少し放置すると全員死ぬ。
それを、助けなければ、と思う。
扉が破壊される音と同時に、三つの風の防壁が幾つかの散弾の進行ルートに配置される。
だが、足りない。
魔法ではなく純粋な魔力の障壁にすべきだった。
もしくは自分を守ることが最優先だったのか。
だとすればその判断は正しい。
こんな状況で他を守る必要など無いのだから。
カイルはその風の防壁を破壊するイメージを描く。
壁を創る魔法。
マグマが全ての銃弾を遮る壁となる様に走る図を、創り出す。
最初に、小さな竜巻が飲み込まれる。
次に、魔力の銃弾。
それは今も増え続け、全てが消失している。
彼ももう数えてはいないが合計で200を超えた事だけは解る。
壁を動かす、その速度は回避するには十分な程遅い。
前の扉を通って外へ押し出す様に、壁としての役割を果たしながら進んでいく。
先ほど破られたはずの後ろの扉の側にはビオスがいた。
そしてその彼は、今まさに、槍で突き殺されそうになっていて。
魔法具を、最低限の魔力で起動すると同時に投げつける。
カイルは致命傷にならない様、腕を狙った。
それは狙い通り、魔法制御により腕から肩にかけてを正確に貫き、死には至らないが戦闘不能と呼べるだけの損傷を与えた。
壁を維持している為、もう敵からの追加攻撃は教室には来ない。
誰かが教室全体に対して防御の為の障壁魔法をかける。
少なくともすぐに破られることはない。
暫くすると、撤退したのか魔法が一気に止む。
教室内で無力化した1人だけ拘束して安心すると、次はやはり。
「お前……今のは……その力はなんだよ」
「それだけの力を持ってたのに、ずっと隠してたのか?」
「いや、でも……なんでだよ」
それに答える必要性を感じない。
だが、隠す意味は、何だったのだろうとついカイル自身考えてしまう。
元々、ダンテの復讐に協力する為に力を隠していたはずだったのだ。
再開してみれば、彼女は明らかに様子がおかしくて、また会ってみればクラスメイトが危険な状況にある事を示唆したりともう、彼にも色々と理解が出来ない状況だった。
一体彼女が本当にしたい事は何だろうと考える。
「おーい、聞いてるかー」
先程から話しかけて来ているビオスに意識を向ける。
「さっきの」
声が止まる。
そうなった原因へと、カイルが目を向ける。
見なくても、彼女が、ダンテがいるのは気配から分かっていた。
目が合うと同時に金色の髪が動く。
それに合わせて、カイルも全力で教室の床を蹴る。
彼女の手にある剣は黒い。
見ているだけで陰鬱な気分になるような漆黒を、赤い魔力の刃で受ける。
そのまま、5度ぶつけ合って鍔迫り合い。
簡単に力負けしてしまい、その際、顔を近づけられて、キスされてしまう。
「あは、ちゃんと頑張らないとみんな死んじゃうよ」
弾かれる。
別の生徒に向けて彼女は飛ぶ。
宙を舞うように動きながら、ぴったり追随するカイルの攻撃を受け流している。
着地して、カイルとは真逆の方向に黒い剣を振る。
「ほら、こんな簡単に人質が」
人質となったのは1人の女子生徒、ユウカ。
「……何故、この学校なんだ?」
「何ででしょう?」
「人質か?」
「残念でした、外れ〜」
笑っているその顔はひどく美しい。
「違うなら解放してくれ」
「えー、外した罰として」
そう言った直後、四方から光のレーザーがダンテを襲う。
それを、彼女は避けられなかった。
気付いた上で避けなかった様に見えた。
下半身が消し飛び、明らかに生命活動を維持出来る状態ではない。
カイルは突然の事に思わず叫んでしまう。
「ダンテ!?」
なのに。
「あはは」
彼女は笑っている。
余裕の笑みを浮かべている。
「この程度じゃ、私は殺せないよ」
そんな意味不明な言葉を言ったかと思えば、もう既に彼女の体は元に戻ってしまっていた。
もう、夢かと思いたくなる程に意味が分からず、カイルはどうしていいか分からなくなる。
「カイル、ダンテをここで殺さないと大変な事になる」
いつの間にか教室に入って来ていたミヤが言った。
「いつ来た?」
「ついさっき、君が壊したここから」
カイルが破壊した部分から入って来たらしく、何もない部分を指し示した。
「早かったね」
「因みに、兄さんを殺さなかったのは何故?」
「ふふ、血の繋がっている兄を殺すなんて、出来ないよ」
「本当にそうなら、こんな事するかな?」
「あ、もう行っていいよ」
彼女はミヤの言ったことには何も言い返さずユウカにそう言って、教室の扉から出て行こうとする。
「逃すと思う?」
「無駄だと思うよ? それに、人質がいるって事を忘れないでね」
「人質? 人質ならもう……」
「その子じゃなくて、ノアだよ」
カイルが言った。
「目的は、人質じゃないんじゃなかったのか?」
「それは組織としての目的」
つまりは、組織ではない個人の目的があると言う事。
それを、彼は聞き出そうとしてみる。
「そうか。 ダンテ、お前は何を考えている?」
「それは秘密」
「だけど、一つだけ情報を開示しようかな」
そう言って、左手をカイルに向ける。
その掌には、圧縮された魔力。
色は禍々しい黒、通常魔力は視認出来ないのだが。
渦のように回転しているのが見える。
何か良くない物である事を彼は直感的に理解した。
それが、ゆっくりとカイルに向かって飛んでくる。
「それがどうした?」
魔法ではなく、ゆっくりと進んだだけの魔力に殺傷力はない。
だからと言って彼も無闇に触ったりはしない。
「触って見てよ」
「ダメだ、カイル触るな」
ミヤが止める。
「触るわけないだろう」
カイルは魔力だけでそれを押し返す。
「本当はそれ、危ないんだけどね」
「危ない? 魔力越しに干渉でもしてくんのかよ」
「正解、今回は運が良かった」
彼だけでなくその場にいた全員が魔力越しに干渉と言われても、イメージが浮かばなかった。
そもそも、魔力と体に明確なリンクは存在しない。
魔力から体に侵入する事は不可能だ。
そう考えている事が分かったらしく、ダンテが言う。
「この子は魔力を覚えるの、対象を探すことも出来る。 今日彼はあなたのことを覚えた。 そしてあなたを支配したがってる」
まるでその魔力に意思があるかのような物言いに、誰もが困惑を示している。
魔力とはヒトが創る物だ。
当然それに意思など存在しない。
「それで、ダンテ、君は何が言いたいのかな」
「まあ言いたいことなんて実はないんだけどね、カイルに会いに来ただけ」
だから私は誰も殺さなかったでしょと小さな笑みを見せる。
「それじゃあ、もうすぐ交渉が始まるだろうからバイバイ」
それに意味はない。
ブレイスは人質がいても気にしない。
彼女もそれを知っているはずだった。
「待て」
「ん、カイル、なに?」
「もう一度聞くがお前は、何がしたい、何が望みだ?」
「私の目標は、あなたと生きる事、その未来を作る事」
「そう本気で思うなら、裏切る意味は本当にあるのか?」
そう言うと何故か、考え込むような仕草を見せる。
「あれれ、なんだっけ、まあいいや」
「ダンテ、戻れ。 今ならまだ」
ミヤが言った。
それを、無視して彼女は逃げて行く。
その速度はやはり、異常な程に速い。
現時点で単体での最高戦力と言われるリュウや一度とは言え、互角に戦ったカイルですら全く敵わないと断言出来る程に速い。
それに、先程の一瞬で体を再生した事を考えると同じヒトという種だとはもう思えない。
「ひとまず、解決か」
ミヤがそう言ったが、問題は解決していない。
結局、今まで力を隠していたという点が多くにバレてしまった。
何故、とブレイスは疑うだろう。
だがまずは。
カイルは周囲をみる。
やはり、注目を集まっている。
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