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13話

リュウという名は何度も聞いたことがあった。

この学校で最高の評価を残し、次期国王候補の中で最年少にして最有力。

もう既にブレイス内で権限は父親と同等と言われる一種の化け物だ。

それに魔法研究なども彼が携わったお陰で10年分も一気に前に進む事が出来ただとかマイナスの噂は一つも聞いた事がないにも関わらず、良い噂は全て誇張されているようにしか聞こえない物ばかりなのだ。


 今の状況に関する物で言えば歳が10を超えた時点で戦略、戦術も徹底的に叩き込まれていて大人に混じっての集団戦、個人戦で共に負け無しとの話もある。

そんな化け物が、カイルを殺すと言った。

恐らく専用らしい両刃剣を振り上げて、こちらに向かってきている。



 その動きは、早い。

ひどく、早い。

見るのが疲れる程に。



 だから、ここでカイルが死ぬ事は確定事項なのだろう。

もしも彼が本当に、実力のないクズなのだとしたら。

その状況で彼は小さく笑う。


「あぁ、面倒だなぁ……」


 呟き終えた頃には、命の脅威が目の前に迫っている。

腰を落とし、魔法具に、魔力剣に魔力を流す。

刃の部分の色は赤、これはある程度自分で変更出来る。

何か意図がある訳ではなく単に彼が赤を好んでいると言う理由だ。


 上段から力任せに斬りつけてくるのを、赤の光刃で受け流す。

続く二、三の太刀を避け、魔力剣を突き出す。

それは他の同級生であれば見えないレベルの攻撃だった。

あっさりと避けられる、が、それと同時に左手を離し、火の弾丸を生成する。

その数は5。

1つはリュウ目掛けて、他は回避が難しくなる様に重心から動きやすい方向を予想して撃つ。

その、全てが弾かれる。

指先サイズの弾を斬る、とんでもない技量が必要だ。


 それだけでなく、その内の3つが速度を増して跳ね返ってくる。

自分に当たる前に魔法を解除して、その反撃を無効化する。

2度目の突きを放とうとして、リュウが後ろに飛ぼうとしていることに気付く。

そして肩に先よりも射程を長くした剣を構えたまま、止まる。


「なんだ、やれば出来るじゃないか」


「それは、どーもありがとーございましたね」


「あぁ、あとその適当な敬語は要らない。 どうせ俺を敬う心なんてないのは分かってる」


「……へぇ、寛大だね」


「優秀な奴にはな」


「じゃ、さっきのノアは?」


「悪くないがとても優秀とは呼べない」


「家族だろ? 辛辣だな」


「じゃあお前は俺の事を兄と認識しているか? ……そういう事だ」


「違う気がするけどそれも、そうか」



 ミヤが言葉を失っているのが、カイルには見なくても分かった。

今のやりとりが彼に信じられない、なんて事なら良いのだがありえないだろう。

隠していた力を見られたのは確定だ。

それも今日裏切るのであれば何も問題はない。

だから、彼は両方殺すつもりで今武器を構えている。

幸いな事に2人はカイルの事を信じてはいないにしても本気で敵だと捉えていない。

順番に殺せばいい。

もっとも、それもそう簡単に行きそうにはないのと今の立ち合いで彼は理解していた。


「さて、本気を出してもらおうか」


 彼は期待通りのセリフを聞けた事に音もなく笑う。

何か答えようとした、その時。


 全方位から恐ろしく強力な魔法が放たれたと3人で同時に気付く。

自分達が対象だった訳ではない。

だが、そう勘違いさせる程に強力な魔法だった。



「ちょっと、早すぎない?」


 ミヤが言う。

それに答えるのはリュウだ。


「いや、一気に勝負を決めなければ相手に勝ち目はない。 相手の判断は正しいだろう」


 冷静に分析した彼の思考は、1つ間違いがあった。

戦力を明確に把握していないのに、格下だと断定した事だ。



 魔術組織グリセリー。

今のところ完全に優位に立ち回ってきている。

前回の学校襲撃は、兵は10を超えていなかったと言うのは既に分かっている。

全部含めても1000を超えていないのではないかと言われているがこれはまだ定かではない情報だ。



「あ、お兄さん」


 入り口の方角から聞こえた声。

それはダンテが発した物だ。

その、彼女の、様子がおかしい。

どこか息苦しそうなのに余裕の表情を浮かべている。

疲れている様には見えない。

何故か獲物を見つけたような、野生的な笑みを浮かべる。


「あ、ハハハ、殺す殺す殺す殺す」



「ダン……テ?」


 カイルが疑問形で恋人の名を呼ぶと、彼の存在に気付き、嬉しそうな顔になる。


「あはは、カイル! 好きだよ!」


3人しかいないのに、個人に、名を呼ばれるまで気付かない、そんな事が普通あるはずがない。

それに。


「カイル、あいつはいつからあぁなった?」


「少なくとも俺の前では、あんな様子を見せた事はない」


「そうか、狂ったのは失踪してからか」


 彼女は今明らかに狂っている。

もしくは狂いそうになったから失踪したのか。

どちらかを判断するには情報が足りない。


「ダンテ、どうしたんだ!」


「え? 私は普通だよ?」


 首を傾げる彼女は嬉しそうな表情を維持している。

だがもう先ほどの様な狂った感じは見当たらない。




「お前は普通じゃない」


 リュウが一般的観点からの事実を突きつける。


「私はいつもこうだったよ、本物が見せなかっただけ」


「本物? 本物とは何を示している?」


「そんな事どうだって良いでしょ」


「そうか、お前、殺すぞ?」


「そう、あなたじゃ無理よ」


 そう言ってから「あ」と思い出したかの様に言う。


「カイル、教室に行かなくていいの?」


「教室?」


 言って、すぐに理解する。

教室にいる、ノアやユウカ、ビオスが襲われていると言う可能性。


「気付いた? 行ってらっしゃい」


「頼んで、良い?」


 ミヤがそう言ったのを聞いて返事をせずに走り出す。


 だが、何故彼女はそんな事を言うのだろう。

これでは、まるで。

ふと生まれた思考を彼は意識して無理矢理打ち切る。


「いや、後にしよう」


 今は。


「教室、もう、すぐだ」


 教室の窓が見える所まで来た。

少しだけ膝を曲げ、飛ぶと同時に自分自身を強風で吹き飛ばす魔法を発動する。

他にも空中を移動する手段は幾らかあったが、距離を考慮するとこれが最も速い。

カイルは、窓を破壊して中に入る。

真っ先に目に入るのは、血だった。

次話7/2(水曜日)朝8時予定

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