10話
ここ数日、カイルの周りはすっかり変わってしまった。
まず一つ、大きな変化。
ノアが怪我で入院している事で学校で怪我をする事がほぼなくなった。
二つ目。
彼の目の前、もう1つのイジメが消えた原因が既に存在していた。
「カイル、遊びにいこうぜ」
「あ、私も」
あの一件以来、面倒な事に2人は彼に付き纏う様になってしまった。
ユウカの方は少し迷いを見せていたものの気付けば吹っ切れたのか普段のグループから離れて席を近くに取るようになり始めた。
どうやら元々彼女が所属していたグループのメンバーは彼女を嫌ったりするよりも心配しているらしく何をしたのかとカイルは2度ほど詰め寄られたりもした。
何も答えなかったせいで余計に疑惑の視線を向けられたが彼は気にしなかった。
「行かない」
「じゃあこいつの家集合で」
「来るな」
「そんな事言うなって」
「あ、今日カイルの家の探索してこいって言われてるんだけど2人も来るの?」
ミヤが妙な事を言い出したかと思えば、2人はカイルが否定するより早く賛成の意思を示した。
「はーい、行きたいです」
「お願いしまっす」
「……嘘だろ、お前がそんな事で指図されるとは思えない」
「まあ、嘘だけど」
三つ目の変化がこの、セットでミヤまで皆が見ている場で理由なく友好的に絡んで来る様になった事だ。
もう、こうなってしまえば誰もカイルに嫌がらせなど出来ない。
「第1、俺の家に来て何するつもりだ」
「えーそんな事言うなよ、友達だろ?」
「違う、お前らが勝手に友達を勘違いして友達面してるだけだ」
「ハハッ、相変わらず辛辣だな」
「事実だろ?」
今は放課後で、ほとんどの生徒が帰ってしまっている。
無駄話で想定以上に時間を食ってしまった。
「帰る」
「オッケー」
「まさかついてくるつもりじゃないだろうな……」
「良いじゃん、減るもんじゃねぇし」
帰る途中、後ろにピッタリとついてくる気配にウンザリとしながらも、家に着いた。
カイルが振り向いて、言う。
「で、ホントに何しに来た?」
もしも本気で馴れ合いたいと思っているのだとしたら彼らは本物の馬鹿だ。
ミヤに至ってはカイルに助けられた訳じゃない。
話を2人から聞いただけだろう。
もうブレイスからの追放が間もない、クズに助けられたと言うだけで肩入れをしている。
それはひどく愚かな行為だ。
仮にも名家の人間があまり評判の宜しくないクズと馴れ合おうとしているのだ。
「修行でもするか?」
ビオスが言った。
カイルはそれを断る。
「結構だ」
「頑張らなきゃ強くなれないぞ?」
「は、頑張ったら結果が出る天才達と一緒にしないでくれ」
「まあ、そう言うなって。 いつかはお前も俺に感謝する日が来るんだからさ」
「私は、ブレイスからの追放が一時的に様子見してもらえる様にお父様の方から話してもらっています」
「は?」
ユウカの意味不明な言葉に思わず意図が掴めずカイルは困惑する。
「その間に、貴方が少しでも認められるよう鍛錬を手伝います」
彼女の家は確かに少しは権限を持つがそんな事をすれば、家の立場がどうなるか分からない
今は戦争中なのだ。
そんなどうでも良い戯言を取り合ってもらえるだろうか。
彼はその、緊張感の無さを笑う。
「お、どうした?」
「お前らは馬鹿か?」
「戦争中だからこそこう言うのが大事だと僕は思うけどなぁ」
「なら、やりたい奴で馴れ合ってろよ」
「ほら、す〜ぐそう言う事言うー」
それから、無駄な時間は暫く続いた。
お互いに連絡先の交換もした。
明日から練習の為に魔法武器を持ってこいとも言われた。
カイルは何度も出て行けと言ったが彼らは笑うだけだった。
終始真顔で対応していたがそれでも、少しは心に快楽があったと言えるかもしれない、なんて、バカな事を彼は思ってしまって、それを、笑う、バカな自分を嘲笑う。
そして、呟く。
「……何考えてんだ」
ソファでそう呟く彼に取って聞き慣れた声が届く。
「カイル」
「……ダンテか。 何故、ここに」
彼女の顔を見る。
前とは違い、異変は見られない。
「また、すぐに私達は仕掛ける」
「そうか」
「前回の攻撃でかなり殺せたから、ここからは意外と楽に進むと思う」
「多分、それほどブレイスは弱くないぞ」
「分かってるよ、カイル」
ダンテの肩を掴んで、逃げられないようにして言う。
彼女は少し頬を紅潮させ、嬉しそうにしている。
今の所特に、おかしな様子はない。
「あの時の、アレはなんだ」
「アレ……? あぁ、気にしないで」
「気になる」
「えー、大丈夫だよ?」
笑う彼女はひどく魅力的で、つい納得してしまいそうになる。
「私があの力を制御しきれてないだけなの」
「あの力?」
「前に何度か説明したでしょ? デシアの事」
「だが、アレは人に扱えないんじゃなかったか?」
「でも、実験は成功しちゃった、まだそれは多分バレてない」
「まさかお前が実験台に……?」
「なった、というより最初からそうだった」
自嘲するような顔で、嘆く様な口調で彼女は言った。
「今日、会いに来たのはこんな事を話したかった訳じゃないの」
カイルは黙って続きを待つ。
続いたのは聞けば誰もが驚愕する言葉。
「私達は全ての国を滅ぼす」
「は?」
何故と言う前に。
「その為に色々実験をしていて、あなたは最後、全てを統べる国の王になる」
「何故俺が?」
「それは、秘密」
「お前の組織、名前は知らないがそこから認められるはずがない」
「あれ? 全くニュースにもなってないの?」
「どう言う事だ」
「グリセリーってもう既に名乗ったはずなんだけど……」
カイルはテレビで何度かその名前を見た事を思い出す。
「各地で戦っていたって言うのは……」
「私達だよ、それで、さっきのグリセリーから認められるはずがないって奴ね。 多分認められないよ」
「なら……」
「これは、グリセリーじゃなく私の計画なんだから」
「裏切るのか?」
「利害が一致してるから私が協力してるって言った方が正しいかな、あっちは仲間だと思ってるかもしれないけど」
「お前は……何をするつもりだ」
「私は、復讐がしたい」
「なら、俺が王だとかはなんだ」
「そっちは最終的な目標、あなたとなら、きっと素敵な国を作れる」
夢を見る少女の様な瞳でそんな事を語り出す彼女は常人から見れば不気味極まりなかった。
しかし、カイルは少し、そんな姿からも魅力を感じ取ってしまう。
「待て、そんな事を俺は望んでいない」
「でもこのまま行くと、この世界は、国はどうせ滅んじゃう」
「世界? 国が滅ぶ? 何を言ってるんだ」
「もっとお話がしたいけど私にはやる事があるから、今日はごめんね」
「待て!」
少し大きめの窓から家を出るタイミングで、彼女は振り向いてカイルに向けて可愛らしくウィンクした。
窓から、一歩。
彼女の姿はそれだけで見えなくなった。
それだけの力がかかっても窓が壊れていないのは家の壁の中にある常時強化魔法を発動する装置のお陰だ。
一般的には売られていない上、魔力の確保が人道的とは言えない手段だがそれは一種の仕事として成立している物でもあった。
「本気かよ、ダンテ……」
呟く彼の目に暫くの間、映るのは彼女が消えた街だった。




