桜狐奇戰録ーInnocent Imaginationー後編~小さな告白とでっかいパンチ~
いきなりですがみなさん・・・・・・正夢って信じますか?
よく以前前夢に見た出来事は、何日か経つと現実のものとなって自分の身に降りかかる、と言われているアレです。私は生まれてこの方、そういう類は皆無と断言していい程信じてはおりませんでした。
所詮夢なんて、無意識の中で繰り広げられる疑似現実であり、それ以上もそれ以下もない。これが私の“夢”についての印象です・・・・・・・・・でした、と訂正した方がよろしいかもしれません。さて、なぜ私がいきなり、自らの“夢”についてのイメージを皆さんにわざわざ教えたのかと言いますと、みなさんは
憶えておいででありましょうか。私が以前、学校に遅刻する夢をみた時のことを。
あれは今思い出しても、背筋がゾクゾクとする内容で・・・・・・・前置きが
長いですね。スミマセン・・・・・・・・・・・・・
ハイ、私はいま・・・・・・・・・学校に遅刻しそうです!
今、自転車を全力でこいで学校に向かっていますが時間に間に合うかは絶望的・・・・・・・・・! じゃあ呑気に近況報告などせずに自転車こぐだけに専念しろって?・・・・・・誰かとやり取りしていないと、正直心が折れそうなんです・・・・・・・! 学校までまだ道のりが遠いので、もうしばらくお付きい
願いますでしょうか?・・・・・・てゆーか付き合ってください‼
あっ、ヘンな意味じゃないので。そこの男子、興奮しない!
・・・・・・・それはさておき、可笑しいんですよねぇ。あたしが今日遅刻するなんて、どー考えてもありえないんです。だって今日お母さん、仕事お休みだし。お母さん、休みの日は決まってなくて、土日は仕事で平日休みなんて日はしょっちゅうで。おまけに、毎日出版社の人と打ち合わせしたり、新作の服のデザイン夕方から明け方になるまでスケッチしていたりで、家に帰ってきたらすぐに布団出して部屋でぐっすり寝ちゃうし。だから、たまのお休み貰うと、あたしを起こしてもくれないから、そういう日は自分でちゃんと目覚まし掛けてるのに・・・・・・・・
そう言えば、今日、ちゃんと、目覚まし鳴った?
目覚まし時計は電池で動くアナログ式で、セットした時間になると、ベルが
ジリリリリリリ! ってうるさく鳴るタイプだから、聞き逃すなんてことはないはず。なのにあたしが起きた時にはもう、時間ギリギリで、朝ごはんも食べずにダッシュで家から飛び出した・・・・・・あれっ、なんでそうなる? 時計はベッドから遠く離れた位置に置いてあるから、誤って止めてしまったとも考えにくいし。
じゃあ・・・・・・・誰かが止めた?
イヤイヤ、人の目覚まし時計わざわざ止めるなんてことする人間なんて、
あたしの家にいないでしょぉ・・・・・・・・・・・・人間?
人間・・・・にんげん・・・・・ニンゲン・・・・・・・・あたしの家に、人間じゃないヒト、ひとりいた。もしかして・・・・・・・・・・みぃさんが、止めた? なんで⁉ そもそもそんなことするメリットがないじゃん!
そう思ったその時、私のポケットに入れたケータイが鳴り、自転車を脇に寄せて
停車した。
誰ぇ⁉ いま急いでんのにぃ!
液晶画面に表示された連絡先は、家からだった。
まさかと思い出てみると、マイクの向こうから可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。
『もしもし、ハル?』
「みぃさん⁉」
『すごいな、この『でんわ』とやらは。外にいるハルの声がしっかりと
聴こえてくる』
関心するみぃさんに私は、
「なんか用?」
と、苛立たし気に聞いた。
『用があるからこうしてでんわしとる』
私の態度が気に食わなかったのか、みぃさんは鼻を鳴らし、ムスッとした様子で
質問に答えた。
「なに、用って?」
「これ・・・・・・どうやって泣き止ますのじゃ?」
「・・・・・・・ハァ⁉」
その瞬間、電話の向こう側から、耳をつんだくような凄まじい、ベルの鳴り響く
音が聞こえて、私は驚き、ケータイを耳から離した。すると向こうから、
『こやつ、わしが幾ら宥めても、一向に泣き止もうとせんのじゃ・・・・・
もうわしが悪かった! さっきはやかましいとか怒鳴って押し入れに放り込んだりなんかして!』
と、困り果てて必死に詫びるみぃさんの声が聞こえてきた。
ひょっとしてぇ・・・・・・・・・・・・・
「あぁあぁああぁぁああぁぁあぁああ!!!!!!」
『な、なんじゃ⁉ どうしたハル! なにがあっ―――』
私はブチっと、ケータイの通話終了ボタンを押すと、大慌てで自転車にまたがり、千切れるのではないかってくらいに両足に力を込め、全速力で学校へと向かった。さっきケータイの時計を見ると、学校の門が閉まるまで残り・・・・・・・・二分だった。
みなさん、正夢って信じますか?
もしかしたら、その後に待ち構えている現実は・・・・・・・
夢より、遥かに残酷かもしれません。『遥』だけに・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おのれぇ~~~~みぃ~~~~さぁ~~~~ん!!!!!!!!
◇
学校の正門に着いた時、最初に私の口から出たそれは・・・・深い溜め息だった。
呆れた際に吐く溜め息とは違い、濁った声で、疲れが伺えるかのような。
実際、私は疲れていた。自転車を降りると、私はそれを手で押して歩き始めた。
ゴムのカバーを被ったハンドルを、しっかりと握りしめて。
ペダルをこぐ足は両方とも棒のようにフラフラとして、心臓はばくん、ばくんと
烈しく鼓動し、息は荒く、時々喉の奥でつっかえそうになる。意識もひどく朦朧
とし、目の前の視界がぐんにゃりと歪んで映る。
「・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・ふぅ・・・・・間に、あった・・・・・」
自転車にもたれる様に歩きながら、私は呟いた。
正門をくぐり、生徒用の自転車置き場に到着すると、そこには既にたくさんの
自転車がカギを掛けられた状態で、無造作に敷き詰められていた。両隣に蒼い芝生の生い茂るそこを、私はまるで撫でるように、どこか余白の残っている場所はないかと、自転車を押しながら探す。すると、私からずぅ~~~っと離れた位置に、ハンドルの根本が錆びついて、網目の曲がったカゴの自転車との間に出来た小さな隙間を発見した。
今の私には最早一刻の猶予もないので、急いで転びそうになりながらそこに向かい、自転車を隣の自転車に軽くぶつけながら停めた。やっとひと段落ついたと思い、私は自分の自転車のサドルに突っ伏した。ひんやりとしたプラスチックの革の感触が、私の頬に伝わり、血の昇った頭を冷ましてゆく。
「もぉ~、みぃさんが目覚まし隠さなければぁ!」
眉をひそめて私は文句を吐いた。帰ったらみぃさんに、目覚まし時計の止め方を
教えなければ・・・・・・・・でもそんなことしたらみぃさん、うるさいと思った時に勝手にあたしの目覚まし止めるようになって、かえってあたしが不利になるんじゃ・・・・・・・・・・・・・今回は、やめとこ。また今度。
無事に学校に到着して安心したのか、私は次第にウトウトとしてきて、
ゆっくりと瞼を閉じ、小さな寝息を立て始めた。澄み渡る空に浮かぶ太陽の、
暖かく優しい白い光が私を照らし、遠くから・・・雀のさえずる声が聞こえて
きて・・・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いけない寝ちゃった‼」
再び眼を開けると、そこには信じられない、いや、信じたくないような景色が
広がっていた。
「ハイっ?」
思わず間の抜けた声をあげる私。
私は目をこすり、もう一度、今度はハッキリとした意識で、空を見上げた。
そこに広がっている空は・・・・・・・・・・オレンジ色に染まっていた。
落ち着き味があり、どこか悲しみげの漂う、ほのかなオレンジ色の空。
「いやいやいやいや、ありえないありえない」
掌を振って、私は目の前の現実を否定した。何かの間違いだと思い、
ポケットからケータイを出すと、スイッチを入れ、画面に映し出された
現在の時間を確認した。
「ほらぁ、ちゃんと16時30分って出ててぇぇぇぇぇぇ・・・・・・・・
・・・・・・・・・っえぇぇぇえええぇぇ!!!!」
私は衝撃のあまり、手に持ったケータイを落としてしまった。
幸い地面は柔らかな芝生で、本体に傷ははいらなかった。しかし・・・・・・
「なんで⁉ なんでもー夕方⁉ ちょっ、うそでしょ⁉」
パニックになりながら、私はもう一度震える手で拾ったケータイ(アイフォン5)のホーム画面にでかでかと表示された時間を見てみた。
そこには、一寸の疑いようも無く、『16時31分』と映し出されていた。
「・・・・・・・どぉしよ・・・・・」
力なく声を漏らす私。何処からか、カラスの鳴く声が尾を引いて聞こえてきた。
これはいくら何でも、シャレの範疇に収まらない。学校に遅刻しそうになり、
ギリギリな時間でたどり着くも、安心して自転車のサドルを枕についうたた寝してしまい、気がつけば日ぃ暮れていました、なんて・・・・・・・・・
「あはっ、あはは、あはははははははははは!」
ムリ! 全っ然笑えない‼ こんなことバレたら、センセに怒られる
どころか・・・・・・それこそみんなの笑いものになっちゃう!
「このまま・・・・・・・黙って帰っちゃおうかなぁ・・・・・・・」
涙目でそう呟いた時、私は、可笑しなことに気づいた。
傍や辺りを見ても、他の生徒の自転車がビッチリと並べ停められている。
ここは自転車置き場だから、それ自体に関しては何も可笑しくもなんとも
ないのだが・・・・・・・・・今は、夕方の四時。つまりは放課後だ。
それなのに、自転車に乗って下校する生徒はおろか、校舎からは人っ子
ひとり出てこない。
「なんで?」
不可解な状況を前に、私は首を捻った。それにもし仮に、いや確実なんだけど・・・・・今が夕方の四時で下校の時間なら、廊下の窓から、SHRを終えて
教室から出てきた生徒の誰かが、自転車置き場で気持ち良さそうに
眠っている私を見つけて、職員室なり、生徒指導室なりに連れて行って
もいい(ホントはヤだけど・・・・・・・)はずなのに、そんな気配は
一向に無く、窓の奥の廊下や教室からは、生徒やセンセの話す声すらも
聞こえて来ずに、しん、としている・・・・・・気持ちワルいくらいに。
私は自転車のカゴから学生鞄を取り出すと、それを肩に下げ、下駄箱に向かい
上靴に履き替えた。そして、重たい足取りで自分の教室へと向かった。
窓から西日の射す廊下や階段では、誰とも遭遇せず、人影も見かけず、
教室からは話し声すらも聞こえて来ない。
「ココ・・・・あたしのガッコー、だよね?」
不安げに笑って私は言った。ここは間違いなく、私の通っている
『私立煌蘭学園』。今年で創立七十六年を誇る超がつくほどの名門
校で・・・・・・それは今、関係ないか。とにかくここは、私の高校で、
当たり前だが他にもたくさんの男性女性生徒が在籍している。
だけどこれじゃあ・・・・・・・・
「なんか、悪魔城みたい」
私は静まりかえった廊下を歩きながら呟いた。ちなみに今私がいる階は4階で、
私や弥生、それに七海ちゃんのクラスである2―C組がある階でもある。
もしかしたら、弥生と七海ちゃんが教室にいるかもしれない。
私はそんな期待を胸に抱き、教室の前までたどり着き、扉の取っ手に
手を掛けた。クリーム色に塗装された木造の扉が、ガラガラガラっと音を立てながら開いてゆく。すると真っ先に私の目の前に飛び込んできたのは、
長い髪を高くポニーテールにくくった、背の高い少女の後ろ姿だった。
「あっ、弥生!」
弥生は私に背を向け教室の窓際に、眩いばかりの斜陽を浴びて、ぽつんと立っている。私はすぐにでも彼女のもとへと駆け寄りたかったが、それが出来ず、
なぜだか私は、警戒した。教室内に私と弥生以外の生徒は一人もいず、中は異様な静けさと気配、というより、まるで酸っぱいような匂いが立ち込め、
私は手で鼻を覆った。
「弥生?」
弥生は、何も答えず、ただそこに突っ立ったままだった。
「弥生・・・・だよね?」
また、無言。
「ねぇ、どーしたの? 弥生? 無視、してるんじゃない、よねぇ?」
私は弥生の方へと歩き始めた。尚も彼女は、黙ったままだった。
「ちょっと弥生? ねぇ、どーしてみんないないの? あっ、ひょっとして
今日、代休だったとかっ?」
とぼけるように笑って聞いても、弥生は、まだ、無言。
どんどん近づいてくる弥生の背中に向って私は、
「もぉ弥生、あたしホント怒るよ!」
そう強く言いながら、私は彼女の肩を掴むと、強引に振り向かせた。
そこには間違いなく、私の知っている弥生の顔があった。
だが、その瞳は虚ろで、綺麗な桃色の唇はやや開き、そこから涎が、
蜘蛛の糸のようにつぴーっと垂れ出ている。
「・・・・・・弥生? ちょっと弥生⁉ ねぇ、大丈夫⁉」
私は両手で強く、弥生の肩を揺らした。しかし案の定、彼女は黙ったままで、
清く、虚ろなその瞳で、私を見つめ続ける・・・・・・・・・・・と思いきや、弥生の右肩が微かにピクッと動き、ゆっくりと、右腕を動かした。
その時彼女の手元でなにか光り、私は視線をおろすと、
「へっ?」
と、続けて拍子抜けな声を上げた。彼女は、彼女自身には不似合いな代物を“握っていた”。それは・・・・・・・・・金属バットだった。弥生はそれを、私を見つめながら、ゆっくりと振り上げている。凹んだ灰色の鉄部分が黄昏の夕焼けに
照らされ、不気味にギラリと煌めいた。
「ちょっと、ウソでしょ? 弥生さん・・・・・・・はっ、話合お!
だっ、ダメだよそんな・・・・ひといきなり殴るなんて・・・・・
それも金属バットで」
へらへら笑いながら私は一歩ずつ後ずさる。弥生はその動きに対応して、
のそっ、のそっ、のそっと付いてくる。太いエモノを、振り上げたまま。
ああーーー・・・・・これ完全に・・・・・・殴る気満々だ。その時、
「――――っ!」
「・・・・・っ!」
私は乾いて埃の溜まった地面に足を取られ、豪快に尻餅をついた。
「痛ったぁ~~~・・・・・」
立ち上がろうとして、驚いて反射的に塞いだ目を開けた瞬間、私は・・・・
・・・・・・生まれて初めて、心の底からゾぉ~~~っとした。
曲げてペタンとついた足と足との間に、弥生が握った金属バットの先端が、
力強く床にめり込んでいて、木板の床に小さなヒビをつくっていた。
「・・・・・・・マジ?」
青ざめた顔で呟き、私は恐る恐る、弥生の方を見上げた。
私の前にいる弥生は、別段変わった様子などなく、ただ、人形の
ような無表情な顔で、私をじぃ~~~~っと見下ろしていた。
私はこのことについては何も言わず、というか何も言えず、
アハハ、と、乾いた笑顔を弥生に送った。そして私は、多分このような
危機的状況に立たされた人間なら誰しもが取る行動を、考えることなく、
すぐさま実行に移した。
「スイマセンあたしがなにかあなた様に何かご無礼を働いたなら謝ります
からここはひとまずカンベンしてつかあさぁ~~~~い!!!!」
私はそのまま地べたを這いつくばる姿勢で教室から逃げだした。
なんかこのままここにいたら、本気で弥生にあの世送りされそうな気がして。
廊下に出るやいなや、私は急いで教室のドアを閉めた。
「はぁ~~~・・・・・・」
私はげんなりと扉にもたれかかり、深いため息をついた。
学校に着いた時の、疲労と安心から吐くため息ではなく、今のは、
純度100%の安心から出た溜め息でした・・・・・・なんで敬語?
「とりあえず、これでひとあんしん・・・・・・・・・・・・・・・じゃあない!」
顔をあげると、私は『一体どこから出てきたの?』とツッコみたくなるような、
大勢の生徒たちに囲まれていた。みんな無表情で、虚ろな瞳を私に向けながら。
あっちの男子生徒は、ほうきを両手でしっかり握りしめ、こっちの女子生徒は、
右手にハサミを握りしめ・・・・・・・あたし、こんなにも他人に恨まれてたっけ?
「え~~っとぉ・・・・・・・ここは逃げなきゃだよね‼」
私は立ち上がると、一目散に教室に引き返した。扉を開けると、そこに
は弥生が立っていました。例によって、バットを振り上げながら、
「あぁ~~~そぉだったぁ~~~~~‼」
弥生がぶんっとバットを振り下ろした。私はそれを目線ギリギリでかわすと、
他の生徒によって、教室の中央に追いやられた。左右の扉からどんどん
生徒達が入り乱れて来て、あっという間に教室中を埋め尽くした。
目の前にまるで、満員電車の車内みたいな光景が広がる。
「・・・・・これ・・・・・ホントにマズいかも・・・・・」
すると彼らの中から弥生が先陣をきり、冗談抜きで焦る私の前に立ち、冷ややかな目で私を見下ろした。まさかこんな形で、弥生に見下ろされるなんて・・・・・
・・・・・・微塵も考えていなかった。
そして弥生は、流れるような動作でゆっくりと、両手で握ったバットを振り上げた。流石にもう、どんなに抵抗しても逃げられないと悟った私は、静かに目を閉じた。
「あ~あ・・・・・早起き、ちゃんとするんだったなぁ・・・・・・・」
我ながら、なかなかキマった捨て台詞だ。
『最後の言葉としては、いまいち覇気にかけるなぁ』
「うっさいなぁ!・・・・・・・・・ってえ?」
突然聞こえてきた私の捨て台詞に対するダメ出しの声で、私は目を開けた。
私はてっきり、この生徒の群れの誰かが言ったと思ったのだが、彼らも、その声がどこから聞こえてきたのかと、辺りを見渡していた。
『ハル、頭を低くして。ガラスを被るぞ・・・・・・・わよ』
誰とも知らないその人は、私にそう忠告した。
『早く!』
「えっ・・・・えっ・・・・?」
私はわけのわからないまま頭を低くした。刹那、目の前の窓ガラスが
軽快に弾け飛び、生徒たちに破片が降り注いだ。私の、頭の上にも。
ビックリして顔を上げると、窓ガラスを体当たりで突き破りながら、
派手なストロベリーピンクのロリータ服に身を包んだ小さな女の子が、教室内
目がけて飛び込んできた。舞うようにくるくると高速で回転し、
ツインテールに束ねられた黒髪に隠されているせいで、顔が良く見えない。
少女はそのままスピンしながら机の上に降り立った。辺りに視線を落とすと、数名の生徒が倒れ、ピクリとも動かなくなっている。
一瞬、死んだ! と思ってしまったが、彼らの額や腕には、見たこともない文字や記号が記された、札のような縦長の長方形の紙がぺたりと貼られている。
すると微かに、彼らの唸る声が口元から聞こえてきた。
どうやら、彼らはこの札によって気を失っているだけのようだ。
これは、天の助けか。はたまた更なる厄災の来訪か。その正体は・・・・・・・
「みっ・・・・・・みぃさん⁉」
どちらでもなかった。教室に豪快大胆に訪れたその人は、紛れもなく、現在
私の家に居候している、この町の、ちっこい神様だった。
「大丈夫? ハル」
凛としたいでたちで机の上から私を見下ろすみぃさんの姿は、この町の
神様足に相応しい御姿で・・・・・・・・・・と、言いたいところだが、
「・・・・・・・なに、その恰好?」
「なにってぇ・・・・・・・・『ヨソイキ』よ!」
「・・・・・・・・・・」
ビシッとⅤサインを私にするみぃさん。どっからツッコめばいいんだろうか。
「・・・・・・・・あと、なにその口調?」
何時もならお婆ちゃん口調のみぃさんなのに、今のみぃさんの口調
は・・・・・・まぁその身長にその服装に比べると、ピッタリなんだけど。
「あれっ? ヘンか? レイナが、この格好にはこのしゃべり方をするべきだと、来る前に教えられたのだが・・・・・」
みぃさん。ある意騙されています。でも、それを否定できずに、
可愛いと思ってしまう自分が恥ずかしい・・・・・・・・
「ヘンか?」
再度首を傾げて聞いてくるみぃさん。
「別に・・・・・・・ヘン、じゃ・・・・・ないけど」
むしろその恰好とその身長に見事なまでにマッチしていて、
可愛さそそられてしまいます!
「どーしたの、じゃ? 顔が真っ赤だよ、だぞ」
「なっ、なんでもない!」
鼻を鳴らして肩をすくめるみぃさんに、いちいちキュンキュンする私。
「それよりみぃさん、なんでガッコーに?」
立ち上がりながら私は尋ねた。前にいる弥生もみぃさんに札を貼られ、見事に
のびている。
「さっき電話で叫んでいたでしょ? だから何かあったとおもって、
大急ぎで駆けつけてきたのよ、だぞ・・・・・わ、わしがお主を助けるのが
そんなに可笑しいこと、か⁉」
頭の上の狐耳まで真っ赤にさせて応えるみぃさんに、私は嬉しさのあまり、泣きそうになった。だが、ここで泣くのは流石にカッコ悪いので・・・・・私は後ろを向き俯きながら、
「・・・・アリガトウ・・・・・・・・」
と、もの凄く小さな声でお礼を言った。
「礼を述べるなら相手の目を見て言いなさい、なのじゃ!」
「うっ・・・・・・!」
この状況で諭されると、どう言い訳をしても私がみぃさんに対して失礼だと
自分でも思い、私は小さく唸った。
「まぁよかろう」
みぃさんは呆れ切ったように言葉を放った。
「みぃさん」
「なんじゃ?」
「・・・・・みんな、どうしちゃったの?」
倒れた弥生や他の生徒を見ながら、私はみぃさんに訊いた。
みぃさんは、ふぅーっと深いため息を漏らすと、
「わからん」
と、悔しさの混じった声で答えた。この土地の主神であるみぃさんにも、
なぜ彼らが私に襲い掛かってきたのか、見当がついていない。
私は一物の不安感を心の中に感じた。
「まさか・・・・・殺したりしてないよね?」
これも不安要素のひとつ。すると、今度はみぃさんはきっぱりと答えた。
「安心して、なのじゃ。《精麻鎮魂符》で気を失っているだけじゃ。これは対象の精神を麻痺させ、動きを封じる札ゆえ、身体を傷つけるような荒っぽい真似は一切しておらん」
「動きを、封じる?」
「そう。だからハルが余計な心配をする必要はない」
みぃさんは背中を向けながら頷き、強い口調で断言した。
「なら・・・・・・なんでぇ、みんな起き上がってる、の?」
「んなっ⁉」
みぃさんは慌てて振り返り、先ほど自分が術を掛けた生徒達を一瞥した。
途端にみぃさんの顔が、焦りと疑問に満ちた表情に歪んだ。
みぃさんの主神としての能力がどういったものなのかは、私も詳しくは把握していない。ただ、お札を使って攻撃や防御などをするということは知っているし、
以前それで私も助けられたことだってある。それにみぃさんは、
自分の力にはかなりの自信があり、それを疑ったことはただの一度だってない。
そんなみぃさんの目の前で、術を掛けた相手が、一人、二人と、まるで何事
もないかのように立ち上がっていく光景は、彼女にとっては相当
ショックを受けただろう。しかもその相手が、貼られた札を自分たちでベリベリ
剥がすとなると・・・・・・・・私は、茫然と立ち尽くすみぃさんに向かって、
「また、あたしの習字セットが悪いとかは言うのはナシ、だよ」
と、横目でみぃさんを睨んだ。実はこの呪符に書かれた文字はすべてみぃさんが、
私の、今はもう使うことのなくなった習字セットで手書きしたもので、呪符は
その道具によって力の強弱が決まるらしい。以前私が彼女に助けられた際、そのことで少々小競り合いになったのを、私は憶えていた。
「ぐぬぬぅ~・・・・」
悔しそうに唸るみぃさん。もう周りの生徒はとっくに立ち上がり、私とみぃさん
の方に、じりじりと迫って来ていた。
「みぃさん、他に手は?」
恐怖で震えた声で、私は藁にもすがる想いで訊いた。
「・・・・・・・あると思うか?」
意気消沈、完全諦めムード全快といった具合に力なくみぃさんは訊き返した。
「ないの⁉」
「仕方ないじゃろ! 呪符が使いものにならないんじゃから‼ あ~あまた
ハルの習字道具のせいで‼」
「またあたしのせい⁉ みぃさんこそ、もっと字の書き方勉強したほうが
いいんじゃないかなぁ~⁉」
「なんじゃと‼」
あれやこれやと言い争っている間に、私たちはとうとう壁際まで追いやられてしまった。
額から冷や汗を流しまくる私と、唇を噛むみぃさん。
まさか母校で、自分の人生の幕が下ろされるなんて・・・・・・
「あれっ?」
「どうした?」
「弥生が・・・・・・・いない?」
そう。今、殺意剥き出しで迫って来ている生徒たちの中に、弥生の姿がない。
彼女はついさっき、私をバットで殴ろうとしていたのに。
「それがどうした⁉」
「いやだって・・・・・・・あっ」
その時私は、床に這いつくばり、苦しそうに呻き声を上げる弥生を発見した。
弥生のその様子に、私は微かな疑問を感じた。何故なら、みぃさんが投げた
《精麻鎮魂符》は、文字通り精神を麻痺させ、相手の心を鎮める、
人間でいうところの・・・・・・鎮静剤や麻酔針のようなもので、あんな風に
呻き声をあげるのは、どこか不自然だから。
「みぃさん」
私は人差し指で弥生を指し、みぃさんに見せた。瞬間、みぃさんが何かを
考えるかのように俯き、黙りこくってしまった。
「みぃ、さん?」
「ハル・・・・・・・・・・・・・・・・・でかした‼」
「えっ?」
突然褒めれて困惑した私を無視して、みぃさんは取り囲む生徒たちの頭上を
飛び越えて、先ほどいた中央の机に、タァン! と降り立った。
すると肩から下げた子ぎつねポシェットを開け、中をごそごそと探った後、
何枚かの呪符を取り出した。
「こっち来い! そんな軟弱な小娘痛めつけるよりも、わしのほうが
ずぅ~~~~~っと爽快じゃぞ!」
「はいぃぃ⁉」
呪符を手招きするかのようにひらひら振りながら飛び出だしたみぃさんの言葉は、失礼を通り越して・・・・・・・意味不明だった。
生徒達はというと、みぃさんの言葉に振り向きもせず、全くの無反応だった。
「くそっ、そっちが来んのなら・・・・わしから行くぞ!」
軽く舌打ちをすると、みぃさんは跳躍して、手に持った呪符をすべて、
生徒の群れに向かって飛ばした。飛ばされた呪符は、まるで意思を持っているかのように滑空し、ペタン、ペタンと生徒たちの額に張り付いていく。
瞬間、糸の切れた人形のように、彼らは次々とその場に倒れ伏して行った。
「ふぃ~、間一髪じゃなっ」
額を腕で拭いながら、満足げな表情でみぃさんは言った。
「あれっ、お札、ちゃんと効いてるじゃん」
倒れた生徒たちの間をつま先立ちで歩きながら私が呟くと、みぃさんは
ぴんっと指を立てて、
「ハルの目は節穴か? よぉ~く見てみよ」
そう言って、立てた指で弥生を・・・・・正確には、弥生の額に貼られた呪符を
指さして、上機嫌に言った。
「んん~~・・・・・?」
私がかかんでそれを見ると、そこには・・・・・・・・・
「ねぇ・・・・・・・これなんて書いてあるの?」
「なぬっ、ハル、こんな簡単な文字も読めんのか⁉」
正確には『漢字が読めない』のではなく、『行書体で書いてあるから
読み取りにくい』なんだけど・・・・・
おっかなびっくりと言ったようにのけ反るみぃさんに、
「だって・・・・・・・達筆、苦手なんだもん・・・・・・」
人差し指どうしを合わせながら、私は口をもごもごさせて呟いた。
みぃさんはそんな私に、深いため息をつきながら、
「これは、『封魔符』と読むんじゃ。最近の若者はこんなしんぷる
な漢字もろくに読めんのか・・・・・・」
肩をすくめて首を左右に振ってぼやくみぃさん。
「フーマフ?」
首を傾げて、私はみぃさんに聞いてみた。
「力で無理やり呪いや魔のモノを封じ込める、汎用性に特化した呪符じゃ。
根本的な対応は何もせず、ただその力を押さえつけるだけじゃから、普段は
多用するのを避けておるが・・・・・・・・今回は効果覿面だったみたいじゃな」
「効果って?」
「封魔符は元々、呪いや術の発信源であるモノ、つまりは術者や呪具に貼って
その力を封じ込めるために使用する場合が多い。というかわしも、その目的
以外では使ったことがない・・・・・・・じゃが今回、この者たちの魂に
なにやら奇怪なモノが絡まっていてな、どうやらそれに導かれて、ハルを襲って
いたと思われる」
「つまり、誰かに操られて、あたしに襲い掛かってきたってこと?」
みぃさんはこくっと頷いた。
「でも、誰が・・・・・・・まさか、またっ・・・・・・・」
言いかけた私の言葉を遮り、みぃさんはハッキリとした口調で言った。
「『妖者』ではない。人の魂に憑りつき、身体を自在に操れるほどの妖者とも
なれば、わしが気配を察知出来ないはずがない」
以前私たちは、『妖者』に憑りつかれた同級生に襲われたことがある。
今回も同じと思ったのだが・・・・・・・みぃさんは、違うと言っている。
じゃあ・・・・・・一体誰が・・・・・・・?
「・・・・・・ハル、ちゃん?」
突然後ろから自分の名前が呼ばれて、ビックリして肩を強張らせた。
振り返って見てみると、教室の隅に置かれた掃除用具入れのロッカーの扉が
開き、中から背の低い女子生徒が、背中を丸めて出てきた。
「七海ちゃん⁉」
それは間違いなく、このクラスの生徒の一人で、私の親友でもある、
柏木七海ちゃんだった。
「どうしたっ・・・・・・」
七海ちゃんはそう言いかけたが、ガクンと、崩れるようにしゃがみ込もうとし、
私は慌てて彼女の肩を持って支えた。
「大丈夫⁉」
「うん・・・・・・ごめん、なさい・・・・・」
弱弱しい声で囁く七海ちゃん。しかしとても、大丈夫なようには見えない。
まさか、私同様・・・・・・・襲われた⁉
「ナナミ、どこか怪我はしておらぬか?」
机から降りると、みぃさんは七海ちゃんの下へと駆け寄った。
「・・・・・・みぃ子・・・・・ちゃん・・・・・なんで・・・・?」
微かに荒い息を吐きながら、七海ちゃんは傍で身体を診るみぃさんに、どうしてここにいるのか問うた。
「しゃべるな。身体に障るぞ」
「・・・・・・・・ごめん・・・・・なさい・・・・・・」
七海ちゃんは俯き、申し訳なさそうに謝った。それは、無粋なことを聞いたことか、それとも言葉を発した自分を謝っているのか、私には判らなかった。
「みぃさん、どう?」
「・・・・・・・・妙じゃ」
眉を潜めて答えるみぃさん。私の心に、言いしれない不安感が立ち込める。
「妙って、どういうこと?」
「・・・・・・・・・・・どこも・・・・・・・怪我をしとらん」
「えっ?」
それは、ホッとする答えなのだけれど、みぃさんはそんな素振りは見せず、
「じゃあなぜ、弱っておる・・・・・・呪術的な障りも、受けていないようだし・・・・」
私に支えられた七海ちゃんの身体をさすりながら、深刻な顔色で呟くみぃさんに、七海ちゃんが声を震わせて、
「みぃ子ちゃん・・・・・・いい?」
「駄目じゃ。静かにしとれ」
厳しい口調で七海ちゃんを制するみぃさんを無視して、七海ちゃんは、重い
口を開き出した。
「七海・・・・・・・音楽室で授業・・・・・受けてたの・・・・・そしたら・・・
急に・・・・外から何か、割れる音・・・・して・・・・・みんな、弥生ちゃんも暴れ・・・・だして・・・・・七海・・・怖くて・・・・逃げたの・・・・・
でも、弥生ちゃん・・・・・追いかけてきて・・・・・だから・・・・・七海、
掃除用具入れ・・・・・隠れ・・・・・」
「もう良い! 原因が判らぬ以上、無暗にしゃべるな」
みぃさんは強引に七海ちゃんの口を塞ごうとした。すると七海ちゃんは、
くすっと、可愛らしく微笑むと、
「・・・・・知ってる・・・よ・・・・・」
と言った。
「なに⁉ なにがあったの⁉」
みぃさんよりも先に、私が取り乱して聞いてしまった。だって、七海ちゃんが
なにか酷い目を弥生たちから受けたのだとしたら・・・・・私はそんなの・・・・・・・耐えられない!
七海ちゃんはくすくす笑いながら、まるで死にかけの人が出すような
掠れた声で、微睡んだ瞳で私を見ながら、
「・・・・・・七海・・・・・・・・・寝ちゃった・・・・・・・」
「そんなっ・・・・・・‼」
なんでそんな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寝ちゃった??
「七海・・・・・きのう寝るの、遅くて・・・・・ロッカーに隠れたら・・・
・・・・そのまま・・・・・うとうとしちゃって・・・・・・・」
じゃあ、そのとろんとした目も、気だるそうなそうな声も、さっき倒れそうに
なったのもぜんぶ・・・・・・・・単に眠たいだけ⁉
「七海ちゃん・・・・・寝不足?」
「えへへ・・・・・」
私に抱かれた状態で、七海ちゃんが笑った。
なんだか・・・・・・・複雑な心境。
そう言えば七海ちゃんは、私の母とはいい勝負で・・・・・・天然思想の
持ち主であることを私は思い出し、苦笑いを浮かべた。すると、
、「ナナミ、ちょいとおでこを見せてはくれぬか?」
と、七海ちゃんの耳元に顔を近づけ穏やかにお願いした。
「えっ・・・・・・うん」
みぃさんに促され、七海ちゃんは前髪かきあげ、白いおでこを
露わにすると、みぃさんはそこに呪符を貼り付け、手をあててぶつぶつ
独り言を言いだした。しばらくするとみぃさんは呪符を剥がし、
「どうじゃ、眠気は飛んだか?」
と、七海ちゃんに訊いた。
「あっ、ホントだ」
確かに七海ちゃんの顔色は良くなり、目もぱっちり開いている。
「ありがとう、みぃ子ちゃん・・・・・・すごいね」
笑顔で七海に礼を言われ、みぃさんは恥ずかしそうに頬を指で
ぽりぽりと掻いた。なぜそうなったのか聞かないところが、七海ちゃん
らしいと、私は思った。
「ところで・・・・・・あれ、どうやったの?」
七海ちゃんに聞こえないように、私はみぃさんの耳元で微かな声で囁いた。
『あれ』というのは、『どうやって七海ちゃんの眠気を飛ばした方法』
という意味だが、これはさすがにみぃさんも解っているだろう。
「これはナナミ限定じゃ。ハルに教えると、どーせこの力に甘えて、
なにかとズルをするに決まっておるのでな」
意地悪そうに笑いながら言うみぃさんに、私は顔をしかめた。
実際みぃさんの言う通り・・・・・・・一夜漬けの際に、この札を
使おうと考えていたのは・・・・・・・内緒。
◇
私は七海ちゃんに、先ほど自分に降りかかった事の顛末を説明した。
みぃさんのおまじないですっかり目の覚めた七海ちゃんが私に、一体なにが
あったのかぐいぐい質問攻めにされ、私は気の引ける想いで、学校に遅刻して
誤ってうたた寝をしてしまったこと、教室で弥生や他の生徒に襲われたことを説明した。
「ハ、ハルちゃん・・・・が、おそ・・・・おそっ・・・・・!」
説明し終えると、七海ちゃんは目を泳がせて激しく動揺した。
何もそこまで、狼狽えなくても・・・・・・
「はっ、ハルちゃんどっか擦りむいてない⁉ どっか打ってない⁉」
七海ちゃんが目をぐるぐる回しながら、ほとんどパニック状態で
私の身体をくまなく見始めた。
「ちょっ、七海ちゃん・・・・・・あたしは大丈夫だから!」
「ホントに⁉ どこもケガしてない⁉」
「ホントに大丈夫だって!」
「ホントのホントに⁉」
「ホントのホントに」
「ホントのホントのホントに⁉」
深いため息を漏らす私。するとそんな私たちを、みぃさんは横目で
見てきて、
「なっ、なに?」
私が尋ねると、
「いやぁ・・・・・・仲が良いなぁと思って」
薄笑いを浮かべるみぃさんに七海が、
「そうだよ! ハルちゃんは大事な友達だもん。
心配しない方がおかしいよ!」
そんな屈託のない目で言われると、嬉しいような恥ずかしいような・・・・・
「・・・・・・それで、これからどうする?」
「どうするって?」
私が聞き返すと、みぃさんは眉を寄せて、
「ハルを襲ってきた連中は倒したが、これで全部とは考えられない」
つまり、まだ私をその・・・・・・殺そうと襲い掛かってくる連中がこの学校に
いるかもしれないから、早いうちに手を打ったほうが良いと、みぃさんは
言いたいらしい。
「やっぱり、逃げが得策?」
「確かにそれは良いが・・・・・・・一体どこに?」
「・・・・・・・・あっ、中等部校舎は?」
「ちゆう、とーぶ?」
小首を傾げるみぃさん。やっぱりこの格好だと、仕草一つ一つが何とも
言えないほどに・・・・・・可愛い!
って・・・・・・今はそんな状況じゃないかっ。
「さっさと言わんか、なんじゃそのぉ『ちゆうとーぶ』というところは」
「うん、えっとねぇ・・・・・」
実はこの学校、中高一貫校であって、中央に設けられた庭付き庭園を
挟んで中等部、高等部とそれぞれ二分されている。
私はそれを大まかにみぃさんに説明すると、
「・・・・・・・望みはあるのか?」
と、横目で聞いてきた。
断言はできないが、校舎が分かれている上、行き来もそんなに容易ではない。
第一この学校の中等部と高等部の校舎を繋ぐ連絡通路は三階にしかなく、
理由もなく生徒がここを使用するのは原則として禁止されている。
だから、高等部の生徒のように、中等部の生徒もおかしくなっているとは
考えにくい。私がそう考えていると、七海ちゃんが小さく、
ゆっくりと挙手をして、
「それ・・・・・多分、ダメかも・・・・・」
と申し訳なさそうに口ごもらせて言った。
「どうして?」
返事はおおよそみえていた。
「逃げているとき、中等部のみんなも、弥生ちゃんとおんなじ目つき
してるの・・・・窓から見てたから」
とうことは、学校中の人間がおかしくなっちゃってるってこと⁉
「それは確かか?」
再度みぃさんが尋ねると、七海ちゃんはこくんと頷いた。
「ますます判らん。術の範囲が広いにも関わらず、その呪術も、
その術者も特定出来ん・・・・・・・それに」
みぃさんはそう言って、隣にいる七海ちゃんを一瞥した。
「なに? みぃ子ちゃん」
七海ちゃんがそれに気づいて聞くと、みぃさんは、
「ナナミ、お主――――ッ!」
みぃさんは七海ちゃんに何か言いかけたが、途中でそれを止めると、
頭の尖った狐耳をぴくぴくと動かし始めた。
「みぃさん?」
「みぃ子ちゃん?」
みぃさんは黙って目をつぶり、なにか音を聞き分けているような仕草をしていた。そして、鋭くはっきりと、
「・・・・・・・・来るぞ」
「えっ、“来る”って・・・・・・」
それは・・・・・生徒が、ということなのか?
「兎に角、説明は後じゃ。ここから逃げるぞ!」
みぃさんはバっと手を払いながら、凛とした口調で言い放った。
そして机から降りて教室を飛び出していった。
「ちょっと、みぃさん!」
私は後を追おうとしたが、後ろで七海ちゃんが、恐怖に肩を震わせ、
その場に硬直してしまっているのに気付いた。
「っ!・・・・・・・・七海ちゃん、行こう!」
私は七海ちゃんに手を差し出し、行くように促した。
七海ちゃんは躊躇うように、私の顔と、差し出された手を見比べている。
「早く! おいてっちゃうよ!」
その言葉にびくっと身体じゅうを震わせた七海ちゃんは、恐る恐ると手を差し出してきて・・・・・私はその手を強く掴むと、彼女を引っ張り上げた。
「置いてくわけないじゃん・・・・・!」
私はそのまま彼女の腕を掴んだまま、おぼつかない足取りの七海ちゃんを
教室から引っ張り出した。
教室を出ると、左右の廊下から生徒たちがそれぞれ凶器や、中には拳を構えたり
しながら、一歩ずつこちらににじり寄ってくる。
みぃさんはそれを、突き刺さるような眼光で睨み、嬉しそうに
笑みを浮かべている。
「ガッコーには前にも一度来たことはあるが、こんなに楽しそうな場所じゃったかなぁ・・・・・」
みぃさん気合、いや完全にスイッチ入ってます・・・・・
「貴様らのような者に喧嘩を売られるとは・・・・・・わしの名も
だいぶ落ちぶれたということか・・・・・ならば、一生涯消えぬようにその肉体
と魂に刻み付けてやるわい‼」
そう吠え、みぃさんは手に持った大量の呪符を構えると生徒の集団に、疾風の
如く駆けだした。
「・・・・すごい・・・・!」
思わず感嘆の声を漏らす私。やはりみぃさんの、『主神』としての名は
伊達ではない。だけどどうしてだろう・・・・・・・・イヤな予感がする。
「お主らは見たところのろそうじゃから、こちらから一気に攻めれば一瞬
でカタがつ・・・・! うわぷっ‼」
みぃさんは、呪符を構えたまま・・・・・・・・白く輝くタイル張りの
床に足を取られて・・・・・・・見事、豪快に転んだ。
やっぱり転んだぁーーーーー‼
転倒地点から少し滑り進むみぃ・・・・・・・おっちょこちょいな甘ロり神様。
すんでのトコでイマイチ決まらないのが、この子の個性・・・・・なんだけど。
倒れこむみぃさんを生徒たちが群がっていく。助けに行きたいのは山々だが、
後ろからも生徒は迫って来ているし、七海ちゃんを放っては行けない。
一番先頭の男子生徒が、手に握ったT型箒を振り上げた。
私と七海はもうダメだと思い目を伏せた。
鈍い重量感溢れる音が、廊下中に響き渡った。
「・・・・・・・・・・・ごほっ、げほっ」
次に、小さく咳払いする声がして、私と七海ちゃんはうっすらと
瞼を開いた。
そこに飛び込んできた光景は、額に呪符『封魔符』を貼られ仰向けに
倒れこむ、男子生徒の姿だった。
彼の前でみぃさんが、スカートを叩きながら立ち上がるのも見えた。
「よっ・・・・よくもやってくれたわねぇ・・・・・・・!」
芝居がかっているように呟くみぃさん。心なしか、彼女の狐耳も人間の
耳も、真っ赤になっているように見えた。
あぁ・・・・・カッコよく決めるつもりが転んじゃって、恥ずかしがってるんだ。
男子生徒の後ろから、続けて女子生徒がデッキブラシをみぃさんの頭に
振り下ろす。みぃさんはそれをひらりとかわすと、女子生徒の額目がけて
呪符を押し当て貼り付けた。音を立てて仰向けに倒れこむ女子生徒。
すると今度は左右から、二人の男子生徒がみぃさんを羽交い絞めしようと手を
伸ばしてきた。みぃさんはふんっ! と息を吐くと、軽やかに跳躍して、片方の
男子生徒に呪符を押し当てた。そのまま戦意喪失した男子生徒の身体を使い、
もう片方の男子生徒の額に飛びついた。もがきながら壁にもたれる男子生徒。
「ええいっ、大人しくせんか!」
そう言うとみぃさんは、片手でペタンっと、呪符を彼の額に貼った。
意識がなくなるかのように、男子生徒の腕や足が項垂れ、動かなくなった。
その後も暴徒化した生徒たちの攻撃をかわしつつ、みぃさんは彼らの
額や頬に、呪符を貼り付けていく。気が付けばもう十数人の生徒が、
みぃさんの手によって片付けられていた。
「退路は築けたぞ、早う来い!」
女子生徒に呪符を貼りながら、みぃさんは私たちに手招きした。
「七海ちゃん、離れないでね」
「う、うん!」
私は七海ちゃんの手を引きながら、みぃさんの開けてくれた逃げ道を駆け出した。みぃさんは振り返らずに前を向いて歩き、向かってくる生徒たちを次々と
倒していく。何よりすごいのは、みぃさんの戦い方だ。流れるような速さで
相手を沈めるのももちろん凄いが、万が一、相手がみぃさんをすり抜けて
私たちに向かって来ないよう、わざと間隔を空けて歩いているように
思える。私は、みぃさんの小さな背中を背後から眺めながら思った。
この子は、どこでここまで効率の高い戦闘技術を学んだのだろう、と。
小さな身体を活かし、無駄なく、俊敏に動き回っている。
いくらみぃさんが、とんでもない力を持つ主神だったとしても、戦闘に関して
は後天的に身ににつける必要があると、そりに関して全く疎い私にでも解る。
なら彼女は、何処で、誰にその手解きを受けたのだろう。
などと考えていると、みぃさんは突然その歩みを止めた。
「どうしたの?」
私が尋ねても、みぃさんは黙って前方を鋭い目つきで見つめている。
「・・・・・・・・・・・・・もっと多く来る。わし一人じゃ対処しきれん」
と、声を低くして言った。
私はみぃさんと同じように前方を見たが、これと言って人影は確認できない。
ただ延々と長い廊下が伸びているだけだ。
「なんでそんなのわかるの?」
「悠長にそんなこと説明している場合ではない。急いでどこか頑丈そうな所に
身を移さんと・・・・・・・」
何時もと違い威圧的なみぃさんの声は、恐ろしいほどに説得力に溢れている。
私はそれに、ただただ身を強張らせた。
「はっ、はい!」
そんな私の隣で、いきなり七海ちゃんが手を挙げビックリした。
「なんじゃ、ナナミ?」
「次の角を曲がってちょっと歩くと、化学準備室があるの。そこなら、
大丈夫・・・・・・・と思う」
若干自信なさげに提案する七海ちゃんにみぃさんは、
「強度は?」
「危険な薬品も保管してあるから、出入り口は厚い鉄の扉だし、小窓にも
金属ネットが張ってあるから、窓からも、入れない・・・・・・」
それを聞くとみぃさんは、考え込むように親指と人指し指を顎にあてて、
「・・・・・・わしらは、入れるのか?」
七海ちゃんはさらに、身を縮こまらせて、聞こえるか聞こえないかの声で答えた。
「音楽室に向かう前、先生が入っていくの・・・・・・見た。あの先生、いつも
部屋を掃除するときカギ・・・・・・・開けっ放しだから・・・・・・」
「行くぞ! 案内せい‼」
「えっ、あ・・・・・・ハイ‼」
七海ちゃんはみぃさんに気圧され、先頭を早歩きで進み道案内を始めた。
「時間がない。もっと急げ!」
「はい‼」
ますますみぃさんに気圧された七海ちゃんは次第に歩く速度を速め、
角を曲がる頃にはすっかり早足になっていた。
「ここだよ!」
七海ちゃんはそう言い、閉め切られた灰色の扉のドアノブに手を掛けた。
(あれっ、さっき七海ちゃん、センセが入っていくのが“見えた”って・・・・・・)
「待って七海ちゃん‼」
「ふぇ?」
突然私が叫んだことであっけに取られた声を上げながら、七海ちゃんが
ドアノブを回した。すると中から、両手に茶色い瓶を持った、白衣姿の
先生が出てきた。
「退けナナミ‼」
呪符を構える体勢で飛び出すみぃさん。
咄嗟に七海ちゃんは目を閉じ、両手で頭を覆った。
「七海ちゃん‼」
声を張り上げ、私は叫んだ。
先生は手に持った薬品を七海ちゃんに・・・・・・・・・・・・・かけない。
それどころか斜め前の私に視線を移し向きを変え、こっちに歩いてくる。
目の前の七海ちゃんには目もくれない。
「ハル、そこを動くな‼」
えっ、動くなって・・・・・・
みぃさんは先生の顔に飛びつき呪符をこめかみに貼り付けた。
そのまま力なく横に倒れていく先生。握られた薬品の瓶が激しく音を立てて
割れ、辺りに透明だったり黄色だったりの液体が、這うように広がっていく。
私はそれを、黙って見つめている。まだ恐怖が残っているのか、微かに
自分の身体が震えているのが解った。
「ハルちゃん・・・・・・!」
震える声がして、私はハッとして前を見た。
そこには、私同様に身体を震わせ、目にうっすら涙を浮かべている、
七海ちゃんがいた。
「ハル、ナナミ、もたもたせんと早う入れ‼」
みぃさんは既に中へと入り、ぶんぶん手招きして私と、七海ちゃんを呼んでいる。
「・・・・・・・うん」
掠れた声で返事をしたのは、七海ちゃんだった。
やがて七海ちゃんは重い足取りで中に入って行った。
「ハルも急げ!」
少し怒ったように促され、私も駆け足で入った。
埃と消毒の混じった匂いが鼻を突いたが、私は鼻をおさえなかった。
私が入るのを確認すると、みぃさんはすぐさま扉を閉めてガチャンっと、
カギを掛けた。
その瞬間、大勢の足音が聞こえてきて、擦りガラスにたくさんの人影が
映りこんできた。それらはドアノブを回したり、扉を力いっぱいに
叩き始める。やっぱりみぃさんは分かっていたんだ。いずれここに、
大勢の生徒や先生が集まってくることが。
「七海ちゃん・・・・・・・」
私は七海ちゃんに声を掛けたが、彼女は答えずに、俯きながら
棚にもたれ掛かる姿勢で、体育座りをしていた。
避難したのは良かったが、私たちは事実上、此処に閉じ込められてしまった。
◇
私たちがここに籠城して、どれくらいの時間が経過したのだろう。
科学準備室に時計はないので、細かい時間が判らない。
せめて今が大体何時くらいなのかも、夕陽の加減で知りたいのだが、入口の扉の
窓には生徒が群がり、ひっきりなしに扉を開けようとしているので、太陽の光は
ほぼ完全に遮断されてしまっている。
「お母さん、心配してるかなぁ・・・・・」
私は体育座りをしながら、シミだらけの天井を見上げて呟いた。
「ハル、ちょっといいか?」
窓際に立つみぃさんが私を呼んだ。私がそちらを見ると、みぃさんは窓に
かかっている黒いカーテンを指さして、
「陽がどれくらい沈んだのか確認したいのじゃが、わしではこの布は捲れん。
済まぬが、代わりに捲ってはくれぬか?」
「いいけど・・・・・」
私は両足に力を込めて立ち上がろうとしたが・・・・・・・できなかった。
隣で同じように座る七海ちゃんが、私の裾を掴み、行こうとするのを阻んだ
から。一瞬私はどうしょうか迷ったが、
「ごめんみぃさん・・・・・・」
それだけでみぃさんは事情が分かったらしく、小さく溜め息を漏らした後、私の
下にスタスタ歩いてきて、隣であぐらをかきだした。
次第に誰も口を開かなくなり、うすら寒い部屋に、生ぬるい静寂が立ち込めて
いった。すると突然みぃさんが囁くように、
「いつまでそうしてだんまりを決め込むつもりじゃ・・・・・・・・ナナミ」
と言った。七海ちゃんはそれに何も応えず、膝の中に顔を埋めている。
「黙り続けるならわしが一方的にしゃべるぞ。それでも良いのか?」
黙ったまま、顔を埋めたまま、七海ちゃんは首を縦に振った。
「お主、先ほど教師に襲われかけた時・・・・・・・何を思った?
『怖かった』と感じたか? それとも、『自分ではなくハルが襲われて
良かった』と、内心喜んだか?」
「やめなよ、みぃさん」
私が注意しても、みぃさんは続ける。
「どちらでもないじゃろう? お主はあの時・・・・・・『どうして自分は襲われずにハルが代わりに襲われるのか』と思ったじゃろう? でもそれは、単純な
『疑問』ではないはずしゃ。お主が感じたのは・・・・・『責任』じゃ。
ナナミは見たところ頭が良さそうじゃから、薄々感づいておるんじゃろう?
わしがただの人間じゃないこと、これがただの暴動ではないことそして・・・・・
・・・・・・これが誰かの意思によって引き起こされているということに」
すると、みぃさんはすくっと立ち上がると、
「そんなお主に朗報じゃ。確かにこれは、誰かの強い、強すぎる意思によって
引き起こされておる。わしらはこれを、『融想』と呼んでおる。
人間の鬱屈した想いや願望と言った類のものが、ごく稀に、主神、
つまりその地に住まう神の力を取り込んで、その人間の願っていることを
現実のものにしてしまう現象じゃ。じゃが、ここまで大きなモノは初めてで、
わしもついさっきまでは気づかなかった。じゃがさっき、ナナミ、お主に呪符
を貼りつけた際、お主から、なにやら甘ったるい匂いがしてな・・・・・・
『融想』にかかった人間からは、その人間の『心の匂い』がして、周りに漂って
くるんじゃ。もちろん、それに障った者からも・・・・・・・じゃからお主が、
『融想』にかかっているのは、揺るぎない事実で・・・・・・」
「いい加減にしてよ‼」
私は立ち上がり、みぃさんを、喉が張り裂けんばかりの声で怒鳴りつけた。
別にこれは自分や七海ちゃんのためなんかじゃなかった。
ただ純粋に、みぃさんの言っていることが余りにもばかばかしく
感じたからだ。今起こっているすべての元凶が七海ちゃん?
七海ちゃんが学校中の人たちに、私を襲わせている?
七海ちゃんは、こうなることを望んでいた?
そんなの・・・・・・・ありっこない‼
もちろん私には、七海ちゃんが何を考えているのなんか、私に全部、
分かることなんかできない。
もしかしたら七海ちゃんは心の奥で私を嫌っているのかもしれない。
でもそんなことで・・・・・私はみぃさんに怒鳴ったりなんかしない。
でもさっきからみぃさんの言っていることは、私には理解できない。
荒唐無稽も甚だしくて、私はさっきから胃がむかむかしてくる。
七海ちゃんがどれだけ、私を憎んだり、恨めしいと想っていたとしても、
七海ちゃんはゼッタイ・・・・・他の誰かに私を襲わせようなどとは
考えない! 七海ちゃんはいつだって真っすぐで、可笑しいと想ったことは、
どれだけたどたどしくても、きちんと相手に伝える。特別な根拠があるから
とか、具体例があるからとかではなく、それが・・・・・・・・私の知っている『七海ちゃん』だから!
「ありがとう・・・・・・ハルちゃん・・・・・・」
まるで私の心を悟ったかのように、七海ちゃんが申し訳なさそうに、私に礼を言った。そして七海ちゃんは、声を詰まらせながら、言葉を吐き出した。
「でも・・・・・・ごめん・・・・・・七海・・・気づいてた。
みぃ子ちゃんの言っていることは・・・悪いけど全然・・・・・わかんないけど、
もしかしたら・・・・七海が原因なんじゃないかって・・・・・」
「・・・・・・ッ⁉」
七海ちゃんのその言葉に、目の前がぐにゃりと歪んだ。
「実は七海、ハルちゃんや弥生ちゃんに・・・・・ずっと言えなかったことが
あるの・・・・・きっとそれが・・・・・今起こっていることの原因・・・・・・
・・・・なんだと思う・・・・・ハルちゃん、みぃ子ちゃんも、聞いてくれる・・・?」
みぃさんは、何も言わずに頷いたけど・・・・・私は、恐かった。
私の知っている七海ちゃんが・・・・本当の七海ちゃんじゃなくなってしまうような気がして・・・・・それでも私は、首を・・・・・縦に振った。
そして七海ちゃんは、静かに、何時ものようにおどおどとしながら語り始めた。
◇
『それじゃあ今から、みんなで動物たちに会いに行くよ。
みんな絶対にはぐれないよう気を付けてね!』
『ハ~イ‼』
幼稚園のころ、七海はとある町の動物園に、遠足で来ていた。
エントランス前で先生はそう注意したのに、七海は入って五分もしない
うちに、列から逸れちゃった。
「センセ・・・・・・みんな・・・・・・どこ・・・・・?」
震える声で呼ぶ七海の声はすごく小さくて、親と手をつないで
楽しそうに燥ぐ子供や女の人の話す声、どこから、どこからでも聞こえる
動物たちの鳴き声にかき消されてった。
七海は一人で、近くにみんながいないか辺りを見回しながらとぼとぼ
歩き続けた。でもいくら歩いても、七海はみんなに会えることが出来なかった。
「・・・・・ぐすっ、え・・・・みん・・・・な・・・・・」
七海は心細くて、寂しくて、歩きながら声をしゃくり上げて泣き始めちゃった。
隣の知らないおじさんが横目で七海を見てきて、だけどおじさんは、みんなのところに案内してくれなかった。それでも七海は恥ずかしくて、手で顔を隠して、泣いた。
「お嬢ちゃん、入る?」
って突然声を掛けられて、ビックリして顔を上げると、七海はいつのまにか、
見知らぬ行列の真っ只中にいて、麻色の服を着たお兄さんが
七海を見下ろしていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
その時七海は、わけも知らずに頷いた。ひょっとしたら七海はあの時、
疲れて何処かで休みたかったのかもしれない・・・・・・・・・
お兄さんに案内されて中に入ると、そこは動物園に設けられた屋外ホール
で、一番前には、白いタイルの張られた壇上があって、一瞬、そこを体育館
の発表するところみたいって思っちゃった。
七海は公園の石造ベンチみたいな観客席に腰を下ろすと、何時しか眼に涙を
浮かべたまま、こっくり、こっくり首を振り始めた。ちょっとざわざわしていたけど、いつしか七海は、ベンチに寝転がって眠ってしまった。
『貴様ぁ、その子を放せ!」
『取り返したくばここまで来てみろ‼』
何やら大人が激しく言い争っているから、七海は薄っすらと目をあけた。
だけど次の瞬間、目の前に飛び込んできた光景に七海は、パッチリ目をあけて
きちんと座りなおした。
目の前の壇上で、可笑しな恰好をした大人のひとが、ゲラゲラ嗤いながら、
中央で磔にされて泣きじゃくる男の子の頭に手を乗せて、檀下の、
観客席にギリギリのところでは、これまた可笑しなマスクを被った大人のひとが立っていて、激しく響き渡る音楽の中で、何か叫びながら、その男の子を指さしている。すると隅から虫みたいな恰好をした大人がいっぱい出てきて、下にいるひとに向かっていく。
だけどそのひとは、殴りかかってくる敵? の拳を受け止め逆にパンチしたり、蹴りかかってくる敵には、同じようにキックをお見舞いしたり・・・・・・
そしてやられたふたりは、多さげさといっていいほど遠くに吹っ飛んでいく。
「セーコーマーン、早く助けに来てー‼」
磔にされた男の子が叫ぶと、
「今行くぞ!」
って、拳をつくって返事をする、『ヘンなマスクのひと』。
その後も目の前の敵を振り払いながら、男の子を助けようと奮闘する
そのひとから、七海は目が離せなくなった。
(がんばれ・・・・・!)
七海は心の中でそのひとを応援して、気づくと七海はなにも考えずに、
純粋にこの『おゆうぎかい』を愉しんだ。とうとう男の子のもとにたどり着いた『ヘンなマスクのひと』とその前に立ちはだかる、『悪いひとのリーダー』。七海は瞬きもせずに、向かい合う二人を観客席から見つめながら、この先の展開に固唾を呑んだ。だけど・・・・・・・この後どうなったのかは、知らない。
園内放送で、七海の名前が呼ばれたから。
すぐに七海を探しに来てくれた動物園の人に連れられ、七海は無事に、
迷子センターで待っていた先生に会うことが出来た。
だけど七海は、どうしてか嬉しい気持ちになれず、家に帰っても、ずっと
モヤモヤしていた。
「おかあさん・・・・・・」
七海は今日、動物園で見たものをお母さんに言って、これは何かと
尋ねた。
「ああ、それはきっと『ヒーローショー』ね」
七海の頭を撫でながら、穏やかな表情でお母さんは教えてくれた。
「ひーろーしょう・・・・・・・・・・・」
七海は、お母さんの言葉を反復した。
ハルちゃん、これが・・・・・七海が『ヒーローショー』を大好きに
なったキッカケ。そしてこれが・・・・・ハルちゃんや弥生ちゃんに、ずっと
内緒にしてきた・・・・・・『七海』。
本当は・・・・・・・ずっと打ち明けたかった。
七海はヒーローショーも、ヒーローショーに出てくるヒーローもヒロインも・・・・・・・・・悪役も大好きだって。
だけどね・・・・・言えなかったよ。こんなの・・・・・普通の女の子じゃ
ない。打ち明けたらきっと二人とも、七海のことキライになっちゃう・・・・・・・・だからね、七海は今まで友達に、このことを一言も口にしたこともないし・・・・・・
友達とショーを見に行ったことだって、一度もない。
ハルちゃん、今まで隠してて、ごめんなさい・・・・・・七海のせいで、
こんなにハルちゃんに、いっぱい迷惑かけて、本当に、ごめんなさい・・・・・・・
◇
体育座りをしながら私は、隣で苦しそうに胸を押さえて話す七海ちゃんに、
耳を傾けていた。時折笑顔で、涙を流しながら詫びる七海ちゃんの顔を
私は、直視できずに顔を膝にうずめた。
七海ちゃんは・・・・・・ずっと独りで苦しんでいた。
私が傍にいたのに、彼女の心に触れることさえできなかった。
私はずっと、七海ちゃんを理解できているとばかり思っていた。
でもそれは・・・・私の中で勝手に創った七海ちゃんのイメージを見ていただけで、本当の彼女とは全く、向き合えていなかった。
今起こっていることだって、本当の自分を打ち明けたいのに、私や弥生から
それを拒絶されるのではないかと打ち明けられずに・・・・・結果、その『想い』
が具現化して、私を攻撃している・・・・・・・七海ちゃんはそうやって、
こうして私の隣にいるときだってずっと、自分自身を攻め続けている。
でも私には、なんて彼女に声を掛けたらよいか分からない。
もちろん七海ちゃんが、『ヒーローもの』が好きなのは、それは七海ちゃんの
自由で、ましてやそれで私が七海ちゃんを嫌いになるなんて・・・・・・そんな
こと絶対にない!・・・・・・・だけど、それを七海ちゃんに言ったところで、
なんだかそれが、ひどく建前じみた励まし文句みたいに感じ、私は口をつぐみ
続けている。一体なんて言ったら・・・・・・・七海ちゃんを安心させられるのだろう・・・・・・・分からない・・・・・分からない!
「七海は誰かを助ける英雄奇譚を観るのが好きなのか?」
そんな私をよそに、首を傾げて七海ちゃんに問うてくるみぃさん。
「・・・・・・うん・・・・・・」
「そうか! わしは深夜に観る芸人の『ぶっちゃけとおく』が好きじゃ。
特に俳優が過去にどんな女と夜伽をしたのかを赤裸々に語るとき
なんて・・・・・・・・圧巻で腹がねじれそうで・・・・・!」
ちょっ、いきなりなんの話してんの⁉
腹を抱えながらそんなことカミングアウトするような空気じゃないでしょ‼
腹立たし気にそんなことを思っていると、みぃさんは私にもたれ掛かって私の頬をつんつんしながら、
「じゃがなぁナナミぃ、ハルなんかもっとすごいんじゃぞ! ハルの机の
二段目の鍵付きの引き出しには、愛らしい仕草をした猫ちゃんの写真が
山ほど入っておって、しかも可愛い順にあわせて綺麗に分類分け
されてて・・・・・・・・・」
「~~~~~~!!!!」
もう堪らなくなり、私は支離滅裂に叫びながら立ち上がった。
てか・・・・・・なんでそんなこと知ってんの⁉
「ハルちゃん・・・・・ネコちゃん、好きなの?」
くすっと笑いながら訊いてくる七海ちゃん。
「いや・・・・・・・・Tカップの中に丸まって入っているから・・・・・
つい可愛くって、雑誌から切り抜いたりして・・・・・・・」
ああ何言ってんだあたし・・・・・・・!
恥ずかしすぎる習慣をバラされてあたふたする私を見て、七海ちゃんは
くすくす笑っている。するとみぃさんが腰に拳を据えて、
「ナナミよ、人は誰しも、親しい相手にも言えない趣味や嗜好を一つや二つは
持っていたりするものじゃ。勿論それを打ち明けられずに悩むことなど、
しょっちゅうあること。じゃがな、それは悪いことでもなんでもない。
打ち明けたいということは・・・・・・・それをその人と共有したいという証
であって、それを恥じることは必要ないんじゃ。それにナナミ、お主の隣に
いるこのおなごは、ナナミの趣味嗜好を拒絶したりはしないはずじゃぞ」
「どっ、どうして・・・・・・・」
「だってお主の傍にいるハルは・・・・・・・お主の親友なんじゃろ?
少しは信用してやってもいいのではないか?」
みぃさんの言葉で、ポロポロと涙を流し始める七海ちゃん。
宝石のような涙の粒が、七海ちゃんと私の足元に落ちてゆく。
やばい・・・・・・あたしもなんか、泣きそうだ・・・・・
「まっ、猫の写真をこそこそ集めるのは聊かどうかと考えるがなっ」
「・・・・・⁉ みぃさんこそ、そんな恰好で街を出歩くなんてどーゆー
センスしてるって思っちゃうけどね!」
「なんじゃあハルぅ、わしに嫉妬しておるのかぁ? 言っておくが、わしの写真
はハルにはやらんぞ」
「いりません! もちろん撮ったりもしません‼」
うししっと嗤うみぃさんに、私はさらに向きになって突っかかっていく。
七海ちゃんが・・・・・・・・・・いるのも忘れて。
「・・・・・ありがと、みぃ子ちゃん・・・・・・」
「んっ?」
感謝される理由が分からないと言った感じに首を傾げるみぃさん。
「やっぱり信じきゃだよね・・・・・・・友達のこと・・・・・」
微笑みながら呟く七海ちゃんを見て、私はなぜか心の底から安心した。
(何時もの、七海ちゃんだ)
「ハルちゃんもごめんね・・・・・・ハルちゃんのこと、ちゃんと信じて
あげられなくって・・・・・」
「いやっ・・・・・あたしは・・・・・・・そのぉ・・・・・」
もう! こういう時は『あたしの方こそごめん』って謝るんでしょ桜咲遥!
「駄目だなぁ七海、ハルちゃんに嫌われるなんて考えちゃうなんて・・・・・・」
苦笑いを浮かべながら後頭部を掻く七海ちゃん。
「そっ、そうだよ! 七海ちゃんは全然ヘンなんかじゃないよ!
カッコイイじゃん、ヒーローショー‼」
「・・・・やめてよハルちゃん・・・・・・ちょっと、恥ずかしい・・・・・」
「ああごめんごめん」
そう言って、二人で向き合いながら、私と七海ちゃんは笑った。
その横でみぃさんが、しみじみした顔で頷きながら、
「微笑ましいのぉ・・・・・・そんじゃ、仲直りもしたことで、反撃に
転じるとするか!」
「は、反撃?」
反撃もなにも、今起こっている原因は・・・・・・こんなこと言っちゃ失礼だけど、七海ちゃんなんじゃ・・・・・・
「みぃ子ちゃん、七海が全部悪いんだから・・・・・反撃なんてする必要ないと
思うんだけど・・・・・・」
胸に手を据えて、悲し気に呟く七海ちゃんに、みぃさんは首を振って、
「いやナナミ、残念だが十分必要あるんじゃ。これは・・・・・ナナミが
引き起こしているのではない」
「「えっ⁉」」
二人揃って驚きの声をあげる私と七海ちゃん。
「さっきわしは、七海から仄かに甘い匂いがすると言ったじゃろう?
だが、わしらがヤヨイ等に襲われた時、あの部屋から匂ったのは、酸っぱい
匂い。『融想』にかかった者の匂いはすべて固有で、同じなのは断じて
あり得ない」
そう言われれば、教室に立ち込めていたのは、お酢みたいな酸っぱい匂いで、
今、微かに七海ちゃんから発せられているのは、まるで、焼きたての焼き菓子の
ような香りだ。すると七海ちゃんが、
「でもさっきみぃ子ちゃん、七海はその、『融想』にかかってるって・・・・・」
「勿論、ナナミは『融想』にかかっておる。じゃがそれは、他人を狂わせる
ほど強くはない。第一『融想』の人間の言動は、もっと狂言的で、見るからに
不自然じゃ。だがナナミは、どう見てもまともじゃ」
「ちょっと、じゃあ七海ちゃんはおかしくなってないの?
もしまともなら、弥生たちみたいに、あたしに襲いかかってくるはずじゃ・・・・・」
「わしの話をちゃんと聞いていたのか、ハル?」
みぃさんは深いため息をついた。
「さきほどわしは、『ナナミは融想にかかっている』と言ったんじゃ。
そんな状態で、他者の干渉を受けると思うのか? 他のことで欲求不満爆発
させているというのに」
みぃさんの言葉に、顔を赤らめて、七海は俯いた。
「じゃあ・・・・・・・一体誰が・・・・・・?」
七海ちゃんの疑いは晴れたが、謎は深まってゆくばかり。
一体誰が、みんなに私を襲わせているのだろうか。
「それをこれから探すんじゃ」
「・・・・・・探す?」
「今からわしとハルで、二手に分かれてガッコーに潜んでいる『融想者』を
探す。もしそいつがハルの見知った人物なら、普段とは様子が全然
違うから一目で気づくはずじゃ」
「ちょっと待って! 見つけたところで、あたし、その人を
対処なんかできないよ」
「その点も問題ない。すぐさまわしが駆けつけて、速やかに処理する。
わしはハルの眼を借りて位置を特定できるのでな」
得意げに微笑んで言うみぃさん。
「眼を・・・・・借りる⁉」
「あれっ? わしなにか可笑しなことでも言ったか? 『絆信者』なら、こんな芸当朝飯前なんじゃが」
そうだった。実は私は、とある事情により、みぃさんと契約を交わして
いるんだった。なんでも、みぃさんが主神としての力を駆使するためには、
その街の信奉者が必要不可欠で、ところがみぃさんは、なんでか知らずかこの街
での信仰心はほとんど失われていて、代わりに私が、その代役を受け持っている。
成り行きで契約してしまったので、時々、みぃさんとそんな関係であることを
忘れることがある。
「・・・・・・分かった。だけど・・・・・」
私は七海ちゃんの方を横目で見た。すると、私の心を察したのか、七海ちゃんは、
「なっ、七海にもお手伝いさせて!」
と、両手で拳を握りしめて願い出た。
「ダメじゃ!・・・・・・と言いたいところではあるが、何分こちらとしても
人手は多い方が助かるゆえ・・・・・・・くれぐれも無茶はするなよ」
「うん!」
大きく頷いて、七海ちゃんは返事をした。
「ねぇ、もし襲い掛かられた時はどうすればいいの?」
丸腰で探すのは危険すぎるし、かと言ってここにある薬品を使うのも、色々
危なっかしい。
「その点はのーぷろぐれむ!」
どこで覚えたのよ? そんな言葉。
「これを使え」
そう言ってみぃさんは、私と七海ちゃんに呪符の束を手渡した。
「「これは?」」
「これは以前、わしがハルの前で使った《爆砕滅沈符》を簡略化したものじゃ。こうして丸めて、相手の顔目がけて投げれば、
自動的に爆ぜて相手の意識をとばしてくれる」
と、みぃさんは準備室に置かれた人体模型を敵に見立てて、私たちの前で
デモンストレーションをして見せた。白煙を上げながら、プラスチックで
出来た人体模型が、堅い音を辺りに響かせて倒れた。
「ちょっとそれ危険じゃないんですか⁉」
みぃさんは煙を撒くように手をふって、
「だいじょーぶ、死にゃせんから」
いや、そーいう問題じゃ・・・・・・・
「そんなことよりも、ハル」
「な、なによ?」
「わしをおんぶしてはくれぬか?」
「・・・・・・・・はいいい⁉」
みぃさんが私のズボンの裾を引っ張りながら唐突に
そんなことを要求してくるので、私はあっけに取られた。
「なんでぇ!」
「いいからはようおんぶせんかあ」
両腕をあげてその場をぴょんぴょん跳びながら抱っこを
せがんでくるみぃさん。断ろうとも思ったが、『いやだ!』と言ってみぃさんに余計に駄駄をこねられても困るし・・・・・というか今この状況を七海ちゃんに
凝視されているだけで、私は何故だか顔から火が出そうだった。
「・・・・・わかった、わかったから!」
渋々みぃさんの要求に応えてその場にしゃがみ込むと、みぃさんは勢いよく
私の背中に飛び掛かって来た。
「ぐえっ!」
「ん? なんじゃ?」
背後から私の顔を覗き込んでくるみぃさん。
私はそれに何も言わず立ち上がる。
先ほど折れ曲がって痛めた、腰を摩りながら・・・・・・・
すると、
「ナナミ、ちょっと」
そう言ってみぃさんは手招きをして、七海ちゃんに傍に来るように
促した。なんの用か分からずに怯えた顔色で七海ちゃんはみぃさんの、
正確にはみぃさんをおぶっている私の隣に並ぶ格好で立った。
「これを」
そう言ってみぃさんは、ポシェットから一枚の呪符を取り出し、七海ちゃんに
渡した。
「みぃ子ちゃん、これは?」
呪符を掌ですくうように持ちながら七海ちゃんが尋ねると、
「妖気を発する類のモノから身を護るための保護符じゃ。ナナミが
『融想者』と接触した場合、いくらナナミが自分の心にあてられていて
外部からの『想い』の影響を受けにくくなっていたとしても、やはりその
元凶と直に対峙するのは危険じゃから、ささやかではあるが、その保健じゃ」
しばらく考え込むように俯いた後、七海ちゃんはこくんと頷いた。
続けてみぃさんは人差し指を立てて、
「まずはそれを身体に貼り付けて・・・・・」
「これでイイ⁉」
みぃさんの説明を遮って唐突に、食い入るように聞いてくる七海ちゃんに
ビックリして、私とみぃさんは彼女の方に目をやった。
そこには、みぃさんから手渡された呪符を・・・・・・・おでこに貼って
両手で握りこぶしをつくって、鬼気迫ると言った感じに目を見開いている
七海ちゃんがいた。
「えっとぉ~・・・・ナナミ?」
「はい!」
「貼る箇所は・・・・・・・別にどこでもいいんじゃが・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
何? この何とも言えない空気・・・・・・・
「あっごめんなさい! ええとええと、とりあえずコレはがさなくちゃ‼」
「そこまでせんでよい! いいから落ち着け!」
ちょっと二人とも、狭い部屋でギャーギャー騒がないでくれるかなぁ。
特にみぃさん、背中に“くる“からそんなジタバタしないで!
「はぁ~~・・・・・貼ったらハルに抱きついて」
なんか今とんでもないワード出てこなかった!!?
「・・・・・・みぃさん」
「なんじゃ?」
「いちおー・・・・・・・なんで?」
「なんでって、お主を護るためじゃ。奴らはハル、お主しか狙って
来ぬ。ならばわしが後ろ、ナナミが前につくのが道理じゃろ?」
あぁ、それでおんぶかぁ・・・・・・・・・って、
「そんな密着する必要ってある⁉ 二人が前や後ろに控えるって
だけじゃダメなの?」
涙目で訴える私を、みぃさんは目を細めて、
「そんなことしたら隙間からハルの匂いが漏れて手中放火食らうぞ。
それでも良いのか? 嫌じゃろう?」
匂いとか言うな生々しい‼
「ハルちゃん・・・・・・」
「ああゴメン七海ちゃ・・・・・・」
「それでハルちゃんを守れるなら・・・・七海、頑張るから」
瞳をうるうるさせて呟く七海ちゃん。ハっ、ハイ? ちょっと、この子何言って・・・・・・・ってもぉ既にくっついて来ちゃってるしぃ~~~!!!
「こっ、これでイイのみぃ子ちゃん⁉」
「よぉし、準備万端。出撃じゃあ~~~‼」
いや出撃も何も・・・・・七海ちゃんちょっと、てゆーか大分強く
抱きしめすぎ・・・・・・! あたしを守ろうとするその姿勢は有り難い
んだけども・・・・・・それより、歩きづらい! 全然入口に向かえないん
だけど・・・・・・・なんか、こーゆー生き物いそうだなぁ・・・・・
などと私が考えている内に、ようやく私たちは入口の扉の前にたどり着いた。
でもこの状態じゃ、ドアノブ回すことすら難しい。
「みんなっ・・・・ちょっと横向くよ」
「うん!」
「早う扉開けんかぁ。ったくハルはドンくさいのう」
きひひっと嗤うみぃさんに特に反論せず、私たちはおぼつかない
足取りで向きを変え、鍵を開けると私は生ぬるいドアノブに手を掛け、回そうとした。その時、
「遥ちゃん‼」
外からものすごい勢いで扉が開けられ、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「裕也くん?」
それは紛れもなく、現在この学校に教育実習に来ていおり、私の従兄でもある
裕也くんだった。
年は私よりも五つ上なのだが、顔立ちは“男の子”と言った感じに童顔で、
制服を着せたら高校生にしか見えないかもしれない。
「どうしたの?」
「みんな急に暴れ出して、遥ちゃんのこと心配で、
居ても立っても居られなくって・・・・・!」
はぁはぁ息を切らせて両手を膝について裕也くんは言った。
額には汗が滲んでおり、どうやら大慌てでここに走って来たらしい。
「ハル、知り合いか?」
肩から顔を覗かせてみぃさんが聞いてきた。
「えっ、うん。あたしの従兄の裕也くん」
「遥ちゃん、その肩に乗っかっている・・・・・・」
「えっ⁉ あぁこの子はみぃさん。えぇっとぉ~・・・・」
毎回のことではあるが、知り合いにみぃさんを紹介するとき、なんて
言っていいのか今一つ分からない。まさか『この子は神様です』なんて
正直に紹介しても、笑われるか引かれるかのどっちかだろうと思うし・・・・・
「ついに見つけたぞ! この邪悪な狐怪人め‼」
き、狐・・・・・・怪人??
「ちょっと裕也くん、何言って・・・・・」
「なぁハル」
「え、なに?」
「お主の従兄は、何時もこんな個性的な恰好をしておるのか?」
「えぇ? 個性的って、裕也くんのどこが・・・・・」
そう言って私は前にいる七海ちゃんの肩から裕也くんを見た。
そこには・・・・・てっきりスーツかジャージを着ているとばかり
思っていたのだが、そのどちらでもなく・・・・・・見たまんま、
工事現場やガードマンが着ていそうな、こう青とか白とか、ピカピカ点滅
する作業着姿に、スニーカーではなく黒い長靴を履いた裕也くんが、
顔を真っ赤にしながらみぃさんを指さしていた。
「裕也くん・・・・・なに、その恰好?」
半分苦笑いで訊いた私に裕也くんは、
「人心を惑わし悪逆非道の限りを尽くし、とうとう僕の大事な遥ちゃんに
まで手を出したその罪、この『ガードレンジャー』が正しく取り締まって・・・・・」
「ストップストォ~~ップ!!!」
もう何が何だか分からず、私は決めゼリフっぽいことを決めポーズっぽいもの
を決めながら気持ちよさそうに叫んでいる裕也くんを止めた。
「どうしたんだ遥ちゃん」
その言い方も何だか芝居がかってるし、これじゃまるで・・・・・
「あっ」
悶絶している私の前で、七海ちゃんが何かを思い出したかのように
声を漏らした。
「このひと、『ガードレンジャー』だ」
「がっ、ガードレンジャー?」
そう言えばさっき、裕也くんも自分のことガードレンジャーって。
「なんなんじゃそれ?」
「ええっと、『交通戦隊ガードレンジャー』って言って、町中の道路に
関するトラブルを、道路作業員のお兄さんが解決していくお話」
見上げて私たちに説明してくれる七海ちゃん。
「ふんふん。でこやつは?」
裕也くんを指さして再度尋ねるみぃさん。
「んんっとぉ~・・・・『ジョカンの勇人くん』、かな・・・・・」
「“かな”ではなく正真正銘、僕は『ジョカンのマサ』だ!」
手を振り払って言い放つ裕也くん。
「要は、戦隊ヒーローの、コスプレ・・・・・」
力なく呟く私に、みぃさんが、
「ハルの従兄であるこやつにはそんな嗜好があるのか?」
「あるわけないでしょ! あたしの知ってる裕也くんはもっとこう・・・・」
私の知っている裕也くんはもっとこう、真面目で勉強熱心で、ちょっと内気で、
少なくともこんなコスプレ紛いなことするようなひとじゃ・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、これってぇ・・・・
「なぁるほどぉ~」
「えっ、何? みぃ子ちゃん」
「こやつが、今回の騒動を引き起こした『融想者』か」
裕也くんが・・・・・・・・・この騒動の元凶⁉
「いやいや、いくら何でもそれはぁ・・・・・」
「じゃあこやつは毎回こんな姿で街を出歩くのか? ただ従妹の身を
案じに駆けつけただけだというのに、いちいち決め台詞を言うのか?」
「ぐぅっ・・・・・!」
そこをつかれると、流石に弁解が・・・・・・
「だっ、大体これはどー見たって暴動騒ぎで、それとその戦隊ヒーロー
とどうやってつなが・・・・・・・・・」
「ナナミ」
「えっ? な、七海?」
「頼む」
「んんん~~~~・・・・・・」
頭の中の知識を引っ張り出すように眉間にしわを寄せて唸る七海ちゃん。
それよりもみぃさん、なんで・・・・・・・七海ちゃんにふるの?
「ああっ!」
「んっ、なんじゃ?」
「『ガードレンジャー』の第七話、確か国道の舗装工事しようとしたら、
そこを棲み処にしていた狐の怪人がそれを邪魔しようとなんの罪もない
通行人を操って暴れさせて、大パニックって回だった」
「でかしたナナミぃ!」
でかした七海ちゃん・・・・・だけど、なぜに素直に喜べない・・・・あたし。
結論から言うと、今回の騒動は悪の狐怪人=みぃさん、正義の戦隊
ヒーロー=裕也くんに置き換えた、大掛かりではた迷惑な、戦隊ショーって
ことで、私はその・・・・・・囚われのヒロイン。
その構図を頭に思い浮かべ、
「なんじゃハル、そんなに可笑しいか? この状況」
苦笑いを浮かべてるんだよ、みぃさん。
「さぁ遥ちゃん。大丈夫だからね・・・・・・イマボクガイクカラネ・・・・・・」
柑橘系みたいな酸っぱい匂いをむせ返りそうな程漂わせ、目を半眼に開けた
裕也くんが薄笑いを浮かべて、両手を広げてこっちに近づいてきた。
「ちょ、裕、也くん・・・・・ちょっと待って・・・・・・」
「オチツイテ・・・・・・ボクニミヲユダネルンダ・・・・・・・」
どんどん近づいて来る裕也くん。
「いや、だから・・・・・・」
本当なら今すぐにでも走って逃げだしたいところだが、足が竦んで動けに動けない。だから、代わりに私はぽつりと呟いた。
「あたし・・・・・そーゆうのは、守備範囲外、なんで」
と・・・・・・丁重にお断わりした。
「・・・・・・・エエッ!!?」
「・・・・・・・・・えぇっ⁉」
驚愕の声が裕也くんと、私の胸元から聞こえてきた。その時、
「スキありぃ!!!!」
みぃさんが私の肩を跨ぐと、そのまま裕也くん目がげて飛び掛かった。
両手に呪符を構えて。
「ハァッ‼ クソガァァアアアァァアアアァ!!!!」
揉みくちゃになりながら廊下の窓を突き破って落下していく
みぃさんと裕也くん。もうヒーローが叫ぶワードじゃないよねそれ・・・・・・
「みぃさん‼」
心配したのもつかの間、室内に裕也くんの『想い』にあてられた
生徒達が何人もなだれ込んで来、私と七海ちゃんを取り囲んできた。
「はっ、ハルちゃん行って!」
いつの間にか私から離れた七海ちゃんが、くしゃくしゃに丸めた呪符を
両手いっぱいに持ち、涙目であるが普段と違って、声を荒げ立っていた。
「でもっ!」
「良いから‼」
俯いて叫ぶ七海ちゃんに一瞬、私はたじろいた。だけど・・・・・
「・・・・・・ごめん! 恩に切る!」
そう言い残し、私は二人の後を追った。
「『ジョカンのマサくん』の武器は進入防止チェーンだから気を付けて!」
遠くから七海ちゃんがそう叫ぶ声が聞こえてきた。
階段を駆け下りて外へと出ると、そこには正門を背に立つ裕也くんと、
黄色い鎖でぐるぐるに巻かれてうつ伏せに倒れたみぃさんが、悔しそうに
唸り、目の前の裕也くんを睨みつけていた。
「おのれぇ・・・・・・」
「コレデトドメダァアアアアァァァ‼」
目を血走らせ、裕也くんは右手に持った誘導ライトを思い切り振り下げた。
「だめぇ‼」
そう叫ぶ前に私は駆けだし、暴走状態の裕也くんの前に立ちはだかった。
しかし、
「ジャマダアァァ!」
裕也くんは振り下げた誘導ライトをそのまま横に振りかぶって、私の腹に
打ち付けてきた。
「きゃあっ・・・・・!」
小さく悲鳴を上げ、私は後ろにあった花壇にぶつかった。
鈍く辛い痛みが私の腹と背中に走り、私はその場に這いつくばって
小さく唸った。
「ハル‼」
前からみぃさんの呼ぶ声がしたが、私は痛みに苦しみ、そちらに視線を
向けることが出来なかった。
「ハル・・・・・ハルぅ・・・・・・・」
泣きそうな声でみぃさんが何度も私の名前を囁く。そして、
「貴様、わしの、わしの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・妾ノマエデアマリチョウシニノルあああぁああぁぁぁぁぁああぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
いきなりみぃさんの、みぃさんのモノとは思えないほどとてつもなく大きな
怒声が耳に飛び込んできて、何かと思って顔を上げて見てみると、
鎖をすべて弾き飛ばして、突進する闘牛の如き速さと荒々しさで
裕也くんの下へと走り、それを助走にして飛び上がったと思ったら、
そのまま彼の右頬に、力いっぱい拳をめり込ませている、
みぃさんの姿があった。
え・・・・・・・おかしな力で多少強くなっているとはいえ、神様が
一般人を殴るんですか・・・・・・・・・・しかもグーで。
それにロリータ服着た女の子に殴られてる大人(教育実習生(男))って
いうのは、絵的にちょっと・・・・・・・・・・・・・・・
などと私が思っている間に、当の裕也くんはくるくると宙を舞いながら
コンクリの地面にどしゃっ! と音を響かせて倒れた。
みぃさんはその裕也くんの方へ、怒りで髪を振り乱しながらすたすた
向って行って、
「いってえぇ・・・・・・・っあぁああああぁあああぁあぁ!!!!」
倒れこむ裕也くんの右腕を思い切り踏みつけて、続けて綺麗に輝く瞳を
ギラギラと憤慨の炎で滾らせながら見下ろし、
『妾ガフタツ、汝ニ命ズル・・・・・・・・ヒトツ、妾ノ統べる領域ニ再び
ソノ下足ヲ歩マセルコトヲ禁ズ・・・・・・・・・フタツ、己ノ犯シタ愚行ヲ
恥、相手ニ心カラ詫ビヨ・・・・・・・万ガ一、汝ガソノフタツノ片デモ
怠レバ・・・・・・・・・・解ッテイヨウナ・・・・・・・・・』
めちゃくちゃドスの効いた声で問いかけるみぃさんに、ひぃぃ! と
裕也くんは慄き歯をガチガチ鳴らして、
「わっ、解りましたから・・・・・・・・ホント・・・・・・ごめんなさぁ~~~~~~~~~~~~~い‼」
立ち上がったと同時に開いた正門から、一目散に逃げて行った。
よほど、激おこ状態のみぃさんに気圧されたのだろう。
「ハルちゃん、みぃ子ちゃん!」
血相を変えた七海ちゃんが、あたふたと千鳥足で校舎から出てきた。
「うわぁ~~んナナミぃ~、わしすっごく怖かったぞぉ~~~!」
先ほどとは打って変わって涙目で七海ちゃんの方へと駆け寄るみぃさん。
いや怖いのはあんたの方だよ!
冗談抜きで、本当に怖かった。あれじゃ神様じゃなくて、荒れ狂う魔神だ。
一人称も『わし』じゃなかったし・・・・・・・・・
「あっ! あの人・・・・・・・・」
「わしがしっかり懲らしめておいた。もう二度とここには戻って来ん
じゃろう」
七海ちゃんにすり寄りながら、彼女の顔を見上げて笑顔で断言するみぃさん。
“懲らしめる”って言うよりも、“殺しかねない”くらいの迫力だったけど・・・・・
「あっそぉじゃ。ハル」
「んっ?」
みぃさんが七海ちゃんの元から離れてこちらに駆け寄って来て、
「良かったな、今回はナナミではなくて」
と、微笑みながらも険しく目を吊り上がらせて言った。
その言葉に、私ははっとした。これは、私に対する、みぃさんの戒めの
詞だ。結果として原因は裕也くんだったけど、もしかしたら、その立場に
立っていたのは、七海ちゃんだったのかもしれない。七海ちゃんはずっと、
ずっとずっと、自分の気持ちを押し殺して過ごしてきた。私がそれに気づこうと
すれば、何時だって気づけたのに・・・・・・・きっとあの時、商店街で
私に打ち明けたかったのは・・・・・・このことだったに違いない。
それなのに、あたしは・・・・・・・あたしは・・・・・・・!
「悲観するなら、少しは勇気を出したナナミを見習って・・・・・・・」
なら、今のあたしがやらなければいけないことは、これしかない!
「おいハル、聞いておるのか?」
私は決意を胸に抱き、七海ちゃんの方へと、力強く歩んでいく。
「待たんか! わしの話をちゃんと・・・・・・・」
「七海ちゃん!」
「っ! なっなに・・・・・・・ハルちゃん?」
「こんなこと言ったら、偉そうかもしれないけど、あたし、いっつも
にこにこ笑ってる七海ちゃんも、ヒーローショー大好きな七海ちゃんも
・・・・・・・・・・・大好きです‼ だから今まであたしに見せなかった
七海ちゃん・・・・・・ちゃんと見せてください!!!」
頭を下げてお願いされて、七海ちゃんは驚いたように目を見開いていたが、
やがて、くすくす笑うと、
「たしかに、偉そうだね・・・・・・」
と呟いた。
「やっぱ・・・・・そー、だよね?」
「じゃあ七海も偉そうなお願い、ハルちゃんにしちゃおうかな・・・・・」
「えっ・・・・・・・もちろん‼ 容赦なくしちゃってよ!」
罪滅ぼし、いや、私はそんなことこれっぽっちも思っていなかった。
ただ純粋に、七海ちゃんの今の気持ちが知りたいだけだった。
七海ちゃんは照れたように俯き、頬を赤らめ黙っていた。
が、すぅと息を吸いこんで、私にお願いした。
「七海と・・・・・・一緒にヒーローショー観に行ってください!」
「ハイっ!」
私は一つ返事で応えてぇ~~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・ひひっ、ヒーローショーおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?
◇
『みぃんなぁ~~~、こぉんにちはぁ~~~~‼』
『こぉんにちはぁ~~~~~~~!!!!!』
「ほらっ、始まったよハルちゃん!」
「おっ! いよいよか」
隣に座るみぃさんと七海ちゃんに肩を叩かれ、私は苦笑で頷いた。
やっぱりなんか落ち着かないなぁ・・・・・・・・
あんなことがあった矢先、しかも他ならぬ七海ちゃんの頼みとは
言え・・・・・・・・・三人でヒーローショーを見に来た事に、
私は変に緊張していた。周りも親子連れの小さな男の子ばっかりだし。
場所だって普段は絶対に来ない、公民館のホール。
『明日二回目の公演があるから行ってみようよ!』
前日、七海ちゃんにそう提案された時、正直行こうかどうか迷って
しまった。もちろん何でも頼んでいいって言ったのは、あたしだけど・・・・・・
しかもなんでかあたしの家で段取りの打ち合わせしてたから、
横からみぃさんが、
『ナナミ、わしも行ってもよいか?』
『いいよ! みんなで観た方が楽しいしっ!』
と、私の気持ちが揺らいでいるよそで、気づいたら打ち合わせが終わっていた。
待ち合わせはここから一つ先の駅近くにある公民館に朝十時。
会場もそこで、入場料は無料。七海ちゃんによると、なんでもその公民館
オリジナルのキャラクターで、年に数回、町と公民館の宣伝を兼ねて
ショーを開いているとのこと。来てみると、そこには大きな
リュックサックを背負った七海ちゃんが館の玄関前で私たちを
待っていた。
「あっ、ハルちゃあ~ん、みぃ子ちゃあ~ん!」
大きく手を振ってぴょんぴょん跳ねて私たちを呼ぶ七海ちゃん。
学校で普段、私や弥生に見せる雰囲気とぜんぜん違っていて、私は一瞬
戸惑ってしまった。
「ま、待った?」
「ううん! 七海もさっき来たとこ!」
眩いばかりの陽射しを浴びながら、七海ちゃんは笑顔で答えた。
ホントいつもとぜんぜん違うなぁ・・・・・・・
「どうしたの?」
私の気持ちを察したのか、七海ちゃんは尋ねた。
「いや・・・・・七海ちゃん、いつもと雰囲気違うなぁと思って」
「だって初めてだもん! こうして友達と観にくるの!」
これまた可愛く笑って答える七海ちゃん。子供みたいに燥ぐ姿に、
逆にこっちが癒されていく。
「じゃあ行こっか!」
「・・・・・・うん」
私たちはスリッパに履き替え、受付で手書きのパンフレット
や緑色のアンケート用紙を受け取ると、その足で会場であるホールへと向か った。ホールは受付から廊下をまっすぐ歩いたその先にあって、
中へ入ると既にちらほらと人がおり、設置されたくすんで穴が開いた
長椅子に座り、仮眠をとったり、アンケート用紙に記入していたりして
時間を潰していた。体育館やホール独特の、木やゴムの混じり合った匂いが
私の鼻をついてきた。私たち、というか七海ちゃんは周りを物色し、どこから
なら一番観えやすいか席を探していた。その眼はもう、砂漠に落ちた
五円玉を探しているの? って程の目つきで、七海ちゃんの、今日この日に
向けた真剣さが垣間見えた。なんか唸り声上げてるし・・・・・
「な・・・・・・七海、さん?」
「ハルちゃんごめん。今話しかけないで」
すっ・・・・・・スンマセン。
「ああ‼」
「っ・・・・・・! なっ、なに⁉」
「あそこっ!」
前から二列目、中央からやや右寄りのスペースを指さして、七海ちゃんは
すぐさまそこに向かって行った。
「すごい・・・・・・『あくてぃぶ』じゃのう、今日のナナミ」
隣でみぃさんが目を丸くし呟いた。
「ねえっ・・・・・・・・・って七海ちゃん、ちょっとまってよぉ!」
私とみぃさんが着いたころには、七海ちゃんはもう、そこにちょこんと
座っていた。
「七海ちゃん・・・・・・・足速い・・・・・・・し・・・・・・」
息を切らしながら座る私に、七海ちゃんはなにも答えず、手渡された
パンフレットを、じぃ~~~~~~っと眺め読んでいる。
「ナナミ、その鞄には、一体何が入っているんじゃ?」
七海ちゃんの隣に置かれた鞄を、座りながら興味津々に覗き込んで
私の隣に座ったみぃさんが尋ねた。突然話しかけられ、面食らったといった感じに反応した後、
「えっ! ああ、これはね、今日このヒーローショーに出演する、公民館の
職員さんたちに宛てた応援メッセージと、あと手作りのお菓子とか
入れてるんだよっ!」
七海ちゃんの返答に、ただただ口をぽかんと開けているみぃさん。
確かに、こんなこと言ったら申し訳ないが、たかだか地元の戦隊ショーの
ためにそこまでするなんて。いくらそれに関して特に何も知らない
みぃさんでも、それはビックリするよ・・・・・・・・・
しばらくすると、壇上の隅から一人の、見るからに職員です! って
感じの、グレーの作業服を着た中年女性が出てきて、
『みんな元気ですかぁ~、元気なひとはぁ~・・・・・・手を挙げてぇ~~‼』
『はぁ~~~~い‼』
マイクを持った女性が手を挙げると同時に、いつの間に来て座ったのか、
数えきれないほどたくさんの男の子がいて、押し合いへし合いしながら
手を挙げた。すっごい人気だなぁ、このヒーローショー。
「「はぁ~~~い!」」
そんな子供たちに交じって元気よく手を挙げる、七海ちゃんとみぃさん。
ひゃあ~~~なんであたしが恥ずかしがってんのぉ~~~⁉
『じゃあさっそく、みんなの大好きなあの人を、さっきよりも元気よく
呼んでみよぉ~かぁ! みんな出来るかなぁ? せぇ~~~っの!」
「そこまでだぁ!」
突然隅から、サングラスを掛けた作業服のおじさんが現れ、ざわめく会場。
『なっ、なんですか、あなたはっ⁉』
「俺はこの公民館に逃げ込んだテロリスト、『イキナババ』である。
今この瞬間、ここは我々の支配下に置かれた!」
「なっ、なんじゃとぉ~~~‼」
ぐっと拳をつくって叫ぶみぃさん。あたしはよくは知らないけど、やっぱり
悪者は聞かれたら名乗っちゃうのがお約束だよね。
『そんなっ! みんな諦めないで! わたしたちには・・・・・・』
「おおっと、言っておくが、助けなど来ないぞ」
右手に持ったピストルをカチャカチャ鳴らして豪語するテロリスト。
大抵ここで、そうはさせるかって叫びながら、ヒーローが出てくるんだよねっ。
「なにせ・・・・・・・・・頼みの綱である『コーミンジャー』は我々が
既に拘束してあるからなぁ‼」
『なんだってぇ~~~~~!!!!』
驚愕の事実に一斉にどよめく会場。みぃさん。七海ちゃん。
すると隅から、ロープに巻かれて、他のテロリスト集団(彼らも作業服)に
連れられ出てくる『コーミンジャー(※彼はちゃんと特殊スーツ着てます)』。
まさかヒーローが一発目から敵に捕まって出てくるとは、あまりにも急展開
すぎて、見ているこっちがついていけなさそうになる。
そして、これまたあっさり捕まっちゃう司会のおばちゃん。
だれぇ⁉ 今回このショーの脚本書いた人!
「ははははははっ! これで貴様らももう・・・・・・」
「ちょっと待ったぁ~・・・・・」
今度はなに⁉
しわがれて消えそうな声が・・・・・・・・会場の隅から聞こえてきて、
その場にスポットライトがあてられると、そこにはボサボサで頭頂部の禿げた
白髪頭のおじいさんが、手に持った箒を杖の様にしながら立っていた。
「き・・・・・貴様らをたおひゅのはぁ・・・・・・・このわしじゃあ~・・・・・」
杖・・・・・・・いや違った。箒をつきながら壇上に向かっていくおじいさん。
ねぇ、これホントに・・・・・・子供向けのヒーローショー?
「なんじゃあジジィ!」
テロリストのひとりが、壇上にあがったおじいさんに銃口を向ける。
「「あぶない!」」
拘束されながら叫ぶ司会者とヒーロー。
そして会場全体に響き渡る一発の銃声。と言ってもこれは、スピーカーから
発せられた音だが。目を両手で覆うみぃさん。
しかし、おじいさんは倒れず、仁王立ちしていた。
しかも箒を、まるで剣のように構えながら。
そう、おじいさんは放たれた弾丸を、こともあろうか箒で弾いたのだ!
「くそぉ~~‼」
テロリストは叫びながら発砲を続けるが、おじいさんはそれをすべて
箒で弾く。鳴り響き続ける銃声。しかし突然おじいさんはその場を
くるりと・・・・・よたよたと回転した。刹那、銃声と共に倒れる、テロリスト。
あろうことか弾いた弾丸が、テロリストに被弾したのだ。
なにその神業!!?
「おのれぇ、撃て撃てぇ‼」
その声で一斉に銃を懐から取り出し、乱射を始めるテロリスト集団。
しかしそのすべてはじき返し、返り討ちにしてゆく、掃除係のおじいさん。
点滴似合いそうなおじいさんがすることじゃないでしょ‼
「おお~~、すごいすごい‼」
隣から歓喜の声をあげるみぃさん。まぁ、すごいっちゃあすごいけど・・・・・
「『ひーろーしょう』とは、こんなにも面白い催しなのか⁉」
フツーはあそこで捕まってる人が活躍するんだけどね!
「わしも今度、ああいった戦法をとってみようか・・・・・・」
あれはやろうと決めて出来ることじゃないよ。ってかそんな場面ないしっ!
もう、カオスな状況に疲れて、私は深いため息をつくと、隣に座った
七海ちゃんの方へと視線を向けてみた。
「あっ・・・・・」
私は、思わず声を漏らした。七海ちゃんは座りながら、拳を突き上げて大声で
応援したり、向こうがいきなり格闘戦に移行したら、危ない瞬間には目をふさぎ
敵が倒されると、おお~~~‼ と歓声をあげたり・・・・・・・・・・・・・
私は初めて、七海ちゃんの、今まで七海ちゃんが恐がって私に見せてくれ
なかった側面を見た気がして・・・・・・その姿に、感動じみた心境を覚えた。
「やっぱり今日・・・・・・・・来てよかったかも」
「小癪なぁ、こうなったら・・・・・・」
そう唸ると、テロリストのリーダーがピストル片手に壇上から観客席へと
下りてきた。それに対し悲鳴を上げる子供たち。すると、
「動くなっ! 動くとこのガキの命はねぇ!」
そう言って、壇上のおじいさんを脅してみせた。
「あ~あ、みぃさん人質になっちゃった」
わたしが呆れた口調で呟くと、みぃさんはきょとんと首を傾げて、
「人質はわしではなくハルじゃぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・へっ??」
みぃさんの言葉の意味が解らず、私は間の抜けた声を漏らした。
いやいや、人質はどうかん考えてもみぃさんでしょっ。いくらなんでも
あたしが人質ってのはナイ!
そう思って顔を見上げると・・・・・・・・目の前に作業服を着て
サングラスを掛けたおじさんが、おもちゃのピストルをこっちに向けて
立っている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
半笑いで固まる私。何時もみたく心配そうな表情で見つめてくる七海ちゃん。
こちらに一斉に視線を注いでくる会場のみんな。
呆れたように首を左右に振る、みぃさん。
「・・・・・・・・・・あたし、デスカ?」
目の前のテロリストに私は、自分の顔を指さして尋ねる。
「そうだ! いいかっ、ヘンな真似してみろ。このガキの命は
ないからなぁああああああああああ‼」
もぉカンベンしてぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!
その後私は、無事に助けられました。
ヒーロー・・・・・・・・・・・・・・ではなくおじいさんに。
お久しぶりでっす。CherryーSoundです!
『桜狐奇戰録 Innocent Imagination』
いかがだったでしょうか。楽しんでいただけましたか?
前回より内容もページ(マイクロのワードで書いているので)も
メチャクチャ分厚くなって帰ってきた桜奇ですが、自分としては
前作書いていた頃よりも成長できたかなぁ~と思えるので、ちょっと
ホクホクした気持ちで執筆していました! あっそうそう、
前書きでどうして連載じゃなくて短編で投稿するのか説明するって
言った・・・・・・かな? 言いましたよね。それはぁ・・・・・・
あくまで・・・・・・・短編ですから・・・・・・
・・・・・・・色んな人に怒られないかなぁ・・・・・・・
ぅおっほん、今回の桜奇では『普段は気づけない友達の秘密』をテーマに
作品を練り上げました。それなのに関係なしにみぃさんにロリータ服着せたり
・・・・・・・でも書いていて楽しかったです(僕はロリコンじゃないですよ!)
でも夢中に書いていくうちにページ数が80以上に膨れ上がっちゃって・・・・・
みぃ子「だから完成にも前回の二倍かかった訳じゃな」
そこつきますか・・・・・・。
七海「そうだよみぃ子ちゃん! 先生だって大変だったんだから」
みぃ子「普段の生活を言い訳にしていたら書けるもんも書けなくなってしまう
ぞ」
今俺がどんな気持ちでこれ書いてるか教えてやろうか(怒)
七海「じゃあこれから、先生にこれ以上負担がかからないように、
七海があとがきを書くっていうのはどうですか(笑)?」
え・・・・・・・・
みぃ子「確かにそれなら負担はだいぶ減るのぉ」
それは、僕にここから出てけってゆーことデスか⁉
七海「桜狐奇戰録ii 読んでいただきありがとうございました。
そして『わたしはひとりでワルツをおどり、』『魔法少女が魔法一切
魔法使わずに人助けて大丈夫なんですか⁉』も、これからも応援
よろしくお願いします!」
ちょっと七海さん勝手に僕の立ち位置取らないで(泣)!
っていうか他所で連載してる作品宣伝していいのか小説家になろう!