動画サイト
「次、オレで良いかな?」
ヤンキーなお兄さんこと、間宮瑛士さんが言った。
「うん。お兄さんの話、聞くよ」
夜見が返事をするより早く男の子が答える。
「……お願いします」
夜見が男の子の勢いに気圧されてるのが可笑しかった。
「オレはさぁ、幼馴染みっつーか、妹っつーかに会いに行きたいんだ」
「意味わかんないわね」
キツそうな女の子が突っかかる。
「これから説明するとこだろっ、ちょっと待ってろよ」
すぐに間宮さんが言い返す。キツそうな女の子にペースを乱されてるみたいだ。
僕は夜見と間宮さんを不敏に感じた。
「近所の子なんだけどさ、3つ下の。周りに歳が近いのオレだけで、気付いたらウチにいるのが当たり前、みたいな……」
「その女の子に会いたいの?」
男の子が聞いた。
「当たり! 聞きたくなってきた?」
間宮さん、笑顔が素敵です。
「さっき須藤さんが言ってたみたいにさ、中学生くらいになるとイロイロやってみたいことって増えるじゃん。それで、お年玉とこづかい貯めて、中古だけどPC買ったんだよ」
「はっ?」
話がジャンプしてるんですが。話が飲み込めない僕達に対し、間宮さんは慌てて言った。
「いや、待て、こっからが本題だから。で、さっき話した女の子がさ、PCいじってると寄って来てさ。……当時仲間内で流行ってる動画サイトがあったんだよ。それを二人で見たりしてさ」
間宮さんはとある動画サイトの名前を言った。キツそうな女の子は「ああ、アレね」と言ったけど、僕とおとなしい女の子と男の子は首を横に振った。……が、死神である夜見は縦に首を振った。
「……地上の事を詳しく知っておくのも、我々の仕事ですので」
間宮さんはそんな夜見を気にも止めず、話を続ける。
最初はいろんな動画を見た。それから違う動画サイトも調べて更に見てみた。元々幼い頃から一緒に遊んでた二人、好みの動画も似ていた。そうして動画を見て過ごす内に自分でも動画を作って投稿してみたい、と思ったらしい。
間宮さんがストーリーの様な物を書いていると、彼女がそれに合うイラストを描いてくれた。彼女はイラストを描いているとき、幸せそうな表情をしていた。そんな彼女を見てると自分も嬉しくなり、ストーリーも彼女の絵のタッチに合う様に工夫した、と間宮さんは話した。
「オレさ、あいつのコト好きだったんだよな。生きてる間、気付かなかったけど」
間宮さんは目を閉じ、ソファーに沈む様にもたれかかった。
「いくつか作品っぽいのが出来て、で、同時進行でPCの勉強もして、……アニメにしたかったんだよ。でも、なかなか上手くいかなくてさ。……そうこうしてるウチに重い病気になって……」
いきなり間宮さんは両手で両方の膝をパシッと叩いた。
「以上!」
しんみりした気分で話を聞いていた僕達は、それこそアニメの様にずっこけた。
「何よ、それ」
キツそうな女の子の口調は相変わらずだが、優しい目付きでツッコミを入れた。
「いや、なんか照れる」
「お兄さん、顔が真っ赤だよ」
「やっべぇ」
男の子が言うと、間宮さんは顔をゴシゴシと擦った。間宮さん、僕達は霊体なので赤くなりません、騙されてますよ、と思ったけど黙っておいた。
「では、その彼女の所で良いですか?」
「おうっ!」
夜見が確認すると、間宮さんは嬉しそうな顔でソファーから飛び上がり、気を付けのポーズをした。
夜見は又もタブレットを取り出し何か操作をした。皆、当たり前の様に窓を見る。
窓は今回巨大スクリーンモニターになった。
「PC画面よね、これ」
キツそうな女の子が不思議そうに呟く。
画面が起動して動画サイトが映し出された。
「まさか……?」
間宮さんが絞り出す様な声を出す。
画面がスクロールされある動画がクリックされると、淡い色調の可愛らしい鯨の絵が現れた。と、女の子の柔らかい声がする。
「『創作童話アニメ、クジラの王子様』」
「彼女の声だっ。彼女の絵だっ。オレの作った話……」
間宮さんは巨大モニターにへばり付いて叫ぶ。
「マジか! すげえっ! やってくれたんだ、オレ達の夢、やり遂げてくれたんだ!」
話は、小さなクジラの王子様が周りの生き物達に助けられながら成長していく、という暖かなストーリーだった。動画としてはアニメと言うより紙芝居に近い。
「ボクこれ好き。お話も絵も。このお姉さん読むの上手だね」
「私も良いと思う。彼女のしゃべり方、あなたの話に合ってると思うわ」
皆が感想を述べていると動画が終わり、最後に文字が浮かび上がった。そこには『BY mamiyamiya』のロゴがあった。
「美夜だっ!ほんとに美夜なんだっ」
「年頃の女の子って好きな人の名字に自分の名前書いたりするのよね」
キツそうな女の子が、微笑んで言った。
「ソレってつまり……」
「彼女は間宮さんの事が好きだったのですよ」
夜見がしみじみと言う。
「マジか! ……美夜、ごめん美夜。オレ、死んじゃって……」
下を向いた間宮さんの肩が震えている。きっと泣いているのだろうと思い、誰も声をかけられ無かった。しかし間宮さんは両手で自分の頬を叩いた。そしてモニター兼、転送装置でもある窓を見据える。
そこには先程までの動画が消え、どこかの部屋のドアがあった。
「美夜の部屋のドアだ。……行く!」
「間宮さん、分かってらっしゃるとは思いますが、今、命のある物には何も出来ませんので」
間宮さんは分かってると言いたげに、夜見に向かって片手の親指を立てて見せ、反対の手でドアを開けた。
「美夜……」
囁く様に名を呼んで、こちらに背を向けて座っている少女の背中に近付いた。
「聞こえないだろうけど、言いたいんだ。……ありがとな」
間宮さんは両手を握りしめ彼女の背中に語りかける。
「お前頑張ったなぁ。オレがお前の為にしてやりたかったこと、半端で居なくなっちゃったっていうのに……」
そのとき、男の子が大きな声を出した。
「見て!」
男の子が指差した方を見るとタンスがあった。その上には幾つかの写真が飾られている。
幼い頃の間宮さんと小さな女の子が楽しそうに遊んでいる写真や、中学生の制服を緊張した面持ちで着ている間宮さんと、少し拗ねた顔をしてランドセルを背負った少女の写真。高校の文化祭と思われるお化けメイクで笑ってる間宮さんと、はにかんだ表情の中学生の女の子の写真。そして、その3枚より少し大きく伸ばされた間宮さんの笑顔の写真。
「オレ、オレの……」
間宮さんの顔がくしゃくしゃに歪んだかと思ったら、しゃがみこんで腕で顔を隠してしまった。その背中が震えている。
「ちょっと! しっかりしなさいよ! 彼女に会えるの、これで最後なんでしょう! どうしても彼女に会いたかったんでしょう!?」
キツそうな女の子の檄が飛ぶ。(僕は彼女はとても優しい人だな、と思った)
「間宮さん、がんばって下さい!」
つられて僕の口から勝手に言葉が飛び出す。
「お兄さん、がんばれーっ」
男の子達も叫ぶ。
間宮さんはゆっくりと立ち上がり、袖で顔を拭き、こちらに向かって『分かった』という感じで片手を上げた。そして彼女に近付くと、彼女の肩にそっと手を乗せた。
「美夜、……オレ、お前のことが好きだった。もっとお前の笑顔を見ていたかったし、オレがお前を笑わせたかった……」
美夜さんは不意に立ち上がり、写真たての側に置かれていたノートを手にした。
「オレのネタ帳……!」
間宮さんが驚いた様に呟く。ノートをパラパラと捲った美夜さんは嬉しそうに笑った。ノートを大事そうに持ち、机へ戻って行った。
「そっか、オレはちゃんと笑顔にしてやれてたんだな。美夜、オレも元気出たよ、ありがとう。……幸せにな、……さよなら」
間宮さんは一瞬だけ美夜さんを背後からそっと抱きしめ、それからゆっくりとその手を降ろした。ゆっくりとこちらを振り返り照れ臭そうにボリボリと頭を掻いた。
「夜見、もう良いぞ。これ以上この部屋に居たら未練残っちまう!!」
僕達が見ている事に対する照れ隠しなのだろう、怒ってる様な声で言った。
「では、整理券をお出し下さい」
夜見がタブレットに呟くと、部屋の中の間宮さんの隣にもう一人の死神さんが現れた。
「整理券を頂けますか?」
彼は事務的に受け取ると自分のタブレットに整理券を差し込んだ。タブレットから儚げなピンク色の光がそっと溢れ出し、間宮さんのすぐ脇でドアを形作る。
間宮さんは躊躇わずにそのドアを開き僕達の方へ向かって叫んだ。
「サンキューな! 先に行ってるぜ。また会おうな!」
間宮さんはもう一人の死神さんと一緒にドアをくぐった。ドアは閉まると、ふわりと霧になって、その霧もだんだんと消えていった。
その瞬間、画面に映った部屋の中の少女の呟きが聞こえた。
「瑛士兄ちゃん……?」
しかし彼女の部屋が次第に歪み、元の景色に戻ってしまったのでその後彼女がどうしたのかは分からない……。
残酷描写あり、の設定通りに次の話から重い話になります。
3話分、暗い話です。不快に思われたら申し訳ありません。
この話から4話めに、あらすじを入れますので、苦手な方は読み飛ばして頂いてOKです。