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ありがとう……



 皆が再度ソファーに掛けると、夜見が次に話をする人を(つの)った。


 城田さんが先発を切ってくれたおかげで旅の方法が分かり、皆、前向きになったみたいだ。(……僕以外)


 ヤンキーなお兄さんと色黒のおじさんと男の子が名乗りを挙げた。が、お互いに(ゆず)り合う。


「じゃあ、年長者からにしたら良いじゃない」


 いつまでも話がまとまらない事にイラついたのか、キツそうな女の子が言った。


「そうですね、それが無難かと」


 夜見も彼女と同意見の様なので、3人はおとなしく(したが)った。


「じゃ、お先に話させて貰います。俺の名前は須藤です」


 ここで須藤さんは深呼吸をした。城田さんと違って人前で話すのは苦手なんだ、と苦笑いした。


「俺は自分のことをべらべら話すのは好きじゃないんで、『旅』を中心でいいか?」


 須藤さんが不安そうに夜見を見ると、夜見はゆっくりと(うなづ)いた。


「で、『旅』なんだけど。夜見さん、さっき『(あこが)れのスターのところへ行っても良い』って言ってたけど、死後の世界って言うか、天国かな? でも良いのかな。……いや勿論覗くだけで良いんだ」


「覗くだけなら問題ありません」


「そうか……」


 須藤さんはほっとした顔をした。そして語り出した。


 須藤さんが僕ぐらいのとき、随分と洋楽が流行ったらしい。(いきなり指を指され「君くらいのときに……」って言われて、びびってしまった)


 近年、その頃夢中になって聴いていた歌の歌手の人が亡くなってしまったのだという。


 自分の思春期・反抗期に直接的にでは無いにしろ励ましてくれた人に、陰ながらで構わないし気づかれなくても良いから、感謝の気持ちを贈りたいのだ、と話した。


「……学生時代って、いろいろキツイだろ。部活だとか、進路だとか。その頃、家庭でもちょっとあってな……」


 ここで須藤さんは言い(よど)んだ。


「……当時世の中の景気が悪いってことは、子供ながらでも気付いてはいた。自分が親の年齢に近付いて来ると、親の大変さは分かっては来る。けれど子供は子供なりに、その狭い環境の中でもがいてるものだ……」


 当時を思い出しているのか、須藤さんは小さなため息をついた。


「そんなときに彼のミュージックビデオを見て、元気を貰えたんだ。……歌もダンスも上手だった。彼は、曲によってガラリと雰囲気が変わる。……自分を取り巻くものに不満があるなら先ず自分と闘え、って感じの歌のときはとても力強く。語りかけるようなバラードのときは、優しく暖かに。……俺は彼の歌に出会えた事で救われたんだ」


 須藤さんは足の上に乗せた両手の手のひらに視線を落とした。その手が何かを(つか)むかの様に強く(にぎ)られる。


「来日してくれてコンサートやってくれたけど、そんなの行けるわけも無くてな。……だから、せめて直接じゃなくても良いからお礼を言いたいんだ」


 夜見は黙ってタブレットに手を乗せた。すると、タブレットから七色の光がほとばしった。


 皆何が起きるのかと慌てて窓=転送装置を見た。が、窓は城田さんのときの様に景色を映し出しはしなかった。窓がタブレットと同じ様な七色に光り出したのだ。


 その光が次第(しだい)に白金色に変わっていくと、光の中にぼんやりと人影が見えて来た。(かす)かに歌声も聴こえる。


 窓の向こうの男性は微笑(ほほえ)んで歌を歌っている。彼が腕を動かしたりステップを()んだりする度に、身体中から火の粉の様なオーラが放たれる。それが光の霧になり、柔らかな光の粒となって広がっていく。


 僕にも彼がどれ程音楽を愛しているのかが伝わって来た。彼は歌う事の素晴らしさや、踊る事の喜びを全身からエネルギーとして放出していた。


「申し訳ありませんが、須藤さんの場合はあちら側へ行くことは出来ません。このままで、ということになります」


「構いません。……いえ、充分です」


 須藤さんの声が震えている。見ると泣きそうな顔をしている。


 そのとき、画面の中の彼が歌うのを止めこちらに近付いて来た。


「ボクを応援してくれてる人、そこにいるデショウ?」


 これには須藤さんも僕らも(夜見でさえも)ビックリだ。


「アリガトウございマス。暖かいキモチ、伝わってキマシタ」


 そう言って、スターである彼が両手を合わせてお辞儀をした。


「ボクからも、同じキモチ送りマス」


 今度は背筋をピンと伸ばし、両手をこちらに広げた。


 すると画面となった窓から、優しく穏やかな風が吹いてきた。空気と感情は目では見えない物。それは誰でも知っている事だ。でもこの空気には、確かに彼のキモチが感じられた。


「良かったですね、須藤さん」


 そう言いながら須藤さんを見ると、そこには学ラン姿の中学生の男子が泣き笑いの様な顔で立っていた。


「ありがとうございますっ! レコードとか買えなかったし、コンサートも行けなかったけど、ずっと(あこが)れてました! 俺が言うのは図々しいかもしれないし、それに変なセリフかもしれないけど、どうか、どうか、お幸せに!!」


 須藤少年は声変わりしたての様な声で叫ぶと、深々とお辞儀をした。




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