窓の向こう側
「行っちゃったな」
誰にとも無く色黒のおじさんが呟いた。
「なぁ夜見。この窓どーなってんだ?」
ヤンキーなお兄さんが窓ガラスを両手で、バンッと叩く。
「あれっ?通れないじゃん」
夜見は片方の眉を吊り上げながら「間宮さん、」と言った。口の端もヒクヒクしている。
「一、応、精、密、な、転送装置です。お止め下さい」
「へ、そーなの?」
「ボクも触りたい。お願い、ちょっとで良いから」
さっき自由な発想で例え話をしてた男の子が、夜見をすがる目で見る。
夜見は、片方の眉をさらに吊り上げつつも、
「少しだけ、ですよ」
と言った。何だろう? 夜見はこの子にちょっと弱いみたいだ。
男の子は隣に座っていたお姉さんらしき女の子を引っ張っていき、二人で恐る恐る窓に触った。あのキツそうな女の子も近くに行くが、腕を組んで窓をじっと見ているだけだ。夜見の視線を感じながら僕もちょっとだけ触ってみた。
ガラスの様にひんやりしているけど、それでいて液晶テレビの様な質感がした。いくら知らなかったとはいえ、よく両手で叩いたな、と思わずヤンキーのお兄さんの顔を覗き見てしまった。ら、ヤンキーのお兄さんは夜見に向かってぺこぺこしてた。
「それにしても、腰の低い方でしたね」
色黒のおじさんが言った。
「おっちゃんもそう思う? オレも。オレみたいな奴にあんな丁寧な話し方する大人、初めてだったぜ」
ヤンキーなお兄さんが応える。僕は、それはお兄さんの口調の中に暖かい物があるから、相手もそういう態度になるのでは? と思ったが、黙って頷いた。
「やっぱさぁ。城田さんの言ってた通り、城田さんの周りも良い奴ばっかだったんだろうな」
「それは違うと思うわ」
キッパリとした声がした。
「きっと、いろんな事があったのよ。そうして生きていく為に、研ぎ澄まし削り取り……。あの城田さんになったんだと思う」
キツそうな女の子が、そんなことも分からないの? といった目付きで僕らを見た。
ヤンキーなお兄さんが、小さく「なるほど」と言い、それからわざとらしい咳払いをした。
「で、城田さんはこの後どーなるんだ?」
「本人の心が落ち着きますと、旅先の方にゲートが現れます。そちらをくぐって頂きますと、待合室、とでも言いましょうか。広いロビーの様な所へたどり着きます。そこからが本来の死後の旅になります」
「それって、閻魔様の所へ行くの?」
男の子が皆が聞くに聞けない事をズバッと言った。ヤンキーなお兄さんは片手で胸を抑え、おじさんは鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をし、女の子は慌てて男の子の肩を掴み、キツそうな女の子は、……腕組みしたままだった。
「さあ? 私は管轄外なので」
夜見は惚けた。
「質問は終わりですか? なら、続けましょうか?」