旅の説明と注意事項
皆がソファーへ腰掛けると、死神さんも空いている椅子に座った。(というより、死神さんの側に後から出現してきた)
「それでは、自己紹介タイムと行きましょう。まずは私から。私の名前は夜見。呼び捨てして頂いて構いません。年齢は、まぁご想像におまかせします。ただ、我々の世界では、見た目と実際の年齢は一致しません。先程の上司は私より三つ歳上なだけです。船着き場の女性スタッフは、彼よりさらに歳上です」
瞬間、それまで夜見の話を興味無さげに聞いてたヤンキーなお兄さんが、顔を上げ目を見開いた。
夜見はその視線に気づかないふりをして、言葉を続けた。
「私の話は、ま、こんなところですね。聞きたい事があれば随時どうぞ。……先程の心の悔いを無くす旅について、説明しておきましょう。行きたい場所・時間はお一人様につき、一ヶ所です。生前会っておきたかった人の所、或いは行ってみたかった所へ行くのも良いでしょう。家族や親友に会いに行くのも、憧れのスターに会いに行くのもありです。……ただし、コチラから生きている人達に干渉する事は出来ません。先程の広間にいた人数を考えて下さい。全員が今生きている人に何かをしたら、大変な事になるでしょうね」
「待って! 時間って、どういう意味?」
若い女性が夜見の話を遮った。ちょっとキツそうな印象を受ける声だ。
「現時点より過去になら行くことが出来る、という意味です」
「場所っていうのは?」
ロマンスグレーのおじさんとは別の、もう少し若い色黒のおじさんも質問を重ねる。
「地球上でさえあれば、何処へでも」
「それって誰もが知ってる古いアニメを作ってるところとか、ハワイの海中火山を目の前でとか、外国のお菓子の工場の中とか……」
僕より小さな男の子が、ポンポン具体例を出す。
「そういう事です。見学だけなら問題ありません」
夜見が男の子の方を向いて言葉を返すと、彼は慌てて隣にいた女の子の影に顔を隠してしまった。つい、いろんな事を言っちゃったけど恥ずかしい、といった感じで。
この二人は知り合いなのだろうと思った。
「そ、そんな事が……」
「ええ、何しろ肉体がありませんから。でも」
夜見は、ロマンスグレーのおじさんの方に向き直り説明を続ける。
「例えば、生前どうにも腹に据えかねる事があったとして、その相手に報復する事は出来ません。そんな事でこの旅のチャンスを利用して頂いても、心の悔いを晴らせるとは思えません。むしろ、より深く心に刻み込まれてしまうでしょう。もとより、相手に触れる事も出来ませんし…。せっかくの最期の旅行です。心から楽しんで頂きたいと思います。……他にご質問はありますか?」
皆、考え込んでいる様で言葉を発する者はいなかった。
「それでは、自己紹介をお願いします」
僕だけ特別な宿題を提出しなければいけない気分になった。