それぞれの想い4
今日も絵を描く。瑛士にいちゃんの作った優しい物語に合うように、優しい絵を心がける。くせのある字で書き込まれたネタ帳には、夢のある物語が多く遺されている。
もう何年前になるだろう、二人で動画サイトを見ていたのは。そのときに瑛士兄ちゃんが言ったのだ。
「あんまり小さい子向けのって無いのな。童謡とか、昔ばなしみたいのはあるけど」
瑛士兄ちゃんは腕組して首をかしげ、「うーん」と唸った。
「童話作ってさ、オリジナルアニメって形で投稿したらどうかな? 従姉妹のねーちゃんが言ってたんだけど、小さい子を連れて出かけるのって大変らしいんだよ、気を紛らわせるのが。子供が飽きてきたときに、気分転換に見てもらえる様なモノを作って投稿したらどうだろう?」
それから瑛士兄ちゃんは、図書館で幾冊かの絵本とPCに関する本を借りてきた。ノートを用意してブツブツ一人言を言いながらお話を作り、脇にイラストを沿えていた。
お話、……童話は良かった。瑛士兄ちゃんが作ったとは思えないほど可愛らしくて、キラキラしたお話だった。けれどイラストは、ぶっちゃけ台無しだった。私はネタ帳を見せて貰った瞬間、笑いを堪えるのが大変だった。思えば瑛士兄ちゃんが描いたイラストを見たのはこれが始めてだったのだ。
「どうかな?」
瑛士兄ちゃんが恥ずかしそうに感想を求めた。
「いいよ! この話すごく良い! ……でも、私も手伝いたいな。絵は私に描かせてよ!」
瑛士兄ちゃんも思うところがあったのだろう、直ぐに快諾してくれたのだった。
それから二人で試行錯誤しながら、合作絵本みたいな物をノートに描きためた。子供が喜びそうなキャラクターを考えるのは楽しかった。たまにお兄ちゃんが「こんなイメージで」と下絵を描くのだが、子供が見たら怖がりそうな絵なので、それを可愛らしくアレンジするのに頭をひねって考えた。
ある日からお兄ちゃんは咳をするようになった。少し変な咳でなかなか治まらなかった。お兄ちゃんのお母さんも私も「病院に行って」と言ったが、バイト等を理由に行ってくれなかった。しびれを切らしたお兄ちゃんのお母さんが無理矢理連れて行くと、そのまま入院することになってしまった。
お兄ちゃんは「取り合えずPCを預かってくれ」と私に言った。そして、病院でもネタ帳にお話を作り続けていた。
たまにお兄ちゃんの友達がお見舞いに来たが、内緒にしたかったのか慌てて隠していた。なので動画投稿の事はお兄ちゃんと私だけの秘密の様な気がして何だか嬉しかった。
「絶対に病気を治して、動画投稿してみせるからイラストは頼んだぞ」
病室に二人だけしかいないときにそう言って青い顔で笑った。その目の力は入院前と変わり無かったが、頬や首回りの肉が少し薄くなった様に感じた。……お兄ちゃんは少しずつ具合が悪くなっていった。
ある日帰ろうとすると、お兄ちゃんのお母さんがロビーまで見送りに来てくれた。そして突然、「多分冬まで持たないの。だから美夜ちゃん、無理しないで自分の人生を大切にしてちょうだい」と言った。お兄ちゃんのお母さんの目には涙が溜まっていた。その日は家に着くまで世界がグラグラと揺れている様な感じがして、家までの道のりを遠く感じた。
それでも私は病室に行くのを止めなかった。お兄ちゃんのお母さんは私を見て、戸惑ってそうな、それでも嬉しそうな顔をしてくれた。
……けれどある晩、なんの前触れもなくお兄ちゃんは旅立ってしまった。その電話を受けてからの、1週間くらいの記憶が実は無かったりする。そして亡くなったことを突然思い出して、涙が流れ落ちたりする。
1度涙腺が崩壊すると、もう止まらない。会いたくて、せつなくて、苦しくて……。もっとたくさん話しておけば良かった、ちゃんと好きって言っておけば良かった、何度そう思って泣いただろうか。
でも、ある日思った。最後までずっと笑顔を贈り続けてくれた人に向かって泣き続けるのは失礼だと。大好きだった人にそんな酷い事をしていて良いのかと。
それからはたまに感情が昂ってしまうときもあるけれど、どうしても泣きたいとき以外は、二人で作った絵本を見たりしてがんばって泣かない様にしている。
瑛士兄ちゃんのネタ帳は今でも開くと、私を元気にしてくれる大切な宝物だ。たまにノートに向かって呟いてみる。「お兄ちゃんと作ったお話で、お兄ちゃんの夢を叶えるからね。応援しててね……」と。