それぞれの想い1
私は電話を切ると想いを馳せた。電話はずっと昔の仕事仲間からで、かつて私が結婚していた相手の訃報を告げる物だった。
「城田さん……」
私達は職場であるホテルでの恋愛結婚だった。私は結婚すると仕事は辞めてしまったが。……そういう時代だった。
旅行がブームになった時期があって、彼の帰りが遅くなり出張も多くなった。いつも仕事で忙しくしていて、たまに早く帰っても、また呼び出されて職場へ戻って行った事もある。
そして、彼が居ないときに電話があって……。あの時代は今とは違って子供が出来ないのは全て女の責任だった。
電話の主は激しく私を詰った。この人は何度か電話をかけて来た事のある人で、なるべく私は聞き流す様にしていた。
だが気付くと城田が私のすぐ後ろに立っていた。出勤の為に家を出て、に忘れ物に気付いて戻って来たらしかった。
真っ青な顔で両手を強く握りしめてたかと思うと、私から受話器を奪って何事か怒鳴っていた。
強い調子で受話器を置くと、私にとっての義理の両親に電話をかけていきさつを冷静に説明した。受話器の向こうで謝る義母の声が漏れ聞こえた。
彼は受話器を置くと何も知らなくてすまなかった、と言って土下座しようとした。私は慌てて止めた。あなたが謝るのはおかしいと。彼はそれでも自分の親戚がしたことだから、そう言って譲らなかった。
僕は君と結婚できただけで幸せなのに、そう言って泣いてくれた。私は幸せ者だと感じられた。
でも、城田のいない隙を狙った様な電話は止まなかった。だんだんと城田も私も疲弊していった。お互いに口数が減り表情に色が無くなっていった。
そして、……二人は違う道を選んだ。それぞれの為に。
そこまで回想したところで孫が帰って来た。
「お祖母ちゃん、ただいまー」
この子は2度めの結婚相手の連れ子の子供で、小学1年生の女の子だ。
両親が共働きなので、学校が終わると自宅近所の私の処に来ておやつを食べて、宿題をするのが日課になっている。夕飯を食べるときもあるし、お風呂に入っていくこともある。
義理の息子夫婦もこちらでご飯とお風呂を済ませ、結果的に家族で泊まる事もある。
そうして家族中が頼ってくれたり、なついてくれたりするのも先の結婚のおかげかもしれない。
そう考えると今の私を取り巻く全ての物は、城田からの贈り物なのだと思う。あの頃の私があって、今の私がいるのだから。
それなのに一人ぼっちで逝かせてしまった。……仕方の無い事ではある。けれど、あんなに優しい人が一人で逝くなんて……。
目に涙が溜まって、ぽろりとこぼれた。
「お祖母ちゃん! どうしたの?」
孫が慌てて呼び掛けてくれる。……もしも私に子供が産めていたら、こんな風に私と城田を気遣う孫がいたかもしれない。そう思ってしまった。
再婚相手も優しい人で、再婚を悔やんでいる訳では決して無い。元より好きじゃ無かったら再婚なんてしなかった。義理とはいえ息子を育てる事ができて幸せだった。……でも。
心の中で様々な想いに捕らわれ、次から次へと涙が溢れて来る。
「ごめん、ごめんなさい。……何でも無いの」
泣き出した私を孫が小さな手で抱きしめて、「いいこ、いいこ」と言って撫でてくれる。優しくされればされるほど想いが溢れて来る。
私は自分を止められなくて、孫に抱きつき本格的に嗚咽を漏らしたのだった……。