夕空のグラデーション
この部屋の大きな窓でもある画面から見た、須藤さんの故郷の海の夕焼けはとても綺麗だった。天気が良かった日の夕方なのか、波は穏やかに、一定のリズムを刻んでいる。赤い太陽がゆっくりと水平線に半分だけ顔を隠すと、波の上にオレンジ色の長い二等辺三角形の道が出来て波のリズムに合わせて煌めいた。空は太陽を中心に、オレンジ、赤、紫、青、紺色、とグラデーションになって、紺色の高い位置で幾つかの星が瞬いていた。
「綺麗ね……」
上原さんが囁く。その言葉に返事をする者はいなかったが、皆、同じ気持ちだった。
波がゆっくりと砂浜に訪れ、また海の一部になりに戻っていく。何度も、何度でも繰り返される。
太陽か少しずつ海の向こう側に沈んでいくのに合わせ、 波の上のオレンジ色の三角形も徐々に縮んでいった。その動きに合わせて空が紺色に染め上げられていくと、まるで降ってくるかの様な大量の星が見えた。
「すごいっ」
僕が呟くと須藤さんが解説してくれた。
「ああ、この辺りは何もないからな。都会の夜は光害っていうんだったか? 街の灯りが眩しすぎて星が見えにくいらしいな。本当はこれくらい見えてる筈なんだよ」
僕達は地球と太陽と星たちが織り成す神秘に見とれていた……。
そこへ『プツッ』っと耳に馴染んできた、あの音が聞こえた。
『皆様、準備が整いましたので先程の広間ではなく、ロビーの方へお集まり下さい……』
「……終わりだな、地球観賞会」
ちょっと残念そうに間宮さんが言った。
「そうだね、楽しかった。旅行に行ってきた気分だよ」
誠也くんの感想に皆も満足そうに頷いた。
夜見が空気を変える様に言った。
「……皆さん、移動する前に1つお話があります。ロビーに行ったら暫くは私から離れないで下さい。ここの皆さんは穏やかな方ばかりです。……まぁ、私の懸念が過ぎるのかも知れませんが、今まで担当した方の中には好戦的な方もいましたのでね。かなりの人数が集まると思われますから暫く様子を見ましょう」
夜見が噛んで含める様に言った。皆の顔が少し引き締まる。夜見の言った通りだ。僕達がこんな短時間で分かり合えて仲良くなれたのも、きっと気質というか、性格に似ている部分があるのだろう。そんな事を僕は思った。
「では、行きましょうか」
城田さんが立ち上がると、皆もソファーから腰を上げた。
またもや窓はその姿を変え、ロビーに通じる廊下なのか、クリーム色の通路が現れた。
間宮さん達はもう慣れている様で当たり前の様にそこへ入って行く。誠也くんが躊躇している上原さんの手を笑顔で繋いで引っ張って行った。
「臨さん、少しよろしいですか?」
夜見が僕を呼び止める。
「えっ? はい」
「話して置くべき話をしていなかったのですが。……『佐藤 臨』、この名前は臨さんのエピソードでお話しした少年が名付けてくれた物です。お爺さんのお店が斎藤電器店、少年の名前が希ですので、そこから連想した名前をあなたに贈った様です。……もし我々死神に万が一の事があり、他の死者の皆さんにも万が一の事があって、自暴自棄になりそうになったとしても、地球上に1人だけとは言えあなたの事を思っている少年がいる、その事を忘れないで欲しいのです」
僕は夜見の気持ちを分かった様な、分からない様な気持ちで聞いていた。と言うのは、万が一を想像してしまうのが恐かったからだ。ついさっき仲間や家族といった意識を大切に思ったばかりなので、地球から離れた所で一人きりになってしまう可能性を考えたく無かったのかもしれない。
「……それだけは、覚えていて下さい」
そんな僕の思いに夜見は見透かす様に念を押すと、「では、行きましょう」と、僕を通路の方へ促した。