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僕の話



「さて、と、(のぞみ)君の番ね」


 上原さんはそう言うが、僕は未だに生前の記憶を取り戻せずにいた。誤魔化(ごまか)しようが無いので正直に伝える。


 何となく上原さんと僕は夜見を見た。すると夜見は芝居がかった仕草で咳払いをした。


「……私から説明させて頂きましょう」


 夜見が毎度のごとくタブレットを(いじ)ると、窓に何処(どこ)かの交差点が映し出された。そこは、それほど広くは無い通りに対して結構な交通量があり、歩行者も多そうだった。


「15年程前の事です。この交差点でまだ若いカップルが事故で亡くなりました。二人は婚約中で、ほんの何週間か後に結婚式を行う予定でした」


 前撮り、というやつなのだろう。ちょっと緊張した表情の男性と、嬉しそうにはにかむ可愛らしい女性が結婚式の衣装を着て寄り添う写真が映った。


「このお二人がノゾミさんのご両親です」


「ええっ!?」


「それって、どういうこと?」


 僕と上原さんが同時に言った。


「お二人が亡くなられたとき、お母さんのお腹の中にほんの小さなノゾミさんがいたのです。まだ人の形状になる前の状態でお母さん達はノゾミさんがいることに気付いてはいませんでした。……通常ですと、その小ささのときにはまだ自我は芽生えていません。けれどノゾミさんはお母さんの体の中でゆっくりと心も育っていたのです。そして事故に合ったときにその衝撃で、ノゾミさんの魂だけがこの場所に取り残されてしまいました」


 交差点の一角にある新しいとは言えない小さな電器店がクローズアップされた。お店の中に優しそうなお爺さんと元気そうなお婆さんがいた。


「このお二人に見覚えはありますか?」


「何となく……」


「こちらのお二人は事故で亡くなったカップルを可哀そうに思い、時おり、現場に花を手向(たむ)けたり、御菓子等をお供えしたりしていました。お二人の娘さん達のうち下の娘さんとノゾミさんのお母さんが同じ歳だったので、不憫(ふびん)に思われたのでしょう。……そうして手を合わせてくれた事で、ノゾミさんの魂は生まれる事が出来なかったとはいえ成長していったのです」


 店舗の奥から中学生の男の子が出て来て、お爺さんとお婆さんに笑顔で話しかけた。


「この少年はお爺さんたちの上の娘さんのお子さんで、ノゾミ君と同い年です。彼に見覚えは?」


「何となく……」


「キミ! ……そればっかりね」


 僕の呆けた受け答えに上原さんが最初頃の印象のキツそうな女の子に戻った。


「まあ仕方ないですよ。……彼はお爺さん子でして、お爺さんとお婆さんを真似て事故現場でよく手を合わせていたのです。でもね、それだけじゃ無いんです……」


 夜見が勿体ぶった言い方をして、人差し指を立てて見せた。


「彼は、見・え・る・んですよ、……我々の様な存在を」


「霊感があるってこと?」


 上原さんが面白がる様に聞いた。夜見が頷く。


「とは言っても、そんなにはっきり見える訳では無いようですが。……中学生になった彼は、お店の(すみ)にノゾミ君の為に小さな仏壇チックな物を作りました。お爺さんとお婆さんには商売繁盛のお守りだと言って。それで、そこに自分が御菓子を買えばお裾分けを、読み終わったマンガやラノベがあればその本を供えました」


 その仏壇チックな物が画面に映ったが、男子の学生服姿のマスコットと、商売繁盛のお守りと、それにスナック菓子が(かご)に入れられたもの、というちょっと珍妙(ちんみょう)な笑える物だった。……でも、なんだか嬉しかった。


「その場所からテレビ売り場が見えまして、彼はいつも自分と同い年のノゾミ君の為に、学校で流行ってる番組にチャンネルを合わせていました」


 画面が切り替わるとテレビが映り、お笑い番組が放映されていた。出演者である芸人がおどけてオチをつけ、観客の笑い声が聞こえてきた。


「……けれど先日この店は火事になりました。原因は放火です」


 画面に炎に包まれている電器店が映った。僕は驚いてソファーから腰を浮かす。心の中にさっきの少年とお爺さんとお婆さんの笑顔が浮かび、頭の中は『どうしよう!』の言葉で埋め尽くされてとても不安な気持ちになった。なのに夜見は……。


「あ! ご安心下さい。その日は定休日で火事になった時間は家族で外食をしに出かけていたらしく、皆さんご無事ですので! ……ただ、そのときにノゾミさんはこちらの世界に来て、私に出会った様です」


 驚かさないで欲しい。寿命が縮まるとはこういう事なんだろう。……もう、とっくに死んでるけど。


「これがノゾミさん、あなたのエピソードです。あなたの整理券の色が茶色なのは、茶色が他の色を含んでいるからです。赤と青と黄色を混ぜると茶色になるのですよ。生まれる事さえ出来ず、何も手に入れる事が出来なかったノゾミさんにせめてもの贈り物とさせて頂きました。……それで『旅』は、どうしますか?」


 僕は大きなため息を吐き出した。


「……ちょっと混乱してます。少し考えさせて下さい……」


 夜見は最もだ、といった表情で深く頷いた。キツそうな女の子である上原さんも同情的な瞳で僕を見る。


 が、しかし、突然部屋中に甲高いサイレンの音が聞こえ……。


「エマージェンシー! エマージェンシー! 全死神に告ぐ! 今から言う事に耳を傾けよ!!」


 死神さん達のボスの声が部屋に大音量で響いたのだった。




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