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孤独

今回、重ーい話になります。


苦手な方は読み飛ばされる事をオススメします。



「私はね、こう見えてもそれなりに良いところのお嬢様ってヤツなのよ。ある程度の使用人を、必要とするくらいのね」


 上原さんはきちんと座り直すと話し始めた。


 背筋を伸ばし足を揃え、その上に軽く肘を曲げて両手を置く。顔は真正面を見据え、口を閉じ口角を少しだけ上げて見せた。たったそれだけの仕草(しぐさ)だったが、さっきまでの上原さんとはまるで別人の様に見えた。


「物心が付いた頃には既に『お嬢様』と呼ばれる生活をしていたわ。……でもね、よくある話よ。父はいつも忙しくて不在。母は病弱で自室に(こも)ったきりってやつ……」


 上原さんは自虐的に「フッ」と笑い、ソファーにもたれかかり足を組んだ。


「私ね、嫌なガキだったの。『お嬢様』ってことを笠に着てた。周りの大人達をバカにしてたのね、『使用人の癖に』って」


 上原さんは、すっと目を細め窓を見た。窓の外にはこの部屋に最初に来たときと同じ、昼間の穏やかな森の様子が見える。


「父は私の勉強に力を入れてたから、私は頭でっかちな子だったわ。知識ばっかりが増えて、嫌みだとか屁理屈(へりくつ)を言ったり、常に誰に対しても上から目線な態度を取ったり。……小学生に上がる頃にはそういう人格になってた。だから使用人達は誰も私と目を会わせて話さなかったし、学校でもいつも1人だった」


 僕は話に相づちを打とうと思ったが、どう返せば良いのか何も思い浮かばなかった。


「私が12歳になった頃母が死んだわ。……半年後には、もう新しい母が来た。私と同い年の娘を連れてね」


「それって?」


 男の子が言いかけた。


「お(めかけ)さんとそのお子さん。父は私に言ったわ、『彼女には、お前と同じ血が半分流れている』って。……つまり12年以上前から父は母と私を裏切ってたってわけ」


 僕達は上原さんがかつて少女であった頃の、その壮絶な衝撃を想像して言葉がでなかった。


 死神である夜見でさえその瞳に深い色を(かも)している。


「でね、どんな人達だったと思う?」


「……えっと」


 急に上原さんの顔から力が抜けた様に感じた。


「これがね、嫌なヤツだったら良かったのにってタイプだったのよ。……しゃきっとして曲がった事が大嫌いな義母。でも物事をちゃんと奥まで正しく見る人。その娘は押し付けがましくない委員長タイプ。似た者親子よね」


 そう言って彼女はホールドアップのポーズをとった。


「父も日曜の朝は必ず家にいるようになって、段々と殺伐(さつばつ)としていた家が(なご)やかになっていったわ。気づいたら、自分の子と分け(へだ)てなく私に接してくれる義母に親しみを感じていた。その娘にもね。……でも」


 彼女の膝の上の両手が強く握られ、瞳が暗く光り表情が固くなっていく。


「私、反抗期だったの。それを誰かに悟られる事をプライドが許さなかった。表面上は上手くやってたと思う。……心の中では明るく穏やかな生活を喜んだり、何年間も寂しさを抱えていたせいで卑屈(ひくつ)になったりと浮き沈みが激しかった。毎晩ベットに入ると膿みが流れ出る様な気がした。ここからね」


 自分の胸に手を当てて見せた。


「幸せな日々を手に入れたのに、そこに順応(じゅんのう)するには既に私の心はねじまがってしまっていたの」


 上原さんは足を組み換え両手を組み合わせて握り、足の上に乗せた。


「ある日彼女に、……娘の方ね。言われたわ。『落ち込んでいるときって辛いけど、頭の片隅で自分に酔っていたりするものよね』って。腹が立ったわ。でも見透かされてるとも思った。……今考えれば、彼女も環境が変わったんだし、反抗期だったのかもしれない。ただ彼女のセリフを簡単に受け入れる事は出来なかった。何度も頭の中で反芻はんすうしたわ」


 ここで上原さんは深呼吸をした。そしてまた話し出す。


「……私は遠縁の大学生に家庭教師をして貰っていたの。私にとって唯一人(ただひとり)心から信頼出来る人だった。……だけど、彼が義理の妹の勉強も見ることになってね。……本当は嫌だった。彼女達は、あっという間に使用人達の心を掴んだんだもの。たった1つの私の世界、それが奪われるって思った。けれど、そのときも私は何も言えなかった」


 上原さんがどんどん泣きそうな顔になって、振り絞る様な声になっていく。


「……優しく穏やかな彼に(あこが)れていたわ。でも彼にさえ素直になれなかった。……それなのに義理妹はあっという間に彼と親しくなり、二人の距離がどんどん近付いて行くのをただ見ているしかなかったの」


 (しばら)くの間沈黙(ちんもく)が訪れた。上原さんは下を向き両手で自分の顔を(おお)ってしまった。


「……私は主治医に言ったの。眠れないって。……投薬してもらった薬を飲んだふりをして、包装だけゴミ箱に捨てて、机の引き出しにソレをためた。……ある日、どうにも耐え切れなくなった私は、……。」


 彼女が顔から手を外すと、目が(うつ)ろになっていた。弱々しい声で話を続ける。


「……死ぬつもりは無かった。でも彼が嬉しそうに話し掛け、彼女が頬を染めて返事をする、そんな二人を見ていたく無かった。自分の中の深い孤独感で、心が()けてしまいそうだった…。」


 上原さんは話し始めたときの姿勢にもどり、少しの間目を(つむ)った。再び目を開けたときには、あの挑む様な目付きに戻っていた。


「孤独ってね、自分で気付いて無いときはどうってことないの。でも気づいてしまうともう抜け出せない。……これで、私の話は終わりよ。私は旅なんてしたくない。行きたい場所なんて無いし、会いたい人なんて1人もいない」


 ……そう言い放った顔は、どこか泣きそうにも見えた。





次の話も、重ーい話になる予定です。


どの程度重くするか悩んでる中。

ああ、想像してるだけで気が重い。


苦手な方は、どうぞ読み飛ばしてやって下さい。

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