第6話<初日の終わり>
小さな部屋の真ん中に布団が敷いてある。床は畳だ。
この世界にも畳ってあるんだな。
俺は、布団の上であぐらをかいて座りながら、ため息をこぼす。視線を下に落とすと、布団の上に並べられている俺の初期装備が置いてある。それはどれも、俺のポケットに入っていた物だ。
俺の初期装備は、制服とスマホと財布だ。
俺は、スマホを手に取る。
「電源はついて、問題なく動くんだが、圏外か。使い道が分からん」
俺は、スマホを元の場所に置いて、財布を手に取る。そして、財布を開けて中身を確認する。
財布の中身は、一枚の一万円札と二枚の千円札と小銭がチラホラ入っている。
「あまりにも俺の初期装備が貧弱過ぎるだろ。制服は絶対防御力がゼロだろ。スマホと財布の中身の使い道が全くないって、なんだよ」
ハルにお金を見せたが、この世界では使えないらしい。つまり、一文無し。
どうすっかな。ハルとパーティーを組んだが、しばらくはハルに頼ることになっちまうな。
突然、部屋のドアがノックされた。
「どうぞー」
誰なんだろうな。
俺は、壁に掛けてある時計に目をやる。
今は、夜の十時か。
異世界ではあるが、時の流れは日本と同じで助かる。季節は、夏らしい。
「入っていい?」
ハルの声が聞こえる。ノックの主は、ハルだったらしい。
「おう全然いいぞ」
「お邪魔しまーす」
寝巻き姿のハルがドアを開けて部屋に入る。そして、俺の前に座る。
ハルが、スマホを眺める。
「これが気になるか?」
ハルは、無言でスマホを眺めながら、頷いた。
俺は、スマホを指差す。
「これはな、スマートフォンってんだ」
「へぇー、私このスマートフォン?見たことないの」
ハルがスマホを手に取り、あちこち見ている。
「ま、それは俺の初期装備の一つと言ったところだな」
この世界での使い道が無くて困ってるんですけどね。
「へぇー、シンジが別の世界から来たって言うのはまんざら嘘じゃないかも」
ハルがスマホを俺に返す。
「まだ、信じてくれてなかったのか。いや、今も信じてないってことなのか」
「うん、そうだよ。だいたい別の世界から召喚されるって、普通ありえないでしょ」
ハルが笑いながら言ってくる。
バカにしてるのかな?いや、絶対してるな。
「そうか。ありないか.....」
俺は、先ほどまでハルの母と父と話していたことを少し思い出す。
得られた情報はとても大きい物だった。
一つ目に、俺がこの世界に召喚されたのは何か理由がある。そして、求められていたことを成し遂げると、日本に帰られる。
二つ目に、召喚士という人達がこの世界には四十人ぐらい存在して、主に共に戦うモンスターを召喚することが出来る。
が、稀に別の世界の人間を召喚することが出来る能力を持つ、召喚士もいるらしい。
つまり俺は、召喚士に何らかの理由があって召喚されたらしい。
三つ目に、ハルの家族は召喚士だということ。
ハルにも召喚士の血が流れているのだが、まだ力が目覚めていないらしい。
そして、ハルは召喚士という人達の存在を知らない。
「ま、そのうちハルも分かるだろう」
「何の話?」
ハルがキョトンとして尋ねてくる。
「なんでもないよ」
ハルがこっちを見ながら、顔を膨らます。
「気になるし」
ハルには、召喚士のことは話さないように釘を刺されている。なぜなら、召喚士という存在を知るだけで、ハルの中に眠っている召喚士の力が目を覚ますらしいからだ。
一見、力が目覚めるのなら話すべきだと考えてしまうが、力を熟成させた方がいいらしい。熟成させるほど、召喚士としての力が強まるからだ。
だから、いつ力が目覚めるかは、ハルしだいということだ。
「で、ハルは何か用があって来たのか?」
ハルは、何かを思い出したかのように手と手を叩いた。
「あ、そうそう忘れてた」
「なんだ?」
俺は、足を伸ばす。
「明日からのことなんだけど、早速ギルドに行ってクエストを受けようと思うの」
「そうか、俺は賛成だぜ。実際、戦ってみないと自分の力が分からないからな」
ギルドか。やっと、RPGぽくなってきたな。
「そして、クエストの報酬で、これから生活していこうと思うの。と、いうことなので、明日の朝にこの家を出ます」
「分かった。が、野宿は嫌だ」
自分の主張はしておかなきゃな。あとで痛い目に会いたくないし。
「私だって嫌よ。ま、そういうことだから明日は早いよ」
ハルが立ち上がる。
「なぁ、しばらくはこの町で過ごすことに賛成だが、少し金が貯まったら、プロクリ村に行きたいんだが」
「いいよ。でもなんで?」
ハルが首をひねっている。
「ま、色々あってな」
俺は、言葉を濁す。
「分かった。じゃあ今日はもう遅いから部屋に戻るね」
ハルは、ドアに向かって歩く。そして、ドアを開けながら、振り向いた。
「ありがとうね、シンジ。おやすみ」
「おう、おやすみ」
ハルは、笑顔を見せ小さく手を振りながら、部屋を出て行った。
俺は、スマホと財布を布団の横に置く。そして、明かりを消して布団に寝転ぶ。少し、月の明かりが入ってくる、窓を見つめる。
ハルにプロクリ村に行く理由を教えた方が良かっただろうか。
俺にプロクリ村に行くように勧めたのは、ハルの父だ。
プロクリ村は、召喚士だけが住んでいる村らしい。ちなみに、ハルはそこで産まれたが、すぐに引っ越したので記憶にないだろう、ということである。
プロクリ村に行く理由は、ハルの力をそこで目覚めさせるため。なので、行くまでに力が目覚めるということは避けたい。
もう一つは、俺を召喚した召喚士がいるかもしれないからだ。
俺は、息を吐きながら天井を見上げる。
そして、目を瞑った。




