第六十三話 司馬懿の撤退
「撃ち方始め!」
直後、戦車隊の周辺の地面が爆ぜた。
「敵襲!」
司馬懿は周囲にある器具を手で掴んで、体を支える。
しかし、どの魔法も戦車の装甲を貫くには至らず、正面装甲で受け止められた。
「この程度の攻撃でこちらの装甲を貫通できるとでも思ったか!」
誰かがそのように叫ぶのが聞こえた。実際、この程度に威力では何発撃っても貫通は出来ないであろう。
「おかしい……」
司馬懿は敵の攻撃に違和感を抱く。敵はこちらを狙っているようだが、命中率があまり高くはない。敵の練度が落ちたと言えば、それまでだが司馬懿の勘がそうではないと言っている。
「……しまった!」
しばらく考え込んだ、司馬懿が諸葛亮の狙いに気付いて怒鳴った。
直後、司馬懿の座乗する指揮車の無線に連絡が入る。
「大変です! ミンシュタイン閣下率いる本隊が敵の大規模な攻撃を受けつつあるとの事です!」」
「やられた!」
思わず車の壁を殴りつける。
敵は諸葛孔明であることを分かっていながら、今回の狙いを防ぎきれなかったのは司馬懿の責任だ。諸葛亮は何度もこのような戦いを仕組んできていた。実と虚を巧みにすり替えつつ、実と思っていた物が虚で、虚と思っていた物が実であるということは諸葛亮の得意とする策のひとつであった。
今回、司馬懿はまんまとその策に踊らされたことになる。
「被害は?」
「ミンシュタイン閣下の指揮のおかげで被害は少なくて済んでいるそうですが、敵の規模はかなり大きいらしく決して油断は出来ないそうです!」
「撤退だ! すぐに本隊と合流し敵の撃退を計る!」
「待ってください! 敵の兵が後方に現れ、退却が出来ません! 完全に包囲されました!」
「敵のあの派手な攻撃はこの合図のためであったか……」
司馬懿は、今更ながら敵の攻撃の理由に気付かされ歯がみした。しかし、全ては既に手遅れである。
「今は、ミンシュタイン殿の本隊と合流することを目指す事を最優先に考える! まず、敵の包囲網が最も薄い場所はどこだ?」
「スーザン隊の中央です!」
「と言うことは敵はそこに何かしらの罠を仕組んでいるはずだ!」
「ですが、先ほどと同じように危険だと思わせて違う場所に仕組んでいる可能性は無いのですか?」
「いや。諸葛亮はそう思わせて、あえてそこに仕組む人間だ! 撤退せよ! 邪魔をする敵はなぎ倒せ!」
司馬懿は諸葛亮の罠はあえて敵の最も薄手な場所にあると判断。撤退を決意した。
実際この時、司馬懿達が前進をしていれば、そこら周辺には大規模な土魔法の発動トラップが仕組まれており、第1独立師団は司馬懿もろとも土の中に葬り去られていたことであろう。
「後退!」
第1独立師団が必死に撤退を始めるなか、敵も包囲を固めようと必死だ。
「何としても奴等を逃がすな!」
グレイが陣頭に立ち指揮を執りながら、攻撃魔法を浴びせる。
戦車の後部を狙い撃ちするも戦車の行動が機敏でなかなか命中させることが出来ない。
「奴等はここを通ろうと必死だ! 絶対にここを通してはならん! 防御魔法をありったけ張り、敵の砲弾を阻止せよ!」
防御魔法はあくまでも高速で飛翔する物体や魔法にのみ効くため、戦車自身を食い止めることは出来ない。
「全隊に伝える。砲塔を後方に旋回、各個敵を撃破、掃討しつつ後方に退避! 本隊と合流せよ!」
グデーリアンが細かい指示を出し、一気に戦線が後方に下がっていく。
そして魔王軍と第1独立師団の戦車が激突した。
「ぎゃああああああ!!!」
数人の魔王軍の兵士が間に合わず戦車隊の下敷きになる。
その上を南陵も戦車が肉を潰す嫌な音を立てながら撤退していった。
「全隊に告ぐ! 本隊は敵部隊と交戦中! 本隊に合流次第、敵の掃討に掛かれ!」
「何としても持ちこたえよ!」
ミンシュタインは必至になって崩れそうな戦線を支え続けていた。
度重なる救援要請を必死で周囲の部隊を回し、なんとか戦線を支えている状態だ。
敵はこの攻撃に全てを駆けているらしく、半端ではない数の敵兵が押し寄せていた。まだ配備されたばかりのZ5戦車を大量に失ったことは大きな痛手であった。今回の戦闘に置いて敵は勇者達を含む強力な部隊であり、そう簡単には撃破できない。
さらにこちらも防御陣を完全に完成される前に奇襲を喰らったために、敵味方が入り乱れる乱戦に様相を変えつつあった。
「第一独立師団の援軍はまだか!」
近くの通信兵に質問をする。
「それが先ほど包囲網を突破したとのことです!」
「そうか! 良かった!」
「第一独立師団よりさらに入電!」
無線機にかじりついていた通信兵が大声をあげた。
「ただいま、フィーリア隊と交戦中とのことです!」
「何だと! こんな時に!」
思わずグデーリアンは思わず机を殴った。
「フィーリア隊といえば、その強力な魔法と機動力から戦車隊一軍に匹敵するとまで言われた部隊ではないか! そのような部隊に出くわすとは!」
「出くわしたのではありません」
そう言ったのはクラウスだ。
「司馬懿殿は以前、敵の指揮官はとんでもない知恵者だと仰っておりました。おそらくはその者が仕組んだ罠です」
「では、彼女たちはどうなるのだ? まさか……」
「そうなれば、この軍は本当に終わりです。ですが、この軍が倒れては元も子もありません。今は目の前の敵に集中しましょう」
クラウスは静かに言って、戦況が書き加えられていく地図をじっと見つめた。




