第093話 捜索開始 * 海辺の街ルフラン〈リュカ〉
リュカ目線。『第090話 優しい女』の続きです。
息を切らして声を掛けてきたのは、自分も知らない者だった。
ただ、レイが大変だと告げたのだから、事情は訊かなければならない。
黒装束の男と目配せをすると、この男を信用していいのか。と聞こえた気がした。
自分も彼が誰だかわからない以上、答えようがない。
少し考えてから、「ついてこい」と言い、初対面の男と黒装束の男を連れて、昼間なら市場が立ち並ぶエリアに向かった。
黒装束の男も同じようなことを考えていたようだ。「いい提案だ」と耳打ちする。
夜はその様相も一変し店も閉まり人気がないこの場所なら、この男に複数人の追手がいたとしてもすぐに気配でわかる。
それに市場の防犯のためか申し訳なさ程度に明かりを点けているため真っ暗ではない。
呼吸を整える時間を与えるため、しばらく赤茶色の髪の男が口を開くのを待った。
「…突然、失礼しました……。歓談中にお騒がせして申し訳ございません」
汗をぬぐい顔を上げる。瞳は赤いがレイのそれよりも暗がりだからか、くすんで見える。
目が大きく童顔の顔に、自分と似たような年だろうか。それとももう少し若いのかもしれない。身長も同じくらいで身軽な印象だ。
あまり上等とは思わない薄手の羽織の中には、剣が差しているのだろうか若干のふくらみがあったため、少し警戒心を持った。
「お前は、何者だ?」と問うと、男は即座にその石畳の上で正座をし始めた。
「おい…」ギョッとした顔で見下ろしたが、男は姿勢を正してはっきりと告げた。
「私はジュネクと申します!…あの、レイ様には、絶対ルクス様には言うなと言われておりますが、実のところ、私はレイ様にお仕えしている者です……」
……レイの、従者?だと?
「どういうことだ?……ということは、何?まさか、お前は、ずっと自分たちについて来ていたとでもいうのか?」
二人だけだと思っていた旅はそうでもなかったようだ。
確かに、自分の護衛に穴があくようなことのないように、レイは万全の態勢で臨んでいたのだろう。
レイモンド村では、緊急用馬車を自分に許可なく帰したくらいなのだから、当然か。
感心するのも腹立たしいが、プロとはすごいもんだな。全くその存在を悟ることはなかった。
自分が寝ている瞬間にやり取りをしていたのだろうか。
それほど自分は知らず知らずのうちにレイを信用していたようで、何やら腹が立つな、と正座の男を見下ろすと、「はい…申し訳ございません」と恐縮したようにもう一度頭を下げた。
すると、黒装束の男は「二人旅なんてあり得ないからな」と付け加えると、ジュネクは援護射撃と思ったらしく柔らかい顔で「はい!そうでございます!」と告げた。
目を細めて自分はジュネクと言う者に訊ねた。
「他にもいるのか?お前たちの仲間は…」
首を軽く振って答えた。
「いいえ、実はもう私だけです。最終地点ですので、レイ様が早々にチームの解散を判断されました」
確かに、学校からは一番近い市街地ではある。ルフランへ入る砦の前で、手続きを行う理由でレイと別れた事を思い出した。その時に指示を出したのだろう。
それに、チーム体制だったのか……。
というか、わざわざそれほどの人員を割いてまで自分をあんな僻地まで迎えに来た理由はなんだ。
護衛というのはそこまでしなければならないものか。
合点がいかない部分が多いが、今はどうでもいい。それ以前に訊かねばならんことがある。
「で、どうした。レイがどうかしたのか?」
あれほどの手練れだ。自分でどうにかならないことなどないだろうが。
「はい。使い魔、いえ…伝令鳥が、レイ様を見失ったのか、私のところに帰ってきたのです」
黒装束の男は顎に手を当てて、ブツブツとつぶやいた。
「伝令鳥を使役しているのか…大層な御仁だな」
自分は見上げて訊ねた。
「何だ?伝令鳥とは」
「お前はさっきから周りの状況が何もわかっていない様子だな。
伝令鳥とはかなりの頭脳を持った飛ぶ獣の総称だ。
大抵は、遠くの人とコンタクトを取る時に使用するが、そんなものと契約を交わせる者自体、よっぽどの手練れじゃない限り無理だ。
その獣自身もおおかた肉食だからな。下手したら食われる」
「さすがよく知っているな。お前にはいつも感心させられる」
「いや、そんな褒め言葉はいい。旅する事情は知らんが、俺はお前が心配だ。そんな男と一緒に旅をするなど……。
全て騙されているのではないか?そのレイとやらの身元が俺からすると怪しすぎるぞ」
すると、横からジュネクは大声で否定した。
「レイ様は!そんな怪しい方ではありません!!」
………。
呆気にとられた様子で、ジュネクを見ると、眉根を寄せて言った。
「レイ様は、素晴らしい人です」
レイに対して、そうはっきりと言える者がいたのか。
何となくあの寂しそうなレイの表情を思い出して、何故か少しだけ安堵した。
「…そうか。わかった。……で、その鳥はどうした?」
「はい、もう一度探させています。レイ様がすぐに帰ってくると私に言い残して、これほど戻らないことは今までありませんでしたので…心配になって。
恐らく、いえ、確実に何か問題に巻き込まれた様子」
そう言うと、ゆっくりジュネクはその場で土下座をするように深々と頭を下げた。
「ルクス様。お願いです。レイ様を探して頂けないでしょうか。
レイ様は、私にとってかけがえのない主人なのです」
自分は慌てて、ジュネクの背中に手を当てて「待て待て!そういうことはやめてくれ!」と言ったが、更に額を地面に擦り付けるように「何卒!」と言ったので、「わかったから、顔を上げろ!」と言うと、破顔した笑みでこちらを見た。
「さすがルクス様ッ!!」
ジュネクは自分と同じ気持ちだったらしい。何か問題があったという勘は間違いではなさそうだ。
けれど、黒装束の男は腕を組んでジュネクを見下ろしながら言った。
「安請け合いするなよ。『ルクス』」
……ルクスと呼んだか。偽名だが…まぁいいか。男の方を見るとそのまま続けた。
「この男が言っていることが本当かわからんからな」
「え?」
何を言っているんだ?
先程までお前も、『それならレイを探しに行けばいい』などと同調してくれていただろうが。
「嘘は申しておりません!」
ジュネクは焦ったように言葉を発する。
「本当に、レイ様は失踪されたのです!もう、ルクス様以外すぐに頼れる方はいないのです!」
慕っている者がいなくなった喪失感は、自分には痛いほどわかる。
見上げて黒装束の男にハッキリと言った。
「安請け合いではない。これは自分で決めたことだ」
男は「そうか。お前自身が決めたことなら、俺は反対する権利はないな」と苦笑する。
レイは相当の手練れ。
そして、失踪したとなれば、かなりの危険が想像できる。
もう一度確認のために、黒装束の男に断りを入れた。
「お前がついてくるかどうかの判断はお前自身に任せる。だが……」
裏切らない穏やかな声で男は返した。
「何を言っている。私がお前を一人だけ行かせるわけがないだろう?何度も言わせるな」
ジュネクも顔を上げて自分に訊ねた。
「ええと、今更ながら失礼ですが、彼はどちら様でしょうか?彼もついて来て頂けると??」
「こいつは自分の旧友だ。ええと名前は……」
「旧友というか、家族のようなものだ。名は『シュリ』と言う。事情も知ってながら、ルクスだけに面倒事を処理させることはできん」
シュリと言うのか…。
自分はそんなことをぼやっと考えていたが、ジュネクは眉を寄せて小さく言った。
「ただ…不穏な気配がするのです。危険にさらしてしまう可能性もないとは言えません。
ルクス様の剣の腕は確かなものと聞いております。ですが、シュリ様……」
「足手まといになると?一応俺も嗜み程度だが剣は扱える」
そうなのか?
疑いの眼差しで見上げると、黒装束はフードを下げて「嗜み程度だ」と繰り返した。
「………。」
期待できんな。まぁいい。危険と判断したら自分が何とかすればいいだけのこと。
とりあえず、情報を得るために晩御飯を食べたソフィの居る料理屋まで向かうことにした。
自分の中では、あの『イグナシオ』という存在がどうしても引っかかっているのだ。
ソフィは、イグナシオを知っているようだったから、もしかするとレイが失踪した事情に繋がるヒントを知っている可能性があると踏んだのだ。
ただ、こんな夜中に話が出来るかはわからないが、何の情報もない以上、彼を頼る他なかった。
だが場所は入り組んだ街の一角。正確に覚えてなどいなかったが、ジュネクはその晩御飯の場の付近に居たようで、その推測を訊くや否や、「あの料理屋ですね?了解しました」と頭を垂れた。
見るからに頼りなさそうな従者だが、やはりそこはプロなのだろう。最短のルートで辿り着いた。
「ここが店なのか?」とシュリが言うのもわかる。一見普通の家だ。
それにもうかなりの時間だ。当然店は閉めており、扉にも鍵がかかっているようだった。
近所迷惑になるかもしれないが、レイの失踪で協力を得られそうなのは、ソフィだけだ。
自分は、その扉を必死で叩いた。
「ソフィさん。開けてくれ!」
確か、学校でもこんなことがあったな。
あれは、忘れもしない。生活実態のない、レイの居室に入れてもらった夜と同じだ。
あの頃は、レイに対して不信感しかなかった。
同じ学生という仲間ではなく、レイは単に金で雇われた『自分の護衛』であることを知ったからだ……。
まさか、そんなレイのために、こうする日が来るとは思ってもいなかった。
暫くすると、中から鍵が開く音がして、隙間だけがあいた。
「なんなのよ。こんな夜中に」
ソフィさん……!思わずその隙間に手を掛けて言った。
「ソフィさん。突然、夜分遅くすまない。少しだけ自分に時間を欲しい……」
「……え?……あ!?あらやだ!ルクス君じゃないっ!やだぁ、どうしたの?!こんな夜遅くに!」
と慌てた様子で扉が開くと、ソフィは女物の寝間着を纏っており、目の当たりにした三人はその格好にしばらく目が釘付けになっていた。
逆にソフィはシュリを見るや否やハッと口元に手を当てて小躍りした。
「あらあらあらあら!!まぁまぁ!あたし、どうしましょこんな格好でイケメンを出迎えるなんてッ!」
「イケメン?」「……なんだろうな」
自分とシュリは顔を見合わせると、ジュネクは苦笑いして「…私は眼中にないようで、全く傷ついてませんから。さ、入らせていただきましょ」とスタスタと中に入って行った。
すぐにソフィはランプをつけてくれて席に誘導された。
自分は食事をした時と同じ席に座る。
あの時隣にいたレイが、どこにいったかわからないなど、数時間後にそんなことになろうとは夢にも思っていなかった。
店は綺麗に片付けられた後だったが、気を遣ってソフィはお茶を用意してくれた。
軽く口をつけて「良いお茶だな」とシュリが言うと、傍らに座ったソフィが満足げに、「あら~イケメンにはわかっちゃうのね?そ、イイお茶なの♪」と返しながらすり寄る。
フードを被ったシュリの表情は全く見えなかったが、若干自分の方に体を寄せた気がした。
「で、どうしたの?……レイリーは、一緒じゃないのね」
「そうなんです。あの、失踪してしまって……」ジュネクが端的に答えると、ソフィの表情は一変した。
「なんですって?レイリーが?本当、なの?ルクス君」
「うん。宿にも帰ってこない……」
深い溜息が聞こえるようだった。ソフィが、肘をついて目を細めた。
「なるほど。それで、ルクス君…、あたしにイグナシオの事訊きに来たのね。違う?」
「……その通りだ」
自分は頭を下げた。
「どう考えてもそれ以外、おかしなことはなかったから。
小さな手がかりでもいい。
……あいつは何も言わなかったが、相当傷ついている気がした。だから……」
「顔を上げて。ルクス君」
ソフィは真剣で優しい顔をしていた。
屈強な大将という顔つきではない。母親のような慈愛に満ちた顔だった。
「あの子がそういう面も誰かに見せるようになったのね。……あたしは嬉しいわ」
そして、ゆっくり目を伏せた。
「あたしを含め、皆、この界隈の恵まれない子たちは、レイリーの味方よ。
彼は稼いだお金で他の子らの身請けもしていたの。それに、あたしにはこの店をくれたわ。
いとも簡単に、さらっと、そんなことをする子なの。あたしたちが、何も返せないのを知っているくせにね」
あの冷たい表情のレイが…そんなことをするなんて。
自分には驚きを隠せなかった。ソフィの口から聞くレイは自分の全く知らない男だった。
三人はソフィの話を静かに訊いた。
ランプの灯が優しい光で揺れて淡い色で皆の顔を染めあげ、その静けさと陰影がもの悲しい気分を助長させた。
「あたしの家も大家族で貧困にあえいでいたわ。そして、今あたしがその大黒柱。
病気だった母親が死んで薬代はいらなくなったけど、たくさんの兄弟と、片足の年老いた父親の生活を支えなくちゃならない。
兄弟でまともに働いているのはあたしだけだからね。
愚痴になっちゃうけど、甲斐性のない兄弟に配偶者も出来たりとか、子供が出来たりとか……もうはっきり言って皆あたしに依存し過ぎなのよ。
ここでは真面目な性格の人間はバカを見るの。稼ぎ頭に群がるのは仕方がないことなんだけどね。
けど、自分の家族以外の、関係のない者の面倒まで見る神様のような人なんて、レイリー以外に知らないわ。
あたしも、稼いだお金は必要経費以外全て家族につぎ込まなきゃならなくて、レイリーへの恩返しも出来ていない。
そういう子たちがここにはいっぱいいる。レイリーは本当にあたしにとって神様なの。
……そんなことあの子に直接言ったこと一度もないけどね」
すると、小さく笑ったようにシュリが言った。
「見返りを求めずというところは、ルクスそっくりだな」
突然話を振られたことに顔が赤くなった。
「……いや、自分はそんなに大したことはしていない…」
まさか、レイがそんなことのためにお金を使っていたなど知ることもなかった。
見た目、社交的な明るい女口調の美しい男。そんな重い何かを抱えているなど想像すらできなかった。
こういう事態にならなければ、知ることもなかった、レイの別の一面だ。
恐らく、ずっとつかめずにいた、これが本物の彼なのだろう。
「一度レイリーに訊いたことがあるの。身を固めて結婚とかしないの?って。
そうでしょ?自分の事にお金使う素振りなんて見せないんだから心配じゃない。普通は自分があっての他人でしょ?
それにレイリーの生活は本当に質素に見えたわ。沢山稼いでいるはずなのにね。
けれど彼は言ったの。『質素で倹約と思わせていた方が周りの同情をかえるから』って冗談めいた口調で。
身を固めるなど、考えてもいなかったんでしょ。あれほど器量がよくて、全て兼ね備えているような男が他にいるかしら?
本気になったら女も男も虜になるでしょうにね」
チラリと冷たい視線でシュリはこちらを見たが、話の腰をまた折ってきそうな気がしたため無視をした。
「本質を突き詰めると、最終は絶対、『自由が好きだから、ずっと自由でいたい』と笑っていたわ。
けれど、あたしはずっと思っていた。それは口で言ってるだけ。苦痛や悲しみが無いって顔でいつも飄々として、都合が悪くなると無表情になる。
嘘で笑うときは、逆に綺麗に見える顔で笑うの。
あたしは騙されないわ。レイリーは自由を求めていながら、本当の自由になりきれていないんじゃないかって」
何となく、わかる気がする。
確かイグナシオを前にした時も、美しい笑い顔を見せていた。
そして、どこか義務に縛られているような雰囲気をいつも纏っていた。
ソフィは暫く口を噤んでから、重い口を開くように声を潜めて再度話し始めた。
「……ある日、突然、レイリーがこのルフランから去ったんだけど、その理由についてなんだけどね。
実は、誰にも言ってない仮説があるの。あたしなりに考えた仮説。
タブー視されるような内容だから安易に口に出来るものじゃないんだけど、ルクス君が本当にレイリーを心配してくれてるようだから……」
「何でもいい、教えてほしい」
「……そうね、じゃあ聞いてもらおうかしら。
…組織内の揉め事と関係してるんじゃないかって、ずっと、思ってて……」
「組織内の揉め事??」
質問した自分をチラリと見遣り、ソフィはこめかみを揉みながらため息をついた。
「ここからが、本題、あの子レイリーとイグナシオの話よ」




