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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第02章 士官学校時代前編
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第006話 入学試験 * 学校〈リュカ〉

リュカ目線。

合格したことは嬉しいが。

試験があれほど簡単なものとは思いもよらなかったと受験生が集まる大部屋の隅で納得いかない気分でいた。


試験って、命を懸けなくてよかったんだ。


この場は汗臭いムンムンとした熱気が充満し、先ほどまでの試験の状況が伝わって来るような状態だったが、別に砂漠での長旅を想えば快適だ。

見渡すと、意識を朦朧とさせている者や負傷した者もいたようだが、殆どがひ弱な印象で、軍人を目指すようには到底思えない者もいる。


試合はそれなりに緊張感を持って臨んだが、対戦した者は見掛け倒しの者ばかりで一瞬にして伸びてしまう始末。まさに拍子抜けだった。

剣闘士の試合は一度ロクシアに内緒で路銀稼ぎで出たことがあったが、緊張感も何もかもそれとは雲泥の差だ。

そもそも後がないと感じた瞬間がなかったのだ。

剣闘場のように相手が死ぬときではなく、試験にはルールがあり、それに則い試合が進められ動けなくなった時点で試合終了らしい。

今まで生きてきた中で、『降参の合図』など教わったことなどない。

審判と呼ばれる者に強引に止められて試合が終わったことを知ったのだが、合格はその場で告げられたがこっぴく注意を受けて、

囚人をしょっ引くかの如く合格者のみが集う大部屋に連れて来られた。あの状況を思い返すだけで、顔が赤くなるほど恥ずかしい。


説明がないってことは、試合のルールは『常識』だったということか。


溜息が思わず口から漏れた。試合の様子を知る受験生は、蔑むような目でジロジロと見てきた。

身なりがみすぼらしい上に、一般常識である試合の作法も守れない野蛮な受験生という評価したのだろう。

確かにガラス越しに映る自分の姿と、他の受験生を見比べて納得はした。

薄汚れて磨り減ったクタクタのズボンに、邪魔にならないようにバサバサ束ねた髪も最近は切っていないため伸びきっている。

一方の周りの受験生達は都会に住む上流階級の者なのか、繕っている服を着ている者など見当たらない。一様に小奇麗な格好をしているのだ。

どこにも自分のような小汚い田舎者など一人もいない。色んな意味で居心地が悪く、早くこの場から立ち去りたいと感じていた。

暫くすると、段々と煩い声が大きくなるのを感じて顔を上げると、向こうから誰かが自分目掛けて肩で風を切るように勢いよく向かってくる。

「コイツだ!」

自分を指差す男は、痣だらけで苦痛に顔を歪めながら睨んだ。状況が掴めなかったので、目を丸くしたままぽかんとしたが。

「俺を誰だと思って…舐めやがって!この田舎の貧乏人が!!」

ケンカが始まったと、周りの者達は一歩引いたが、その瞳は何か面白いことが始まったと好奇心で満たされた。

たまたま隣にいた男が、ニヤっと笑ってこっそり伝えてきた。

「お前、厄介な奴を相手にしたな」

何を言っているのか分からず眉を顰めると、怒り心頭の男が「貴様は絶対に許さんからな!!」と言ったので、一歩前に出て言い返した。

「……?誰だ?」

「は?!さっき戦っただろ!?」

そこでやっと先ほどの最終選考の対戦相手だったということにようやく気づいて頭を下げた。

確かに先に謝罪にいくべきだった。

「悪かった。やりすぎたようだ」

謝罪は想像とは反対の結果をもたらした。

男は更に逆上して掴みかかってきた。

「謝れば済む問題じゃねぇだろ!」

髪の毛をおもむろに掴まれて引っ張りあげられた。容赦ない痛みが走る。

「俺はな、『王宮』に住むことになってるんだ。お前みたいな貧乏人など一瞬で退学させることも出来るんだからな!」

捨て台詞を言って突き放すように手を放した。

反論する気もなかったためよろめいた体は成すがままに壁にぶつかったが、立ち上がりってとりあえず解けた髪の毛を縛りなおした。

「言いたいことあるんなら言えよ!それともビビってるのか!?」

と挑発すると周りの者達もケラケラと笑ったが、どうすればいいのだろう。

悪いことをして謝ったら、許してもらえると思っていること自体都合が良すぎるのだろうか。

ここでの空気の読み方がわからない。

あぁ。理由を説明していないからか?もう一度その男の目の前に立って頭を下げた。

「ルールを知らなかったんだ」

そういうと周りの野次馬まで「もっとマシな言い訳しろよ!」などと口を出してきた。

「試合のルールすら知らないような下賎な奴がここに居る訳ねーだろ!」

やっぱりそうなのか。恥ずかしさに頭を垂れてもう一度深く頭を下げた。

ここはもうひたすら謝るしかないようだ。

「本当に、ごめん」

煩かったその場が一瞬静まり返った。

そして静かに顔を上げ、ボサボサの前髪の隙間から男を真っ直ぐ見てもう一度謝った。

「申し訳なかった」

「……」

男は若干高揚した中に、少しドギマギとした表情で何か言おうとした口を閉じることもできない様子だったが、時間をあけて再度突っかかってきた。

「……くそっ!お、俺を馬鹿にしてるのか!女みたいな顔、しやがって!」

よく分からない言動をしていることに本人も気づいているのか、手を伸ばすのに少々躊躇ったが、髪の毛に触れるかどうかのところでパンパンと大きく手を叩く音が遠くから聞こえた。


「そこまでです」


男も人だかりに加わった者達も皆、その音が聞こえた部屋の出入り口を見ると、光沢のある上等な布で短い黒髪を覆った男がこちらを見ていた。

ここにいる誰よりも目立つ存在感を放っている。

決して派手ではないが質感が見た目にもいいと分かるような服装に身を包み、長身で体格もよく、学生というよりも既に軍人という雰囲気を纏っていた。

皆はハッとした様子で口々につぶやいた。

「ユスラン様だ」

「彼が噂の……」

全ての雑音を掻き消すように、落ち着いたよく通る声が聞こえた。

「君、入学前に大胆な行動は慎むべきですよ」

ここにいる全員が自分に対して白い目で見つめたが、高級な男は訂正するかのように「彼は十分に謝ったでしょう」と怒り心頭の男に対して囁くように付け加えたのだった。

その後は見るに値しないといったようにフッと目を背け、音も立てず自分の前に立ちはだかった。

あまりにも真っ直ぐ見つめてくるので、自分も誠意をみせるために目をそらさなかった。


見たことのないようなくらい清潔感があり、同じ学生と思えないくらい高貴だ。

冷たい印象のする瞳だが、恐らくそういう顔つきなんだろう。どことなく雰囲気がロクシアに似ていたため自分としては好感が持てた。

すると意外にも男は自分に向けて隙のない動きで手を差し出たため、周りの皆も驚きで目を見開いた。

「私はユスラン・セブシェーンと言う」

応じない理由はないと表情を正して、ズボンで手を拭いてから力強く握手を返した。

「リュカ・フェリクス・グレイ」

ユスランと名乗る男は一見冷たそうだったが、目を細めるととても穏かな人柄が滲み出るようで少し安心した。

脇に控えた男達も非難の対象であった自分に対してこの男が握手を求めたことに動揺を隠せない様子でいた。

それほど、この男は有名なのだろうか。


「あなたの試合を拝見させてもらいました。とても私と同じ新入生に思えませんでした。突然で申し訳ないが、ご挨拶をさせて頂きたくて探していたんですよ」

ユスランが誰かに興味を持つなどあるのかと口々に小声で囁き合っている声は耳に入ったが、どういう人物かまだわからない。

薄く微笑む彼にとりあえず平凡な笑顔で応えた。

「ありがとう」

「何処の学校から来られたのです?あなたの名前をお聞きするのが初めてだったもので」

やけに丁寧な言い回しが疲れそうだが、彼の目には表裏がないように見えたため、あまり言いたくなかったが若干控えめな声で返した。

「……いや、学校というのが初めてなんだ」

目の前のユスランも、そして周りにいる者全員がその回答に唖然とした。

そうだろう。今までの流れでいくと、学校に行ったことのない者が、ここに入学出来ること自体常識ではありえないのだろう。


そうこうしていると合格者が全員で揃ったのか、その部屋の中に教官が入って来た。

大勢自分の周りにいたが、合格者説明を始めようとする「静粛に」という声がしたので、とりあえずその場で待機姿勢になる。

簡単な合格者を労う言葉が述べられた後、学校と寮についての簡単な説明があり、寮へ案内される。


順番は「ハルネス寮」通称「王宮」で住まうことになっている者たちかららしい。

後で聞いたところ、この学校に入学する自体も非常に難易度が高いらしいが、その寮へ案内される者は更に一握りの「特別な」者たちらしい。

ただお金を積んだだけでは入ることが出来ないと言われている寮で、特にステータスの高い者だけが入寮を許可されているとのことだった。


一番に呼ばれたのは当然のことながら、このユスランと言われた男だ。

そして、その次に呼ばれたのは意外な人物だった。


「リュカ・フェリクス・グレイ」


え?


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