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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第01章 レイモンド村編
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第004話 物語の最終話 * レイモンド村〈ジョイ〉

ジョイ目線。

髪に初めて触れ、小さい頭を優しく撫でた。柔らかい髪だ。小さく肩を震わせて泣くこの子は、紛れもなく女の子だった。

辛いな……。あの日、地下から抜け出した瞬間、彼女を一度手放した。

だが、今回は手放した訳じゃない。送り出してあげるんだから、後悔する必要などないんだ。


『行ってこいよ。リュカ』


俺は正直リュカを士官学校に行かせるなど反対したかった。

けれども、リュカは誰かが勧めてくれるのを待っているようだったし、多分それを言ってあげられるのは、自分しかいない。


学校も無いようなこの小さな村で、リュカの一生が忙殺されてしまうのは惜しいと思う。

この村で読み書きが出来る者は限られている。そんなものを知る必要があるのは一部の上流階級の人間だけなのだ。それをリュカは知らないのだろう。

卑しいなんて俺たちの先入観だったんだ。彼女は誠実で礼儀正しく、そして一定の教養もある。

育てたあのロクシアと言う男は何者なのか素性もわからないが、恐らくいい家柄の者なのだろう。訳あって逃亡生活をするはめになったのか。

俺に彼女の過去を知るすべも理由もないが、これ程の剣の腕前があり、心の強さもあるリュカのためを思うと俺たちの都合で縛りつけることは出来ないと感じたんだ。


きっと、リュカが見晴台の上で眺めていた遠い景色のずっと向こうにある、都会の街でも立派に生きていける。

皆がどう言おうが、自分だけはリュカの味方で居たかった。


けれども、一番言いたかった、『絶対、帰ってこい』と言う言葉を旅立つ日にも言えなかった。

ここを離れてしまったら帰って来ることもないと思ってはいたが、それ程に、リュカを想っていた。


お前さんが幸せなら、それでいいと何回自分に言い聞かせただろう。


コンコンと扉をノックする音が聞こえたので、戸を開けると以外にもそこに立ってたのは婆ちゃんだった。

「お邪魔かしら?」

積み上げた本を片づけて婆ちゃんのための椅子を用意した。ゆっくりと座ると、机の上に昔よく食べたミネア特製の木の実の砂糖漬けの瓶と二つの湯呑を手提げの籠から出して置いた。

なにやら用意しながら婆ちゃんは言った。

「久しぶりに物語をしていいかしら」

「え?あぁ……」

一体どうしたんだ?てっきりリュカに振られた(?)俺を慰めに来たのかと思っていたが。

物語か。懐かしいな。

よく昔は寝る前、婆ちゃんは本当かウソかわからないような物語を聞かせてくれた。

そう考えると、いつから聞かなくなったんだろう。


湯呑に砂糖漬けを入れてその上から温かい酒を注いだ。鼻腔をくすぐるその砂糖漬けの香りは昔の記憶を運んでくる。

あまりお酒は飲まなかったが、今日は飲みたい気分だったので拒否しなかった。

というか、まさかミネアがお酒を隠し持ってることには驚いた。


『ばぁさま聞かせて!あの魔法の話!』


昔、婆ちゃんに『物語』をよくせがんだ。

村では想像なんてできないような刺激的な内容で、魔法や不思議な植物や動物が飛び交う非現実的な話。

主人公の女の子と魔法使いの男の子が冒険を繰り広げ、物語の最後はいつも幸せに終わるという筋書きだった。

俺のために考えてくれていたのか、けれど話をする婆ちゃんはいつも楽しそうだった。物語の主人公は多分ミネアなんだろう。


「それじゃあ、今日の話は……」

ふっと婆ちゃんの顔が曇った気がした。

「物語の最後の話。彼女たちは最後どうなったか、と言う話をしましょう」

「最後?」

少し驚いた。

完結編が長年封印されていたのか。


いつもの表情とはちがう婆ちゃんは、酒を飲んでいるせいか、もう子供とは言えない俺に物語の信憑性を持たせるためか、遠くに投げかけた瞳が印象的に映った。

その時、俺は直感的に思った。


この物語の最後はもしかして、幸せに終わらないのかもしれないと。


そんな最後は絶対聞きたくない。

子供心に彼女は楽しく冒険的で、涙など知らない子だった。

ウソとわかっている物語でも今になって彼女の印象を穢されるのが嫌だ。


「後味悪いのだけは勘弁してよ」


思わず出た言葉に反応してあげたミネアの顔が悲しげに見えた。

暫くして、躊躇うように発した声色がやけに真剣だった。


「物語もいつかは終わりがくるの。知る必要があるのよ。どんな悲しい話でも目をそらしてはダメ。

 楽しいばかりでは世の中は動かない。それが社会。それが人生なの」


「なんでそんな説教くさい話になるんだ。……ていうか、おとぎ話にそんなオチは必要ないだろ」

なんで言い争ってるのかわからないが、俺は酒に口をつけながら昔の思い出を守ろうと必死だった。

なぜか婆ちゃんも全く食い下がらない。

物語は『食べ物を残したらお化けが出る』とかその恐怖を持って道徳心を学ばせるためにあるものなのよ、とかウンチクを語るようにかなり強引に押してきたので、

抵抗する気も少し失せて俺は「わかったわかった」と仕方なくあきらめるとことにした。


所詮物語なんだから。そんなことはわかってるんだけど。なんか後味悪いのは勘弁して欲しい。

「もう、子供じゃないでしょ?」

無理やりにでも物語の結末を話すのとどっちが子供なんだと思ったが、反論はしないでおいた。


「簡潔に言うと、一緒に居た魔法使いと最終的に彼女は恋に落ち、その後結ばれることなく別れることになったという話」

「やっぱりそういうオチか。なんで?人種の違いで的な感じか?」


軽く返したが、婆ちゃんは何故か少し元気のない笑いを見せてうなずいた。

遠くに投げかけた瞳に翳りが見える。唐突に物語は始まった。


「そう、あの日は大雨が降っていたの……」



 ――――――……。



その話の長い詳細を最後まで聞いて、俺はどうしようもなく切なくなった。


話すだけ話して、婆ちゃんは杖を握るとさっと立ち上がった。


もしかして婆ちゃんの過去とウソの話が混ぜ込まれているのか。

酒が悲しい方向に物語を終わらせたのか。


俺は、最後に一つ聞いた。


「彼女は何年か経って、人種差別もなくなってその魔法使いと会えたとか、弁解するために魔法使いに会いに行ったとか続編ないの?

 だって、切ないだろ。そんな終わり方。なんでそこで何もしないんだ。俺はそんなのが愛だとか信じない」


すると、婆ちゃんは言った。


「じゃあ、あなたは何故リュカを行かせたの?」


なんでリュカを行かせた?って?


「本当に何が正しいかなんて、物語が終わってもわからないものなの。

 多分彼女も魔法使いに会いに行きたかったんだと思うわ。

 けれど、それ以上に、魔法使いを愛していたからこそ、そういう結末を選んだんだと思うの。

 今のあなたになら、彼女の気持ちがわかるでしょ?」


婆ちゃんの目には涙が浮かんでいたように見えた。

なんだ。婆ちゃんが、ミネアという一人の女性に見える。


その表情で、ミネアの物語はこれで終わりなんだと、俺は悟った。


杖の音が数回コツコツと響いて一言だけ婆ちゃんは言った。


「おやすみなさい、ジョイ。リュカを行かせてくれてありがとう。

 あの子がここで終わる子じゃないのは、私もわかっていたのよ」と静かに戸が閉まった。


部屋から出た婆ちゃんの背中を見ることもできず俺はもう一度少し冷めた湯呑に口をつけた。


『愛してたからこそ』


愛してるからこそあきらめなければならないことがあるんだ。

そういうことなんだろ?


……リュカ。頑張れよ。

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