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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第06章 それぞれの戦い編
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第052話 大丈夫 * レイモンド村〈リュカ〉

リュカ目線。

何時間こうしていたのだろう。


もう辺りには日が落ちた後の赤い太陽が差し込んでいて、俯いた状態でも哀愁漂う色に部屋中が染まっているのがわかる。

ミネアの去った一日が、何気なく終わってしまうことを今更ながら知った。


あの日のように、大切な人が去っても、自分の日常は変わらず動いている。

ロクシアが消えた夜と同じ、受け止めきれない感情の渦の中にいるのに、もう寄り添ってくれたミネアはいない事実を突きつけられ、また激しく胸が痛くなる。

多分この繰り返しは当分収まらない。

何をしても気持ちは悲しい方にしか向かわないことも、どれほど願っても魔法のように現実を変えることが出来ないことも知っている。


何年経っても、自分はあの頃のままなのか。

自嘲的に考えると、少し感情が落ち着いた。


すると、少し開けた窓から敷地内を出入りする村人の声が遠く聞こえてきた。

初めて周りの音が耳に入ってきたのかもしれない。ずっと自分の感情の中に籠っていて何も聞こえていなかったようだ。

まだこの時間になっても、弔いに訪れる客は途切れていないのか。


そうか、自分だけじゃないのだ。離れたくないと思う者は。

彼女はこの村に愛されていたのだ。つまり、実際に彼女を慕っていた人がこれ程いたということだ。


ミネア自身、自分の前では他人には言えない本音も話してくれた。

やはりこの村の出身じゃないから疎外感を感じる時もあるのだと。

けれど、何の縁かこの村に嫁いで、家族が出来て、私は幸せなんだと言っていた。


気付いていればいいが。

ミネアと過ごせた日々をこんなにも惜しんでいる人がいることを。

彼女に知らせることはもう出来ないけれど、この一日の風景が伝わればいいのにと強く思った。



「落ち着いたか?」



突然上から振ってきた穏やかな声にハッとした。

あまり自分の状況を把握できていなかったけれど、この温度が心地よくてずっとジョイにしがみついて、丁度彼の胸のあたりを涙で濡らしていたようだ。

急に、恥ずかしさが込み上げてきて耳が赤くなるのを感じた。


「…ごめん。…錯乱してた…。服も、汚して…ごめん…。…お前も、つらいだろうに、自分だけ…」


恥じらいを払しょくするように小さくジョイに告げ、握り続けた彼の服から手を離して一定の距離を取った。


「いや、何かお前さん見てたら、逆に冷静になった」


顔向け出来るように涙を強引に拭くと、目元がひりひりして痛かった。

見上げた久しぶりのジョイの顔は穏やかで、その細い目は以前と変わりないが、少し大人びたように感じた。

あれから、しばらく経つんだな。

茶色の伸びた髪は束ねて一つにまとめられていて、頭を撫でた手も以前よりゴツゴツしたように感じた。


「おかえり、リュカ」


儀礼的でない『おかえり』なんて言葉を掛けられたことはあっただろうか。

気恥ずかしくもあったが、ここはけじめをつけるべきだと正座をして真正面からジョイに向き合い、少し頭を下げた。


「ただいま、ジョイ。間に合わなかった…けど、許してくれるだろうか…」


ジョイは、思った以上に明るく返してくれた。

「当然だろ?婆ちゃんはきっと急いで来てくれたことに喜んでるさ」


顔をあげると何故かすぐに目を逸らして独り言のように続けた。

「それに、俺も嬉しい……マジで、久しぶりに会えて…」

更に咳払いをして、ジョイは膝を突き合わせた状態で言った。


「んな時に…不謹慎だけど、お前さん、メチャメチャ綺麗になってて驚いた…」


………。


「何言ってんだ、お前」


顔を真っ赤にして言うことじゃないだろ。

こっちまで恥ずかしくなるじゃないかと睨むと、突然慌てたようにジョイは何故か深く頭を下げた。

どうしたんだと声を掛ける前に、完全に動揺したようにジョイは続けた。


「悪い……悪い、黙ってたけど!お、俺、知ってんだ!」


知ってる?


「何を?」

「ミネアに聞いて、お前さん……」


赤面した顔のまま、消え入るような声で、


「……お、男じゃないって…」



は?


ええっ?!

何?ミネアがしゃべった?って?


こちらも開いた口がふさがらなかった。

ジョイはひたすら頭を低く何度も下げた。


「あの、ホラ、俺がお前さんに『お前のせいだ』とかなんとか言った日覚えてないか?俺ん家のゴタゴタであの…」

「…いや…」

「…八つ当たりで、お前さんに言ったんだ。したら、お前さん、謝ってきて。で…調子狂わされて。

 あぁあ…その日、ミネアにこっぴどく、怒られたんだ。…あの子は、リュカは、…女の子なんだって…。

 あ、でも、言っとくけど、俺以外全員しらねぇから…!俺、誰にも言ってねぇから…っ!」


要領の得ない説明に、何を言っているかさっぱり理解できなかったが、

「…え、あ。そう、か…」

否定する気もおきなかった。

ジョイの言動がおかしいことを意識すると、自分の受け答えも歯切れが悪くなってしまい、微妙な空気が流れた。


その分だと、女だと言うことを、随分前から知っていたようだな。

さすがに『女だろ?』とか言われて女扱いされていたら、ジョイを嫌いになっていたかもしれない。



……。


色々な出来事が起こり過ぎて、もう頭が処理しきれない。

一つ咳払いをして、とりあえず立ち上がると、懐かしい部屋を見渡した。


ここに居た頃は、もう随分昔の事のようだ。

けれど主人もいないのに、水の減っていない花瓶に野の花が飾られており、塵ひとつなく綺麗なのは何故か。

不思議に思って花瓶に手を触れた時、ジョイはすかさず説明した。


「いつ帰ってきてもいいように、掃除しとけって…婆さんが言ったから、ついでにやってたんだ…」

ジョイがやっていてくれたのか。

「そうか、有難う」

と返答すると、何故か、首を横に振って発言を訂正した。

「…いや、違、それは言い訳だ…」

「え?」

振り返ると、床に座ったままのジョイが真っ直ぐにこちらを見上げていた。

「早く帰ってきてほしかったから、俺の意志でやったんだ」

「…そ、そうか…」

変な勢いに圧倒されて、花瓶を落としそうになった。慌てて元の位置に戻した。


ジョイと対面しているだけなのに、いつもと勝手が違う。


人は、久しぶりに会うと、ぎこちなくなるのか。

それに時間の経過は人を変えるみたいだ。

回りくどいウソをつくジョイは知っているが、こんな真正面から自分の気持ちを吐露することなど以前はなかった。

自分がいない間に、一体、ジョイに何があったのだろう。


暫くすると、ジョイは笑ったような目をそのままに口元を引き締めて、すくっと立ち上がった。

そのジョイにしては余裕のある表情に少し驚いて、自分は一歩後ろに下がった。

「リュカ」

細い目の向こうに穏やかな瞳が真っ直ぐこちらを見ている。


「真面目な話。

 お前さんが今関わってるような都会人とは程遠いだろうが、

 俺もちょっとは変わったように見えるか?」


臆病で優しい目は知っているが、こんな顔は知らない。


何だろう。体つきは士官学校の誰よりもか細く、華奢で、恐らく余裕で剣の腕では彼に勝てる気がするのに、ドキッとするほど男らしい顔つきに見えた。

真正面に向き合って言葉を返した。


「……うん。男らしくなった、と思う」


すると、さっきまでの顔立ちが一瞬で崩れ去り、真っ赤な顔に戻る。

「そ、そうか?そうか。そう見えるか!」

……いや、気のせいか。

「一瞬。そんな気がしただけだ」

「一瞬!?」


ハハ。目を丸くした表情に思わず吹き出してしまった。

いつも通りのジョイだ。


いつも通り。


ミネアがいなくても、笑いたい時もあるような、いつも通りの時間が過ぎていく。

客観的に自分を見つめなおした瞬間、ジョイは何気なく言った。


「大丈夫だ、リュカ」


今、一瞬また逆戻りしかけた自分の感情を読まれていたかのように、あの時、ミネアがくれた言葉を彼が意図せず繰り返す。


『大丈夫、大丈夫よ』


そう思うと、穏やかに笑うジョイの表情がどことなくミネアの顔に見えた。

胸が焼ける。もうどれほど祈っても、もう、会えない顔だ。

けど、胸の中に刻まれた、彼女の笑い顔も、思い出も、誰にも消せない。


「そうだ、大丈夫だ」


もう一度ジョイは強く言い切った。


大丈夫。ミネアが言っているかのように、深く心に響いた。





ジョイは急用か、ふいに部屋から離れたので一人でぼんやりとした気分で寝台に座っていたが、しばらくすると大きな箱をもって現れた。

「なんだそれは?」

「婆さんから、お前さんへのプレゼントだ。俺が預かっていた」


ミネア…から?


突然胸がドキドキしてきた。立ち上がって寝台の上に置かれた箱にそっと手を伸ばした。

「開けて…いいのか?」

「あぁ、お前さんのだからな」

怖い気持ちと嬉しい気持ちが混在する不思議な気持ちだった。

一体自分に、ミネアは何を残してくれたのだろう。


意を決して箱を開くと、中からは色とりどりの布に見事な刺繍を施した女物の上等な衣装と、化粧道具があらわれた。

引き出すと、サイズも自分にちょうど良さそうで色合いが素晴らしく華やかな民族衣装だった。


「婆さんが、お前さんのために作っていたんだ」


女物の衣装を、自分のために。


心がざわめいた。自分の表情を察したのか、ジョイは言った。


「実はな、俺も、婆さんと同じ気持ちだったんだ。本当は、士官学校なんて行ってほしくなかった。

 こんな美しい衣装を纏って、女として幸せに暮らしてほしいと、ずっと思っていたんだ」


ふと、ジョイの顔を見上げると、苦痛に顔をゆがませていた。

ミネアと同じ気持ちだった?

あの時、ジョイは『士官学校に行って来い』と背中を押してくれた唯一の味方だったはずなのに、


本当は、行ってほしくなかったって?


「けれど、俺は、お前さんの一番の理解者であることを優先させた」


拳を握るジョイはつらそうな顔で視線を下に向けた。


「お前さんは、この村にとっちゃ英雄だ。だが、俺はそんなちっぽけなもんでお前さんを縛ることは出来ないと思った。

 俺が、お前さんを……独占したいというこの想いも含めて……」

「え?」

顔を真っ赤にしながらジョイは続ける。

「いや、本当に。お前さんをこの村にずっと閉じ込めておきたいと思っていたんだ。

 けどお前さんには、もっと自由に、笑っていてほしかった。

 だから、俺は自分の気持ちに嘘をついたんだ」


そんな思いを抱えていることなど…全く想像もしたことがなかった。


ジョイは火照った顔で、ニッと笑った。

「お前さんに何て言ってたか知らないが、婆さんも言ってたんだよ。お前さんのこと、『ここで終わるような子じゃない』って」


……あれほど反対したミネアが、そんなことを…。

頭がついていかない。


「多分これを作っている時、婆さんも同じこと考えてたと思うんだ。

 やっぱ、いつかはこれを着て、女としての生活を送ってほしいって。

 けど、……それが今じゃなくてもいいと思う」


寂しげな表情で付け加えた。


「学校、充実してるんだろ?

 本当に、綺麗になったよ。

 俺の知らないリュカだ」


鼓動の早くなるような言葉だったが、何とも言えない儚い笑みに返す言葉も失ってしまった。

ジョイは自分の想いを言い切ったかのように少し開いた窓とカーテンを閉めた。

光が遮断され薄暗くなった部屋。

相手はジョイなのにどことなく居心地が悪い。

自分から何か声を掛けようと口を開いたが、その前にジョイは言った。


「婆さんは昔さ、途方もない恋をして、相手の男のためを想って裏切ったことがあったそうなんだ」


ミネアの過去なんか想像したこともなかった。

そのまま静かに耳を傾けた。


「何年しても後味の悪いその裏切りに対する想いは消えないみたいだったけど、俺は婆さんの選択は間違ってなかったと思う。愛する者のために自分の気持ちを押し通さなかったことは、理解できる。

 俺も思うから。お前さんが、笑っていてくれたらそれでいいってさ……」


脈略がわからない。ジョイが自分に?何故?

自分は相当間抜けな顔をしていたのか。


「……お前さん、一体頭いいのか悪いのか、どっちなんだ?

 まぁいいさ。俺も、さっきから何言ってんだろ。久しぶりに会ったから舞い上がってんだ…聞き流してくれ」


照れ隠しのように返す。

「そうしておく」

「ハハ。そうしておけ」


そして、いつもの優しい音程の声で囁いた。


「もう夜だ、誰もいない。弔いも兼ねて、その服で綺麗になったリュカを婆さんに見せてあげてくれよ。

 村の習わしで、今晩墓に向かう奴はいない。一人にしてやるから、行って来い」


暗くなりかける群青のような外の光が薄いカーテンを通って、彼の顔を一層男らしく引き立てた。


「じゃあな、リュカ。早いけど、おやすみ」


音もなく出て行った扉をずっと見つめたまま暫く放心状態でいた。

彼が何を言っていたのか、頭が混乱してよくわからなかった。


つまり、どういうことなのだ。

自分をずっと女として見ていたということか。


変な気分にさせる。


ミネアが丁寧に作った、衣装を持ち上げて胸に当てると、不思議とざわついていた心が安らいだ。



行ってくるか。ミネアの元へ。



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