第050話 疑念 * 学校〈ユスラン〉
ユスラン目線。
蒸し暑い炎天下の中。試合終了の掛け声と同時に自ずと歓声が漏れた。
いつのまにかリュカの試合になると皆自然に手を止め見入っている。
他の対戦者とは一線を画す、闘志に燃えたぎる姿勢は、目の前に立つだけでも震えあがる者がいるほどの気迫に満ちている。
単調ではない、きまった型で慣れた戦い方をする訳ではなく、一戦一戦、色々な手法を試すかのように、普通では考えられないくらい間合いを詰めたり、体術を混ぜたり、見るものを圧倒する動きを繰り出す。小柄なため速度は早く、巧みな技で力技をねじ伏せるようなスマートな戦術だ。
あの頃の戦い方とはまるで違う。
私がリュカを初めて認識した入学実技試験の戦い方が、ただただ相手を食い殺すことだけを考えた野獣ような戦い方だとすると、今は理性的に頭で考えて効率的に倒そうとする、そう、レイの戦術に似ている。
どことなく、シュライゼが退学したくらいから、どこか彼の中で吹っ切れたようなところがあるように思える。
そして何より、男に対して使う言葉ではないが、前よりも美しくなった気がする。
眼光の鋭さもそうだが、男とは思えないような変な瞬間……何と表現すべきか、妙な色気があるのだ。
そう思うのは私だけではないだろう。現に、着実に陰ながらリュカを応援する者が増えているからだ。
入学当初の彼と同一人物とはまるで思えない。
今や地位や名誉に固執し、リュカを排除しようと考えている集団でさえ、その外見を目で追っている。
外見だけなのか、内面からくると思しき清廉さも感じる。
それを含めて美しいと感じるのではないかと思うが。
何か、私の知らないところで、心情の変化があったのだろうか。
「やっぱリュカは半端ねぇな」
「まず、色気が違う!」
「お前…どこ判定してんだ。俺もそう思うけど」
噂する声が聞こえてくる。周りの連中はこんな調子だ。
息を上げることもなく軽く一礼して退場した。勝利しても、たかが練習試合と割り切ったような顔だ。
あまり目立とうとする性格ではないが、以前よりも引き締まった顔が慎重になろうとする心を映しているようにも感じた。
そして、汗をぬぐう姿に対して、熱を帯びたような目でじっと見つめる学生達に、リュカは一瞥もしない。
この異常な視線を、リュカは何も気づいてないのか……。
そういえば、ちょうどシュライゼの退学と同時期に、暴漢に襲われたリュカをレイが守ったと聞いた。
普通ではありえない『暴漢に襲われる』という事態も起こっているのにもかかわらず、改める気もないような隙の多さには、少々頭痛がする。
ただ、私だけかもしれないが。
『レイが彼を守った』という事実に違和感を感じる。
リュカも相当の剣の使い手だが、部屋が崩壊するほどの暴れっぷりで二人がかりで追い払ったとのことだったが、その暴漢とは一体何者だったのだろう。
それに、一番引っかかるのは、状況から推測するとあんな夜中に、レイとリュカは二人きりで部屋に居たということだ。
いつの間に彼らはそれほど仲良くなったのだろうか。
出会ったころのレイは、リュカに対して相当な敵対心を向けていたが、何か切っ掛けでもあったのだろうか。
興味本位で個人的なことを聞くような無粋な真似は出来ないが、リュカの様子を見ると少し心配になる時がある。
私に対してだけ、心が折れてしまいそうな表情を見せる瞬間があるのだ。
何故だかわからないが、その表情を見るたびに胸が苦しくなり、手を差し伸べたくなる。
それに、レイも雰囲気が少し変わった気がする。女口調はそのままだが、前みたいに私にとってつけたように絡まなくなった。
選考会参加を意識しての事かはわからない。だが、二人とも明らかに何かが違っていた。
結局リュカは、暴漢に襲われたとは言え、実際に部屋が破壊され、個人が狙われるということはその生活態度に問題があったのではないかとの声が強くなったため、最終的に本選参加に足る人物か再度判定するための『予備選考会』に参加させるという結論が下された。考えられないような馬鹿馬鹿しい判断だ。
恐らく、『後ろ盾』が何も言わないことをいいことに、リュカを排除するための会をでっち上げたのは誰の目からも明らかだ。
襲われたのが私であったなら、確実にこのような茶番などなかったと言い切れる。
リュカに対してこういう措置が下ることも今では想定範囲内だが、レイもまさか予備選に参加するとは思わなかった。
彼の場合は、自ら、予備選参加に手を挙げたらしい。
周りの者は、恐らく暴漢に狙われた美少年リュカの身を案じて、わが身を呈してまで友情を尽くすため予備選を選んだのだと、自分には出来ないその崇高な選択に対して心の内で単純に賞賛を贈ったのだろう。
それに、種類は違うが、リュカもレイも見た目には相当美しい。
友人としてはかなり腹立たしいが、友情以上の関係を脳内で勝手に想像してレイがリュカを守り抜く構図を納得している輩もいるらしい。
現にそういう噂も出たぐらいだ。全く馬鹿馬鹿しい話だ。
だが、私から見れば、義理堅いとは思えないレイが、そうする理由は何なのか、冷静に考えると非常に不可解だ。
そういえば、その選択について深く考えたことがなかったな。
レイの予備選参加は、教官までも反対したそうだが、実家も説得したのだろうか。
本選に出られる権限があるのに、わざと予備選を選択するなど、普通では考えられない。
それをどうやって説得するのだ。私自身の立場で置き換えると、家の期待を背負っているだけにそんな選択など出来ない。
『王宮』で暮らすにはそれなりの家だと思うが、彼の意向だけで事が運ぶものではないはずだ。
そこまでして、予備選考に参加を希望する訳は、一つしかないように思う。
『リュカ』か?
その仮説は、過去の記憶を手繰り寄せ、確実なものとなっていく。
若干自身の心拍数が上がったような気がした。
そうだ、あれは崖から落ちたリュカが足を怪我して肩を貸したその時、彼は強引に私からリュカを引き離した。
そしていつだったか。
宴と称して選考会参加祝いを自室で催した際、酔っぱらったリュカを寝室まで運んで寝かしつけた時。
あれは、明らかなる殺気だった。
そう、足音もなく部屋の入り口に立っていたのは、そうだ、レイだった。
思考がそっちの方向から脱出できない。
リュカが一人になる隙をわざとつくり、殺そうとしたのなら……。
あれが、暴漢に襲われたのではなく、レイに襲われたのだとしたら……。
もしかして、いや、わからない。
彼は、元々、私ではなく、リュカ目当てに近づいたのではないか?
レイもリュカを狙っている?
何だこの変な胸騒ぎは。
すると、大きな拍手が上がった。レイの練習試合が終わったようだ。
相手の剣を拾い対戦相手に手渡し、「お疲れ様」と隙のない美しい笑顔を浮かべた。
無駄のない動きだった。だが、なんだ。この試合もそうだ。三流の芝居を見ているような感覚に陥る。
それは、私だけか。
リュカに視線を送ると、彼は硬く結んだ口を苦痛にゆがませていた。
何故だ。賞賛とは程遠い表情だ。
彼と、リュカの間には、私の知らない何かがあるのは確実だった。
そしてリュカも彼の試合に何か思うところがあるのだろう。
芝居のような違和感。まさか。
宴のあの日。
私が、酒に酔って油断したとしても、わずか数歩の距離で殺気に気付かないなどありえない。
この練習試合も、何パターンかのシナリオに合わせてでっち上げた演技だとするなら。
彼は、本当に、生徒か?
教官は一人も、この生徒の異様さに気付いていないのか?
ただの美しくて、女口調で変わり者の社交的な優等生だと、みんな騙されているのではないのか。
もしかして、彼は。
いや、わからない。
だがはっきりと言えることは、レイがリュカを特別視し、それにリュカは気づいている。
そして、私の勘が正しければ、レイはまれにみる手練れだ……。
だが、レイも私たちと時期を同じくして入学したはずだ。
あの実技試験でのマスク家とのいざこざの後、雇い入れた刺客であれば、時期が合わない。
すると、それとは別に、リュカを殺害するために学校に忍ばせる動機があるということになる。
何故、リュカが狙われることがある?入学前から目を付けられていた??誰に??
顔をあげるとレイの視線が真っ直ぐにこちらを伺っていた。
赤い瞳が真正面から合ったことに、慌てて目を伏せてしまった。
落ち着け。
単なる私の妄想、思い違いならそれでいい。
ただ、偶然が重なりすぎていないか。
今のも何だ…。
私が意識したことが、レイにばれていなければいいが。
「今日はここまで、解散!」
教官が簡単に終了の挨拶を行うと、回り込むように職員らしき者がその教官に小声で耳打した。
すると、教官がリュカに近づいて来て言った。
「リュカ・フェリクス・グレイ、こちらに」
改まったように向き合うと、早口で教官はついてくるように命じ、リュカはどこかに連れられて行かれた。
教官と共に、小走りで走り去るリュカを静かに目で追うレイ。
やはり、私の勘は間違いない。
普通じゃない。
確実に、レイの視線は、リュカだけを捉えている。
ユスラン目線でのこの話の続きは『第056話 駆け出す』です。
リュカ目線での続きは次話『第050話 もう一度だけ』です。




