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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第06章 それぞれの戦い編
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第049話 籠の中の鳥 * ハルネスヴァーレーン〈ヴィクトル〉

ヴィクトル目線。

『ヴィクトル王子は常に甘い考えでおられる。

 籠の中の鳥に何がわかる?

 理想論のように、表面的な善悪だけで全てが成り立つとお思いではあるまいな』



重要な会議の後、公爵が私に言い放った言葉だ。

つまりは、『無知で世間知らず』と言った。

抗う気はない。最も、的を得ているから、私には返す言葉などなかった。


この世が単純なものではないのはわかるが、会議の席での気持ち悪さは拭いきれないのだ。

私を外して、各自視線を絡ませ満足し合う、その意図は何か。恐らく色々な利権だろう。


何も知らない。

輪の外にはじかれた自分の存在が、ひどく惨めに感じた。

客観的に、この状況をおかしいと声に出して言えるかと言うと、所詮公爵に称された通り『籠の中の鳥』。


この宮殿の外のことは何も知らず、ただ受け入れるままに過ごしてきた。

私は籠の中のことしか知らない、餌付けされた鳥。そのものだ。



かつて、尊敬するフィリア様は『見聞きする内容が全てでない』と仰ったことがある。

その後、精一杯の笑顔を私にくれた。

『皆、私をどう思っているのかしら。

 私は今が幸せなのです。』と。

だからこれ以上、何も望まないと言って、忘れることの出来ないくらい印象的な、美しい笑みを浮かべた。


母上は、美しく、たくましかった。


不安にさいなまれると必ずフィリア様を思い出す。

私は何て軟弱な男なんだ。


時間は殆ど残されていないだろう。

あなたなら、こんな私に何て言うのか。


多分、こう言うだろう。

いつもの柔らかなものとは違う、覚悟を秘めた瞳で。



『迷っているなら、お行きなさい』と。





ノックが聞こえたので応対すると、侍女たちがワラワラと入ってきた。

「クリューエ様が参られますのでお支度を」

「わかった」

何が次期覇王の肖像画だ。私はそんな者になるつもりはない。

手早く整えられていく身支度が、自分事でないように感じていた。

鏡に映る私は、知略に富み覇道を極めたお爺様の面影など全くない。

線も細く『中性的』と影で評されているように、覇気という言葉からは遠くかけ離れたものだ。

身に着けるものだけでも、男性的にと大袈裟で重い衣装を着せられるが、一度も似合うと思ったことはない。


「素晴らしいですわ」

侍女達はすぐにお世辞を口にする。

二言目に言う言葉は大体想像が出来る。

「お美しい」


聞こえないくらいのため息をつくと、またノックが聞こえた。

許可すると数人の荷物持ちと、その後から、女と見紛うような年上と思しき男が入ってきた。

見た目は噂通り。

そう、誰かが言った。私に似ていると。

確かに中性的な目尻の下がったような容姿と線の細い体格はよく似ている。


大袈裟な振る舞いではなく、軽く頭を下げただけの略式の挨拶をした。

「お初にお目にかかります、王子。クリューエと申します」

「………。」

他の人間であれば、その簡略的な挨拶に周りの者からひどく叱責されていただろうが、その気品溢れる美しさに誰もが言葉を発せず食い入るように見ていた。

その声も通るような心地いい音程で、そこだけ別の世界かと思うような違和感さえあった。


「…わざわざご苦労であったな」

私は皮肉を込めて言った。誰の下らん提案か知らんが、仕方ない。

「こちらこそ私めをご指名頂き、無上の喜びに存じます」

何と温度のない言葉だ。感情なく淡々と読み上げる式辞のように、全くと言っていいほど、人間味が感じられない。


男は、手慣れた手つきで荷をほどき、描く準備を進めながら隙のない表情で短めに言った。

「集中をしたいので、皆、退出していただけますか?」

彼の様子を無意識に見つめていた者達全員がハッとして部屋から退出した。



絵師と二人きり。居心地の悪さがこの上なかった。



彼に指示されたまま、椅子に腰を掛けた。

カタコトとイーゼルを立て筆を用意し、彼が向き合う。

座る位置とイーゼルを微妙に調整し、対象物としての私をじっと見つめる。


琥珀色の瞳。見事な金色の髪。絵師の方が絵になるのではないかとさえ思った時、声を掛けられた。

まさか話しかけられるとは思ってもいなかった。


「顔色がよろしくありませんね」

「え?」

「何か思い悩むことがあるようですね」


自分の形を捉えようとするだけの視線が、私の視線と混じることはない。

人の気配を感じさせないような不思議な絵師に、何故か独り言のように返した。


「…私は籠の中の鳥らしい…」


我ながら驚いたがそう呟くと、意外にも男は微笑を浮かべた。

「ふふ……」

笑うという表情も持ち合わせているのか。

完成された美術品のような彼は手元と私を交互に見つめながら返した。


「あなた様は正直なお方ですね。

 大事に育てられた、籠の中の鳥。羨ましいと思います」


私の心情を察しているのか、殆ど言い当てるようだった。

怖いくらいの洞察力に、ごくりと唾をのみこんだ。

本当にうらやましいと思っている口調ではないように聞こえたが、その表情は何の感情も表していない。


「ただ清く真っ直ぐに、お育ちになった」


閉鎖された空間に描く音と淡々とつぶやく絵師の声だけが響く。


すると、もう一度笑みをこぼし、ハッキリとした口調で言い放った。


「面白みに欠けますね」


ドキッとして絵師を見たが、その目には何も映っていないかのようだった。

単純作業のように描き続ける中で、私は動揺を隠せなかった。


それは、絵に対してなのか、それとも、私に向かって言っているのか。

私に向かって言っているのであれば、かなりの無礼者だ。

変な心拍数が上がる。

両方とも取れるような発言だった。


すぐに、また口を開いた。


「出て行かれてはどうです?」


何を言っているのだ。この男は。

目を見開いて、絵師を見ると、


初めて、彼と視線が交錯した。

一瞬だったと思うが、長い時間に感じた。


何が見えているのだ。私の心が見えているのか。



一瞬、手を止めた絵師が、何故か、自分に見えて驚いた。

鏡に映る自分が、自分を描いているかのように。

変な汗が出る。


いや、私ではない。絵師だ。

彼のどこか狂ったような危うさが動揺を誘う。

そしてまた、形のいい唇を少し楽しげに歪めて、淡々と続ける。



「あなたは、丈夫な鎖で繋がれた家畜。

 離れることなど許されない存在。

 ゆえに、どこに行こうとあなたは、またここに繋がれ飼い殺される運命なのですから。

 出ていこうが、一緒なのですよ。ヴィクトル王子」



いや、確実に、私に言っている。



震えが走った。

この絵師は一体何なのだ。

この私を『家畜』と評し、『飼い殺される』と言い切った。

人払いをした理由は、これを伝えるためかとさえ思うほど、そう言い放った彼の顔は満足していた。


心拍数が更に加速する。


この男、この私に恨みでもあるのか。

何だ、変な感情が湧きあがる。変な感情、いや、これは恐怖だ。

この絵師が怖いのだ。


ただ、それは的を得ている。薄々自分でも感じていることを端的に表現したのだ。

怒る前に、冷静になるように努めた。

またシャッシャッと元通り、描く音が聞こえる。その淡々とした動きには何の動揺も感じさせない。


「か、簡単に言うのだな…。それが出来れば苦労はしない」


「フフフ。あなたのお爺様なら声を張上げて私の発言をお叱りになり、処刑を命じたことでしょう。

 何と寛容な王子。

 …その甘さが命取りにならないことを、祈っております」



至極無礼な発言は多いが、何一つとして言い返すことができなかった。

動じるところが想像できないような、圧倒的な存在感は、この身に余る地位でさえ、簡単に凌駕するものであった。


私が小さすぎるのかもしれない。

出来たことは、彼の言葉をひたすら肯定しただけだった。


「面白みに欠け、甘い。確かに、何度もそう言われた。

 お前だけではない。皆そう思っている」


屈辱的だった。

たかが絵師にさえ、侮辱を断罪することすらできない。弱く惨めな王子だ。



すると、絵師は何故か筆をおき、自身の鞄を手繰り寄せ、中から何かを出してこちらに転がした。

転がった物は見たことのない細工された木片だった。


「なんだ?」

「必要ならどうぞご利用ください」


絵師はそう言ってから、もう話すことはなくなった。

饒舌だった先ほどまでが嘘のように、言いたいことは言い終わったからなのか。

ただ絵に描かされているような色のない目で、対象物である私を見つめ、視線を絡ませることももうなかった。




クリューエという絵師は、相当な鬼才であると言うのを後に知った。

その存在は謎に包まれているらしいが、出来上がった肖像画のタッチに見覚えがあった。


もしかして……、あの階段の踊り場に飾ってあるフィリア様を描いた絵師か……。

間違いない。目を閉じれば完全に思い出せるほど、会議の前にはあの絵の前で立ち止まって見ているのだから。

これも後で気付いたことだ。



自分を描かれた肖像画は、怖いくらいに正直な筆だった。

腹が立ったのは、自分に対してだ。

気品あふれ、豪華に、強く威厳を持たせて描くのが絵師の腕前だろうが、あの男はこの画風で買われているのか。

本来の自分を突きつけられるような出来栄えに、言葉がなかった。

これはこの国の偉大なる王子としては、どこにも飾れない絵だろう。


後々見たという侍女たちは彼の絵を、『透明感があって素晴らしく美しい絵』と褒めたが、それは紛れもなく王の後継者として不適格と言われているようで痛かった。

それが、私。ヴィクトル王子そのものだ。



公爵があの絵師を呼んだのか、彼が去ったすぐ後に申し合わせたように部屋に入ってきたのだ。

出来栄えを見て、クスリと笑った。

叔父とは言え、嫌味な男だ。

挙句、「飾ることの出来ん絵はわしがもらう」と言って、本当に持って行ってしまった。


私の絵なんか何の興味もない癖に、高値で売れるからなのか。彼の絵の愛好家なのか。

そんなことのために振り回された自分は馬鹿みたいだと憤りを感じた。



ただ、クリューエが置いていった木片は、私にとって大きな意味を持つことになる。



『出て行かれてはどうです?』



彼の温度のない言葉が、頭から離れずにいた。

続きは『第054話 宮殿脱出計画』となります。

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