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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第01章 レイモンド村編
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第003話 ロクシアからの手紙 * レイモンド村〈リュカ〉

リュカ目線。

慌しい収穫期も過ぎ、保存食で食い凌ぐ寒期が訪れた。

今年は十分な実りがあったため食料に困ることはないし、その上自分が教えた効率的な狩猟方法を実践する村人も増えたため、穀物だけではなく肉も豊富だった。

台所に吊るされた何本もの干し肉がその証拠だ。自分が獲ったものもあるし、貰いものもある。

その一つを椅子に登って下ろしたとき、食事はまだかと急かすようにジョイの弟たちがこっそり台所に入って来たが全く気付きもしなかった。

いつもより多めに切り分ける肉を綺麗に盛り付ける。そういや盛り付けなんてミネアに言われるまで考えたことなかったな。少し踊る気持ちで料理を作るのには訳があった。

今日はミネアの誕生日で、恩返しも兼ねていつもより手に寄りをかけるために奮闘していたからだ。

待ちきれない一人は、その場にあった煮物の芋をつまみ食いすると、小さく「うまい!」と笑った。すると、その他も「ズルいぞ!」と食べようと皿の取り合いになったところにジョイがフラッと台所を現れ、「リュカの邪魔をするな!」と一喝したので漸く人の気配に気づいた。

弟達は目を見開いて、「うわー!兄ちゃんだ!!」と台所から駆け出して行った。

振り返るとジョイはすぐそこに立っていた。

「居たのか」

「熱中しすぎだろう」

「料理をすると周りが見えなくなる。今日は特に真剣だからな」

大体こんな感じか。盛り付けを確認して包丁を下ろすと近くの椅子に腰を掛けた。

料理が気になったジョイは、既に出来上がった料理を物色し、気になるものの味見をした。

「おい。食べ過ぎだ」と言うと、ニカっと笑って「お前さんは何でも出来るな」と感心した。

弟たちに注意していたのは一体誰だ。

「そんなこと言って食べ過ぎるなよ。みんなの分が無くなる」

「止まらねぇ。うまいのが悪い」

そういって喜ばれるのはうれしい。多分、そうやって笑ってくれたから、料理の腕が上達したんだと思う。

「料理人でもやってたのか?」

「いや、料理当番をしてただけだ」


料理当番。

もう一度立ち上がり、ジョイに背を向けてまた作業を開始した。狭い台所に包丁の音が何度か響いてから口を開いた。

「自分は路銀稼ぎも満足に出来なかったから、料理当番をしていただけなんだ」


ロクシアが喜んでくれるから。あまり笑わないロクシアのあの顔が見たくて当番なんて勝手に言って作ってたんだ。


よくロクシアは自分の作る料理を褒めた。

あまり必要なこと以外言わないが、「うまい」や「いい味だ」と一言二言口にした。それがたまらなく嬉しくてもっと上手になるように試行錯誤した。

食料もない日も多く、大量に取れる日は保存用に加工し、いつも腹が満たされるまでは絶対食べることはなかった。それが逆に食料の節約術を考えさせられた。

今、こうして皆に賛美されることは、剣の腕も料理の腕もそうだ。ロクシアから学んだことばかりだと、居なくなって実感した。

そんなロクシアに対して自分は何の恩返しも出来なかったことが、いつも心の中に引っかかってる。

「なんか俺、変なこと聞いたかな」

暗くなったと察したのかジョイが声をかけたその時、向こうから別の焦るような呼びかけがあった。

「リュカ!リュカ!」

慌てたその声がミネアの声だと気づいて、驚いて振り返った。

急ぐあまり杖をついて一人でここまで来たようだった。

「一体どうしたんだ、ミネア」

後からジョイの母親のリーアが慌てた様子でついて来て言った。

「お義母さん!無理しないで下さい!」リーアがミネアの脇を抱えると、その場にあった椅子を持ってきて座らせた。

とりあえず晩御飯の用意を止めてミネアの前に立つと息を落ち着かせるためにゆっくり水を飲ませた。

ミネアは一呼吸置いたが、その表情は曇ったままだ。

「リュカ。今すぐ私の部屋へ来て頂戴」

そう言ってからミネアは杖に体重をかけゆっくりと立ち上がると、ジョイやリーアに目配せをして「二人だけで話がしたいの」と言い残してすぐに自分の部屋へ戻っていった。

変な予感と共に、ミネアの後を追った。



部屋に入ると、掴まった手から離れ揺れる椅子にゆっくりと腰掛けると、近くの肘付椅子に座るよう命じた。

空気は重く、ミネアが話しを切り出すのに数分かかったが辛抱強く待った。

「これを」

差し出されたのは上等な羊皮紙で出来た巻き手紙だった。

こんな時期に、ましてや郵便物などこの村に来ること自体に驚いた。疑り深い手つきで受け取ったが、その宛先と差出人を見たとき固まった。

間違いなく宛先に書かれていたのは、「リュカ・フェリクス・グレイ」。声に出して呼んだのは自分の名前だ。

今まで手紙など、もらった試しなどない。


そして差出人は、


「……ロク、シア?」


どういうことだ。

ロクシア以外の者が彼の名を名乗り、自分に手紙を出すなど考えられない。

それに身内が一人もいない流れ者の自分がレイモンド村に居ることなど、世間に知れることもない。

まさかという思いと、何故手紙なのかということ、色々と思いが交錯して、その内容を早く知りたいとばかりに、きつく巻かれた封を切る手がもどかしさに震えてなかなか開けなかった。

そんな自分にミネアが悲しそうな目で見つめていたことなど感じる余裕もなかった。


「………」

ゆっくりと文字を目で追ったが、要約するとブラントクイント士官学校の生徒になるための試験を受けてみなさいという驚くべき内容が書かれており、更に受験票も同封されていた。

受験票には今まで見た事がない、金粉で盛り上がっているような文字と学校の紋印なのかくっきりと押され、手触りといい偽者とは到底思えないような代物だった。

その学校がどんなものかも全く分からなかったし、ロクシアの近況は何一つ書かれていなかったが、彼が自分の事を忘れた訳ではなかったという事実に溢れんばかりの嬉しさが込みあげてきた。

コレを書いたロクシアがどんな表情をしていたのか思いを馳せながら深く目を閉じ、手紙をぎゅっと胸に抱くと、彼がすぐ近くにいる気がした。

彼は自分の近況を書くような柄でもないし、いつも結論しか言わなかった。間違いなくこの手紙はロクシアが自分に宛てたものだと確信した。


捨てられた訳じゃなかったんだ。小躍りしたくなるような気持ちを押さえて、ミネアに言った。

「ロクシアが…ブラントクイントという士官学校へ入学するようにって。学費も全部出してくれるって」

そんなリュカの気持ちに同調することもなく、逆にミネアは冷たく言った。

「士官学校?また……なんて人なの」

眉を寄せたミネアはハッキリと言い捨てた。

「本当に、彼なのか怪しいものです」

「絶対に間違いない!だって、自分宛に手紙を書くなんて、他に誰がいるんだ。ここにリュカって書いてる。自分以外には絶対にいない」

「本当にそうだったら、許せないわ。

 士官学校に行かせるくらいのお金があるなら、あの日、どうして一人のあなたが村で惨めな思いするの知ってて、おいていったの」

「それは……、多分、この村を去って街で稼ぎが上手くいったから、自分のこと思い出して急遽手紙をよこしてくれたんだと思う」

「しかも、また、女の子を士官学校なんかに……。本当に許せない……。何て男なのかしら」

そう言うと、ミネアは言葉を詰まらせた。

沈黙がこの場を制した。


この上なく嬉しかった気分が削がれて、悲しい気持ちになった。

立ち上がり、椅子に腰掛けているミネアの足元に膝をついて顔を覗き込んだ。

「違う。ミネア。元々自分は剣が好きなんだ。だからロクシアは……」説得するように言ったが、ミネアは肩を震わせながら返す。

「……親と言うものは、子供に、ましてや女の子に危険な道を選ばせることなど、絶対にありません!私にとっては孫も同然に思うあなたが、剣を握って戦う様など……あの時だけで十分!」

固く結んだ手が震える様に、これ程自分を愛してくれていたのだと知った。その手を思わず握りしめた。

ミネアは家族のいない自分にとっては母親同然だった。

受け入れてくれた時から、身を案じて、自分を思って色々と尽くしてくれたのだ。だから今の自分がいる。

本当なら、この嬉しい知らせを一緒に喜んでほしかったが、ミネアは下を向いたまま呟いた。


「……決断するのはあなた自身。でも、忘れないで欲しいの。私は幸せになって欲しい。ただ、それだけなの。

 男や、軍人に振り回される人生など、歩んでほしくないの……」




そう言ったミネアの声が頭の中を何度もぐるぐる回った。

手によりをかけて作った料理に、少し口をつけただけで「ごちそうさま」と去ったミネアの背中を見送っただけで、自分は料理に手を付ける心境ではなかった。

せっかくの、ミネアの誕生日。もっと楽しくするはずだったのに。

この状況を尋ねる者がいなかったことと、しめたとばかりにたらふく料理を平らげる弟たちの無邪気さに若干救われた。


食後、甕に付けた食器を洗いながら考えていた。学校へ行くべきか、それともこの村に残るべきか。村も好きだし、ミネアはもっと大好きだ。けれども捨てられた自分を生きてこの地に導いてくれたのは、紛れもないロクシアだ。

ロクシアは毎日のように言った。『お前は優秀な使い手になる』『生きていくためには剣しかない』と。今、この村で剣がなくてもそれなりに生きていける。だが、この剣の腕失くしては、自分がここでいる存在価値がないような気もする。

あの日、村人の心を動かしたのは、他の何でもない、この実戦で積んだ剣の力とロクシアから教え込まれた洞察力。

更に、ロクシアが手を伸ばしてくれているこの機会を逸したら、一生彼に会えないだろうと。

それは一夜で前触れもなく消えてしまったロクシアが、自分に対して向ける思いに半信半疑だったからだ。

いつも思ってくれていると信じていたかったが、何の音沙汰もない中で、何を信じていいかわからなくなってしまっていた。

思い出すのは、一緒にいた頃の無口なロクシアのままで、彼は本当に自分を愛してくれていたのか結局わからなかった。

この手紙によって試されているのかもしれないのだ。


あの広くて頑丈な背中に手を伸ばしても掴む事が出来ない夢は何度も見た。夢でその背中だけ見れたことでも満足したくらいだった。

ましてや、ロクシア自身から手紙が来るなどと考えもしなかった。

でも、ミネアを失望させてしまう。

流れ者の自分達を、立場が悪くなろうと庇ってくれたのに、自分はそんな彼女を捨てて村を出るのかと。


「何か……あったのか?」


ジョイは遠慮したように心配そうな顔つきで話しかけた。隣で知らぬ間に皿を拭くのを手伝ってくれていたようだ。

「……何でもない」

目を逸らしたが、ジョイは深い溜息をついた。

「らしくないな。お前さんが浮かない顔を俺に見せるなんて」

そう言われても今日は元気を装う気になれなかった。

「聞いていいか?ジョイ」

咄嗟に、不安が口から出てしまっていた。

「どうした?」

「もし、この村から自分がいなくなったら、どう思う」

「なんだよ。突然」

ジョイは変な質問に目を丸くしたが、向き合うように手を止めた。

「悲しいか?」

「そりゃ、悲しい。てか、誰も出て行けなんて言わないだろう。お前さんほど働き者もいないし、強い奴もいない。

 お前さんが居てくれなきゃ皆困るよ」

「そうか……」

「もしかして、出て行きたくなったのか?」

「……そういう訳じゃない」

「じゃあ、何で出て行くとか言うんだ」

「………」

釈然としない自分の態度に、基本温厚なジョイだが段々苛立ちを感じていたようだ。

突然、噴火したように積もり積もった思いを浴びせられた。

「さっきから、俺はお前さんの相談相手にならないほど、頼りにならない、っていうことか」

「?」

「確かに、お前さんからすると俺なんて何も出来ねぇただの田舎者だ」

「いや……」

「けど、俺は男として、お前さんに、少しは頼られたい。と思ってる。少しは、心を開いて欲しい。そう思われるのは、嫌か?」

真剣そのものだった。いつも笑ったような顔に見えたが、今日は全くそう思わなかった。

「……違う。ゴメン。今まで他人に頼ることがなかったから」


そうだ、彼はずっと気遣ってくれていた。


手を洗ってからジョイを手招きして台所の隣の納戸に呼んだ。不思議そうな顔でジョイが見たので補足した。

「まだ他の人には聞かれたくない内容だから、こっちに来てくれ」

そこは食料保管用の納戸で色々な食べ物がそこに詰め込まれていたが、通路かどうかわからないような細い隙間を横になって進むと、丁度奥に人が数人は入れるようなスペースがあるのだ。

最近、ジョイの弟達に教えてもらった場所だ。

「よく知ってんな。こんな場所」

「うん。誰もいないみたいだ。そこに座ってくれ」秘密基地と称してよくジョイの弟達がここで遊んでいるらしく、何処から調達したのか椅子や机に見立てた木製の箱が用意されていた。

落ち着いたところで口を開いた。

「実は、今日、ロクシアからの手紙が届いたんだ」

「……え?手紙?!しかも、あの、男からか?!」

「そう。それで、自分を士官学校に招待してくれた。ほら、これが受験票」

ポケットから取り出した紙をジョイは唖然としながら見つめた。

「何かものすごい紙だな。……それに、お前さん、字が読めるのか?」

「馬鹿にするな。当然だ。ロクシアが教えてくれた」

そう言うと、ジョイは苦笑いして溜息混じりに言った。

「……ハハハ。やっぱりお前さんは凄いな」

ジョイの乾いた笑いの意味を正確に理解できなかったが、優しい声で続けた。


「お前さんは、どうしたい」

返答に困った。一番難しい質問を投げかけてきたのだから。

「自分がどうしたいか、でいいんじゃないか?」

そして、ジョイは小さく笑って心を見透かしたように言った。


「俺達は、ここを離れたりしない。そして、お前さんが俺達を必要とするなら、いつでも帰ってくればいい。

 俺達はアイツみたいに逃げたりしない。お前さんは大切な村にとっての英雄だからな」


逃げたりしない……。

ジョイの言葉をもう一度心の中で呟いた。

あの日去って行ったロクシアの後姿を思い出して何度も涙した。

自分にとっては、たった一人の大切な人だったからだ。

「ジョイ……」

「俺はお前さんが帰ってこようと、帰ってこまいと……絶対俺は、お前さんをずっと待っててやるから」

ジョイは目線を下げて静かに言った。


ずっと待っててやるから。


言葉に反応するようにじんわり涙があふれてくる。

拭うことも忘れて、ただその言葉を胸に焼きつけた。

「行ってこいよ。リュカ」




最終的に、ミネアは納得するしかなかった。

村人達の会合でもその話題が取り上げられたが、これまでのことを考えると村の都合で自分を村に縛りつけておくのは身勝手すぎるという見解に至り、多くの者は新生活を祝うかたちで方向が決まったらしい。

雪が溶け始める季節。

寒空から久しぶりに光の矢が照らしてきた。旅立ちの日には良い日だと村を上げての見送りになった。

ここに来た頃には想像もつかなかった別れ方だと色々な思いを込めて皆の顔を見た。

あの時は、こっそりとロクシアと忍びこんだのに、今は表から皆に惜しまれながら去って行くのだから。

手紙に書いてあった通り、その日、如何にも上等そうな箱馬車が士官学校から到着し、簡単な荷物だけを持って乗り込んだ。

触った事の無いベルベットのような感触の布の張られた座面に座ると、予想していたよりも深く沈んで目を丸くしたが、そんなことに驚いている場合では無い。

すぐさま、窓を開けると体を乗り出して言った。

「行って来る!」

口々に惜しむ言葉を投げかけたが、ジョイは一人後ろの方で悲しげな目をして立っていたのでそっちに向かって大きく手を振って言った。

「ジョイ、元気で!」

ジョイは小さく笑うと「お前さんも」と言って手を振り返した。あまり元気がないようだった。

ミネアもリーアに支えられながら馬車の近くまで来た。その表情を見ると悲しくなったがもう決めたことだ。ケジメをつけるために真剣な顔で断言した。

「ミネア、行ってくるから」

心の中では謝っていた。それを見透かしていたのかミネアは返した。


「あなたが決めたことに対して、私は何も思って無いわ。

 悲しいけど、いってらっしゃい。私のリュカ」


温かい手が頭を撫でた。その温度に、涙が出そうになった。

そして、ミネアは杖をリーアに預けてゆっくりと自分自身の両足で立ち、横に居たジョイの父、村長ハミエルに合図をすると、上等な鞘に入った剣を差し出した。

「……その剣は?」


ミネアは言った。

「リュカ、約束して頂戴。あなたは、生きるために戦うのであって、戦うために生きては駄目。そして、この剣は、あなたを守るためだけに使うのです。これは私の分身だと思って」


リュカはミネアが言った意味をよく理解できていなかったが、それを受け取った。その価値は分からなかったが、鞘や柄の細工は今まで見た剣の中で一番かもしれないと思った。

「ありがと。これをミネアだと思って大切にする」

両手で短剣を受け取り、敬意を表して頭上に掲げた。

「あなたの幸せを心から祈っています。リュカ・フェリクス・グレイ」

ミネアの瞳が潤みかけた時、使いの者は痺れを切らしたように、「早くしろ、いくぞッ!」と声を荒げたので、みんなに「ありがと!!」と大声で言ってから仕方なく窓を閉めた。

もう一度顔を見たら自分も泣きそうだったから、顔は見ないようにしたのだ。

「行け!」先導は馬を鞭で叩くと、馬車はカラカラと動き出した。


皆と村が遠くなっていく。ミネアはまだ惜しむようにこっちを見てくれている気がした。


さよなら、ミネア、ジョイ、そして、レイモンド村……。




隣に乗る使いの者は全身をジロジロ見て冷ややかに言った。

「君がリュカ・フェリクス・グレイで間違いないな。長旅になるが、自己管理は自分で行い給えよ」

そんな視線を跳ね飛ばすような声で元気よく「わかった」と返したが「わかりました、だ!……言葉づかいも知らんのか。田舎もんは…」と一蹴されてしまった。


数十分もすると偉そうだった使いの者も寝息を立てたが、全くそんな気分になれず、霜柱を踏みながら進む蹄の音と単調な車輪の回転音に耳を澄まして、これから始まる新しい生活に思いを馳せた。

長旅と使いが宣言した通り、10日ほど馬車を走らせ、場所は王都よりそれ程距離も離れて居ない山の中腹にあった。

馬車の轍が出来、しっかりと舗装はしてあるようだが、今までにも見てきたような単調な林が目の前を行きすぎたが、ある程度行くと、突然人間が作ったとは信じられないような高い門が聳え立っていて、そこで馬車を下ろされた。

ここからは自分で歩いて行けと言われ、使いの者はまた山を降りて行った。とりあえず言われたように入り口のようなところがあったので、そこから中に入ろうとすると、門番が無愛想な顔で「通行証を見せろ」と言った。

確かに、自分は青年と言うには幼く、子供に見えただろう。鞄から受験票を出して見せると、門番は目をシパシパさせて「……何かの間違いじゃないのか」と聞こえないような声で呟いた。


その言葉をそっくりそのまま自分が発言することになるのは、晴れてこの学校に入学することが決定してからの話だ。

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