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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第05章 士官学校時代後編
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第043話 合同舞踏会 * 学校〈リュカ〉

リュカ目線。

皆相当気合が入っているようだ。我こそはと自分の『家』を売る機会だと思っているのか、滑稽なほど必死だな。化粧までしている学生もいる。

変な整髪料や香水の臭いに、頭痛を感じながらも会場へと向かった。


今日は舞踏会当日。

シュビテル女官学校の学生と合同で開催される年に1回の重要な行事の一つだ。


海辺の街で、黒い男と着飾った自分を一瞬思い出して、首を横に振った。

あれから色々なことがあり過ぎて思い出すこともなかったが、あの日は女として過ごした初めての一日で、夢ような出来事だった。

ただ、正装に袖を通して自覚した。

今の自分にはこちらの方がしっくりくると。これが身の丈にあった生活というものなのだ。

あれからどれくらい経つのだろう。随分昔の事のように感じるが。

ふと思い出したあの男が、今頃どうしているのか気になった。


「………。」

とりあえず、口を意識的に閉じて見上げた。

学生は皆、何気なく建物に入っていくが、また…とんでもなく大袈裟な造りだな。

普段は立ち入りが制限されているエリアの中に、この日にだけ公開される会場がある。

『王宮』はどちらかというと伝統的で地に足付いたしっかりとした造りだとすると、これは派手で見せびらかす要素をふんだんに散りばめたような、夢見がちな女が喜びそうな造りだ。

何人かの両手を繋げてやっと周りきるほどの石の柱が何本も配置されているが、一つ一つが花開いたように天井の部分をアーチ状に持ち上げるようなデザインになっている。

上部に施された幾何学的な窓の形状から色とりどりの色のガラスがはめ込まれ、建物の中に多彩な色を運ぶ仕組みになっているのだろう。

重厚感のある扉が大きく開け放たれ、外観だけの見かけ倒しではなく、中の空間も同じく足を踏み入れることすら憚られそうな恐ろしく金がかかっていそうなものだったが、圧倒されながらも人の流れに沿って会場入りする。

キョロキョロしている者など一人もいない。ここでは当然のように振る舞う必要があるのだ。

そこここに鎮座する調度品、天井や柱の細工は宗教画の題材がモチーフになっているのか、ため息が出るほど素晴らしく壁や床に至るまで目に眩く輝いている。

おめでたいものだな。目の前の物を一つ売り払うことで一生快適に生活できそうなくらいの代物だ。

年に1回使用するだけの施設で、これだけの物を揃え、それを維持管理するのには相応の費用がかかるだろう。

学校が運営する建物という概念から大幅に逸脱しているのではと思うほど、全てが煌びやかで、国家の権力を誇示するようにも見えた。

これを目の前にしては、国を代表する伝統校に、自らが所属しているということに酔いしれる者も少なからずいるだろう。

現に自分も自ずと背筋が伸びたほどだ。


とりあえず自分はユスランに習った通り完璧な紳士を演じなければならない。

今朝、例の海辺の街で仕立てた服を着こなすと、鏡の前で、我ながらそれなりの紳士に見えるのではないかとこっそり自画自賛した。

あの黒い男のように堂々と振る舞えばいいのだろう。

あれは真似てそうなるものでもなさそうだが、こんな自分でも上等な服を着るとそれらしく見えるのだから、やはり見かけは大切ということだな。


向こうの人だかりの中心にいるユスランも、やはり黒の正装。他の者がするように宝石で着飾ったりはしない。

仕立てのいい清潔感のある服と彼。それ以外を必要としないのだ。

遠くからでも彼を発見できるほど目を惹くのは、単に外見だけが理由ではないが、あれでは周りが引き立て役のように見える。

ユスラン自身も言っていた通り、今日は恐らく一言声を掛けることさえ出来ないだろう。うちの学生と女官学校両方からの相手で手一杯だ。

隙を狙って一言だけでもユスランに挨拶したい者は多い。普段彼に気安く声をかけるなど憚られるが、公式に話が出来るこの唯一の機会を皆狙ってくるはずだから。


女性陣が入場してくると、一層場も華やかになった。色とりどりの衣装と光り輝くような宝石が視界を埋める。

重要な式典のように、教官や関係者の挨拶などが一通り終わると、生演奏が始まり会が知らぬうちに始まっていることを察した。

もはや学校行事とは思えない。

何も持たない自分にとって熱気に包まれるこの会場は、色んな欲が渦巻く本格的な社交の場のように思えた。


しばらく圧倒されていたが、こうはしてられない。

メイリンを目で探して彷徨っていると、急に袖口を掴まれた。


振り返ると、頭一個分背が高い、見たくない顔が見下ろす。

レイだ。彼も一段と目を惹く真っ白な衣装に身を包み、赤い髪は一つに綺麗に束ねられている。

楽しげで、社交的なイメージにぴったりの衣装だ。誰もが『お似合いだ』、『美しい』と声を掛けるに違いない。

まさに茶番だ。自分には赤く切れ長の瞳が、美しくも冷徹な人形に見える。

こんな服装、本来のお前には到底似合わない。

「驚かせるな」

「あまりチョロチョロとあたしから離れないで頂戴」

また忠告か。最近はこればかりでうんざりする。

掴まれた手を大袈裟に振り払って皮肉を言った。

「女が好きなんだったら、尚更自分から離れて女でも物色してくればいい。

 折角の舞踏会で男同士いるのもおかしいだろう?」

眉を寄せてレイは小声で返した。

「あなたの身を護るためなの」

「誰がそんなことを頼んだ。それとも条件を飲むのか。飲むなら傍にいさせてやる」

「それは出来ないわ」

「なら、ついてくるな。お前の事情とやらを遂行したいなら、条件を飲め。

 自分の都合だけを通すなど、大人げないぞ」

頭にくる。

『リュカ』という声が聞こえたが、人ゴミに混じって彼の動きを封じた。


お前の仕事の事情なんか知ったことか。

一切何も知らされず、護られる筋合いなんかどこにもない。


近くから「あ。」と言う声が聞こえた。声の主を見ると、舞踏会にしては地味な服を着た、浅黒い肌で短髪の娘が手招きした。

シュビテルの学生か。他の女学生とは違う雰囲気だな。

まるで見覚えがないが、彼女は「あんた、リュカって言うんじゃない?」と気さくに話しかけてきた。

分厚い唇が印象的な、さばさばした女だ。

「あたし、キリエって言うの。メイリンって知ってるっしょ?あの子のツレなんだ」

丁度良かった。

「メイリンは?」

「あのさぁ、その前に一曲踊らない?あたし誰にも誘われないからちょっと暇してんだよ」

「え?」

強引に自分の両腕を挟むように掴むと、「な?いいだろ?」と言って分厚い唇をグイッと引き上げ晴れやかに笑った。

「ブラントクイントの学生ってみんな背高いから見下されてるみたいで何かヤなんだよね。その点あんた、あたしとおんなじくらいだから丁度いいわ」

あっけらかんとした女は今まで知ってる女性像からはだいぶ逸脱している。

あの学校にもこういう普通っぽい学生もいるのか。どこか自分に似たような雰囲気を持ってることに少し好感を持った。

時間は十分にある。彼女がメイリンの友達というなら最終的に彼女を通じてメイリンに会えるだろう。

「わかった。自分も相手がいなかったからちょうどいい。……ただし」

「ん?」

「……下手なんだ。踊るの、初めてだから」

練習相手をしてくれたユスランの足を何度踏んだかわからない。自由に踊る分にはいいが、何やら形が決まっていて作法が難しいのだ。

ユスランも女側で踊ることなどなかったから申し訳ないと自分を責めていたが。自分にとっては、ユスラン自ら女側を踊ってまで教えてくれたことに申し訳ない気分だった。

あれは誰にも言えない、貴重な経験だったな……。口が裂けても他言できない。

「オッケー。全然任しといて。あたし、超うまいから!」

と強引に手を取られた。

あ……。触れ合った彼女の手はゴツゴツして自分の手と似ていた。

「ガッカリした?あたし、お姫様のようなスベスベの手じゃないから」

これは剣を扱う手だ。

「いや、全然ガッカリしてなどいない。むしろ、好感を持った」

「へー。あんた、変わった男だね」

そういうと、グイッと左右に引っ張られる。音に合っていて、習ったものとは動きがまるで違うが、彼女に合わせているだけなのにとても自由に踊れているみたいだ。

この変則的なステップにかわからないが、周りの者も自分たちに注目しだしているのがわかる。

「はいはい。緊張しない。肩の力抜いて」

と片方の口を引き上げて、ニカっと笑った。


どこか、少しシュライゼに似ている。と思うと心がズキッと痛んだ。


「女の子相手に踊ってんのに、浮かない顔すんじゃないよ」

現実に引き戻されると、目の前のキリエはまたニッと笑みを浮かべる。

「楽しく踊ろうって!」

美人と言うとそうではない。パーツが大きく個性的な顔だが、彼女が笑うと夏に咲く大輪の花のように、こちらまで陽気になってくる。

それにつられるように、自分も自然と笑顔で返していた。

「そうだな。全くだ」

「あ。その顔、めっちゃ可愛い!ホントあんた男ぉ?」

「あ、うん」

「女のあたしより可愛いってどうよ!」

ハハハと笑いながら彼女は、自分を右へ左へいざなう。本当に踊ることが好きなんだろう。

揺らされているだけなのに、楽しい。

まさか踊ることが楽しいなんて思ったのは初めてだ。

作法からは逸脱しているのはわかるが、周りの目も楽しげに笑っている。

これでいいのかはわからないが、自分にはこれでいい気がした。


一曲が終わると、自然と周りから拍手が湧き上がった。

彼女が観客に向けてするような大袈裟な一礼をすると、女生徒からクスクスと笑いが巻き起こる。彼女は女学校の間では人気者らしい。面白おかしく声をかけられている。

自分はこれも評価の一つだから同調することなく、紳士的に胸に手を当てて軽く一礼するとコソコソと何やら噂する女達の声が聞こえた。

何を言われているのかは聞こえなかったが、ちょうど自分の横に立っていた女が、耳元でささやいた。

「あんまり女の子に色気を振りまくのは感心しないわね」

聞き覚えのある声にその顔を見ると、やっぱり。

「…メイリン…」

あの時以上に美しくなっているように思えた。

黒髪を綺麗に結い上げて、大きな胸が半分くらい露出しているような衣装を着ている。胸元に輝く宝石よりもその胸に目が行ってしまいそうだ。

薄い化粧だが元々の顔立ちがいいためか、どの女生徒よりも目を惹いた。

「お久しぶりね。リュカ」

少しばかり戸惑いがあった。あの時、喧嘩別れとまではいかないが、いい別れ方をしていなかったからだ。

けれど、彼女はあのことを忘れたかのように自然に話しかけてきた。

「あ~ぁ。メイリンもう来たの?リュカともう一曲くらい踊りたかったのに!」

「ちょっと、キリエ。他人の男取る趣味あったっけ?」

他人の男?

「いや、そんなんじゃないよ。アンタと違って、あたしと誘ってくれる男なんてそうそういないんだからさぁ。

 即刻、壁際の…になっちゃうんだし、もうちょっとだけレンタルしてよ」

「そんな風に言ってもダメなもんはダメなの。あたしはリュカとしか踊る気ないし」

「はぁ?なにそれ。選びたい放題の癖にムカつく!

 てか、リュカも変な女に掴まったよな」

キリエはハハハと笑いを向けた。

「変な女って何よ。美人でスタイルもいいし、言うことないじゃない、ねぇ」

「て、自分で言うなよ!」

キリエとメイリンの掛け合いが、まるで一昔前のシュライゼとユスランを見ている気分になって一瞬物悲しくなった。

自分の世界に浸る前に、メイリンは強引に手を引っ張った。

「うるさい女は放っておいて、行きましょ」


そういうと、人をかき分けて、館の裏手に抜け出した。


音楽が漏れ聞こえるこの場所は当然誰もいない。

夜の闇に似合う彼女の後れ毛が風に漂う。


「ごめんね。呼び出したりして。手紙読んでくれたんだね」

「うん」

「……それと、シュライゼの事」

唐突に、何を言い出すのかと顔をあげると、彼女は力なく笑った。

「許してあげてほしいの」

彼女は何を知ってるんだ。何をどこまで。全く声が出なかった。

そんな顔を向けていたのか、察した風に返した。

「詳しいこと、知らないんだけど、学校やめたんでしょ?

 そして、多分あなたを傷つけた。違う?」

「傷つけられてなんか…」

「彼は、悪気があってのことじゃないと思うの。

 多分ね。皆それぞれに事情があるから」


事情。


彼女はシュライゼの事情を把握しているのだろうか。

自分は何も知ろうとしなかったが、彼女は知っているのか。

自分の知らないシュライゼを。


何か、胸の中がモヤモヤした。


「あたしも、同じように事情がある。

 あなた、前にあたしに言ったわよね。

 両親もいなくて、誰もいないのはありえないことだろうって?」

「言ったかな」

あまり思い出したくなかったから、気まずい顔で目を伏せた。

「ちゃんと覚えているわ。

 そんな境遇の子。こんな学校に居る訳がない。

 適当に学生生活を終わらして、運よくいい男捕まえて、結婚して。女なんてみんなそう。

 男もそうなんでしょ?学校でて、いいとこ就職して、可愛い女の子捕まえて結婚して、家族を養って。

 『ここに居るのは与えられて育った、バカな連中』ばかりだとね」


え?


自分の心を読んでいるのか。


メイリンは正確に、いい当てた。


「どうして……」

「何が?」

「自分の心を、どうやって読んだんだ?」

「違うわ。あたしの気持ちよ」

「どういう…」

「そのままの意味よ。

 両親もいなくて、誰もいない。

 たった一人なのは、あなただけじゃないってことよ」


彼女は驚くほど無表情な顔で、淡々と語った。


「あたしもそうなの。

 誰もいない。全員、殺されたから」


衝撃的な事実だったが、そこに触れるのは憚られた。彼女の漆黒の目が闇を映すようだったから。

自分は一呼吸置いて冷静に尋ねた。


「じゃあ、何故学校に?」

「逆に質問されちゃったわね。色々とこちらにも事情があるのよ。

 じゃあ、逆に聞くけど、あなたは何故?」

「それは…わからない」

「そうでしょうね。あなた、本当に『不思議』なの」

「シュライゼに何度も言われた」

「あいつがあなたに対して感じている『不思議』がどういう種類のものか、あたしにはわかりかねるけど、

 あたしが言う『不思議』の理由は、一つだけ」


向き合った彼女は、神秘的な美しさを纏っていた。

人を寄せ付けない静謐さというのか、人の心に容易に押し入ってくるような、

何でも見通せるような黒い瞳で、自分は彼女の発言から逃れられなくなっていた。


「あなたは、どこの情報網にもひっかからないということ。

 生きてる以上、生きた証はどこかに残っているはずなの。

 けれどあなたの場合はレイモンド村の前に通った関所やその他利用した公共的な何かや営利的な何か、

 それは本当にプロの仕業かと思えるほど、何一つ残っていない。いわば、あなたは生きた証拠がどこにもないの」


生きた証がどこにもない?どういうことだ。

いや、それは。

「……それは身を隠して旅をしていたからだろう」


「何故身を隠すの?

 隠せと誰かに言われたの?

 あのね。隠せと言って隠せるものじゃないの。世の中で生きている限り、どこかに足跡は残るのよ」


聞いてはいけない話を聞いている気持ちになるが、

自分は、知らなければならない。

全て、知りたい。


彼女は何かを持っている。

「どういうことだ」


吸い込んで彼女は一言、結論を告げた。



「つまり、『意図的に身を隠さなければならない必要があった』。答えはそこに辿り着く」


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