第042話 失踪の報告 * エーベルハルト〈シュリダンテ〉
シュリダンテ目線。
――――エーベルハルト宮殿内
あまり楽しげでない食卓に向かうのは特別なことではない。無駄に場を和ませようとする器楽曲が邪魔に感じる時すらある。
羽振りのいい頃とは違い、どうにかして予算や援助を勝ち取るために詭弁を弄する輩が増えたようだ。
近年、アインテア国境付近は、天候不順や災害が頻発し、主要な農作物の収穫量が減っていることは周知の事実。
にもかかわらず、度々、やむを得ず割く復興財源に対して、他の諸侯からの物言いは強い。
確かにガレンを中央に呼び寄せる際に、現状を粒さに報告貰うことで、その悲惨な状況は行かずとも把握が出来る。
もしかすると俺にその気はないが肩入れしているところもあるのかもしれないが、こちらとしては優遇などしているつもりはない。必要経費。妥当な判断の上だ。
どこも切迫している状況は話しぶりからわかるが、当然ながら限られた予算枠の中で割り振るしかなく、そもそも根本をどうにかするためには『何らかの削減』か、『増税』か、『開拓』くらいしかない。
「王子、深刻な顔をされますな。折角の晩餐が勿体のう御座います」
暢気なその一言に、他の諸侯の目がさらに険しくなる。
この男は空気をよめんのか。俺もちらりと見たが悪びれない様子で食事を淡々と進めている。
「領地内の不遇など貴殿からは微塵も感じさせぬなぁ。ファルキン卿」
口火を切ったのは鉱石の産出量激減による嘆願を申し出たエイゼンだ。太い眉を寄せて、幸が薄そうな顔のファルキンに詰め寄るような形相だが、本人はのらりくらりと交わす。
「例え思いだけを傾けたとしても、何も事態は解決出来んでしょう?」
エイゼンの目は更に細められるがファルキンは無関心を装う。やきもきする他の諸侯も、とりあえず手じかに置かれた酒に口をつけるのが関の山だったようだ。
諸侯同士の仲はあまりよくない。というか、特にファルキンとそれ以外はあまりいい関係ではない。
確かに、ガレンは自分をあまり王都へ呼び寄せるなと言った。彼は聡い。周辺諸侯から俺への風当たりを配慮した、彼なりの気遣いだと受け取れる。
逆に俺は俺で、実質、ガレンがあの地域の復興や警備体制や何やらを一手に引き受けて手腕を発揮してくれており、それ故休む暇がないことを俺なりに心配して『王都へ帰還せよとの命令』と称した『休暇』を命じているのだ。
俺にとっては唯一の親友。特別扱いしたくなる気持ちを抑えるのが必至だ。
ガレンが領地をキッチリとおさえてなければ、恐らくこいつもこんなにのんびりと晩餐会で笑ってられんはずだ。
そう考えると腹が煮えくり返る思いなのだが。それも俺個人の私情でしかない。
横目でファルキンを睨みつけるが、気配に気づかない振りをしている。
この場の空気が一層重くなったように感じた。
「そんな泥臭い話はもう止しましょう。そろそろ王子も適齢期。身を固めるおつもりはないのですか?」
ファルキンの唐突な切り口に、更に変な方向に空気がよどんだ。
場の雰囲気を変えるのに俺を利用するとはいい度胸だな。この男、本気で海にでも鎮めてやりたい。
それに関しては、他の諸侯も同じ考えで、口々に小言と言う名の雑音が広がりを見せた。
最近はそういった話が格段に増えた。
別の者は口を開く。
「噂では特定の女性がおられるとか」
「本当か?!」
「どちらの姫君だ!」
誰だ、そんな噂を流した奴。今すぐ処刑したい。
先程までの重い空気は一体なんだったのか。針のように向けられる視線が痛い。
そういった話を避けまわっている俺の現状を察して、でっち上げた噂だろう。
「ふん。そんな存在がいるなら、既に手を出している」
視線が集中した挙句、「確かに!」と言うような笑いが起こった。そういう男を演じている方が色々と手間が省ける。
「それに、お前たちがそのような浮かれた話を考える隙も与えてくれんからだろう?」
「それとこれとは話が別です。王子」
なんだ、引き下がるどころかエイゼンもノリノリではないか。腹の立つ野郎だな。
「何でしたら我が娘を…」
「いや、ちょっと待て。このような席で抜け駆けは…!」
「それでは我が従妹の!」
「おい反則だぞ!」
「一度そういった席を設けるとか!」
カオスだな。頭痛がしてきた。一層料理がまずく感じる。
確かに俺は種馬的存在だからな。行為一つで国の政治を大きく揺らす。
……全てが面倒だ。
最終的に諸侯たちとの晩餐会は俺の結婚についての案件で大いに盛り上がり、お見合いの順序を勝手に決め勝手に決議されるという事態で幕を下ろした。
俺が選ぶことはない。うまくことを運んだ者勝ちの世界だ。
今ではもはや夢のように思う、あの敵国で出会った女兵士は、今頃どうしているのだろう。
たまに思い出すことがあるが、もはや彼女は俺のことすら忘れているのだろうな。
あの時もそうだ。突き放すように言った。
『思い出はたくさんもらったから、もう貰うものは何もない』のだと。
思い出すことさえも拒むように、名前すら教えることも、訊くことも出来なかった。
あの時、俺がこの感情を伝えたとしても、何も現状が変わってはいなかっただろう。
この想いは、もう封印するしかないのだろうか。まだ、思い出すことが出来るなど、俺も意外とあきらめ悪いな。
本来なら探し出してでももう一度会いたい気持ちはあるが……。
大きく開いた窓には、塗りつぶされたような夜の闇が広がる。
この広い世界のどこかで彼女は生きている。
俺には護るべき国があり、あの時、彼女にも守るべき信念があったように思えた。
感傷的になるのは、俺らしくない。
とりあえず各方面を納得させるためにも一通りの話をきく必要がある。
はぁ……憂鬱だ。
逆に忘れさせてくれるような女がいれば、この気持ちに収まりがつくのかもしれんがな。
コンコン。
扉を叩く音と、側近の声がした。変な胸騒ぎがするな。緊急の用件か。
入室を許可すると、無駄のない動きでひれ伏した。
「…夜分遅く、お寛ぎのところ誠に申し訳ございません」
「構わない。どうした」
「それが…」
耳元を貸すと、側近は端的に用件を告げる。
ドクっと心臓が脈打ったのがわかった。
「まことか?!」動揺を隠せなかった。
冗談ではないのかと、もう一度側近を見つめたが首を横に振った。
その報告に一瞬で色々な感情が渦巻いた。
わけがわからん。苛立ちに拳を握りしめ、歯を食いしばる。
「詳細は現在調査中ですが、アインテア側の反応を見る限り『個人的な理由に基づくもの』であるのは大方間違いないかと。
至急探させますので」
「…あぁ…とりあえず任せた」
すぐさま側近は退出し、この空間に一人になった。
信じられん。こんな大切な時期に……。
敵国ハルネスバーレーンに偵察用に派遣していたレビンが失踪したとの報告だった。
あいつのことだ。敵国に存在をばれて闇に葬られるなど絶対にない。
それにこちら側の追手にも簡単に掴まらんだろうな。
一番先に頭をよぎったのはガレンの顔だ。
……俺は、こうなることをもしかして、予見していたのかもしれない。
俺のやり方が間違っていたのか。
ガレンは言っていた。甘すぎる。放任しすぎだと。
あいつの飄々としたところが、どこか掴みづらく、俺自身、彼の本当の気持ちなど理解する気もなかったのは正直否めない。
だが、まさかこういう形で裏切られるとは思ってもみなかった。
あの日、海辺の街で会ったのが最後だった。
例の女兵士と別れた後、落ち合う場所に何食わぬ顔でレビンは現れた。
近況報告の主題は、敵国の次世代を担う軍人の有望株を一覧にしたものの説明で、戦いの癖や性格等事細かに書かれており、為すべき仕事は真面目に遂行している様子はうかがえた。
王の忠実な参謀として知られる家の末子「ユスラン」という男についての説明が特に印象に残っている。
後は学校の状況や思想、教育レベルなどに関しての彼独自の見解を述べた。
俺が目を付けた通り、派遣した学校は、語り継がれる我が国の歴史的大敗で、逆に大きく名を知らしめた敵国のレヴィストロース元将軍が学長として就任して以降、飛躍的にその学校のレベルが向上したようだった。
そして、俺は別れ際の彼に幼馴染で絶縁状態のガレンについての話を切り出したが、いつもの軽薄な表情で「そうですか」と返しただけだった。
今思い返しても、特に変わった様子はなかったように思える。
ガレンが『理解不能』と称したレビンについて、俺はやはり表面しか見ることしか出来ていなかったという結論だろう。
彼が、俺、ひいては我が国を裏切るに至った心境の変化を、察することも出来なかったのも事実。
ガレンがこれを知った時どういう顔をするかは想像もできないが、俺は立場上、これを許すわけにはいかない。
とにかく敵国につかなかったとしても、あいつが危険な存在には違いない。
管理責任が俺にある以上、是が否でも捕らえ処分をくださねばならん。
それに、恐らくケイ様も然り。
あいつは頭がいい。こうなることが分かっていて、何故こういう暴挙にでたのか。
まさか待遇に不満などあるはずもないだろう。俺的には国賓と同等に扱い、自由にさせてきたはずだ。
どういう理由があったというのだ。
あの地で、もしくはあの学校で、お前は何を見つけたというのだ。
レビン。いや、もうあいつはレビンと言う名は捨てたことになるのか。
”シュライゼ”と言う名で過ごしていたようだが、俺はそんな恩知らずの男は知らん。
次顔を合わせるのは、お前の処刑の時か。
……ガレンにはいずれこのことが伝わるのだろう。
大きなため息が空間を埋めた。
全く俺の周りには面倒ごとしか起きないのか。
ようやくシュライゼの正体が判明しました。
次回は、合同舞踏会のお話です。




