第041話 危険すぎる仮説 * レヴィストロース邸〈レヴィストロース〉
『第033話 少年の軌跡』の旅の続きになります。
レヴィストロース目線。
小高い山を上がったところに、人2人分くらいしか通れない程の小さな扉があり、それを真っ直ぐと突き進むと一つの屋敷が聳える。
森に囲まれた一軒家。そして、この何気ない小さな扉、これが俺の屋敷へ続く入口だ。
あえて来ようと思った者にしかわからないほどの何気ない扉が、まさか屋敷の玄関とは誰も気づかんだろう。
従者には幾度となくこの狭さに文句を言われたが、意図してこうしてあるのだ。
呼んでもいないのに面識もあまりないような者が、挨拶まわりやなんだかんだと、巧みに飾り付けられた大型の馬車でチャラチャラ家にまで押しかけられるなど考えるだけで面倒極まりない。
なら、来られないようにしてやろうと考えたのがこの扉の所以だ。
「ようやく帰ってきましたね」リーはほっとした様子で扉を開けた。
行きとは異なり多くの荷物を携えての帰還だ。
『リュカの先生』というキーワードがすごい速さで村中に広まると、村人の誰もが顔をほころばせ、あれも持って行け、これも持って行けとお蔭でこの手一杯の大荷物になった。
あんな閉鎖的な村で、よくあれほど慕われたものだとリュカという少年には少なからず興味が湧いた。
村人は単純で素直な人の集まりのようだったが、ミネアと呼ばれた老婆だけは、ハッキリ言って曲者だった。羊の群れに一匹だけ獣が混ざっているように不自然で、あんな辺境地に居るようなただの田舎の婆さんではない。
あれは世間を知っている目だ。
もしかしたら俺よりも上手なのかもしれないと思わせる圧倒的な洞察力があった。
だが、彼女ももう長くはないだろう。それは、彼女自身少なからず悟っているようだった。
帰り道。
リーは一介の学生について何故そこまで注目するのか、理由を聞こうと色々と詮索してきたが、例のごとく強引に話題をそらし煙に巻いた。
彼は知った分だけ、自分の信じた正しさを突き進み、事を起こそうとするタイプの人間だ。それは彼の純粋で実直な性格の賜物であり、評価できる部分でもあるのだが、逆に人間の複雑な裏の部分を理解できない甘ちゃんであるとも言える。
育ちの良さがその性格を映しているのだろう。
優秀で、生真面目。俺が望むなら家事までやるという直向きなところを買った。数少ない信頼できる俺の腹心ではあるが。
それ故に俺は、リーにも仮面を被っている。
リーが光というなら、レイゾンは影。
それすら、リーは知らないだろう。あいつを雇った経緯を話すと卒倒することだろうな。
どういうことか。噂をするとなんとやら。
馬小屋に懐かしい白い馬が繋がれていた。リーはそれを見てため息をついた。
「……ようやく戻ってきましたね」
ほぼ同時に、勝手口から声がかかる。
「それはこっちのセリフよ」
いつにもまして機嫌が悪いようだ。リーはスタスタとレイゾンの方へ向かって言った。
「何がこっちのセリフなんですか。あなたはのんびり休暇を取ってたのかもしれませんが、こっちは…」
「はいはい、うるさいのよ。インテリメガネは気味の悪い植物とでも遊んでおきなさい」
「気味が悪いのはあなたの話し方でしょう。男のくせに女みたいな」
始まった。何故仲良くできないのか。いや、仲良くされても不気味か。
俺は馬具を片づけて、とりあえずマリーアに帰ってきたことを告げてから一風呂でも浴びようと思っていた。
すると、目の前にレイゾンが改まった表情で立ちはだかった。
「レヴィストロース様、お話があります」
逃げ腰になった俺の肩をレイゾンはグイッと容赦なく掴む。
「俺ぁは結構疲れてんだけど?」
「私も疲れています」
赤い瞳が饒舌に語る。『聞く気がないなら髪の毛毟り上げてでも引きずってくぞ』という目だ。
ったく、恐ろしい野郎だな。
「わかったわかった。じゃ執務室に来い」
と言ったが、ついて来ようとしたリーを瞬時に制した。
「お前はこの大量の野菜と果物をマリーアと二人でどうにかしろ」
「…承知、しました…」
「後は、風呂入って寝ろ。わかったか?じゃあな」
「………。」
上着を脱ぎ無造作に椅子に掛けた。脱いだだけでも体調がよくなるほど重量感がある。あくびをしながら伸びて、ソファーに横になった。
これからこいつの相手とか、オジサン、マジ疲れるわ。
レイゾンは手慣れた自分の部屋のように火を起こして、入れ替えたのにも係らず高級な茶葉を見極めて自分の分だけ入れる。
俺のは?と問うと、渋々簡素化した入れ方で素っ気なく差し出した。
「よろしい。で、何?」
起き上がり一応、ソファーに座わるや否や、ギロリと睨むようにレイゾンはこちらを見た。冷たい視線は美しい顔を更に引き立てるようだ。
「若いエキスいっぱい吸って、楽しげに休暇を過ごしてた、って顔じゃねぇな。…あぁ、野郎ばっかだったら面白みもねぇわな」
「察しの通りだ」
足を組み替えると紅茶を音もなくすする。
どう見ても雇い主と相対する態度でない。いつもの事だが。
「あんた、あの不憫な子をどうするつもりだった」
唐突にくるのな。
確かに、今日はやたらと苛立ちを感じる仕草が多い。特に急な用事のようだったが、まさかリュカ関連の相談とは思いもよらなかった。何か動きがあったのか。
「棘のある言い方だな。ご要望通り養ってあげてんだ。それ以上でも以下でもないが?」
「教官の間では、高潔なあんたの判断が鈍った原因の子だと、皆集団で殺しにかかってる。
それに前にも言ったが、マスク家のボンボンを入試当日にブチのめして関連家からも相当陰険なイジメに合ってるしな。
こうなることは予想済みだった、そうだろう?」
美しい顔があまり感情的な温度を見せることはないのだが、面白い。
世間話のように綴ったが、明らかに感情を交えた話しぶりだな。
しかも、今更な話じゃないか。
「マジで期待以上に面白い子だよな」
あの僻地の村を荒らしに来た賊を退け、村の警備立て直しに一役買うようなガキなんぞ出会ったこともない。
全く期待などしていなかったのだが。
「それになんだ?お前らしくもない。他人に入れ込むなど」
「俺が入れ込む?……ふん。英雄なんてとんだ仮面だな。やっぱり最低だよあんた」
よく言われるよ。だから呼ぶなと言ってるんだ。
あえて反論はする気もないが、薄く入れられた紅茶をおいしそうに飲んでみせた。
「あいつにもよく言われたよ。お前らにどう思ってもらってもいい。
が、何?
わざわざ学長の俺に『何とかしてください』とか、腐ったこと言いに来たわけじゃないだろう?
そのために、学費や必要経費一切の上に、泣く泣く給料バカ高いお前を護衛につけてんだ。
こっちは礼くらい言ってほしいぐらいなんだが。
あいつのガキがどんなもんか見定めておきたかった。ただそれだけだよ。
まさか剣も振れないなんてこたないと思ったら、案の定、いや、噂では予想以上、多少骨のある奴らしいじゃないか。だからもう少し様子見でもいいかと思ったんだけど?
そんなことくらいでピーピー泣いてるようじゃ、とんだ拾いもんだがな。もっかい国境の辺境地にでも捨ててきてやってもいい」
どういう出方をするか、片目でレイゾンを見たが、美しい氷の表情は崩れることもなかった。
気に入らんな。
「私情を挟み過ぎだ。前にお前自身が言っていたな。ロックスと言う男は底の知れん男だと」
赤い目が不気味に光る。
「まさに、ロックスは最低な男だと知ったよ。
お前もまともに乗っかるとは大した馬鹿さ加減だ。
全くお前たちはいいコンビだ。化かし合いも程ほどにしろ。低俗過ぎる」
「何が言いたい?
貴様、いい加減立場を弁えろ。ぶち殺すぞ」
「汚い言葉使うなよ英雄さん。リュカは男じゃない」
今、何て言った?
「リュカは、女だ」
は?
何を言ってるんだ。俺は耳を疑った。
手元を狂わせて、紅茶のカップを落としてしまった。
血のような色の液体が、テーブルに乱雑に置かれた書類にまで広がる。
『俺の息子だ』
馬鹿な。あいつはそう言った。
いや、頭の中で俺は肯定している。
気持ち悪かった色々なピースが、その一言で、綺麗にはまり、一つの絵になる。
全て、綺麗に、はまっていく。
『お前はどこぞの学校長でもしているらしいな。頼まれてくれないか』
あいつが残した言葉には、不審点が多かった。
賊を退ける程の剣の才があるのにもかかわらず、何故あいつはあえてその実力を伏せた?
ミネアの作っていた民族衣装。
あれは、まぎれもなく女物だった。
そして、俺は絶対到達してはならない、一つの仮説について、頭をよぎらせてしまった。
これは、最も、危険すぎる考えだ。
あいつが俺のガキだと告げた時、時が変われば、人の心など変わるとどこかで落胆した自分もいた。
そうだ、俺はロックスという男を知っていたはずだ。
見誤った。
あいつを、俺は、一番知っていたはずだ。
いけすかん、あいつのことを。俺は、誰よりも知っていたはずだ。
……落ち着け、動揺し過ぎだ……。
「レイゾン。リュカの風貌を教えろ」
「美しい碧眼の可愛い少女だ」
思わず取り乱して頭を抱えた。
最悪だ。
あいつは、とんでもない男だ。
史上最低最悪の男だ。
許さない。
それは。許されないぞ。
「リュカを今すぐ退学にする!」
すぐさま机に向かい椅子を引き寄せ、筆を取った。
「それは出来ない」
レイゾンはそう言いながらただならぬ事態と察したのか、カップを置いて立ち、上着を着て腰に剣を挿した。
「どういうことだ?」
見上げるとレイゾンは目だけを向けて早口で言い返した。
「パレード参加の選考会に入っている」
「なんだと?!パレードなんか、絶対あり得ん!そんなものに絶対参加させてはならん!
今すぐ退学だ!」
「聞け。厄介な案件があった。敵国のスパイも彼女を狙っている」
「は?何故だ」
「理由は知らん。それでモメて、俺と彼女は謹慎。
それがマズかった。
まさか、教官風情にやり負かされるとは。あんたが一度も学校に顔を見せないことをいいことにな。
各家を納得させる別選考企画を実行予定だ。まぁ、リュカへの制裁企画といったところだろう。
波風立たせたもん負けだろ?本戦に戻る交換条件とか何とか言って、リュカを参加させるつもりだ。
断った時点で即退学という文句で攻めるだろうな。参加したところでどうせ中身は過酷なもんに違いない。下手すりゃ間違いなくあの世行きだろう。
……だが、それを知ってもリュカは退学の道は選ばない。是が非でも参加する」
「何故言い切れる」
レイゾンは嫌味に笑いやがった。
「あの子は、『ロクシア』以外誰もいらないからだ。
その名声さえ掴みとれば『ロクシア』に会える。自分の元に戻ってくると信じている」
「…馬鹿な……」
胸が痛い。
「今更学校長様が横やり入れても無駄だろう。
あの頭の切れる副長が案件を通したんだ。抜け目のないやり口で、事情を賛同した家から寄付金も巻き上げて一挙両得作戦だ。
金を巻き上げた段階で、明確な制裁を加えず簡単にリュカを退学にはさせんだろうし、あの男のことだ。
恐らくリュカ以外の懸念材料も混ぜて企画しているだろうからな。不参加という道はもはやないだろう」
確かに、レイゾンの言うことは最もだ。
俺は私情を挟み過ぎた。
これは、間違いなく俺の失態だ。
「レイゾン。頼みがある」
「なんだ」
「リュカを、命がけで護れ」
「俺の命?大層なことだな」
「あぁ。お前が前に言っていた、施設への投資を含め関連事項。俺の出来うる限りで成し遂げよう」
俺はレイゾンに深く頭を下げると、レイゾンは横目で俺を見ながら身支度を整えた。
「了解した。
まさかあんたが女と聞いてそこまで動揺するとは正直思わなかった。
『いわくつき』ということだな。
リュカとは一体何者なんだ。俺の調べにも一切かからない。もはや誰も正確な情報をつかめてないようだ。あんたは知っているのか?」
「任務以外の無駄なことは考えるな」
「フン。ろくでもない男の尻拭いでこっちは命を掛けさせられてんだ。無駄口だけでも叩かせろ」
「……それについては本当に」
中央への執着など微塵もなかったが、俺を左遷させた奴らは全員バカだと思っていた。
だが、あながち間違ってなかったのかもしれん。
俺は自分自身を買いかぶり過ぎていたようだ。
老いたということか。いや、年の所為には出来ん。
愚かしいのはまさしく俺だ。
「申し訳ないと思っている」
頭を下げた俺を見ることもなく、音も立てずにレイゾンは屋敷を出て行った。
まさか、選抜に残るとは思ってもみなかった。
参加などありえない。これはどんな手を使ってでも阻止する必要がある。
リュカを表舞台に引き上げてはならん。
レイの正体が明らかに。
レヴィストロースが焦るリュカの正体はまだ不明。




