第035話 夢現(ゆめうつつ) * 学校〈リュカ〉
リュカ目線。
《おはよ》
突然、誰かが話しかけてきた。それが男のものなのか、女のものなのかハッキリと区別がつかない。
姿もかたちもない何か、もしくは自分の独り言なのかもしれないと思っていたら、それははっきりと言葉を伝えてきた。
《ようやく話が出来るようになった》
何か、頭に直接話しかけられているようで妙な感覚だ。
ようやくって?
それに一体、これは何なのだ。
《混乱しているな。リュカ》
自分の名前を知っている?
お前は誰だ。と、心で念じてみる。
すると、驚くべきことに返事が返ってきた。
《私か?》
そうだ。お前の名前だ。
《呼び方は好きに呼べばいい。
ロクシアでも、ミネアでも、ジョイでも、ユスランでも……》
やめろ!もういい!
……一体、何なんだこれは。お前は何者なんだ。
心の内を読まれているかのように自分の知ってる名が次々に出てくる。
なぜ、知っているんだ。
不気味で仕方がない。
《それは、お前に興味があるから。
だから、何でも知っている》
何でも。
急に自分がその存在から見られれている感じがした。
その甘いような言葉とは裏腹に、酷く冷たいような、それでいて包み込むような奇妙な眼差しを感じて、体の芯がゾクッとするように寒くなった。
《ふふ。リュカ。そんなに怖がるな。
心を閉ざされては、話が出来ない。
私はずっと話をしたかったんだ》
ずっと……。
変な気分だ。感覚が敏感になっているのか。
この不思議な状態にではなく、この語りかける存在に、漠然とした危険信号を頭のどこかで感じている。
話しては駄目だという気持ちになる。
《親密になるにはまず名前か。
じゃあ、私のことは”キール”と呼んでくれ》
キール?
聞き覚えのない名前だ。
いや、だめだ。正体すら知ってはいけない気がする。
知ってはいけない。関わってはいけない。
そんな気がするのは、何故だろう。
《ふふ。私が怖いのか。リュカ》
これは、恐怖か。
全身が震えてくるような、声も出せないような。
いつかわからないけれど、
湧き上がるゾクゾクとした感覚の正体は、昔、感じたことがあるような気がする。
《心を閉ざしては駄目だよ。リュカ。
私はお前の知りたいことは、何でも知っている。
それはお前にとって、とても魅力的なこと。そうだろ?》
自分の、知りたいこと。
ふと、一番先に頭をよぎったことを尋ねてみた。
……それなら、お前は、ロクシアが今どうしているかもわかるというのか?
《ふふ。単純なことだ。
わかるさ。何でも知っていると言っているだろう》
なら教えてくれ!
《ほう?ロクシアはお前にとって余程大切な存在らしいな。
今まで感じていた恐怖感がウソのようじゃないか。
それなら特に、簡単に教える訳にはいかないな。
私の希望に応えてくれれば教えてやってもいいが》
交換条件?
どうせろくな事ではないのだろう。
お前の情報の真偽もわからないのに、簡単にのることなどできない。
《ふん。意外と冷静だな。面白い。
馬鹿ではない。賢明な判断だ。
あぁ、時間がないようだから、条件は先に伝えるとしよう。
一つは、軍事パレード参加の選抜試験は受けること。
二つ目は、迷わず戦い勝ち残ること。
それだけだ》
それだけ?
それなら可能だ。自分に迷いはない。
《そうか。それはよかった。
それにお前は、私を疑っているようだから、信憑性を示してやろう》
もうすぐ、お前は死ぬことになるかもしれないから、目を覚ませ。
今すぐだ》
え?
自分が、死ぬ?
どういうことだ。
《ではな、リュカ。検討を祈るよ》
プツッと暗闇が覚醒しそうな気配がした。
おい、待て!
意識の糸が途切れかかる。現実という色が戻ってくる。
はっきりと例のキールと名乗る者の存在がなくなったことがわかる。
なにかよく分からない感覚だが、夢を見ていたのか、黒い世界が段々現実味を帯びてくる。
肉体の感覚が戻ってきて、今の世界に戻ってきた実感が湧いた。
それと同時に、何故か足元が重い気がした。
薄目を開けると、いつもの天井が見えるはずだが、辺りは暗く影が見える。
それは、寝ている自分に対して影のように被さっている。
……これは、人影だ……。
全身の血が逆流した。
誰かが自分の真上にいる!!
咄嗟に左から顔面を狙うと、強い力で腕を掴まれ寝台に押し付けられた。
……くっ、相当な力だ。
すると、真上の人間は反対側の手を腰に伸ばしたので、恐らく得物を取るだろうと判断して咄嗟に足をバタつかせた。その隙に、自由な方の手で寝台と壁の隙間に潜ませた長剣を手探りで引き出した。
間一髪……、思った通りだ、頭上で金属音が鳴り響く。
月に照らされた相手の短剣がキラリと光った。
ついに、自分の寝室にまで殺しに来るとは、見境がなくなったな。
護身用に置いていた剣が、こんなに早く役に立つ日がくるとは。
とりあえずこちらはリーチの長い長剣だ。
威嚇して上に乗った男とは距離がとれたところで、自分も剣先を揺らし臨戦態勢のまま寝台から離れた。
間合いを取る。
自分は夜目がきくが、男もそうなのだろう。正確に自分の位置を捉えてくる。
短剣の癖に、スピードに自信があるのか、落ち着いた息遣いをしている。
自分も負ける訳にはいかない。
こんなところで殺されてたまるか。
「……貴様、何者だ」
小さくつぶやいた。
辺りはまだ暗い。まだ夜は明けていない。
大声で叫ぶと人に気付かれ、問題に発展したら選抜試験どころではなくなる。
『一つは、パレードの選抜試験は受けること』
先ほどのキールと言う者が告げた条件が頭をよぎった。
嘘でも本当でも、ロクシアの今の状況を確認したい。
それは藁にでも縋る思いだ。
よくわからない取引だが、この機会を逸すると、ロクシアにたどり着けない気がする。
だから、条件を飲むことにした。
夢だか何だかしらないが、再び、あの存在には出会う気がしたからだ。
それに、
『お前は死ぬことになるかもしれないから、目を覚ませ』
全くだ。
まさかとは思ったが、学内にこれほど強い男がいたとは。
それは気配でわかる。
学生か、あるいは、教官か。
今まで何度も狙ってきた連中とは、雲泥の差だ。
背丈も高く、すっきりとしたシルエット。
主犯格なのか。堂々としていて、気配が静かすぎる。
動きに無駄がなさすぎる。
自分の一挙一動に、人かどうかも怪しいと思えるほど、研ぎ澄まされた反応を示す。
こんな相手と戦ったことがない。
振り上げる秒単位の隙が致命傷になりかねないと判断できる。
間合いを感じ動くだけで、これほど神経を使うなど今までなかった。
全神経を集中させないと、絶対に勝てない相手のようだ。
心音が邪魔。
ロクシアに手合せしてもらっていたころの感覚に似ている。
何故か、自分の中で血が湧き上がる思いがした。
戦いたい。
呼吸を整え、集中した。
すると、初めて相手が口を開いた。
「楽しいか?」
耳を疑った。
その声は、よく知っている者のものだったからだ。
自分は、思った瞬間口に出していた。
「……シュライゼ……?」
戦闘モードしばらく続きます。




