第031話 ケイ * エーベルハルト〈シュリダンテ〉
続・黒い男目線。
「…これは、大変失礼しました…」
部屋に突然入ってきた驚きの人物に、俺は慌ててそのあたりを片づけて素早く近づく。
「突然の訪問で申し訳ないな」
銀色とも白とも思える素晴らしい色の髪。
長いまつ毛も白く、瞳の色は翡翠のように美しい緑色をしている。
これこそまさに、人外の美しさだ。
ハッとしたガレンはその場に膝をつき頭を上げることはない。
「このようなところに、一体どうされたのですか。ケイ様、どうぞこちらに」
「いや、特に用事ではないんだ。ガレンだったか。頭を上げなさい」
ガレンからすると神に等しい存在なのだろう。許可されたところで頭を上げることもない。
ケイ様は序列をあまり気にされない希少な方だが、一挙一動が影響を与える存在だ。
そういう理由か、あまり一人で出歩くこともないのでこのようなところにまで足を運ばれるのはお珍しいのだ。
ガレンを残して執務室の奥にある、込み入った話で使用する応接室へとりあえず案内した。
すると、ケイ様は顔を見上げて、俺の顔をしばらくじっと見つめた。
「?」
不自然なその動きに戸惑ったが、ケイ様は考え込むように一言だけ言った。
「……気のせいか…」
「え?」
「…いや、なんでもない……気配が」
「気配…」
「いい、忘れてくれ」
変な間だったが、こういうことは珍しくもない。
ケイ様は俺には到底わからないものが『見える』らしいのだ。
とりあえず椅子を引くと、優雅に腰を掛けた。座っているだけでも絵になるお方だ。
「国外にお出になられるなどお珍しいですね。事前のお達しもなかったため、何のおもてなしも出来ずに申し訳ございません。
何かあればこちらから伺いましたのに」
「たまには、外の空気も吸ってみたいと思ってね」
優しく微笑むこの表情は昔からずっと見ていたくなるほど好きだった。
「わかります」
すっと目を細めて俺につぶやいた。
「お前も大きくなったな。シュリダンテ」
「そうでしょうか」
「最近まで、こう腕に抱けるぐらいのサイズだったが」
それは言い過ぎだろう…。まぁ、この方にとってはそうなのかもしれないが。
「ギルベルトは元気か?」
「元気ですが、国王陛下に会いに来られたのではないのですか?」
「いや、ギュスターブの様子だけ見に来たのだ」
「そうでしたか……。もう、祖父は長くないと思います」
「時が経つのは、早いものだな」
「そうですね」
悲しげに目を伏せた。色々なことを考えているのだろう。
そうと思えば、顔を上げて真っ直ぐこちらを見た。
じっと見つめるこの目に俺はいつも躊躇する。何を考えているのかあまりわからないからだ。
人外の美しさの上、無表情。
外の音が全く聞こえない静まり返った中に、俺は一人取り残された気分になった。
「やっぱりお前は、ギュスターブに似ている。
それか、キールに似てるな。意志の強そうな瞳が特に」
そう言うと、表情を崩す。
何かを思い出すような柔らかい眼差しに、俺はドキッとした。
こんな表情をあまり見たことがないためか、独り言とも取れるこの発言にも、思わず訊ねてしまった。
「キール?」
聞いたことのない名前だ。親族にはいないが。
すると、ケイ様は表情を見せない遠い目で返した。
「私の息子だ」
「ええっ?!」
……し、知らなかった……。
ケイ様にご子息がいたなんて…初耳だ。皆知っているのだろうか。
目をシパシパさせた俺に向かって、ケイ様はクスリと企んだように笑った。
「あ。秘密だよ」
「はい…って、ええぇ!?!」
冗談なのか、本当なのか全くわからないが、相当ヤバいことを聞いてしまった気もする。
国家機密級のネタだ。
ガレンになど絶対教えてやれない。必ず卒倒するだろう。
「ところで、一つ話があってな」
急に本題を切り出した。
顔立ちと姿勢を正して、息を飲んで向き合った。
こういう時は、必ずあまりよくない話だ。
「不謹慎かもしれんが、こちらも危機的状況なので、次世代のお前に確認がある」
「なんでしょう」
机の上で手を組みなおした。
「この国、エーベルハルトの世代交代ももうしばらくだ。だから、問う。我が国アインテアとの同盟を違えることはあるまいな」
それをこのタイミングで聞くか。
しかも、俺に。
驚きはしたが、まさかそんなことを訊かれるとは思わなかった。
冷めた瞳。どこまでも透き通った氷のような表情。
それに俺は少し興奮していたのかもしれない。
「愚問です。それは暗に、私が、いや、もしくは陛下がそう見えると仰りたいのですか?」
「いや。本心を聞きたいと思ってな。そう興奮するな」
父上も祖父も、ケイ様の事は慕っている。
それは幼い時からずっと聞かされてきたことだ。
ケイ様の国の者は正直俺も苦手だが、ケイ様が当主ならこの同盟を違える気はさらさらない。
俺もずっとそう思ってきた。
こういう訊き方をされると、この気持ちが軽視され、疑われているようで腹が立った。
「興奮もします。恐れながら、信頼されていないような言い回しが気に入りません」
「いや、私もギュスターブやお前たちのことは信頼している。
だがな、口に出して確認しなければ本当にわからないこともあるのだ」
「ですが、われわれは!」
「わかっていると思っていても、わからないことの方が多い。それは、肉親でさえそうだ」
憤慨していてあまり表情を見ていなかったが、ケイ様は沈んだ顔をしておられることに気がついた。
「………。」
目はそらさずこちらを見ていたが、遠い何かを想い泣いてしまわれるのではないかと思ったほど、胸が打ちひしがれる程切なく、言いようもない、そういった表情だった。
俺はいたたまれない気持ちになり、冷静さを欠いた自分の行動に謝罪した。
「申し訳、御座いません」
「謝ることはない。突然押しかけた上に、お前に不義理な言い方をした。悪気があった訳ではないのだが」
「それはわかっています。俺、いえ私の方こそ……」
そういうと、ケイ様は音もなく傍に立っていて、昔のように俺の頭を撫でた。
変わらず優しいその手に、俺は黙ってうつむいた。
「シュリダンテ」
「はい」
「当分会えないと思うが、元気でな」
顔を上げると、いつものように優しく微笑んだ。
慈悲深いという言葉が当てはまるのか。
異国の一国の当主ではあるが、俺にとっては親にも等しい存在でもある。
俺が勝手にそう思っているだけだが、この優しさに俺は何度も救われた。
「後、ガレンやレビンにもよろしく言っておいてくれないか」
「承知しました」
見送りは結構と、音もなく彼は去って行った。
何か、時代が動く音がした気がした。
次のお話は『第032話 孤独』。
ケイから病床のギュスターブ(シュリダンテ祖父)に宛てた気持ちの短文です。




