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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第03章 外出許可 海辺の街旅行編(シュリダンテ編)
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第027話 忘れられない旅行 * 海辺の街ルフラン〈リュカ〉

リュカ目線。

終わってみると、時間はこれほどまでに早く過ぎるものかというくらい短く、思い返すと色々なことがあり過ぎてとてつもなく長く感じた。

ルフランに降り立ったのは数日も前のような気がする。


宿泊先の案内人は、自分たちの事を夫婦と勘違いしていた。

面倒なので否定もしなかったが、それもそうだろう。

あれから、下ろせと言うのに、歩きなれない靴に血豆が出来ただけで、あろうことか男が自分を横抱きにして運んだのだから。


これだけではない。今日は散々恥ずかしい目にあわされた。


そう、色々な初めてがあった。

こんな光沢のあるなめらかな生地は触ったことなどないし、ましてや煌びやかな石のはめ込まれた靴など履いたことなどない。

まさか、自分が布や鋼の胸当てをつけず、肌を露出するような女の恰好をするなるなど、化粧をして人前を歩くなど、一生ないと思っていた。


窓の外に煌めく星のような街頭は綺麗だと思うが、この一日は楽しすぎて終わってほしくないと思ったのは本当のことだ。


「まさか、これほど儲けるとはな。お前は本物の幸運の女神だ」


机の上に積み重ねられた札束は、あの武器屋で遣った分の5倍以上は確実にあるように思う。

こういう幸運を経験すると、身の程を弁えない資産を投げ打って最終的にはダメ人間になってしまうのか。街の一角で暮らしているときはよく耳にした話だ。

わかるような気がする。普通の者は一生かけてもこれほどの金額は稼げない。これが単なる遊戯の数分で稼げてしまうのだから、面倒なことをしてまで働こうとしなくなるのはわかる。

だが、最終は自分の身を売り……。

また、嫌なことを思い出してしまった。


そう思うと、自分は目の前の大金が恐ろしく感じた。


「これはお前の取り分だ。全て持って帰れよ」

「いや、元はと言えばお前のお金だ。それに色々頂いたじゃないか」

「増やしたのはお前だ。というか金なんていくらあっても困るものではない。なぜそれほど嫌がるんだ」

「大金は怖いんだ」

「怖いなんてあるか。……まったく変なところで強情な女だな」

こういうやり取りを何回繰り返したことか。

男はそれを楽しんでいるのかもしれない。

「借りをつくるのはよくないと教えられたんだ。わかってくれ」


そういうと男は伸びをしながら独り言のように返した。

「例の男に教えられたのか。厄介な男だ。

 貸しをつくるためにやってるんだ。鈍い女だな。……いい加減に気づけ」

男は視線をそらした。


「深い言い回しだな。やはりお前の言葉はいまいち意味が伝わりにくい」

「………。」

何故か深いため息をつかれた。


最終的に大金は両者譲らず、折半ということになった。



この部屋も相当広い。ユスランの居室以上だ。

懸念していた部屋数も当然二つ以上ある。

こんな宿泊施設は見たことがないし、泊まったことなど初めてだ。

天蓋付きのベッドに腰掛けた男は、ようやく黒の衣装を脱いだ。


「………。」


初めて見る男の姿に息を飲んだ。


浅黒い肌に、眩いほどの金髪が映える。

真っ黒の衣装と、甲乙つけがたい程、そのままでも目立つ存在だ。


あの社交場でも脱がなかった理由は、これか……。


一度見たら一生忘れない程の印象を与える男だ。


それに、彼はどことなくロクシアに似ている気がするのだ。

ロクシアも浅黒い肌に金髪、それに、自分と同じ碧眼。


「なんだ?」

「いや、その…知り合いに、似ているのでな。驚いただけだ」

「その男は、相当男前ということだな」

ロクシアはそういった軽口は一切叩かないが、確かに顔立ちは整っている。

無防備に横向きに寝そべったままで、男は真っ直ぐこちらを見た。


「お前も今以上美しくなるだろうな。俺が見初めた通り。

 その衣装もとても似合っている。ずっと見ていたいほど美しい」


目を細めた男は満足げに見つめてくる。

「………。」

そうやって今日は何度も言い続けられたが、こうして素顔の彼が真っ直ぐの瞳で言うと凄みがある。

メイリンが抱きついてきたあの瞬間とも、シュライゼに強引に手を掴まれたあの瞬間とも違う。

触れられていないのに、その視線だけで変に胸が騒がしい。

何か呼吸が苦しいような感じだ。


「それと、忠告だ」


途端に厳しい目つきになった男は強い口調で言った。

「男に誘われても宿泊先まで行ってはならないぞ」

「は?」

どういう脈略だ。寮では皆男なので、忠告に従うことは出来んが。

「は、じゃない。絶対だ。

 一体、お前の教育者はどういった教育をしているのだ。それくらいは覚えておけ」

そういうと、寝返りを打つようにクルンと男は向こうを向いて静かになった。


無言になると、夜も更けているのに急に賑やかな外の音が聞こえてきた。

馬車の音、誰かが酒でも飲んでいるのか下手くそな歌。物売りの声。まだ夜は終わっていないのに、寝るのが惜しい気もした。


楽しくて仕方がない一日だった。

お前の旅も、楽しかった。


本当に、ありがとう。


明かりを吹き消して部屋を出ようとした瞬間、男は低く、少しかすれた声でつぶやいた。

「おやすみ、女」

「うん……おやすみ」




朝。予定通り武器屋は部屋まで上等な箱を更に念入りな包装された胸当てを持ってきた。

見るからに上等で今から着て帰るにはもったいない。

美しい包装ももったいないがこの箱のまま持って帰るわけにもいかない。

すぐさま中身だけを取り出して、昨日作った正装と、一生着るかどうかもわからない女物の高級な衣装などと、最終折半するという方向で決定した現金を、男が用意してくれた大きめの鞄に詰め込んで荷造りは完了した。


それと、男は不思議そうに見ていたようだが、とりあえずキッチリと部屋を片付けるのが自分のポリシーだ。

布団も畳んで、全て定位置に戻す。これで完璧だ。


「名残惜しいが用事があるもんでな、これでお別れだ」

男はまた目深に黒いフードを被って出立の準備を整えた。

「色々と有難う。いい思い出になった」

「俺もだ」

しばらく沈黙したまま見つめ合っていたことに気づいた。


「じゃあ……」

誰が先にこの部屋を出るのか、迷った末、先に部屋を出ようとした時、男は突然腕を力いっぱい自分を引き寄せた。


「おいっ!」


転ぶ寸前のところでしっかりと抱きとめられた。


なんだ。

心臓が止まるかと思った。


今も。

息が詰まる感覚だ。

抗うことを拒むように、優しく大きな腕が背中で結ばれる。

肩に額を乗せられて、囁くような艶っぽい言葉が耳を優しく掠めた。


「お前を連れて帰りたい。ダメか?」


心臓の音がうるさい。

直立不動のまま、頭が真っ白になった。

何を言っているんだ。力いっぱい頭を横に振った。

「ダメか……」

心臓が脈を打っているのがわかる。自分がどうにかなっているようだ。

短い間だったが、この男ともっと一緒に居たい気持ちになったことは絶対口が裂けても言えない。

それくらいに楽しかったんだ。


息苦しい。


ロクシアに抱く気持ちと若干似ているが、全く違うとも言える。

名残惜しい気持ちと、半分さよならと言う言葉を込めて、

躊躇いながら、片手だけ黒い衣装をギュッと握った。



もう、会うこともないだろう。

絶対ないだろう。



「……女よ。名前だけでも教えてくれないか」

教えて何の意味がある。もう、会うこともないのだ。

「俺の名は」

「結構」


聞くと、いろんなことを忘れられなくなる。

そんな気がしたからだ。


「思い出はたくさんもらったから、もう貰うものは、何もない」


軽く突き放して見上げると、男は切なそうな顔を向けていたが、自分の顔もどうなっているかわからない。


「もう何もないんだ」


切ない。胸が張り裂けそうになる。

何故だかわからない。

「楽しかった。元気でな、黒い男」

トンと突き放し、振り返ることもなく先に荷物を抱えて、走り去るようにここを出た。


何故か、涙が出そうになった。


耳に残る低い声が忘れられない。おかしな病気に侵されたようだ。



行きと同じはずのカラカラという音が、盛り上げ役のシュライゼも居ないせいか寂しげに聞こえる。

暮れかかった空が滲む海面がキラキラとして、夢の終わりを彩るように見えた。

大きな荷物にユスランは驚いていたが詮索する様子もなかったが、一つだけ聞いてきた。

「髪の毛を整えたんですね」

「え?!」

「変なこと言いました?」

変なのは自分の過剰な反応だ。

髪の毛は昨夜賭博場に行く前にされるがままに整えられたことを思い出して髪を触った。

「それは、この髪型が、変と言う意味か?」

「いえ…そんなことは」

「……いや、ええっと、忘れてくれ」

「?」


あの男と会ってから調子が狂っている。


このままだとおかしな会話になりそうだったため、あえてユスランの話を訊くことにした。だが、返ってきた答えは、家の雑務が色々と溜まっていて、いつも以上に遅くまで働いていた。という残念なものだった。

気楽な観光気分でいた自分とは違う休暇だったようで申し訳なく思った。


「あ。それと」

鞄の中をガサガサと手を突っ込んで札束をユスランに渡した。

「入学した日に用意してくれた服の代金と、この間もらった本代だ。これで足りるか?」

「ど、どうしたんですか!そんな大金……!証明書で現金自体は引き出せないはずですよね……。というか!お金は受け取れません」

「どうしたって自分にもよく分からない。上流階級の遊戯事は」

「?遊戯??一体、あなたは、休暇中何してたんです?

 ……とにかくお金をしまってください。一度あげたものを突き返すのは無礼と言うものですよ」

「そうなのか。……わかった……」

暫く、二人の間に沈黙が走った。

やはり自分は相当おかしいらしい。ユスランの表情が物語っている。

唯一の救いが、ここに、冷やかし担当のシュライゼやレイがいなかったことだ。



日記にはこう書いた。



『部屋に男を泊めてはいけない。

 それと、不用意に近づきすぎぬこと』


旅は、以上で終わる。

『外出許可 海辺の街旅行編』は終了です。

次回、数話挟んで『士官学校時代後編』の予定です。

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