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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第01章 レイモンド村編
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第001話 見晴台の上で * レイモンド村〈リュカ〉

リュカ目線。

収穫期のレイモンド村。今年は天の悪戯も人的被害もなかったため皆陽気に刈り入れを楽しんでいる。

一人が始めた鼻歌につられて、段々と大きくなる同じ旋律が、まるで収穫の喜びを祝っているようにも思えた。

望楼から見下ろすたくさんの笑顔の中に、自分も余所者ではなく存在していることが嬉しくて、つい無意識に指でリズムを刻んでいた。

今では村の歌も幾つか覚えたし、故郷はどこかと尋ねられたらレイモンド村と迷いなく答えるだろう。

まさかこんなに幸せな日々が送れるなんて思っていなかった。

それもこれもミネアのお蔭だ。だから、自分にはミネアに借りた恩を返す必要があるし、笑う顔をずっと見ていたい。


けど、こんな楽しいときにも時々我に返る瞬間があって、あのごつごつした手の感触を思い出すだけで目頭が熱くなってくる。

弱い人間だな。

ふと鼻先を、冬の始まりを匂わす風が通り過ぎた。

やっぱり、自分にはどうしても忘れられない。こうしてる今も心のどこかで待ちわびている。


枯葉色に染まった刈り入れ中の畑でぽつぽつと集まって働く人の輪から目線を上げると、どこまでも深い山が続く。

その中腹あたりに隣国との境界を分かつ無機質な国境の壁がくっきりと描かれ、来る者全てを拒むような冷たい表情で鎮座している。

向こう側は、未知の世界エーベルハルト。自分たちが目指した地はあれを跨いだすぐそこにあるのだが。

隣国との関係が更に悪化している今、密入国は不可能だと言える。最近では要塞も各所に建設され、隙もなく訓練された警備兵も多く配置されており両者睨みをきかしているようだ。

不審な行動を取っただけで弓を携えた国境警備兵に即射殺されてしまうとの噂に、間違っても人はよりつかない。


小さなため息だけが自然と口から漏れ出た。思い出すといつも不安になる。

首元から提げた不思議な色の石を掴んでから、人差し指でバツ印に空を斬る。それを握りしめるようにして拳を作り祈るように数秒間目を伏せた。

――――…… ロクシア、生きていて。

どこの風習かは知らないが、彼がよくした願掛けの方法だ。

昔、事あるごとにしてくれたのを自分も真似して、何度か広い背中に願掛けをした。

思い返すと『ずっと一緒にいて』『見捨てないでほしい』そんな自分よがりなものばかりで、彼のために祈ったことなどなかったな。

今更こうして念を込めても気休めにしかならないけど、ただ生きていてと祈るしかない。


目的地の一歩手前。この国境のレイモンド村に自分を残して、ある日彼は何も告げずに失踪した。


目をつぶるとその日のことは昨日のことのように思い出せる。

捨てられたのではない。危険にさらさないために、ロクシアは一人で隣国に渡ったのだ。

だって、旅の途中で、自分を捨てる瞬間など何度もあったのだから。

隣にいるのが当然だと思っていた彼がいなくなってから何年になるかわからないが、今でも自分の中で繰り返し呪文のように言い聞かせている。


この村で、野生児同然の流れ者である自分が、閉鎖的な村社会の一員として認められるようになるには大変な時間と、命を掛けるような切っ掛けが必要だった。

季節によって表情を変える村の毎日を美しく感じられるようになったのもここ最近のこと。


頼るばかりではなくて、今なら支えていけるのに。

望むのはゆっくりとした、何気ない日常を一緒に過ごしたい。

たったそれだけのことなのに。


ロクシアのぬくもりを感じられる気がする、首に下げたこの置き去りにされた石を、また無意識のうちに掴んでいた。


「交代だ」


全く気配に気付かなかったが、声に振り向くとジョイが見晴台によじ登ってきていた。こんな時間に見張りの交代なんて珍しい。

石から手を放して胸にしまった。

彼はお世話になっているミネア婆さんの孫。恐らく自分と年はかわらないだろう。農家の長男らしくない、か細い体つきで、いつでも笑っているように見える細い目が印象的な男だ。

足を掛けてひょいと軽く柵を越えると、無造作に束ねた茶褐色の髪が箒の先のように揺れ、きっちりと狭い空間に納まった。


「早くないか?」

自分の問いに答えるより先に、ジョイはもぎたての赤く熟した果物を放り投げて寄越したので、素早くそれをキャッチした。

「親父に代わってこいって言われたからさ。ちょっとはお前さんも休めよ」

ジョイも同じ果実を手に取り齧りながら片手間のように答える。収穫の時期に人手があまるなんて珍しいこともあるものだ。

衣服で擦って汚れをとり、自分もとりあえず齧る。甘い汁が口の中いっぱいに広がって、さっきまでの憂鬱な気分が少し晴れた気がした。

「うまい。ありがと」

確かに、考えてみると連日のように剣術の指導や収穫の手伝い、お年寄りの茶のみ友達代わりや男連中の誘いなど、一日中時間の許す限り皆の都合に付き合っているため、

なかなか落ち着く暇はない。けれど、体を動かして何かをしていると嫌な方に向かう思考を制御できるから、自分にとっては都合がいいのだ。

すっと体を伸ばして、最後の一欠けを口に放り投げると下へ降りる梯子に足をかけた。

「まだ時間も早いし、君の家の収穫を手伝いに行こう」

すると、ジョイは慌てたようにぐいっと肩を掴んで引きとめてきた。

「おい!待てってよ!……お、俺が来た意味がないだろう」

首だけで振り返ってみると、笑ったような目がいつもより真剣そうな感じだった。

「交代なんだろ?」

「……ったく。皆雑談しながらのんびりやってるんだから、お前さんも少しは休んでくれよ。

 こうやって平和に収穫の時を向える事ができるのも、お前さんのお陰なんだし、な」

ジョイの目が更に細くなると、選択肢は一つしかないような微妙な圧力に耐えかねて、掛けた足をしかたなく下ろした。

「……」

「たまには休憩休憩。ホラ、天高い空。晴天だ。こんな気持ちいい日は久々だろ?

 お前さんも見上げてみろよ。嫌なこともふっとびそうだ」


素直にジョイが指し示す方向へ導かれるように空を眺めた。薄雲のかかったような白い空。晴天とまではいかないが、確かに気分がよくなるのは分かる。

それに、久々にこんな空っぽな気持ちで空を眺めた気がした。周りを見る余裕もないくらい、我武者羅だったから。

最後にこんな気持ちで空を眺めたのはいつだったか。


それは多分、隣には誰よりも大切な彼がいたはずだった。


「気持ちいいな」

「だろ?」

ジョイはにこにこと笑うと、狭い見晴台に同じく座った。


が、つかの間、下方から穏やかな時を一瞬にして砕くようなにぎやかな声が掛けられる。

「リュカ!早く下に降りて来いよ!あれ?隣にいるのジョイじゃねぇか?」

「そいつとさっさと交代して、釣りにでも行こうぜ!」

「いや、それよりも俺の剣の腕前みてくれよ!」

「お前らうるせぇ。なんでもいいや!早く来いって!」

下を覗くと村で一番の力自慢のラッシュたちがそれぞれ農機具を空につき上げて笑顔で呼んだ。


チラッと横を向くと、ジョイは鼻頭を掻きながら嫌そうな顔をしていた。

「……はぁ。またあいつらか。お前さんも色々と大変だな。あいつら、後々煩いから、俺なんか放って早く行った方がいい」

ポケットから一つ残っていたのか、ジョイはぶっきらぼうに果実を差し出してきたので自然と受け取った。

「ありがとう」

「……たまには、休めよ」

ボソッと言った言葉と、下からの声が被って聞こえた。

「そうそう。ジョイ。どこ行ったんだっつって親父さんが怒ってたぞ」

「くそ忙しいのにどこほっつき歩いてんだっつってな」

見るとジョイはうつむいた額に手を当てて長い溜息をついた。

「……ホント余計なこと言いやがる」


………。

親父さんが交代って言ってたんじゃないのか。と、恐らくこの間までだったら言ってたかもしれない。

これが空気を読むということらしい。うつむいているジョイが、自分に対して気遣ってくれてたってことは今ならわかる。


「ごめん!後で行く」


身を乗り出して下に返答すると、ジョイは意外そうに見てきた。

ラッシュたちはガッカリした様子だったが、文句は言わない。

「了解!じゃ、待ってるからな!絶対来いよ!!」と告げてすぐに走り去って行った。

「わかった!」大声で手を振り返す。


いつもより開いた目でぼうっとしているところを見ると、自分が『空気を読んだこと』がジョイにとっては相当予想外だったのだろう。


「もうちょっと休むことにした」

「……」

「空が気持ちいいからな」

「……あ、あぁ」


風も気持ちいい。

暫くはシャリっと果物を齧る音しか聞こえなかった。

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