第026話 俺の旅行 * 海辺の街ルフラン〈リュカ〉
リュカ目線。
そのままの恰好で外に出ると、例の馬車に乗り込んだ。
先導はこちらを見て目を丸くしたが、妥当な反応だ。
同一人物だと説明してやってくれ。
馬車の中には、今まで着ていた擦り切れたような服や胸当て、持っていた荷物などもしっかりとお先に乗り込んでいる。
「こんな恰好のまま、今からどこへ行くんだ」
「お前と二人なら俺はどこだっていいが、お前を楽しませたい」
「へ、変な風に言うなと言っているだろう。…調子が狂う」
「悪い……。無意識だった」
おい。また、変な空気になったじゃないか。
外の景色は夕暮れ時もとおに過ぎ、暗くなり始めている。
窓に映る女性は、自分の知らない自分だった。
そう言えば化粧をした顔をはっきり見たのは初めてだ。
確かに、これほどまで変わるとは我ながら驚きだ。
今ここでユスランにすれ違っても自分だとは気付かれないだろうな。
この胸のあいた服から除く谷間が気になるが。
『あなたは私たちの作品。いつものあなたを忘れて』
「……。」
そうだな。いつもとは違う自分を堪能するのもいいか。今日は自由な旅だ。
考え方を変えれば、服を気にすることもない。
自分ではない。彼女たちの作品だと思えば。
キラキラ光る大通りを抜けると、どこまでも続くような真っ黒な海が広がっていた。
人気が少なくなると思ったが、少し小高い山を登ったその先に大きなお城のような建物が聳えており、そこが目的地のようだ。
窓から眺めると凝った造りの馬車が数多く停車しているようだった。
一見貴族の屋敷のようだが、給仕のような恰好で「いらっしゃいませ」と迎える者が至る所にいるので個人宅ではないのだろう。
馬車の扉を開けると、夜なのに生の演奏が流れ込んできた。
ご近所迷惑だと思うのだが、軽く見渡すと恐らくこの山全てが敷地なのか。屋敷はここ一軒だけのようだ。
慣れたように男の手を借りて降り立つと、案外人が大勢いたが、何故かほとんど全員と言っていいほど周りの者は自分たちを見た。
確かに黒装束の男と個性的な恰好の女は目立つのだろう、が、
周りの連中も負けてはいまい。
女は引きずるような服を重ねて着て、重そうな宝石を散りばめている。一つとっても高値で売れそうだ。
男も負けじと勲章をつけている者から、装飾品を大量に首から下げている者まで、服装にしても皆まちまちで色々な国の者が集まっているようだ。
競い合うような奇抜な恰好が若干滑稽に思えたが、自分もそれなりに浮かない恰好に仕上がっているので何とも言えない。
そう思うと、男は真っ黒なフードをかぶったまま、着飾ったりはしないようだ。
何故自分だけこんな恰好をさせるのか不思議だったが、男はそれだけでも目立っているように思う。
この場では、どんな格好をしても全く目立ちはしないが、男の身長と体つきは目を惹くものがあるのだろう。
大半の女性が振り返って見ている。
「掴まれ」という意味で腕を差し出したが、大勢の視線を感じると躊躇っていた。そのうち男によって「…迷子になられては困る…」と強引に手を添えさせられた。
屋敷の中に入ると少し煙たく、色々なテーブルがありカードやコインを楽しんでいる者でひしめいていた。
簡単な料理をつまみながら夜のひと時を過ごすのだろう。
完全に大人の世界だ。
こういうところに来るのは初めてだ。
貴族が多いのか、談笑しながら挨拶などしている者も多くいる。
「こういう遊びはしたことがないか」
「そうだな。金で遊ぶなど今まで一度もないし、考えたこともない」
「そうか、では教えてやる」
男は遊び馴れているようだった。意外と社交的で色々な人と卒なく会話をこなし、場を盛り上げるのもうまかった。
それはユスランやシュライゼとは少し違う、人を引き付けるような仕草や話術だけではない。
彼が誰なのか知らない自分でさえ、大物だと思ってしまう風格があった。
二人の時は意識しなかったが、彼は人の中で輝くようだ。
女性達はこぞって彼に話をしようと集まるが、その度に自分を引き寄せ紹介していた。
その場を切り抜けるためとはいえ、まるで『俺のものだ』と言わんばかりの説明は、そういったことにまるで免疫のない自分にとっては、かなり恥ずかしいことだった。
「お前も賭けてみるか」
話しかけられていることに気付くと、意識せずにうなずいていた。
自分は訳も分からず、ディーラーと呼ばれる男に、さっき習ったように告げると男はハッとしたようにゲームを開始させた。
……何か、状況がよく掴めていないが、大事をしでかしてしまったらしい。
ビギナーズラックと言う言葉を初めて聞いた。
大きな歓声に包まれて、自分は知らない間に有名になっていた。
賭けに大きく勝ってしまったそうだ。
男は自分の顔を見て「お前は幸運の女神だな」と満足げに言うと、周りの者も皆肖るかのように軽く肩を叩いてきた。
何が起こったのかよくわからなかったが、楽しかった。
出会うことのないはずの立場の者達と、一緒に時間を共有し楽しむことなど日常ではありえないことだ。
その後、潮風が混じった夜風に当たりながら、敷地内を散策した。
色々な刈り込みをした植木や庭も凝っており、そこここにランプが灯され、影まで計算されたように造られているようだった。
自分たちのように男女で散策している者が多くいたが、先程カードで大きく当てたことがどれほどの人に伝わっているのかわからないが皆こちらを振り返った。
他人に注目されることをあまり好まないが、隣の黒い男は他人の視線など全く気に留めない様子で、いろいろと話をしてくれた。そのため、徐々に他人の目を気にしなくて済んだ。
話も、知識をひけらかすというものではなく、自分の想いを添えて、庭について、立地について、建物について、色々な題材で自然に会話が成り立っていくのだ。
知性が感じられるその話題は、雑談というよりも興味を持って聴けるような内容ばかりで全く飽きることはなかった。
自分の代わりにこの男が合同舞踏会に参戦したなら、
恐らくシュビテル女官学校の女学生、全員を虜にすることが出来るだろう。
……恐ろしい男だ。
「俺ばかり話をしている気がするが、具合でも悪いか?お腹が空いているなら何か取ってきてやるぞ。何でも言え」
男は少し屈んで顔を覗き込む。
「そうじゃない。聞きたいから聞いているんだ。お前の話は本当に面白い」
「嬉しいよ」と言って男はポンポンと頭を撫でた。まるで小さい子供のように。
いつもだったら恐らくバカにしているのかと悪態をつくところだが、今日は口から出なかった。
「けれど、俺もお前の話を聞きたい。
お前は何故男に扮して生きている。何故兵士になったのだ」
誘導されて噴水付近に用意された椅子に、優雅にハンカチを敷かれ「どうぞ」と言われたのでその上に腰かけた。
あまり自分の事を話すのは得意ではなかったが、少しだったら話してもいい気がした。
「育ててくれた人がそう望んだからだ」
「そんなことを、普通は望まないぞ」
男は、前のめりになって返答した。
「うん。同じことを言われたことがある。そうだな、だが自分には彼しかいないから男として生きる道を決めたんだ」
「彼……望んだ奴は男なのか。なんて男だ。それに、お前に剣は似合わない」
「ふふふ。本当に同じことを言う」
ミネアも、同じことを言っていたな。
「それも男か?」
「なんだ?」
「お前に剣は似合わないと言ったのも、男なのかと聞いているのだ」
何か、怒っていないか?
両肩を掴まれて何故か真剣に問われたので「祖母や母と慕う老婆だ」と本当の事を答えると微妙に落ち着いて「……そうか」と一言返した。
なんだ、急に落ち着いたな。すると、男はこちらを向いた。
「近くに寄れ。寒くないか?」
「大丈夫だ」
そう言ったのに、自分から近づいてきた。
「警戒するな。何もしない」
「何を言っている。当たり前だ」
と返すとフッと笑って「黙ってればその辺の姫より美人なのにな」と言った。
「自分は自分だ。話したければ話すし、黙りたいときは黙る。
人に指図されるのはごめんだ」
「確かにそうだ」
そう言うが、男は自分の顔を覗き込むようにして続けた。
「だが、それなら、お前は矛盾している。
何故その男の言うことには従うのだ。お前はお前のはずだろう。
何故女として生きん。
今のお前は、お前ではないのか」
言葉を噤むしかなかった。
その通りだ。的を得ている。
こいつの話は、いちいち正しい。
だけどロクシアは、特別なんだ。
ロクシアしかいなかった。
いろんな場面で自分を助けてくれた。自分を作ってくれた。
彼の一言一言が、自分の全てだった。
無言で俯くと、彼は優しく「……意地悪なことを言ったな」と逆の肩を引き寄せた。
そして、この男は、自分をダメにするほど温かい。
このままずっとこうしていたいと思うのは、自分の中の何かが許してくれない。
だから、多分、こうしていることは間違いなんだろう。
「……帰るか」
顔を上げて出来るだけの笑顔を作って告げた。
「退屈だったか?」
「いや、楽しかった。本当に。
だが、眠くなってきた」
それも本当の事だ。楽しかったが色々あり過ぎて疲れた。
このままここで目を閉じると眠れそうなくらいだ。
男はさみしそうに笑った気がした。
「御意。お姫様を寝室へ」
眠いと口走ると、本当に眠気が生じるものなのだな。
自分はウトウトしながら無意識につぶやいていた。
「茶番だな。お前はどこぞの王子に見えるが、自分は姫じゃない……。
……ただの兵士だ」
王子と兵士。それがお似合いだ。
「………。」
男からの返答はなかった。
ただ、何か言いたげな空気は漂っていたが、自分はそれを問うこともなく彼の力強い腕に支えられてその場を離れた。
彼の隣は居心地がいい。この潮風を含んだ夜の匂いも、楽しげな演奏も、すべて今まで生きてきた世界と同じ世界のものとは思えず、このまま目を閉じて次に開くときは夢のように消えてしまっているのかもしれないと思った。
それでもいい。今を大切にしたいと、目を閉じて、この情景この感覚を胸に刻みつけた。
「楽しかった」
自然と口をついて出た言葉だったが、男はすぐに返答した。
「俺もだ」
そうか。それはよかった。




