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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第03章 外出許可 海辺の街旅行編(シュリダンテ編)
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第025話 忘却旅行 * 海辺の街ルフラン〈リュカ〉

リュカ目線。

ここはどういった場所なのか。馬車を下りるとその建物に驚いた。


中心地からは少し外れたところまで来たようだ。区画も大きく、その建物は一種独特の造りだった。

これが屋根でこれが窓のようなものではなく、昔ロクシアが持って帰ってきた瓦版の一角に書かれた不思議な挿絵のように奇妙で、その通りを歩くと必ず目を惹くような造りだった。

『芸術』とロクシアは言っていたが、まさにこの建物は伝統的な要素は一切感じず斬新であるが、発想が新しくてとても美しいと思えた。

「どうした?」

見上げたまま返答した。

「見たことない建物だ。発想が素晴らしいな」

「そうか、俺と感覚が似ている。お前を連れてきてよかった」

男は手を差し出してきたので目を見ると、「手を」とつぶやいたので乗せた。

「新しく見えるだろう?だが、この建物は大層古い。

 これは有名な建築家の生家だったところだが、取り壊すことに反対した芸術家が丸ごと買い取って中で商売をしている。目立つから一石二鳥だろう」

「そうなのか。これを取り壊すなど勿体ないな」

「あぁ。良いものを護ろうとする人たちはどこの国にもいるのだと思った」

すると、自然に腕を添えるように誘導されたので、抵抗することもなく従った。


彼は、やはり異国の人か。正直、内容よりもそこに興味が湧いた。



色々な飾り付けが施された奇抜な色の大きな扉。わくわくする気分を掻きたてる。

係員が扉を開けると、士官学校のそれとは趣がまるで違う煌びやかさに驚いた。

外とはまたイメージを変えたのか。これは買い取った芸術家のセンスなのだろう。中の方が明るく感じるほど、磨かれた石の床に大きなガラス細工で造ったオブジェがいくつも垂れ下がっていて、至る所からキラキラとした光が目に飛び込んでくる。


建物の様子をポカンと口を開けたまま鑑賞していると、知らぬ内に例の男とは離れ離れになっていることに気付いた。


まったく何処へ行ったんだ。

心細くなりながらも、とりあえず探しに行って行き違いで迷子になるのも恥ずかしいので、おとなしく入り口付近に立っていると、美しい女性が四、五人自分の周りに集まってきた。

「いらっしゃいませ」

店の者か?

ここがどこかも、何の用かも聞かされていない。悪人には思えない女性ばかりを前に暴れることもないので要領はわからないが、手を引かれたまま自然と奥に向かうことになった。

「あの男はどうしたんだ?」と訊くと、クスクスと笑いながら女達は口々に言った。

「あの男だなんて。とってもかっこいいわよね。さっきのあの方、彼はご主人?」

「いや……違」返答を聞く気はないのか、次の女達が矢継ぎ早に話をすすめる。

「ラブラブでも一緒に入ることはできないのが決まりですから」

ラブラブってなんだ。

「見るからに金持ちよね。あんな人近くにいないかしらぁ」

いや、まず、質問に答えてくれ。


建物の話などどうでもいい。まず、ここがどういうところか聞けばよかったのだ。

と、後悔しても始まらない。


「引き締まった体。スタイルいいわね、あなた」

「うん。女の子にもモテそう」

「あたし立候補しちゃいたい」

「あの!ちょっと待て!!」

もう、どうしたらいいんだ!

躊躇う自分を完全に笑顔で無視する彼女達は、「何もお恥ずかしいことはありませんよ」とそう言っている間に全裸にさせられた。

「顔真っ赤!」

「ホント可愛い!」


屈辱だ。

他人に裸を見られる経験なんてしたことがない。

今、何が起こっているんだ。


ショックで言葉も出なかった。

隠す手を女は流れ作業のように持ち上げて、「さ、こちらへどうぞ」と促されながらひたすら無言で彼女らの小言を聞いた。


「可哀想よ。胸をこんなに縛るなんて。かたが残ってるじゃない」

「肌はすべすべなのに勿体ない」

「体は大切にしなきゃだめよ。あらあら女の子なのにこんなに傷つくっちゃって!」

「可愛らしい顔なのにもっと労わんなきゃ」


半ば投げやりになりそうなところに次の扉が開かれると、突然熱気に包まれ、そこは浴場だと知った。

これほど広い空間の浴場など見たことがない。

一瞬感心したが、今の自分の状況をハッと思い返す。


嫌な予感はしたが、今度は案の定泡まみれになった。


他人に素肌を触れられるなど、ありえない。

パニックのあまり暴れてみせたが、本気でけがをさせてしまう可能性がある。

「暴れないの!」と怯む隙に簡単に取り押さえられ、女性に対してはどう接していいものかわからない自分は、借りてきた猫みたいな状態で次第にされるがままになっていた。


もう、どうにでもなれ。


「これでよし」


最後にオイルを塗られてすっかり自分はいい香りに包まれている。

士官学校の石鹸もなかなか上等だと思っていたが、それ以上の代物があるのか。

終わったころには、妙に自分は冷静になっていた。


既に次は何だって驚かない耐性が出来ていた。


与えられた女性ものの下着を着用して、次に向かわされた場所は扉を開けただけで更にキラキラしていた。

磨き上げられた床に、驚くほどの服や装飾品が置かれており、鏡が壁の半分を占めている。


そこには片眼鏡をかけた綺麗な顔立ちの女性と女性的な男性が立っており、連れてきた今までの女達は軽く頭を下げて帰って行った。


「あらぁ!かなりの美人さんね」

女性的な物言いの男はレイで慣れているが、彼の美しさには遠く及ばない。

今となって考えると、レイみたいに美人な男は他に出会ったことがなかったな。

けれど、この男はレイみたいな冷たさはまるで感じない。どちらかというと隣の女よりも女性らしく柔らかい印象だった。

「やりがいがありそうね」

一歩前に出た、口の端だけで笑う片眼鏡の女性は、そう呟くと早速隙のない動きで巻尺を体の隅々にあてがった。


また今度は何が始まったのか、成すがまま状態は暫く続くようだ。


真剣なまなざしに嫌悪感を示す暇もなく、手際の良さに釘付になるほどだった。

女性的な男の方も、衣服の間に紛れ込みながら質問を投げかけてくる。

「どんなのが好み?暗いの?明るいの?」

自分に言ってるのかどうかわからなかったが、女が何も答えようとしないので自分に問いかけているのだと気づき、

とりあえず「……わからん」と返答した。

すると男は「いつもボーイッシュな服装ばっかりみたいね」と返す。

こんな感じで、間違ってはないが自分の世界に没頭しているかのように色々と想像を膨らまして独り言のように話しをしてくる。

「楽しいのが好き?刺激的なのが好き?」

「もう勘弁して欲しいのが正直なところだ」

「なるほどね。たまには羽目を外すのもいい、っと」


誰もそんなことは言ってないだろ。



何着か男の選んだ服を着せられ、最終的に決まった服に唖然としたが、女は納得したのか首を縦に二回振ると有無も言わさずピンを刺して手際よく体に沿うように縫いとめていく。

鏡を見せられていない状況でどうなっているかはわからないのが心配だが仕事の質にはとても驚かされた。

お互い何も語らないのに呼吸がぴったり合っていて、作り上げていく様は二人で一人の職人のようでもあった。


黒に紫で大人っぽい配色ではあるが、丈の短さやデザインが若々しく、服への装飾はあまりないがこれほど個性的な形状は今まで見たことがない。

『芸術』を何か理解は出来ないが、目を惹く美しさがこの服にはある。この建物と同じくらいの存在感だと思った。


ただ、すごく胸と足元が露わになって寒い気がすると裾を引っ張ったが、片眼鏡の女が手を叩いてきた。

「あたしの作品にちょっかい出さないでよ」

「あらあら、駄目よ。お客様にそんな言い方しちゃ」

「ふん」

女は鼻を鳴らして、向こうの部屋にスタスタと入って行った。

「ごめんなさいね。気を悪くしないで。自分の腕にプライド持ってるから、少しでも乱されると怒っちゃうの」

優しく微笑む男は、そういって自分を椅子に座らせた。

「目をつぶって」

耳触りのいい音程に素直になると、男は顔に粉を叩いた。

「こんな服着るの初めてなんでしょ?でもね、自信持って欲しいの。恥ずかしくないように仕上げてあげるから」

されるがままになっている自分が不思議だ。

「はい、目を開けて頂戴。やっぱりこの色似合うわ」

男の声が心地よくて、ずっと聞いていたい気がする。子守唄のような音程。

「あなたは私たちの作品。いつものあなたを忘れて」


いつもの自分を忘れる。

このままでは、本当に忘れてしまいそうだ。



すると知らないうちに女が数点の装飾品を持って隣に立っていた。

細い指が魔法のように器用に動き、髪の毛を少し切り整え、装飾品を挿した。

男の顔が近づき、細かな作業をしている顔が真剣で、しばらくそれを何の感情もなく眺めていた。



「すごいわ……驚きね」


自画自賛か、男は自分の顔をしげしげ見て胸のあたりで手を握りしめている。

片眼鏡を引き上げると、女は初めて満足そうに笑った。

「皆を虜にしてしまうわね。完成」



すると、何か大切なことを思い出したかのように女ははっとして目を見開き、じっと見つめてきた。

突然、どうしたのか。

「あなた、名前、何て言うの?」

「リュカだ」

「……リュカ、そう。リュカ」

「?」

女は若干、切なそうな顔を向けた。

「人違い、か。まぁ、そうよね。年が違いすぎる。

 けれど、その瞳。その顔。彼の方にとてもよく似ている……」


『彼の方』


遠い目の彼女は自分とは違う誰かを見るかのように、今までにない熱い視線を向けた。

「……懐かしいわ……」

一体誰と勘違いしているのかはわからなかったが、彼女にとっての『彼の方』への尊敬の念が表情に現れている。

訊ねようとした時、突然、扉が開いた。


「旦那様よ」

振り返ると例の黒服の男が扉の前で立っていた。


「今までどこに行っていたんだ」

履いたこともないような靴に戸惑いながら男に近づく。

「色々あり過ぎて混乱しているが、一体ここは……」

そう言うと同時に、突然目の前が真っ暗になった。

何が起こったかしばらくわからなかったが、黒い服に抱きつかれている恰好になっているようだと気付く。

「お、おい!」

多少乱暴なくらいの力に、自分は力いっぱい反抗していいのかどうかわからないまま成り行き上、身をゆだねていると男は小さく耳元でつぶやいた。

「……お前、最高に可愛いな」

「な!」

「誰にも見せたくない……!」


何言ってるんだこの男は!!

顔どころか体の温度が上昇するのがわかった。


「はいはい、イチャつくのは外でやってね」

「だ、誰がだっ!」

反論しようとしたが、黒い男は「いい仕事だ」と笑って強引に腕を引っ張った。

振り返ると女口調の男と片眼鏡の女は片手を胸に当てて綺麗なお辞儀をしていた。


「またいらしてください」


ゆっくりと扉が閉まる。


自分に似ているという『彼の方』の存在は多少気になったが、男の調子を狂わせる会話に全てを忘れさせられた。

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