第022話 一人旅行 * 海辺の街ルフラン〈リュカ〉
リュカ目線。
手続きを済ませると、すぐに上等な分厚い紙で出来た例の証明書が発行された。
これが噂の『白金』。偽造されないような工夫なのか端はランダムに切り取られたような変わった形状をしている。
債権者の名前でも書いているのかと思いきや、情報は番号のみ。匿名性が高いのか。万が一でも名前が書いているのではないかという淡い期待が打ち砕かれた。
念押しで確認したがやはり、こんなただの紙切れで、レイが言ってたような恐ろしいくらいの支払いが可能らしい。
とりあえずなくさないようにポケットに忍ばすと、ユスランは遠くから手招きした。
「こちらです」
帰省の者も多くいるのか。色々な形状の馬車が渋滞を作っている中を潜り抜けて、すぐさまユスランの元に駆け寄って頭を下げる。
「悪いな」
「礼には及びません。どうぞ」
入学の際に手配された箱馬車よりも、装飾が凝っており扉やノブには家紋だろうか同じような絵柄が掘られている。ユスランの家の専用馬車だ。
気は引けるが、中を見るとシュライゼが大きな態度で寛いでいるのを見ると、若干気が楽になった。
「少しは遠慮しろ」
席を詰めるようにシュライゼに促すと、ダルそうに端に寄り足を組んだ。
いつもなら一言二言余計なことを言い返しそうなものだが、今日はむすっとした顔でただ腕を組んでいる。
朝が早く機嫌が悪いのか。そういう時もあるのだろう。
「では出発しましょうか」
外出許可日。
一緒に行動する訳ではないが、街で人と会う約束をしているシュライゼと共に、親族を代行してあいさつ回りに行かなければならないユスランがせっかくだからと馬車に同乗させてくれたのだ。
レイは何やら別用があると馬に乗って出かけたらしいが、皆、結構予定があるものなのだと改めて思った。
自分には学校で学ぶ以外にすることはなく、外出が許可されても誰に会うこともない。
まさかレイモンド村までは、行くだけで日数超過するほどの長距離なので検討の余地もない。やむを得ないことだと理解はしているが、一度くらいは帰りたいというのが本音だ。
出来ないことを夢見ていても仕方がないが。
今から向かうのは一番近い市街地である海辺の街、ルフラン。
海辺の街と言うと爽やかな潮風と色々な特産物が集まり活気溢れる印象だ。
どこの都市かは幼すぎて忘れたが、海辺にはロクシアと暫く住んでいたことがある。
もう、遠い過去の話だが、そんなことを思い出しながらカラカラと馬車が動くこの景色を眺めていた。
さて、今日は、正装を作る用事もあるが、鋼で出来た少し大きめの胸当ても武器屋で調達したい。
一人きりだから誰に見られるわけでもないので自由に好きなことが出来る。
一泊安宿に泊まって、次の日の夕方くらいに決められた場所から再度ユスランと合流して帰る。
それまでどういった時間を過ごすか無計画だが、小躍りしたくなるほどワクワクしている。
ただ、隣のシュライゼは暫く別用があるらしく先にユスランと二人で先に帰るのだが、知らず知らずに深い溜息をついているようで、寝起きの問題ではない様子が見て取れた。
「気が進まないのか?」
自分の問いに、シュライゼはハッとして「いんや、別に」と返したが、どう見てもあまり楽しげではない。
街へ行くのだから遊びに行くものだと思っていたが、そうではないのか。それぞれ事情があるのだな。
拓けた海がキラキラ光っているのが見えたと思うと、あちこちがカラフルな布で装飾されている街が段々近づいてきた。
これがルフラン。
思ったよりも大きく活気づいた街だ。ユスランは別邸に向かうため、人の往来が多く街の中心地の一角で馬車を停めてくれた。
帰りの集合地点とするには比較的わかりやすい場所である。
「これが地図です。地図は読めますね?この角を右に行くと有名な店が多くあります。宿泊先も先に探したほうがいいでしょう。
日が暮れたら最悪野宿にもなりかねませんので、あ。そうなったら馬車を捕まえて私の……」
「大丈夫だ。旅は慣れている」
「ったく、いちいち過保護過ぎ」
本当に心配そうな顔を向けたが、「これさえあれば十分だ。有難う、ユスラン」と地図だけ頂戴して頭を下げた。
「こちらこそ、こんなところまでで申し訳ない。旅、楽しんできてくださいね」
軽く会話をしてすぐに別れた。シュライゼも用事なのだろう。足早に向かうところがあるようで「じゃあな」とその場ですぐ解散した。
案外あっさり皆いなくなってしまったな。
無計画の楽しみをとりあえず味わうため、しばらく何も考えずにそのあたりを一人で歩いた。
往来には貨物を積んだ馬車が多く走る。高級な馬車、業務用の馬車、大量の果物を乗せた一輪車を曳く者がひっきりなしに行き来する。
露店には色とりどりの布を括り付け、魚や野菜や色々な食べ物が売られており、何やら手で交渉しながら商品を購入している様子が楽しい。
潮の香りが鼻先を掠め、石畳の傾斜の下を眺めると海岸線が美しく光った。
綺麗な海だ。走り出したいくらいの衝動に駆られたが、そんな子供でもない。
王宮と学校以外の景色。海の見える街などワクワクする。
街行く人も深刻な顔をしている人は少ない。住みやすい土地なのだと表情を見ればわかる。
さて、久しぶりの自由だ。今から何をしようか。
宿泊先も雑魚寝の素泊まり予定だから、空きがなくなることはまずない。恐らくユスランはそのようなところで泊まったことなどないのだろう。
貰った地図をとりあえず開いてみた。本当に、彼は心配性というかマメな男だ。
数か所目印が書かれてあり、これは宿泊先や食事先などユスランのおすすめらしい。
自分のことを弟か何かのように勘違いしているのだろうか。ただこういった気遣いをされることがないから、とても嬉しく感じる。
とりあえず、正装を選ぶ店だけはユスランの情報を参考にしよう。
無駄遣いするつもりなど毛頭ないが、路銀なしにこの証明書に頼り切るというのは自分のポリシーに反する。
よし。では軽く肩慣らしでもするか。
正装以外の一切の費用は自分でなんとかするべく、まずは仕事の斡旋所を探した。
ここか。人に訊ねるとすぐに教えてくれた。
昔も、こういうところの扉を叩いた覚えがある。今もあまり変わらないようだ。年寄りから若者までひっきりなしに軋む扉を開け続けている。
流れにのって建物内に入ると、自分のような余所者ばかりなのだろう、色々な恰好をした者がひしめいている。早速、右手の求人を扱う部屋に入った。
流石に大きい街だ。溢れんばかりの人がいるが、ほとんどの者が窓口に直行している。
窓口で斡旋される仕事は質や割の悪い仕事が多いのを自分は知っているので、少し小奇麗な恰好をした者達が集まっている、壁一面に貼られた紙の方へと向かった。
紙には仕事の質としてはいいものが数多く紹介されているのに、何故皆窓口に行くのか理解できないが。
自分はその中でもより白い紙を物色する。
それは最近貼られたもので、一日限りの仕事となるとそういった中に多くあるからだ。
割のいい仕事はすぐに取られてしまうし、時間が限られているため効率的に見つけなければならない。
給料はあまり高くなくていい。食費と宿泊費と、目的の胸当てが買えたらそれでいいのだから。
よりいい条件がないか暫く真剣に眺めていると、突然誰かが大声を上げた。
「おい!!誰かそいつを捕まえてくれ!」
肩が触れ合うくらいの人が密集したその部屋に、突然緊張が走ったと思うと、自分の横を小さい子供が全速力ですり抜け外に出て行った。
「すられた!!頼む誰か!今日の晩御飯が買えない!!」
骨と皮だけで立っているようなかなりの年寄と見受けるみすぼらしい男が、泣きそうな声で叫んだが誰も動こうとはしない。
当然だろう。自分も治安の悪い区画でお世話になったことがあるのでわかる。
大抵の大都市には低所得者層が住まう地区があり、そこで育った子供達の多くはスリで得た金品を生活の足しにおり、色々な抜け道を知っているため掴まる可能性など殆どないのだ。
運が悪かったと思うしかない。それに、皆我先にといい仕事を手に入れなければならない。
「頼む……誰か……」
今日、明日で死んでもおかしくないような顔色の悪さだ。
恩を受けた者以外の他人のために何かをするなど、今まで思いつきもしなかったが、ユスランの顔がふと過ると理由はわからないが手をかしてもいいかと思えた。
ただの気まぐれだ。
まだ時間もあるし手を慣らすにはいい機会か。
後に続くように扉を出ると、子供の後ろ姿が見えたので追いかけた。
すばしっこいが、自分も矜持にかけて足の速さで負ける訳にはいかない。
追いかけられていることに気が付いているのかはわからない。当然だが、距離は近づく。
なれたように路地に消えると、自分もすぐに後を追った。
こうなれば、分が悪い。
間違いなく裏口からすり抜けられるので、早めに捕まえねばなるまい。
可哀想だがあのじいさんも相当不憫なので、背負った鞄から縄を取り出し、手際よく子供の足を目がけ吊り上げるように引っかけると、見事に転んだ。
すかさず子供に覆いかぶさり、容赦なく後ろ手に縛りあげると、子供は大声で泣き叫んだ。
「痛い痛い痛い!!」
「うるさい。泣いても無駄だ」
低い声で言い切ると、これ以上ひどい目に合わされる可能性も考えたのだろう。ウソ泣きをやめて「分かったから離せよ!」と今度はジタバタした。
「盗んだ物を早く出せ。出せば離してやる」
「俺らだって生活がかかってんだ!お前につべこべ言われたくねぇよ!!」
わからなくもないが、こうしている以上怯むわけにもいかないのだ。
ガッチリと掴んだ腕で再度締め上げると、「やめ、やめろ!くるし!わかった!わかった!!」
観念したように子供はしぶしぶ盗んだ物を差し出したが……。
「なんだよ!もう文句はないだろ!!離せ!!」
そういったので、手を緩めるとすぐに路地を抜けて走り去って行った。
「………。」
手渡された巾着は、何故か2つになっていたのだ。
一つは見るからにボロボロのもの。恐らくあの年寄の物だろう。
だが、もう一つは大層立派な刺繍つきで重量感のあるものだった。
良くないとはわかっているが、所有者を見つけるためのものが入っているかもしれないと、中を見た。
「!」
信じられない大金が入っているではないか。
こんな量の札束を見たことがない。
あの子供がどうやってこれをすったのか。逆にすられた者は相当の世間知らずだったのか。
いずれにしても、これを失った者は困っているはずだ。
面倒なことに巻き込まれたが、仕方がないと路地から通りに抜けようとすると、肩で息をする全身黒の布を纏った男がその通路を立ちはだかった。
不審者かと睨みをきかせたが、男は自分の手元をハッとした目で見つめてヨロヨロと近づいてきた。
「……貴様か。漸く見つけたぞ」
近づく男はこの巾着を見ている。もしや、これを狙っているのか。
「打ち首に処すぞ、この泥棒猫が!」
ちょっと待て。勘違いしていないか。
口を出す前に、男は勢いよく胸倉を掴んで来た。
黒いフードで被った顔はハッキリと見えないが、とりあえず黙らせるために急所の一つである脛のあたりを派手に蹴り飛ばした。
「っ!」
声にならない声を発して、男はその場に崩れ落ちた。
「手荒な真似をして申し訳ないが、先に手を出してきたのはお前の方だぞ」
服を直しながら言ったが、男は苦痛にうつむいたまま暫く無言だった。
とりあえずこれが解決したなら早く思い通りの観光も出来るというもの。
「一応聞く。この中身をお前は知っているか」
「……金と、小さな石と、旅券だ……」
なるほど。もう一度巾着の中を確かめると確かにそれらしいものが入っているようだ。
持ち主らしい。ならば手間は省けた。
その巾着を痛みに耐えかねてしゃがみこんだ男の目の前にポンと置いた。
「子供には気をつけるんだな。自分でなければ、捕まえられる者はいなかっただろう」
その場を立ち去ろうとしたが、動かそうとした左足首に重みを感じた。
後ろを見ると、男はガッチリ自分の足首を掴んでいる。
「……待てよ」
「なんだ、もう用は済んだはずだ。金は使っていない」
「……こんな情けない姿を人に晒したのは初めてだ……」
と言うと、突然クククと笑い出した。
またもや、変な人に掴まってしまったのかもしれないと察したが、すでに遅かった。




