第021話 休日出勤 * 学校〈ファンイー〉
ファンイー目線。
創立記念日に外出許可が出る。数日間は学生も来ず、仕事が山積している教官たちだけの空間となる。
小鳥のさえずりはいつもと変わらないのに、今日も教官室はどんよりしている。
珍しく副長と俺の二人きり。
静かすぎる午前は嵐の前の静けさのようだ。
書類の山の隙間から、窓際で難しい顔をしている副長を眺める。
今日は出来れば話をしたくない。こんな日に限って副長と二人きりなんて、俺も大概運が悪いな。
相変わらず堀が深く奥まった目は、ここからでは影に隠れて瞑想しているのかさえもわからないが、機嫌が悪いためか、元々人相の悪い顔が更に悪く見せている。
オールバックにした艶のあるグレーの髪から、数束垂れ下がる前髪が余計に疲労感を浮き彫りにしているのか、
最近特に老け込んだ気がするのは俺だけか?
確かに今年は厄介な連中が多いためか相当頭を悩ませてそうだ。
余計な詮索はするまい。
目が合った瞬間とばっちり食いそうだと察知して目を逸らし、副長の机の上に置いた栄養ドリンクを確認した。
毎日差し入れるそれも、初めの頃はその独特の苦みを理由に全く手につけなかったが、今では藁にもすがる思いなのか朝の内には空になっている。
既に今日置いた位置には無くなっているな。
もう一度隙間から副長を盗み見るとそれをグッと一度に飲み干している様子が伺えた。
……さすが、男らしい飲みっぷりだ。完全に、可愛い絵柄のカップが酒瓶に見える。
するともう片方の手を持ち上げて、渋い顔に近づけた。手には冊子が乗せられており、カップを窓枠に置くと難しい顔のままペラペラと捲り中身を確認しだした。
恐らく、あの資料は選考会の立案計画書類だ。
副長の机の上に無防備にも放置していたため、気になってその概要を許可なく目を通したが。
本当にあれで進めるのだろうか。
いやいや、そんなことに気を回す余裕など俺にはなかったはずだ。
こっちは折角のバカンス初日に休日出勤してんだからな。
とりあえず目の前の仕事に専念せねば。
寄付金帳に目を通し、計算する。何度計算しても結果は変わらないが、これではまたいけすかん連中に頭を下げて営業に回らねばならん。
『王宮』のサービスを削れることが出来れば大きいが、まぁこれは別立てで貰ってるから難しいよな。
学費とは他に多額の寄付金で成り立つこの学校も、国内有数の士官学校とは言え、他校と同様、出資者の顔色を伺いながら経営を進めていかねばならないのは組織の宿命である。
うなぎ登りに評価が上がることで生じる「光と影」の部分があるのだ。
何を押してもこの学校を卒業させたいという裕福な家庭のご子息様が、当然のように寄付金合戦を始めるのはありがたい話だが、金を出すということはそれ相応の口も出すということだ。
一方、迎え撃つ我らが学校長様は、言わずと知れた国民的伝説の英雄様。
あまり来られないので俺自身話をしたこともないが、汚いことには断固として許可は下ろさない高潔な方だと聞いていたが、まさにその通り。
方針も、下される判断も、全てそんな性格を匂わせるような美しさがあった。
俺もまぁ陰ながら、そのやり方にはいつも好感を持ってた。
彼が経営に携わってから、その権威と名声と実行力を武器に、過保護な親集団の声をねじ伏せ、本来あるべき学校像を組み立てることが出来た。そして近年は安定的に卒業生のレベルが向上している。
教官は皆、思い通りの指導が出来て、それが着実に実を結ぶという、今までにない達成感に燃えていたのだが。
そんな状況も長くは続かなかった。
誰もがレヴィストロース様自ら、次世代の若者の育成を強化するためこの学校長に就任されたと思っていたが、王側から左遷されたというネタが広がりを見せると同時に、今まで口を閉ざしていた過保護な親集団が口を出すようになってきたのだ。
運営も安定的な収入がなければ、去年と同じことは出来ない。
そのバランスを取るのは本来学校長のはずなのだが、スタンスを変えようとしないためその狭間で副長が頭を悩ませているのだ。
それに、最も残念だったのは、「彼」の事だ。
足元に置いた幾つもの嘆願書の山。一人の学生について、これほどまでに多い苦情はかつて例を見ない。
俺は庶民育ちだから彼がそれほど卑しくも見えんが、やはり体裁と見栄に囲まれて育った連中にとっちゃこの子が害虫に見えるんだろう。
彼が入学してから一度も未だ学校長は来校されていないが、この状況を知れば考えが変わるのだろうか。
うーん。否、変わらんだろうな。
あの学校長の判断が、すべてを狂わせたと言っても過言じゃない。
それまでは『悪を排除する』という一定の判断基準を揺るがせたことはない。個人的な汚職も然りだ。
なのに、学校長の判断は、どういう訳か「この少年」の入学に関してだけ、大きくブレたのだ。
『実技』は誰の目から見ても申し分なかったが、『筆記』を免除するなど今までにない例外だった。
突然、実技試験から彼が降って湧いたのだ。
どんな子だと思いきや、見た目からみすぼらしく『後ろ盾』も非公開の怪しげな存在。
更に常識やマナーを全く持ち合わせていない、まるで獣のように異質な子だった。
副長は窓際で無意識だろうが大袈裟なため息をついた。
そりゃため息もつきたくなるよな。学長のあの判断にガッカリしたのは俺も同じだ。
寄付金帳をパタンと音を立てて畳むと、重い物が圧し掛かってるかのような肩をグルグルと回した。
あの少年の裏にどんな『後ろ盾』がいようと、それを許可した事実が、今まで積み重ねてきた全ての信頼を蔑にしたことは言うまでもない。
登校する回数も減り、王側との確執を浮き彫りにしている今、教官室の雰囲気も数年前とは違うことをレヴィストロース様はご存じなのだろうか。
「ファンイー」
うわ。嫌な予感。
呼ばれたためすぐに席を立ち副長の元へ向かうと、疲れた様子で言った。
「これに目を通しておけ。この内容でいく。ただし、これは本選ではない」
本選ではない?……あぁ、なるほど。
読んだことがばれないように、無表情で例の計画書を受け取るとパラパラと内容を確かめるような振りをした。
「私の判断に、異論は認めない。後、同伴する教官は口ばかりの縁故採用のアイツで行こう」
左様でございますか。
俺の上司様は、完全に救いようのない路線で固めるおつもりか。
容赦のない鬼畜っぷりは傍から見る分には清々しいが、対象者になるのはごめんだと常々思う。
「……遠征とか、彼の周辺から反論は出ませんか?」
「遠征だと?」
まずい。立案書類読んだのバレたか?
「いえ……色々と資料漁ってるみたいでしたから、今回の選考会と何か関係あんのかなぁなんて思いましてね…」
「ふん。まぁいい。給料だけは人並みに取るが貢献度はまるでない。アイツはこの学校には不要な存在だ。
最近、問題も起こしたと噂に聞く。うまく揉み消せたとでも思っているのかわからんが、そのあたりの事実関係を固めれば遠征の理由には困らんだろ」
「まぁ…そうですね」
訊くタイミングをマズったか。くっそ。暗に今、確実に調査指示が下ったよな。明らか俺担当じゃない仕事。
だから今日は話をしたくなかったんだ。
と言うか人見て仕事振ろうぜ。休日出勤までして熟してる俺に追加でそんな仕事まで。
俺も財政立て直す重要な仕事してるんですけど?とは言えず。
「そして、もう一つ」
嫌な予感は大体当たる。
副長の眉間の皺を一層深めたが、発言自体ははっきりしたものだった。
「リュカ・フェリクス・グレイの件だ。お前はこの学生に少しばかり目をかけているような気がしたが、私の気のせいか?」
「はい?なんで?」
おいおい、俺をあの学校長様と一緒にすんなよ。ギロリと睨んだ視線が痛い。
「なら問題ないな。此奴の足をどこかですくえ。
波風が立った瞬間、それを参加の理由としろ。これ程見え透いたイジメにも、『後ろ盾』は沈黙を守り続けている有様だ。
保護に関する寄付も未だない。ここまで来ると連絡できない事情があるとしか思えん。
『王宮』住まいだろうがそんなことは関係ない。これは、どうなっても構わんという意思表示と捉える。
あと一般寮からの道連れ要因全員分が決定次第、誓約書に漏れがないか確認して遠征班の段取りは終了だ。
そのあたりの流れが整った段階で、リュカ関連の嘆願書を浚い、主力の関連家と上位成績者の家を抜粋。
保護者向けに説明会を開き納得させた上で、金を巻き上げ毟り取れ。
要望をかなえてあげるんだ金など簡単にとれるだろ?いいな」
やっぱりそう来るか。ひょえー。絶対、あんたを敵にまわしたくないよ。
やっぱ今日は厄日だわ。今日来なくても俺の本業だから何れ指示されるんだろうけど。
また説明会か。呑み込みの悪い奴ら多いから、結構相応の根回しや準備が大変なんだけどな。
まぁ仕事はそれとして、気になるのはリュカのバックに対する副長の出方だな。
多少乱暴なのは恐らく自分が迷惑被っているからだと思うが、これは揺さぶりなのか、それとも本心なのか。
これに関しては話し込むと長くなりそうなネタだし、疲れたきった様子の副長にこのタイミングで振る気にはなれないが……。
確かに、こんなにも苛立つ程『後ろ盾』の存在が明らかにならないのは何かがおかしい。
俺も、恐らく副長も同じ線をにらんでいる。
リュカはレヴィストロース様と何か関係があるのではないかと。
そうであったなら、言語道断。
そうでなかったとしても、こうなることがレヴィストロース様には想像できたはずだ。
それを阻止できなかったのは、あなたの責任だ。
ん?……なんだ、違和感が拭い去れないな。
ではなぜ、こうなることがわかって学校長は放置しているのだ。
『後ろ盾』が相当バカなのか?
それとも思った以上に学校長はバカなのか?
それとも事情が変わったのか?
わからんな…俺の頭では、全く意図がつかめん。
「どうした、ファンイー。聞いているのか」
「失礼しました。仰せのままに」
一礼して、計画書をぺらぺら音を立てながらその場を立ち去る。
リュカ・フェリクス・グレイ。
この子には、何の責任もないのにな。
今どき珍しい真っ直ぐと純粋な瞳を輝かせた、顔立ちの美しい少年だ。
俺も何度か授業をしている。
必死でいつも板書する姿は疲れを知らない様子にも見えるが、過酷なカリキュラムの上に、噂では朝と夕方と夜に毎日別で自主訓練を行っていると聞く。
そんな中で、あの偏った知識から、まさか参加者に選ばれる程の頭脳になるとは誰もが思っていなかっただろう。
そういう自分も答案を見て驚いた。
多少なり同情する気もあったのでこの子が興味を持っていた内容を出題したりしたが、教育し甲斐のある生徒に久しぶりに出会った気がして少し嬉しかったのに。
かわいそうなことだ。
大人同士の事情に巻き込まれてるだけなんだろう。
だが、世の中とはそういうものだ。
この学校の上位成績者のほとんどが目指す将来に、黒い世界はつきものだ。
強烈な光がつくるその影が濃くなるというのは自然の道理。
俺自信も、世の中の酸いも甘いも知らず野山を駆け回ってる頃が一番楽しかったもんな。
こうして訳わからん成り行きの仕事をこなすだけの歯車に成り下がるんだもん。
小さな窓から見える外の景色は、こんなにきれいなのに、世の中はエゴと金で乱れきってる。




