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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第02章 士官学校時代前編
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第020話 リュカ * 学校〈ユスラン〉

ユスラン目線。

飲みかけの酒を煽り気持ちよさそうに眠るリュカをとりあえず抱きかかえて寝室に運んだ。

これほど酒に弱いというのは将来的に問題だな。


それに、あれほど鍛えているのに意外と軽くて驚いた。食が細いからだろう。

ただ、見た目にわからないようにしているのだろうが、足にはまだ包帯が巻きつけられており、所々痛々しいほどに治りかけていない傷や痣があった。

褐色の肌だが、裾を捲ると陶器のように白い。


……この色は日焼けによるものだったのか。


線の細い体で他の学生と同じように、いやそれ以上によく頑張るものだ。弱音を吐かないリュカが健気で見ていられなかった。

入学試験ではあれほど獰猛で挑戦的だったが、意外と思えるほど普段のリュカは真面目で素直だった。

黙っていれば誰かが助けてくれそうな見た目をしているのにも拘らず、彼は誰にも頼ろうとしない。

そんな真っ直ぐな性格に秘かに好感を持っている者もいるだろうが、恐らくこれらの怪我の原因は、他の学生からの嫌がらせだろう。


私も他人の事は言えない。


この子が一言も愚痴をこぼさないことをいいことに、私は知らないふりをつき通している。

そんな逆境の中で、選考会に選ばれるのは並大抵ではなかったはずだから、本当によくやったと言ってやりたい。


上から薄手の布団をかけてやると、満足そうに微笑んだ気がしたので、暫く傍に座りその表情を穏やかな気分で眺めた。

助けてやれない、こんな私を卑怯だとリュカは批難するだろうか。

いや、絶対に知らないふりをさせ続けてくれる。

一人で黙って乗り切ろうとする。それがリュカだ。


山岳訓練で崖から落ちたあの日。安全帯の切断された断面を見る限り、意図的に誰かが斬ったことは明白だった。

だが、教官も他の学生も不問にしている。誰がどういう意図でやったのか、正確な情報も把握できていないまま抗議することも出来なかった。

逆に落ちたのが私だったなら、今頃犯人は学生と言えど処刑されていたことだろう。

完全に、何事も無かったかのように風化したあの事件は、それくらいの大事だったのだ。

あの子でなければ命を落としていたかもしれない。

いや、誰かが意図的に殺すつもりだったのかもしれない。


あの日は夜までに戻ってこなければこっそり探しに行こうかとも考えていたほど、

リュカが帰ってくるか気が気ではなかった。

だが実際はそれも困難だ。私はこの子のために表立って動けない身。

本人は相当驚いていたが、あの時は、いたたまれない気持ちになって多少強引にでも肩を貸した。


初め勉強を教えるのもそういう贖罪の気持ちからだった。


けれど、リュカは私の想像を超えてきた。

見ること聞くことは必ず一回で覚えてくる。天才という意味ではない。あれは地道な努力だ。

何故そこまでひたむきになるのか理由はわからないが、教えることを全て吸収しようとする姿勢が真剣な目からありありと伝わってきて、途中からそれに応えること自体が楽しくなってきたのだ。


これほどまでに必死に生きているのに、この子を阻む存在は大勢いる。

誰もこの子を庇ってやれないのか。


私のところにも例外なく家から何度も通達が来ている。家に多方面から告げ口があったのだろう。

『身が明らかでない下賤の者と仲良くしていて評価を落としている』と。

「付き合う相手は自分で選ぶ」と初めて合ったリュカに宣言したことは覚えているが、こうして不自由なく暮らし、リュカと一緒に生活が出来ているのは間違いなく家の恩恵であり、私が築いたものではないのだ。

親の意向で、場合によっては転校もありえる状況だ。


私はここで皆と一緒に、卒業をしたい。

そのためには、見て見ぬふりをするしかないのだ。

いっそ、卑怯だと批難してくれた方が、幾分か気は楽だが。



「……ロクシア……」


ふとリュカは寝返りを打ちながら寝言をつぶやいた。一度聞いたことがあるな。誰かの名前だろうか。

リュカは降りかかる問題を全て一人で処理しようとするだけでなく、一切自分の身元を明かさない。


本当に何も知らない様子だが、どう考えても不思議な存在だ。


王宮に住み、『白金』ランクの証明書の手配が出来るなど、恐らく国の中でも重要人物に限られてくる。

そんな大物が、本人も知らないのに手を貸すなどあり得るのだろうか。


何か大きな存在が見え隠れするが、これがリュカにとって純粋な味方であればいいが、

私から言わせれば、こんな状況下で擁護できない『後ろ盾』などただの外道に過ぎん。



規則的な寝息を立て寝返りを打つ。少女にも見えるあどけない表情だ。

この学校の中では一番幼いだろう。私は末っ子で弟はいないが、いるとこんな感じなのだろうか。


顔を近づけて観察した。


まつ毛も長く、髪の毛も見るからに柔らかそうだ。

自分の物とは全く違う。


……これは、誰でも可愛いと思うだろう。



思わず寝顔に手を触れようとした時、寝室の入り口に冷たいような気配を感じた。


殺気か?


近づいている気配は一切なかったことに、正直驚いた。

こんなことは、あまりない。

私が油断していたからか。それとも。


冷静を取り戻してゆっくり振り返ると、そこには何食わぬ顔をしたレイが立っていた。

気のせいか。

いつもの調子で酒を片手にニコニコしていたため、正直胸をなでおろした。


「ユスラン様、戻ってこないから迎えにきちゃった」

「少し考え事をしてただけです」

「別に何も言ってないじゃない」


その場を立つと、レイは強引に酒が注がれたグラスを突き出してきた。

「パーッといきましょ!」

この手のノリにはついていけない。

『とりあえず苦笑する』という対応しか持ち合わせていなかった。



「おせぇから寝込みを襲ってんのかって、レイに行かせて正解だったわ」

シュライゼはその辺に置いていた軽食を全て平らげていた。この男、どれほど食べるのか。

「何言ってるんですか。何もしてませんよ」

「ホントか~?いや、だってあの可愛さ半端ないっしょ。女装なんかさせたら間違いなくその辺の女ども以上にはなるな。

 俺は女に苦労してないけど、こないだも血迷った連中があいつに声かけてたからな」

「……他人に言えますか。あなたも一度変な真似しようとしていたでしょう」

「え?……そうだっけ?あぁ、そうだったのかも!」

完全に忘れているようだったが、あれはいったいなんだったのか。

あの時、リュカの手を掴んだシュライゼは何をしようとしてたのか。

蒸し返すのも腹立たしいので、それ以上訊くことは出来なかった。


リュカは危機感の欠片も持ち合わせていないようだが、男ばかりで生活すると「そういう事態」も十二分にあり得るのだ。

それに権力と貞操はついてまわる問題だ。

もしリュカが今後、国の中枢、あの宮殿の中で出世するとなれば、直面する課題の一つとなるだろう。


子を思う親の気分か。頭痛がする。


あの、無関心さが才能だと感じる以前に、誰がリュカにそう言ったことを教えるのか。



そんなことよりも。


散乱した酒瓶も山のようになっており、私が楽しみに飲もうとしていた赤も飲みつくしている。

……やれやれ。こいつらに高級な酒は提供しないことだな。

ため息をつきながら瓶を一所にかためた。


「そういやさ、リュカって何者だと思う?」


日常会話のようにそれとなくシュライゼは尋ねたが、レイも気になっているのか少し険しい顔になった気がした。

「知識の偏りが半端ねーし、多分バカじゃないとは思うんだけど、歴史何てこれっぽっちも知らねぇし、本当にあいつ今までどうやって生きてきたんだろな」

確かにそうだ。あの有名なエシュルグレの大戦を知らないと言っていた。

「英雄レヴィストロースの話も知らなかったものね。ここの学長なのに」

国民の誰もが知っている大きな戦いを知らないなど考えられない。


そして、その英雄は私の心の師匠とも言えるレヴィストロース様だ。

知らないなど、ありえない。


「今や左遷されてるけどねぇ」

「それは間違いです!!」


シュライゼの言葉に反射的に憤慨してしまったが、隣のレイは驚いたのか口から酒を零しそうになって手の甲で拭った。

「……突然、失礼しました。

 ですが、いいですか?あの方は、ご自身で身をひかれたのです。絶対そうです。そして、この学校の学校長になり次世代を担う人材育成に注力されている。

 崇高な考えの持ち主なのです。そんな方を国が左遷なんてするはずがありません」


「ええっと、ユスランさん?そんなこと言って大丈夫?あんたの家、王側だろ」

シュライゼの忠告にレイもコクコクと目を見張ってうなずいた。


彼の言うことも否めないが、私はレヴィストロース様を信頼いや、尊敬している。


幼い日、あの宮殿で大勢従えて闊歩するあの光景を見た瞬間から、私は彼を目指して生きてきたといっても過言ではない。


我儘など言うこと自体が恥ずかしいと思っていた子供のころだったが、あれは数少ないお願いだった。

そう何度も勝利のパレードの話を聞いては、本の中の主人公に会いたいと無理に家の者に連れて行ってもらったのだ。

初めて彼の方を宮殿で拝見した姿は、やはり、想像通り勇ましく凛々しく、人望や彼の放つ輝きが目に見えるようだった。


彼のようになりたい。


幼いながら私ははっきりと意識したことを覚えている。

何より、この学校の進学を希望したのは、レヴィストロース様が学校長として就任されたからだ。


「それに、学校長はまだ一度も来られてないけどね」


レイの言うとおりだ。まだ入学してから一度も来られていない。

私はその日をずっと心待ちにしているのに。延期が何回続いたか。

「お忙しいのでしょう」

グラスを揺らして中の液体を弄んだ。


本当のことを言えば、この学校で優秀な成績を収めてレヴィストロース様の元で働きたかった。

政変が起こった今は、口が裂けても言えないが、まだ心の中では諦められていない。



「今後の選考会、更に厳しくなるんだろうね。あいつにとって」


独り言のようにつぶやいたシュライゼに同調する言葉も持ち合わせていない私はただうつむくしかなかった。

恐らく、今以上に過酷になることは明白だ。

手助けなど出来ない上、上位成績者は皆、目の前に迫った参加枠を死にもの狂いで奪い合うことになる。

連ねた名前を見たところ、優秀な軍事系家系かその関係者ばかりと見えた。


例外は、単なる偶然か、ここに居るシュライゼ、レイ、リュカのみ。


金で一人でも片付くならそれでもいいと考える者も大勢いるだろう。

大抵そういったことがないように、保険目的で学校に多くの寄付を行い優秀な教官に保護してもらうため、大きなもめごとは基本起こらないが、実際数年前の参加者選抜時にも、家同士の抗争になりそうなところを教官がうまく諌めて事なきを得た事件が起こっていると聞く。


しかも、リュカの『後ろ盾』は『あの事件ですら放置した』という事実を残している以上、一番手を出しやすい存在でもあると言える。


「その方がライバル減るし好都合だって言う奴もいるんだろうけど」

「………」

「ま、お互い選考会に残ったんだから、ベストを尽くしましょうよ!ユスラン様ももう一杯いかが??」


今日はとことん飲みたい気分だ。


ちなみに、明け方、私とリュカは二日酔いに苛まれる羽目となった。

次回から『外出許可・海辺の街旅行編』になります。

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