第019話 最後の晩餐 * 学校〈リュカ〉
リュカ目線。
とりあえず選考会入りを果たした祝いの席は、少し広めのユスランの居室でおこなうこととなった。
村でも事あるごとによく宴を開いたが、年の近い者同士が集まってなど今までなかったからワクワクしている。
簡単な夕食を済ませた後、各自用意した軽食や飲料を持ち寄って部屋の扉をたたくと、中からラフな格好のユスランは笑顔で迎えてくれた。
「早かったですね」
「部屋、借りて悪いな」
「いえ、歓迎しますよ」
「これ、さっき侍女からもらった」
選考会入りを祝した宴をやると言うと侍女たちは「ご一緒したいわ」と口々に漏らしたが、レイが「あんた達は関係ないし」と一刀両断した。
それなのに「お菓子だけでもどうぞ」とわざわざ焼いてくれたのだ。
自分が差し出した籠のお菓子を受け取るとユスランは苦笑いした。
「あなたも色々なところから甘い物をよく貰いますね…。さぁどうぞ」
誘われるまま中に入ると、自分の殺風景な部屋とは大違いだった。
家具も全て一流品なのだろう。全ての色調が整っていて備え付けの家具とかもある。恐らくユスランが使いやすいようにわざわざ改装されているようだ。
寝室は別にあるのか。自分のより部屋数が多いようだ。
他人の部屋など今まで入ったことがなかったからキョロキョロと興味本位でいたる部屋を覗いたが、
さすが、ユスランだ。一部の生徒のように専属の使用人を連れてきている訳でもないのに、もしかしたら自分の部屋よりも整っているかもしれない。
「うわっ。何の剥製だこれ…こんなの絶対いらねぇ。趣味悪!」
牙を剥いた獣の顔の部分だけの壁掛けを見たシュライゼは顔をしかめたが、ユスランは力なく言い返した。
「言っておきますけど、私の趣味じゃありませんから」
確かに彼の好みではなさそうだ。いかにもお金持ち度合いを誇示したがる者が好みそうな装飾だ。
ただ部屋の広さには驚きだった。学生寮というよりも相当高価な宿泊施設のようだ。
「あいつ、少し広めっていってたよな?」とシュライゼはレイに確認すると「ユスラン様にとっては少しなの」と微妙な擁護をした。
こうしていると単なるお宅訪問になってしまいそうだったので、既に外は真っ暗になっていたが大きくとられた窓の日よけを下ろして、至る所に置かれたランプに火をともし、それらしく準備を始めることにした。
「相当明るくなるな。全部点けない方がよかったか?」
他でセッティングをしているユスランは手を止めて返した。
「一人で過ごす分を考えると無駄にランプも多いので全部点けたことはありませんでしたが、面白いですね。
明るくていいんじゃないですか」
すると窓辺に置かれたガラス細工を手に見つめながらシュライゼは「一個くらい拝借してもいけんじゃね?」とレイに向けて不敵に笑ったが、ユスランは大きめに咳払いをして「私の趣味を疑ってたのでは?」と呟くと、裾で汚れを磨くようにキュッキュと拭い素直に元に戻した。
「机を寄せるとかやることがあるだろう。部屋を借りてるんだ、ユスランを働かせるな」
見かねてシュライゼとレイに忠告すると、ふてぶてしくも「はいはい。小うるせぇガキだな。手伝えばいいんだろ」と意外にも素直に言うことを聞いた。
「皆、飲み物は持った?じゃ、軍事パレード参加に向けて、かんぱーい!」
レイの乾杯の音頭で、飲み物に口をつけてから皆思い思いの体勢で寛いだ。
「まさかリュカが通るなんて思ってもみなかったけど」
お菓子を口に放り込みながらレイが言った。
シュライゼも「稀に見るバカだったもんな」と同調すると、ユスランは「馬鹿ではありませんよ」と気分を害したように反論してくれたが、
当事者である自分も、本心は相当意外だった。
冷静に振り返ると、力を入れて勉強した個所が運よく試験に出たことが最終勝敗を分けたと思う。
そう考えていたことが顔に表れていたのか、ユスランは読み取ったように「運も実力の内ですから」と笑ったので自分も小さく笑い返した。
まだ選考のスタートラインに立てただけだが、皆とこうして祝杯をあげることが出来たんだ。
「ま、頑張ってたのは認めてやるよ」シュライゼはニッと笑った。
レイも同じく「それは言えるわね」と独り言のように言って飲み物を流し込んだ。
自分にはその言葉だけで十分な気がした。
他の誰に言われるよりも、ここに居る3人に認められることが嬉しい。
客観的に、他の学生が注目するような、肩を並べられていることを誇りに思える者達だからか?
なんか、それは違う気がする。
彼らのことを、自分の中でどう思っているのだろう。
同じ学校で住む場所がたまたま一緒という関係でしかないのだが、これを『友達』と呼ぶのだろうか。
定義はわからないが、他の学生よりも近くに感じる。
何気ない彼らの会話を聞いているだけで安心できる。
それ故に、不安なのだろう。
間違いなく今後ライバルとして目の前に現れ、戦わなければならないことが。
彼らなら、本来の目的を見失うことなく、余計なことを考えずにそれを遂行出来るだろう。
それは多分、圧倒的に『人と付き合うことに馴れている』と感じるからだ。
彼らにとっての自分は、何でもないただの一緒にいるだけの存在なのかもしれない。
けれど、小さなことが嬉しかったりする自分は、全てが新鮮で、初めてだからだ。
一緒に食事をすることも、一緒に勉強することも、同じ時間を過ごすことも、今こうしていることも、
本当に楽しいと思える。
シュライゼやレイが会話を牽引して盛り上がったこの場を壊さないように、自分も心のままに笑った。
この感情は、圧倒的に彼らと違う『弱さ』だ。
◆◆◆◆◆◆◆
飲み物の空を回収して一所に集めていた時、レイが横から話しかけてきた。
「ほら、リュカの正装の話だけど、あんたまた聞かなさそうだから代わりに聞いといてあげたわ」
「何を?」
「忘れたの?お金の件よ」
あぁ。そうだった。
舞踏会用の正装を買うためのお金を工面する方法がないかを考えていたのだ。
『学費を支払ってくれている人に何とかしてもらう方法があるんじゃない?』とレイは提案したが、そこまでロクシアに面倒をかけるわけにはいかないし、
それに連絡のつけようがないし……と頭を悩ませていたのだが。
あれから学校側に問い合わせてくれたのだろうか。
「心配ないみたいよ。証明書発行出来るって」
「え?」
シュライゼは何か感心したように告げた。
「へぇ、それはまた手厚い保護だ」
「なんだそれ?」
指先についた塩粒を舐めながらレイは続けた。
「あんたってホント何も知らないのね。
大体この『王宮』に住んでるあたしたちは、普通の金持ち以上ってことはわかるわよね?」
「何度も聞かされたからな」
「大抵、私達は貨幣で買い物などしないんですよ」
ユスランは手慣れたように短剣の甲で栓を抜き、赤い色の飲み物をグラスに注ぐと少し口に含んだ。
「何?じゃあどうやって買い物してるんだ?」
「後でまとめて支払ってんの。まぁ『顔で誰だかわかる』とか『債権者が発行する証明書を持ってる』とかそんなんで買えるんだけど、限度額も債権者の格付けによって変わるのよ」
すごい仕組みだな。顔や紙で物が買えるのか。
「で、その続き。驚かないで聞いてちょうだい」
レイがグイッと顔を寄せてきた。
「あんたの場合、『白金』だって」
何それ?
自分一人、意味が分かっていなかったようだ。
何やらそれが凄いらしいことは、後の二人の表情で理解した。
「……ま、マジか!?」
いち早く声を発したシュライゼは焦ったように口元を拭い、ユスランの持っていた瓶を横取りしてそのまま飲んだ。
「……何だ。その『白金』って?」
冷たい目でシュライゼを見てから、ユスランは手に残った少量のグラスの中をもう一度軽くあおってから簡単に答えた。
「引き出せるお金の限度額の格付けですよ。
……大体、私と同じくらいですかね」
「え!?!」
どういうことだ。債権者の格付けが、ユスランと同じくらいの格付けってことか。
「こりゃ、こいつのホントの保護者。金持ちの道楽レベル越えてんな。
まぁ、あんたがあんま金遣いそうにないと踏んでのことだと思うけど…」
「お金の使い道知らなさそうだしね~」
「何だったら俺がイイ使い道教えてやるけど!?」
近づく顔を押しのけるように、ユスランはシュライゼに睨みをきかせた。
「やめなさい。下世話な話は」
胸がドキドキしてきた。
何か相当危険なことに巻き込まれているのではないか。
そんな気さえしてきた。
「とにかく必要経費なんだから、正装くらい用意してもバチは当たんないと思うわよ」
レイの言葉に少し気が楽になったが、どうしても疑問符が拭い去れない。
ロクシアは、一体何者なんだ。
学費その他生活費一切を支払い、尚且つ『王宮』と呼ばれる程の贅を尽くしたハルネス寮で住まわせてくれているだけでもかなり疑わしいが、
その上、ユスランと同じくらいの格付けで買物が出来るって、どういうことだ。
本当に、自分をここに導いたのは、ロクシアなのか。
想像が変な方向に傾く。手じかにあった飲み物を景気づけに飲んだ。
なんか、変な味だな。
「リュカ。それは私の……」
とユスランに言われたところで意識がとんだ。
やっぱり、なんか、おかしい。




