第017話 元英雄について * ハルネスヴァーレーン〈リー〉
リー目線。
王族が大袈裟な程の取り巻きと共に退出した後、恒例の行事が待っていた。強行派と言う名の王側の犬からの一方的な批難だ。
「本当に、何故王子はわざわざ左遷させた者に、この神聖な戦略会議の席をお与えになったのか」
「そうだ、本当に不可解な話だ。まだまだ少年だな。政治とはなんたるかを未だ理解されてない」
「安請け合いも程ほどにせんと、更に追い込まれるとも知れず。まだ英雄気取りでも続けるおつもりかな」
聞こえよがしに言う者たちに言われた本人は毛頭構う様子もなかったが、逆に私は無意識の内に苛立ちを抑えるため軽く拳を握っていた。
それを察したのか軽く肩を叩かれたので、ハッとして我に返ると、レヴィ様は表情を緩めた。
「行くぞ」
いつもそうだ。表情から感情を漏らすことはない。
真剣に考えているのか、考えていないのか。
そこが一番好きなところだが。
「はい」
何もなかったかのように、レヴィ様は周囲に軽く一礼して立ち去ったのでそのあとについた。
レヴィ様は表裏を意識されているが、私にとっては表も裏も、軍部の連中の誰よりも崇高で誇らしい方だと、どのようなお立場になってもお仕え出来るこの身を有難く感じている。
そんなことは、本人に対して口が裂けても言わないつもりだが、恐らくレイゾンもそうだろう。
数年前はもっと誇らしくこの鏡のように光る広い廊下を歩いた。
レヴィ様の傍らに居る。ただそれだけで私も賞賛されているかのような錯覚さえ覚えるほど、その頃の私も悪い意味で酔っていたのかもしれない。
ついていくだけで、大勢の従者と隙あらば声をかけようとする者たちの隙間を縫って、短い距離でも汗がにじむほど体力がいったことを覚えている。
先ほど苦言を呈した者たちも、かつては近くにすり寄り傅いてきたが、政治が変わると人の気持ちはこうも簡単に変わってしまうものなのかと、目に見えるほど呆気なく、潮が引くように皆去っていった。
私自身も昔の状態のままであったなら、この眩く美しい宮殿が、これほどまでに醜く息苦しい場所だと知ることもなかっただろう。
昔と変わらない足取りで颯爽と歩く傍ら、付かず離れずの距離を保ってレヴィ様を追う。
目を脇に配ると、広い廊下からは未だに女官の黄色い声がこそこそと聞こえてくるほど、一線を退いた今も根強い人気があるようだ。
成人するくらいの子供がいてもおかしくない年ではあるが、外見だけではなく彼の放つ独特の存在感が目を追いかけさせるのだろう。
王側との確執が噂になる中、表だって挨拶する者は誰一人として宮殿にはいないが、かつて恩を受けた者は多いため静かに目配せで挨拶しているのが見て取れる。
嘘でもこの瞬間は側近としてとても誇らしく心地よかった。
宮殿を出たところに、英雄に与えられるような馬車ではない、惨めで粗末なものが停められていたが、人目を気にすることもなくレヴィ様と私は二人きりで乗り込んだ。
男二人でも少し狭く感じるような車内。どうでもいいような役職の奴らが乗り回している物の方が余程立派に見える。
レヴィ様自信が辞退されたというのも十分考えられるが、私としてはもう少しだけ、見た目にも気を配ってほしい。
曲がりなりにも元将軍で、国を代表する元英雄だ。
護衛は一切周りに付けず後から追いかけさせる形式にしているのは、『自分の身くらい自分で守れる』ことを誇示する意味合いと周りには見えているのだろうが、実際は違う。
一線から退いたことを切っ掛けとして、煩わしさを出来るだけ排除したいという単純な気持ちの表れでしかない。
すぐさま先導に次の目的地を告げたが、一拍考えた後、レヴィ様は「一旦屋敷に戻る」と指示を訂正した。
小窓とカーテンを閉め、馬車が動き出すとレヴィ様はようやく寛いだ様子になった。
状態を伸びるように逸らし、長い脚を持て余すかのように組む。
片手は頭の後ろに、もう片方の手で慣れたように胸元の留め金を外し、指を引っかけて解けたネクタイをシュッと放り投げた。
「堅苦しいのはマジで勘弁して欲しい」
いつものレヴィ様は結構だらしない。
知る者はごく限られているが、まさにこんな感じだ。
崇拝している信者がこの様子を見ると、世を儚んで出家でもすることだろう。
「行先変えたんですね?」転がったネクタイを回収しながら確認した。
「あぁ。たまには旅行もいいだろ?」
そんな風に言ってるが、本心は違うところにあることを私は知っている。
今のレヴィ様に国を守る義務などないのだが、やはり昨今の緊迫した状況を会議で聞かされると心配にはなるようだ。
それも想定の範囲内。
「私も旅行に行きたいと思ってましたんで、すぐに出立できるよう、既に本家に駿馬を用意してます」
「やるな。リーは仕事が早いから、オジサン助かるわ」
「お褒めに預かり光栄です」
うやうやしく頭だけを下げると、面白そうに頭をはたかれた。いつも私やレイゾンといる時は常にこんなゆるい感じだ。
「では、速達で学校の方に、また当分訪問を延期する旨の書状を出しておきましょう」
「おう」
そういうと、レヴィ様は馬車に揺られながら流れる景色に視線を落とした。
いつもなら無表情に戻るのだが。
『鋼に毛を生やしたような心の持ち主だから、何を言われても気にしねぇ性質なんだよ』といつも言っているが、本心はどこにあるのか。
左遷を食らったあの時も鼻で笑っていたが心は曇っていたはずだ。
それを受けての今日の非礼なヤジの数々も、何でもないように交わしてはいたが、内心では少し沈んでいるのではないかと思っていたが、
やはりレヴィ様の感情は読めない。
何故か、楽しそうだからだ。
「レヴィ様は」
「?」
白髪交じりの短い髭を触りながらふと上げた顔は、やはりどこか明るい。
「別に、詮索するつもりもないんですが」
「ふん。なんだ?」
「ようやくいい人が見つかった、とか」
「はッ、はぁ?!」
そして、吹き出すように笑い出した。そんなにお腹を抱えて笑われるとは思ってなかったが。
「……クックック…!お前の発想ってどっから来るんだ?!『いい人』って!親切な人って意味じゃねぇわな!
いい人か。……まぁ、そういうことにしても面白いな」
「といいますと?」
「いや、そう見える?」
口角を上げてちょっとカッコいい風にポーズを決める。いつも通りか。
というか、そう見えるってどういう意味なのか。
「やはりそうなんですか??私は祝福しますよ。どこの何方でも。殿方でなければ」
「インテリメガネの癖に面白い奴だな。てか、人の心配はよせ。お前も早く身の振り方を考えたほうがいい。いつまでもオジサンの世話ばかりしてっと、婚期逃すぞ」
「誠に失礼ながら、大きなお世話です」
結局、浮かれている理由はわからずじまいだった。
煙に巻くというのはレヴィ様の専売特許だ。
聞き出せるとははなから思ってもいないが、何かあるのは確かなようだ。
今まであまり取り立たされない女性問題が本人の口から暴露される日が来るのだろうか。
「俺は世間で言うところのイケメンというやつらしいからな!
誰かのものになるっつーことは、逆に誰かを泣かせちまうことになるからな。心配すんな。お前を残して俺は誰のもんにもならんよ」
というか、誰もそんなことは頼んでいないが。
「なんだその目は?お前には先に『ノリ』って言葉を教育すべきだったか?」
「失礼ながら、私はオジサンとは違って、『ノリ』も時と使い方を弁えておりますので」
「貴様、それはマジで失礼だろ!」
と、また笑いながら頭をはたかれた。
レヴィ様に限っては、恋とか愛とか想像もつかない。
あれほど表面ではモテているのに、本当に惜しい人だ。
想像を根底から破壊するような、この裏の振る舞いを誰かに見られないかこっちがヒヤヒヤしている。
「そういえば、最近レイゾンの姿を見ませんがどうされているんでしょう。先に国境付近の偵察でもしているのでしょうか」
ここ数か月姿を現さないことを気にかけていた。機会があればレヴィ様に聞こうと思っていたのだ。
気にする間柄でもないが、暇あらばレヴィ様の執務室で高級な贈答品の紅茶を選んで勝手に入れて飲んでいたが、ここのところずっと茶葉が減っていない。
死んだ、ということもないとは思うが。
「んー、休暇が欲しいってずっと言ってたから、あげた」
「え?!この時期に、休暇ですか?」
何を考えてるんだこの人は。というか、何を考えてるんだ、あの男は!
あまりいい情勢ではない……いや、と言っても今のレヴィ様の仕事ではないのだが。
「いいじゃないの。ずっと忙しかったし。お前も休みが欲しいか?」
「いえ、私は」
「……まぁ、どうせやっても、お前は無駄に食虫植物を培養するためにひたすらひきこもるだけだろうからな。俺様のために働く方が生産性が高いか……」
「失礼ながら随分嫌味な言い方ですね。食虫植物の何が悪いんです」
「見た目だ」
また、話をすり替えられそうになってる。
レイゾンは休暇からいつ戻るのだろう。戻ってきたら私も少し探りたいことがあるのだ。
あまり積極的に活動は出来ないが、宮殿の中の状態はレヴィ様が左遷された後から情報が極端に減ったため自力で補わなければならなくなった。
別にレヴィ様から言いつかっている訳ではないが、今の王はどこかおかしな気がする。このままでは。
「リーよ」
考え込んでいる私をじっと見ていたようだ。
目がまともに合ったが、おどけるように笑うこともなくレヴィ様は静かに見つめた。
「変なこと考えんなよ。あまり出すぎるとお前にも閑職を命じるぞ」
すると、無理やり眉の間をグリグリと指で押しつけられた。
「難しい顔しても状況は変わんねーの」
抵抗せずグリグリと頭を揺らされながら、私はじっとレヴィ様の目を見つめた。
どこまでこの方に筒抜けなんだ。それとも全くわかってないのか。知ってて見ぬふりをするのか。
いつもつかみどころはないのだが。
「楽しくいこーぜ」
動じることなど見たことのない、この方の傍らに居られることは、他の誰よりも幸せだと思える。
「そうですね。そうそう、旅にはお菓子がつきものかと思いましたので、家に着くころにはマリーア特製のファオンが出来ていることでしょう」
「…なにかと出来る奴だな……。何故、世の女はお前の魅力に気づかないんだろうな。不思議でしかたねぇ」
「失礼ながら、お互い様です」
乗り心地は建付けの悪さ故最悪だが、緩い会話のお蔭であまり苦痛を感じずに屋敷に着いた。
この旅の続きは、
レヴィストロース目線で『第028話 オジサンの旅』になります。




