第015話 願掛け * 学校〈リュカ〉
リュカ目線。
もう見慣れたいつもの光景になった。日が暮れる時間までの日課。
自分が鍛えている間、シュライゼは向こうの方で片膝を抱えて、名も知らない村の景色をずっと見下ろしている。
鬱陶しいと感じた初めのころとは違い、あまり絡んでこなくなったからかもしれないが、それぞれの時間を過ごしているこの時間は特別不快なものではなかった。
彼と言葉を交わすのはここへ来た時と寮へ帰る時。今ではそれくらいになっていた。
何故来るのか、の問いかけに対しては『落ち着くから』とありふれた答えが返ってくる。
確かに、ここは静かで人の目もない。
人気者のユスランもシュライゼも常時誰かが傍にいて、自分を彼らの立場に置き換えて想像するとかなり面倒だとは思っていたが、別に嫌な顔をするわけでもない。
どちらかと言うと他人と関わることを好んでいる風に思っていたのだが。
たまに白に近い金髪が風に揺られる後姿は、普段とは別人に思えたりする。
薄っぺらく軽い彼の発言はいつもどこか嘘っぽく、ただ、本質がどこにあるのか本当に他意はないのか全くつかめない。
ユスランは『能天気なただの馬鹿』と二口目にそう評しているが、本当に彼は……
「なに?」
何故か見ていることに気付いたのか、彼は無表情な顔のまま振り返った。
「何も」
考え事をしていたままの放心状態で暫くの間、無言で見つめ合った。
「………」
この状態が不自然だと気付いて目を逸らすタイミングを探していたら、シュライゼは思い出したかのように座ったままでポケットを探る恰好をした。
「あ、これこれ」
皺くちゃになった紙を「しまった」と言いながら伸ばしたが、「問題ない」と言ってそれを受け取りに行った。
手紙か。
宛先には綺麗な筆跡で自分の名前が書かれていた。
「メイリンちゃんから」
メイリン。あの黒い目の子か。
あまり読む気もなかったが、とりあえず開いて中を見る。
内容は、あの日の謝罪と今年の合同舞踏会でもう一度話をしたいというものだった。
別に謝ることなどないのだ。異質を排除し、自分より劣る何かを見下すのは、人間、普通の反応だろう。
けれど、あまり乗り気ではなかった。彼女に会ったところでどうだ。
『あなたと仲良くなりたい』
文字に触れたが、当然何の感情も読み取ることは出来ない。
彼女はどういう気持ちでこれを書いたのか、さっぱり理解が出来なかった。
裏があるのか。
わざわざ自分みたいな者と関わる必要などないのだ。
あえて言うなら自分も同情か何かわからないような謝罪など聞きたくもないし、彼女に特段興味もない。
手紙をわざわざ寄越したことに対しての礼儀として、一応最後まで目を通そうと流し読みをしたが、
最後の一文に目が留まった。
『空を斬って、胸で結ぶ。あなたを傷つけるつもりはなかったの。これだけは信じて』
「空を斬って……」
昔の光景がふと頭に過る。
仏頂面したままだったが大切な儀式のように、彼は目を伏せた。
そして、ゆっくりと開いた目は、眼差しの先にある空に向けて、哀愁というのか物悲しげな表情をする時があった。
『泣かないで』そう、彼に言ったことがあっただろうか。
「シュライゼ。訊きたいことがある?」
「ん?」
自分は、人差し指で空にバツ印を斬って、それを包むように両手を握り目を閉じた。
「これ、何か知ってる?」
「は?」
「さっきのが何か知ってるか?」
「何だって???」
この国の習わしではないのか。
「じゃあ、メイリンがどこの出身か知っているか?」
「考えたことももない。で、それが何よ」
これはよくロクシアがした願掛けの方法だ。
それが本当に同じ意味かはわからないが、もしかしたら、彼女はロクシアを知る何かを知っているのかもしれない。
彼女に会って聞いてみるのが一番だ。
「シュライゼ。お願いだ。手紙の返答、メイリンに『わかった』と伝えてくれ」
すると、彼はニヤリと不敵に笑って見下すように見た。
「お前、簡単に言うよなぁ。俺もリスク背負って連絡取るの、結構大変なんだけど?」
簡単な話、見返りを求めているのだろう。抜け目のない男だ。
「そうだな。では、金は持ってないから、お前の言うことを一つだけ聞こう。それではダメか?」
「へぇ。それは条件とかないの?」
「うん。出来ることなら」
「できることなら、ね」
シュライゼは小さく笑って、改まったように向き合った。
「じゃあ、お前の正体教えてくれよ」
「?」
「俺、ずっと気になってんだけど。お前、なんか変な感じがするんだよ」
と言って手紙を持つ手を掴まれて、強引に近づいた。
「おい……」
いつもの彼の表情ではない。真剣なまなざしに息を飲んだ。
抵抗することも出来るのに、何故か詰められた間合いのまま彼を見上げた。
「何かとっても、不思議な気配がする」
シュライゼの白に近い長髪が風に流れると、胸のあたりが熱くなった気がした。
近づいた深い栗色の瞳に、無防備な表情の自分が映る。
何だ。彼は、一体、どうしたんだ。
目の前の彼は、シュライゼなのか。そう何故か感じた。
「何してるんですか?」
「こんないいとこあったのね~」
「!」
突然出てきたユスランとレイを確認すると、反射的に繋がれた手をふり払い手紙をしまった。
やましいことをしている訳では断じてない!というか、何故ここにいるのを知っている!
それはここが特別な自分だけの空間ではなくなったことを意味し、逆にこんな場所に二人きりで居ることに変な誤解を招いていないかと心配になって、とりあえず一歩下がってシュライゼとの距離感をあけたが、シュライゼにもう一度強引に手を引っ手繰ってきた。
冗談交じりに「お前ら、邪魔しないでくれる?」と言ったので、「バカ、やめろ!」と返したが、「可愛いな、おい。コイツ、照れてるよ」と冷やかしてきたので腹に一発拳を食らわせた。
「……本気で殴るか?」
痛そうに腹を押さえているが、そのニヤついた顔は変わらない。腹が立つ。
「お前が悪い」
さっきのアレは何だったんだ。自分の中でのモヤモヤは消えずにいた。
冷たい目で見るユスランと呆れ顔のレイを前に、とりあえず何か言い訳をした方がいいのか、しない方がいいのか、立ち尽くすしかなかった。
「意外と仲いいのね。じゃれ合うのもいいけど、場を弁えないと変な噂立つわよ」
「じゃれ合ってない!」
やっぱり変に思われてるじゃないか。
それもこれも誤解を招くようなことをするからだとシュライゼを見上げたが、いつもの軽くニヤついた顔で「完全否定しなくてもよくね?」と鼻で笑った。
「さて、暗くなりますから帰りましょうか。選考も佳境に入ってるんですから筆記は今以上に頑張る必要があるでしょう?」と言ってユスランは、シュライゼとの間に割って入って少し距離をあけることになった。
最近夜は定期的にユスランに勉強を教えてもらっている。次教えてもらう日までにしなければと思っていたユスランから出された課題と自分で課した予習分を考えると、まだ半分も終わっていない。
「……全くだ」
確かに優先順位を見誤っている。言うこと成すこと的を得ている。
自分は学ぶことが好きだったが、試験対策と呼ばれるかたちになると苦痛でしかなくなるようだ。その深層心理が働いているのだろう。
肩でため息をするとユスランは「大丈夫ですよ」と察したかのように告げた。
「保護者面か?」シュライゼの言葉に、ユスランは見向きもせずに答えた。
「あなたは危険です。色々と……」
「色々ってナニよ?」
レイは「まぁまぁ」と宥めるように言うと、小声ではしゃぐように自分にだけ告げた。
「ねぇねぇ、あなた、どっち取るの?」
「は?」
とりあえずだ。
「さっきの件、メイリンに伝えてくれよ」とユスラン越しに念を押すと、「お前、見返りなしに俺を動かす気か?」と答えたので、
「言ってなかったが、ここを開墾したの自分だから、今まで占有してた時間分の場所代、そろそろ徴収しようか?」と返すと「ソレ強引すぎねぇ?」と笑った。
そして、聞こえるか聞こえないかわからないような声で「次はないからな」と告げた。
「あ、そうだ!晩御飯終わってからみんなで……」
レイの楽しげな提案にかぶせるように返答した。
「悪い。自分は勉強だから」
「すみません。私も読みかけの本がありますので」
「俺即寝るから無理」
「えぇ~!?ノリわるくない??」
楽しげな会話はいつも通り。
自ずと笑顔になる。
こんな日常がずっと続けばいいのだが。
ただ、あれはどこの風習なのか。
周りの会話に参加することもなく、自分はそのことばかりが気になった。
これだけ、想っているのに、ロクシアの事を自分は何もしらないのだ。
……あれだけ長く一緒に居たのに、本当に、笑える話だな。




