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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第02章 士官学校時代前編
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第014話 優しさと弱さ * 学校〈リュカ〉

リュカ目線。

「またか?」


教官室で反省文を書いた後、ようやく解放された。

今回は成績には響かないようだが、これが続くと自分が目指している軍事パレードへの参加が厳しくなる。


ふらっと現れたシュライゼに「大したことはない。自分の不注意だ」と返したものの、あまりいい状態とは言えない。

偶然、当番だったというシュライゼと一緒に帰宅することとなったので、急いで教本を取ってから待ち合わせの校門へ向かった。


もう日も沈んでいるので他の学生も下校した後である。

今日は夜の訓練の時間を取るのは難しそうだなと考えていると、歩くのが遅くなっていたのか、少し不機嫌な顔でシュライゼが振り返ったので小走りで追いかけた。

「あそっから落ちて無傷なんてありえねぇ。さすが野生児」

「確かに、自分でも驚いた」

何かと世話好きのユスランとは違い、シュライゼはあっけらかんと楽しげに返す。気を遣うことがないためこういう時は気が楽だ。

ずっと帰りを待っていたユスランには自分のミスだと告げて反省文を書く前に帰ってもらったが、先ほどの「またか?」というシュライゼの言葉を踏まえると、自分にふりかかっている色々に、彼は気付いているのかもしれない。


表沙汰にはなっていないが、自分をこの学校から排除したい者達が色々な手を尽くしているようだ。

それが教官なのか学生なのかはわからないが、レイという女のような男ではないだろう。

やり方が陰湿で巧妙。そして最近は段々と荒っぽくなっている。


だが、自分はこの学校で上を目指す以上、これは絶対に明るみに出せない。


表沙汰になることで自分が不利になる。どうしても自分の内で握りつぶすしかないのだ。

それは、この『王宮』という場所で、色々な情報を聞いて学び、導き出した結論だ。


やはり人間とは、体裁を構う生き物で、特に身分の高い集団ではその傾向が高いことを自分はもう知っている。

学校側は名誉にかけて、問題になることや危険因子を理由はどうあれ排除するように目を光らせているからだ。


学校長が変わって、今や名誉だけに頼る学校ではなくなり、卒業する者はそれなりの要職で必要とされるくらいの人材であることが証明されており、内容も実戦に近いものや高度な教育を課し、『ただのお金持ち』では卒業まで続かないと言われる程の国の一二を争うレベルの高さに成長したらしい。


その方針を下支えする現教官にも誇りがあるらしく、規律も他の学校よりも厳しめになっているとのことだ。

つまり、悪い意味で目立つこと、即ち排除対象になる可能性があるということ。

こんな状態がいつまで持つかわからないが、耐え忍ぶ意外に方法はないと言える。


これほどまでに自分を排除したい大きな理由は、想像でしかないが、『特別』で『異質』だからだ。


入学当時から自分の存在は問題になっていたらしい。

後から聞いたが、入学の選抜試験は「実技」と「筆記」があったそうで、自分はどうやら「筆記」を免除されていたらしい。


まさに異例の待遇で。


その上、軍事貿易で富を得た有数の資産家マクス家の者を入試で手加減なしにボコボコにしたことに対して、関連する家も含めた親族からの抗議が学校に届いていたようだ。

素性も定かでない、学校もでていないものが入学させるなど、ブランドに傷が付くと学校関係者の大半の者も併せて入学撤回を求めたらしいが、学校長が首を縦に振らなかったそうだ。

自分も知らない『後ろ盾』がいるのではないか、というのがユスランやシュライゼ達の考えだ。


欲しい物が揃っているこの上ない環境は、自分も思ったが不自然なくらい整いすぎている。

消耗品や教材などは全て侍女に頼むと明日には用意されているし、問題の金銭面も一切不要。

学校側に問い合わせても、間違いなくここの学費や一切の生活費は『ロクシア』から支払われているということだが。


……入学の置手紙以来、何の音沙汰もないのだ。


ただ、自分を置いて去ったロクシアがこれほどまでに財力を付けたとも思えないし、それに、この王宮の入寮許可は、お金を積むだけでは『不可能』だそうだ。

家柄か何らかのステータスもしくは、それなりの有力者の『後ろ盾』がなければならないらしい。


まさか、ロクシアは自分と同様流れ者の身。


有力者とのつながりも考え辛いが。


「さっきから、考え事?」

「うん。何故人は序列を意識するのかと思って。自分がもしお金持ちになったら周りの接し方も変わるのかな」

「世の中金が全てだから。俺も金好きだし」

気楽な男だ。

気分を変えるために別の話題を振った。

「例の仕事、まだ続けてるのか?」

「ん?女の斡旋?……いやぁ、そういや俺もあんたに聞きたかったんだけど、あんときメイリンちゃんと何かあった?」

「別に何もないが。自分の具合が悪くなったから帰っただけだ」

「そなの?それなら、何なんだろ。あれからメイリンちゃん。ユスラン時の多額の報酬、俺に満額渡しきて『これっきりにしたい』って言ってきたの」

「……」

「それに、あんたのこと聞いてきたよ」

「なんて?」

「元気かって」

「……具合、悪かったからな」

心配されるような間柄でもないだろう。

「一回じゃなく、事あるごとに聞いてくるんだけど、一目ぼれか何かか?

 すげーじゃん!俺、メイリンちゃんのこと結構好みなんだけど、全くのってくんないの。あんなレベルの高い子あんまいないから今のうちに手をつけとくことだな」

「否、それはない」

間違いなく即答できる。別れ際なんてそんな甘いものではなかった。

髪の長い黒い瞳の美女だったことは覚えている程度で大人びた若者といった印象しかないし、それ以上でも以下でもない。

自分とは違いすぎて、仲良くなることは出来ない人種だ。


ここには何も持たない自分を、よく思わない者は多くいる。

それにメイリン自身もそう感じているだろう。

今自分を追い落とそうと手を出してくる連中のように、自分を蔑んでいるに違いない。


『……ずっと、一人?』

あの時の、彼女の黒い瞳が落ちくぼんだ闇のように見えた。


「……間違いない」

「何が?」

「いや……。メイリンは自分のことを何とも思ってないってことだ」

「ふーん。何でもいいけど」


そんなことよりも、

自分の『後ろ盾』になっているのはロクシアなのか、それ以外の者なのか。この状況が悪い方に向かって、退学の措置となるようなことだけは避けなければならない。

出資してくれている者が別にいたとしても、自分はその恩に報いる義務があるからだ。

期待に沿うだけでは、まだ足りない。

この上ない環境を与えてくれているのだから、自分は一番を目指さなければならない。

どうしても。



与えられて育った者達に、負けることなどできない。



そうしていると、前から見知らぬ男が駆け寄ってきた。明らかに自分を目がけて走ってくるのだが。

知り合いか?とシュライゼは目配せしたが、記憶にない男だったため軽く首を横に振った。


「あの…リュカさんですよね?」

「そうだが」

顔を赤くしてモジモジしている。

変な空気が漂う。一体なんだ。


「あの、リュカさん。俺、聞いてもらいたいことあるんだけど、今、時間、いいかな……」


用事か。これくらい遅くなってしまうと夜の訓練は難しいし。

「時間は」

と返答しかけたとき、突然、横からシュライゼが冷たく口火を切った。


「悪いけど、リュカさん忙しいんだわ」


何勝手に返事をしているんだ。と口を挟もうとしたが、腑抜けたようないつもの表情ではなく少し冷静な目でこちらを見たため、言うタイミングを逸してしまった。


「あ、あぁそうですか……じゃなくて、あの!」

「じゃあな!ホラ、行くぞ」


男が次の句を続ける前に、シュライゼは自分のグイッと手首を強引に引っ張った。

引きずられるように王宮へ向かったが、男はついてくる様子もなかった。

「痛い、シュライゼ。離せ」

突然シュライゼが手を放したので、勢いで前にこけそうになった。

「乱暴だな!」

「あぁ、悪い悪い」

相変わらずの棒読みで、反省している気配はないが。

状態を立て直して、手首を動かしながら「一体何の用事だったんだろうな」と問いかけると、シュライゼは「さぁね」とはぐらかした。明らかになんか察してる風だが。

まぁいい。用事があれば、また来るだろう。



舗装された煉瓦の道を抜けると大きな鋳物のアーチが聳えており、その先には、なれない白い宮殿が構えている。

これが自分の住む家なんていつも信じ難いが。

その入り口に、腕を組み難しい顔をした男がすらっと長い影を作って、その絵の中に溶け込んでいる。

周りに通り過ぎる者達は、皆一様にその男に頭を下げ、それにいちいち答えているが、自分たちに気づくと少し綻んだ顔で近づいてきた。


「本当に、驚きました。無事で何よりです」

「わざわざ出迎えご苦労さん」とシュライゼがニコニコと返すと、ユスランは冷たい視線で「あなたのためではありません」と返した。

「心配かけたな」

と言うとユスランは黙って手を差し出してきた。

「?」

何かわからず自分はその手のひらを見たがユスランは小さく言った。


「足、怪我してますね。歩き方を見ればわかります」

沈痛な顔で見つめるユスランに、居心地が悪くなった。


何故か、気分がもやもやする。


「大丈夫だ、問題ない」

言い終わるかどうかで、突然ユスランに手を引かれ、腰に手を添えられる格好で無理やり支えられたことに思わず息を飲んだ。

「!」

「随分軟弱な体ですね。甘い物ばかりでは成長しませんよ」

がっしりとしたユスランの体は、自分とは比べ物にならないとは思ったが、少し気恥ずかしくて反射的に顔を伏せた。

………。

「お前、過保護すぎない?」

そういいながらもシュライゼは入口の大きな扉を開けてくれた。


扉の向こうで侍女たちは「おかえりなさいませ」と深くお辞儀をしたが、ユスランに半身を預けた状態の自分に気づいた彼女たちは慌てたように医師を呼ぼうとした。

「待ってくれ。大したことないんだ」

大袈裟になることを避けたかったため丁重に断りを入れた。


「あら。なんて羨ましいの!あたしも怪我しちゃおうかしら」


ここにもいたお気楽な一人が、階段上から駆け足で近づいてきた。


「イケメンに付き添われて……何て贅沢!」

目の前に仁王立ちするレイは、グイッと引っ張ってユスランから自分を強引に引きはがした。

「お、おい…」

支えられるというか、腕を掴まれてるような格好だ。

凭れかかって初めて気付いたが、レイはかなり長身で、口調は女だが、屈強な男なんだと実感した。


思わずポカンとするユスランに、口元を抑えたシュライゼは隣で笑いを堪えている。

「なにを、するんだ」

何か悪さをされる気がしたが、口を尖らせてガミガミとレイは反論した。

「ユスラン様に凭れるあなたを見るよりも……あたしがあなたを安全に引っ張って行ってあげるって言ってんのよ!目の毒なのよ!目の毒!!」


そういう言い方されても、礼を返すべきか?

とりあえず支えられながら部屋に運んでくれたので、丁重にお礼を言った。

預けた教本をレイから回収すると、扉を閉める瞬間、意味深な助言を口にした。

「あなた、せいぜい気を付けることね。どうせ嫌がらせにあってるんでしょ?」

「どういうことだ」

焦る自分の瞳を察してか、レイは意地悪な笑いを向けた。

「そんなこと、あたしくらいになると耳にはいってくるのよ。とにかく!」

扉の隙間に顔だけ差し入れて伝えてきた。


「忠告よ。あなたが強いことは知ってるけど、極力夜の訓練だけは避けることね」



パタンと静かに扉が閉まり、静寂が部屋の中に広がった。



夜に外で訓練していることをレイは知っていたのか。

忠告など、自分には不要だと心の中で言葉にすると、何故か胸が痛んだ。


今日の一日はとても長かった。


いつも通りのはずなのに、今日は何故か、人が優しく感じた。

落ちた谷底から一人、学校へ向かう中で、ここで自分がいなくなっても誰も気にしてくれないと思っていた。それでも、自分の頭をかすめたのは馬鹿馬鹿しい最近の出来事だった。

シュライゼとユスランの何気ない口喧嘩や、レイの高圧的な態度が次から次へと浮かぶ。

結構、危険な目にあっているはずなのに、緊張感がない自分はどこかおかしくなったのかと思ったほどだ。


自分がよくわからない。


それに、こんな足じゃ訓練どころではないし、実技の授業にも影響が出そうだ。

これからは相当用心した方がいいだろう。万が一犯人が見つかったとしても、反撃することで逆に上げ足を取られそうな気がするから、隙をつくらないことに専念すべきか。


教本を机の上に置いて、暗くなる窓の外を見た。


本業を忘れて、全く無駄なことばかりに気をとられるのは理不尽だ。

自分は色々なことを勉強して、強くなって、ただ大切な人のために生きたいだけなのに、それ自体も許されないのは仕方がないことなのか。


自分には、わからないことが多すぎる。


ベッドに腰掛けると何やら力が抜けて、そのまま寝転がった。

ちょっと衝撃的なことがあったからか、気持ちが動揺しているのかもしれない。


弱くなったものだ。

今まで生きてきた中で、もっと危険な瞬間はいっぱいあったはずなのに。

今は悲しげなユスランの顔や、笑い飛ばすようなシュライゼの顔や、ガミガミ行ってくるレイの顔や、走り回る侍女の様子が浮かんだ。


胸元から石を取り出して握ると、自分の体温で温かくなっていた。


不思議な色。


ロクシアはこの石を何て呼んでたんだろう。

何か名前で呼んでいたような気がする。

それに、これは石ではなくて大変貴重な木の樹液が固まったものだとも言っていた。


あれはいつだったか、記憶が残っている中で一番古いものだ。



この石の原木を見たいかと問われて、自分は見たいと返した。

それではずっと向こうの国を越えなければならないと言って、それでも行くかと尋ねた。

自分は、それでも行きたいとロクシアにお願いした。


あぁ、そうか。そうだったな。

今思い出したが、エーベルハルトへは自分がお願いした旅だった。


もしかして自分だけが「二人の夢」と、勘違いしていたのかもしれない。


ロクシアは旅の途中で、そんなところへは行きたくなくなって、去っていったのかもしれない。

もしそうだったとすれば、


ロクシアの夢って、なんだったんだろう。



眠気と疲労で意識が朦朧としてきた。

石を両手でギュッと握って、覚えたレイモンド村の歌を口ずさんだ。

空と風と野原の歌だ。

部屋に響く今では懐かしいメロディが、始めは孤独で寂しい隙間を埋めていくように感じた。

穏やかな曲調に村人の顔を一人一人重ねることが出来る。


だが、空間に溶けてなくなる旋律は、逆に静かな夜を浮き彫りにしただけだった。

エーベルハルトも、レイモンド村も随分遠くなってしまったな。


自分はどこへ向かっているのだろう。

サビに差し掛かった時、緊張が解けたのか目から一筋の涙がこぼれた。

風は独り言のように問いかける悲しげな歌詞なのに、メロディは軽やかに温かい。


自分も、歌の中の風のように、誰もこの気持ちに道しるべを立ててくれない。

学校に来て、こんなに人恋しい気持ちになったことなど、一度もなかったのに。

ロクシア。ミネア。


人恋しいという気持ちを忘れることが出来るほど、自分は強くなれるのかな。



自分は初めから一人で生きていくなんて自信はどこにもなかった。

足がズキズキ痛むからか、どんどん気弱になる自分は丸くなったまま、夢の世界に引きずり込まれた。


夜が深まるほど、自分を黒く塗りつぶすようだった。

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