第012話 女みたいな男 * 学校〈リュカ〉
リュカ目線。
この男は、なんだ。
食器を持って立ち尽くしている自分に、侍女が気を遣って横から「リュカ様、食器はわたくし共が片づけますので」と無駄のない動きで食器を取り上げた。
会釈して返したとき、目の前の女口調の男がその侍女に言った。
「こんなガキみたいな子よりあたしの方が断然、綺麗よね?」
突然巻き込まれた侍女はオドオドした様子で「え……あ……」と言葉にならない声で返した。
組んだ腕と切れ長の目が威圧的な印象を与える。それに印象は、シュライゼと同じくらい派手だ。
食事を終えたシュライゼとユスランが、一歩開けたところで会話している。
「誰なんです?」
「知んないの?今年の新入生って変わった奴多いけど、そん中でも上位に来る男だよ。確か、レイとか言ったか?変わり者度合いはお前らと五分五分ぐらいだろな」
「……いえ、それを言うならあなたも決して負けてませんから」
ということは、同じ学年か。大人びているから年齢は数年上なのだろう。
フンと鼻をならして顔を近づけてきた。
「綺麗な目の色ね。あたしの目には負けるけど」
「一体何なんだ」
「何って、あんたが気に食わないのよ!」
突然細くて長い指で、乱暴に顎を持ち上げられた。
近づく顔は冷たく整っているため、ある種の凄みがあった。
「あたしがこの学校で一番美しくて賞賛されるはずなのに、なんであんたみたいなチンケで貧乏人風情で野蛮で名も知らないような子に、話題を持っていかれなきゃいけないのよ」
………。
ポカンとしたままその態勢で勢いにのまれていると、ユスランが冷静に声をかけた。
「とりあえず場所を変えませんか?」
横目で見るとシュライゼは吹き出しそうな表情で口を押えており、周りに好奇の目を向けた者が何人も集まっていた。
ユスランは別として、シュライゼといい、このレイという男といい、自分の周りには変な人間が寄ってくるのは何故だ。
「さっすがぁ。ユスラン様は色々なことをよく御存じなのね」
パクパクとこの男が口にするのはファオンだ。共有スペースで何故か食後のひと時を楽しんでいる。
自分には最優先ですべきことがあるのだが、無理やりシュライゼに座らされて、拷問のようにファオンを食べるこの男の話を長々と聞かされている。
「なんなの?あんたも食べたいの?」視線に気づいたのか自分に尋ねる。
「いや、結構」
ユスランに薦められた香りの高いお茶をすすって気持ちを落ち着かせた。
「あたし、多分このファオンより美味しいの作れるわ」
「料理もすんの?アンタ珍しいな」
シュライゼの一言に気をよくしたのか「これからの男は何でも出来なきゃダメなのよ」と得意げに顔を上げたが、ユスランは笑顔で「リュカと同じですね」とこっちを見て笑った。
「何?このチンケな子も料理するの?」ムッとした表情でこちらをにらむ。
「チンケは余計だ」
「あたしはね、各国の津々浦々の料理をたしなんでるのよ?高級料理から庶民の料理まで幅広くね。じゃあ訊くけどあなたの得意料理は何なの?」
自然とため息がでる。何かとつっかかってくるこの男は、とにかく自分のことをよく思っていないらしい。
何故かと言う理由は、驚くべき内容の薄さだったのだが。
『2年で一番おしゃれさんのシュライゼ様と、1年のサラブレッドと言えば、ハイグレード且つイケメンのユスラン様とこの二人の競演なんてまさに奇跡としか思えないのに、その中に、何?チンケなお子さまが一人混ざってるって言うじゃないの!で、何よ皆、美少年美少年って、あたしの方がよっぽど綺麗じゃない!
夢の競演の中に居るべきはあたしなのよ!あなたじゃないわ!』
至極どうでもいい宣戦布告されて、買わなくてもいい喧嘩は買うなとロクシアの教えにもあったのでとりあえず立ち去ろうとしたが、ぐいっと服を引っ張られ、それから暫く様子をうかがっていたユスランがやれやれと言った様子で止めに入って、どういう成り行きか、こうしてここにいるのだ。
少しでも気に入らないと、この喋りが止まらないので、あまり刺激しない程度に返答を返している。
訓練よりも疲れるのは何故だ。
「得意料理は保存食だ」
「ほぞん、しょく?」
興味津々に見つめてくるので咳払いをした上で説明を追加した。
「狩ってきた肉をすぐに捌いて塩漬けにする。その後の加工は、腸に肉と香草などを詰めて低温で蒸しあげる料理や、密閉した鍋に香木を敷いて燻した肉を薄くスライスして、乾燥パンに巻き、そうだな、甘めのタレをかける料理も絶品だな」
自分としたことが、料理の話を振られて予想以上に語っていたことにハッとした。
「……聞いたことないわ。しかも、狩りから始めるところがプロっぽいわね…」
不服そうに顔をゆがめると、シュライゼは笑いを堪えながら下を向いたが、ユスランは関心を示したように会話に加わった。
「すごいですね。聞いているだけで美味しそうです。一度わたしも食べてみたい」
「うん。ユスランの口に合うかは保証出来ないが」
「ユスラン様。あたしの料理も食べて頂きたいわ!」
裏表のない笑顔でユスランは「是非」と笑った。
そして、時間的に、今日は夜の特訓はあきらめるしかなかった。
用意された温かい湯で硬く絞り、全て脱ぎ捨てて軽くなった体に押し当てた。首元がじんわりとぬくもり、えも言えぬ心地よい感覚が広がる。
汗まみれの体を清拭するこの時が一日で一番贅沢と思える時間だ。広めの水桶に湯を薄くはり、浸かりながら今日の出来事を振り返った。
いつもより遅い時間になったのは、あのレイという男の所為だ。話し始めると止まらないし、なんだかんだ言いながら3人の中に馴染んでいった。
毛嫌いされているようだったが、本心から嫌われている訳ではなさそうな気がする。
変だが、どこか憎めない男だと振り返ると自然と笑みがこぼれた。
手元にある石鹸を取ると水を含ませ足に滑らせた。泡の中から広がるスッキリとした香りが部屋の中に広がった。
ここでは、高級品である石鹸も種類を選べるのだ。
こうしていると一生分の贅沢をしている気分になる。全身を綺麗に洗い上げるともう一度水桶に座った。
湯を掬い上げて見つめると、湯気が立っている。
ロクシアにもこんな生活を用意してあげたい。いつもそう思っている。自分が強くなってお金持ちになったら…。
甕のお湯を肩から掛けると、今日の疲れが吹っ飛びそうだった。
ここでこうして水をこれほど贅沢に使うことなど生まれて初めてだった。希望したならば希望した量だけ用意してくれるということも信じられない。
貧乏性なのか自分は甕を3杯もらうだけでも気が引けて、初めのうちはどう使おうかと頭を悩ませたほどだ。
それに、見渡す部屋は排水設備の整った入浴専用の部屋。自分にとってはこの上なく有難い。
誰かに見られることもなく裸になれるのだから。
胸は布で硬く縛った上に、昔から使っている細い鉄を編んだ上着をがっちりはめなければならない。
それは毎日欠かせない習慣で、体の線を悟られないようにするためだが、最近はこれに少々息苦しさを感じる。
できれば一回り大きい物を購入したいが、ここの侍女に頼むわけにもいくまい。
冷たい手触りのそれを持ち上げて体に装着することが憂鬱で一旦脇に置いた。
女として生きたならこれを着る必要もないのだろうが、そんな人生は自分のものではない。
壁に吊るした不思議な色の石を手に取った。ロクシアがずっと身に着けていた石のペンダントだ。
あの日。これを置いて彼はいなくなった。
首からかけて、胸のくぼみの素肌に触れた石はひんやりとして心地よかった。濡れた髪を乾かしながら磨きこまれた鏡に裸の自分を投影する。
筋肉は衰えていないが、少し前より丸みを帯びているようだ。
どう願っても、男の体を手に入れることなどできない。自分で作る他にないのだ。目をそらして素肌に服を羽織った。
『今後、甘い物は控える』
毎日書いている日記にはそう記して就寝した。




