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Viva la Vida| 男装彼女の素性について  作者: みやつゆ
第02章 士官学校時代前編
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第010話 ずっと一人 * 学校〈リュカ〉

リュカ目線。

先ほどの建物はシュビテル女官学校で、メイリンはそこの学生らしい。

因みに、先程一緒に来た二人も同じくそこの生徒だそうだ。


女官学校とは主に上級女性王宮貴族の護衛等を養成する学校とのことで、あまりその存在は知られておらず、一部の上流階級の者しか入学も許されていない。

ブラントクイント士官学校と並ぶほどの名門校であり、主に軍人は娘をここに入学させることが一つのステータスとなっているそうだ。

それは、隣にある軍人として出世が期待されるブラントクイント士官学校の学生と『出会う可能性が高い』ことが大きな理由だそうだが、純粋に『学校は学ぶところ』と思っていた自分にとっては全く理解が出来ない。

学生も、その親の意図する思惑を背負って入学しているケースが殆どであり、ここで学ぶ期間中に、『将来性のある士官学校生を射止める』ことを主目的にしている学生も少なくないという。


で、年に一度ある両校の合同舞踏会で知り合い、意気投合したメイリンとシュライゼ二人でこれを逆手に取ったビジネスを密かに始めた。

それは、メイリンが決まった日に出会いを希望する女性を門の外に連れ出し、シュライゼが士官学校から連れてきた男性と引き合わせるという流れで、女性が希望する男の『ランク』によって料金体系を変え、その『ランク』に応じた男性をシュライゼは学内で声をかけて連れてくるというものだ。

士官学校も男ばかりのため断る学生など殆どいない。

引きあわせた後は女性側から報酬をもらい、それをメイリンとシュライゼで折半する。当然、取り分はリスクを背負っているシュライゼの方が多いといった仕組みだそうだ。


「黒将軍、事前情報通り堅物っぽいっていうか、浮いた話には縁遠そうな男よね。

 あの子たち相当金持ちなのよ。今までにない破格の報酬だったもの。まぁ確かに、セブシェーン家とお知り合いになる機会なんて普通ないもんね。

 お金持ちだったらお金積んででもセッティングして欲しいとか思うのかも。

 シュライゼも、そんなことだから綿密に黒将軍連れてくる作戦を練ってるもんだと思ったら、まさか入学早々連れてきちゃうなんて、ホント驚きよ」


女とは一呼吸でよくしゃべるもんだと感心していたら、メイリンは「あなたも、どうやって連れてこられたの?」とふいに訊ねられたので、包み隠さず「強制的に引っ張ってこられただけだ」と答えた。

「そんなことだろうと思ったわ。ユスラン様、怒ってたもんね。

 シュライゼも頭いいんだか悪いんだか。いつもはもっと慎重なのに。

 失敗する可能性なんて考えなかったのかしら」

確かに言われるがままに連れてこられたが拒否することも出来たはずだ。

ユスランは知らないが、自分は少し楽しんでいる節もあった。

あんな強引に関わりを持とうとする同世代が今まで周りにいなかったから、逆に警戒心が薄れていたのかもしれない。


自分と他人の間にはいつも一定の高さの壁が立っていた。

人間は難しい生き物だからとロクシアは常に言っていたから、客観的に観察することが習慣になっていたのだ。

だが、あの男は自分が壁を作る前に、土足で中に入ってきたようなもんだ。

シュライゼに強引に引っ張られ、どこに向かうのかわからないながら、何故か自分もユスランも一緒に走っていたことは事実だ。

……それも悪くないか。

おかげで、『能天気野郎』発言でユスランの新たな一面も見れたことだし。


「眉間のしわが薄くなった」


物思いに耽っていると、メイリンはじっと自分を見つめていることに気付いた。

「難しい顔してない方がリュカ君に似合ってる」

どう返していいのか、咄嗟に言葉が見つからなかった。

「黒将軍も噂通り紳士で素敵だけど、あなたも相当綺麗な顔立をしてるから人気出るでしょうね」

「自分はそういったことに興味がないからお断りだ」

「そう言うと思った」

メイリンはクスクスと笑って言った。


「あなたはビジネスでお誘いしないわよ。あたし、気に入った子は自分だけのものにしたいタイプだから」


飄々とした顔で言う彼女は、今までの取り繕ったような違和感のあるものじゃなかった。

落ち着いて美しく、挑戦的な微笑で「冗談よ」と付け加えた。


そして距離を少し詰めてきたので反射的に逃れようとしたが、一定の距離で彼女はじっと自分を見つめただけだった。

「折角だったら昼に見たかったな。あなたの綺麗な瞳の色」

「………」

人の顔を臆することなくこんなにも真正面から見れるものだな。

顔を伏せたい気分になるが彼女からも目を離せないでいた。

何通りも顔を持っているかのように、彼女の「人となり」が掴みにくい。


「透明感のある疑いを知らなさそうな美しい瞳。社交界の中でどうやって生きていくのかしら?」


独り言のように呟く。隙のない黒い瞳は何でも見通すような不思議な色に見えて少し怖くなった。

「社交界?」

「あそこの二人なんて、相当場慣れしてるじゃない」

ユスランもあれほど怒り心頭だったのに、ランプだけの光でその表情までは見えないが女性に対してそれなりの受け答えをしているようだ。

そしてシュライゼも上着をかけてやるなど紳士的な対応をしていることがわかる。


女性を前にすると、男は変わるのか。


「意外だな」

「当然でしょ?優秀であれば卒業後国家を代表する人材になるわけだから、それなりの嗜みが出来なきゃ。

 って、ごめん。『王宮』住まいだから慣れてるよね」

「いや、全く。自分は彼らと違う」

「どういうこと?」

「そもそも、学校へ通うこと自体が初めてなんだ」

「今まではご自宅で専属の、ってこと?」

「いや、そうじゃない。生きるために必死で、学校へ行く機会がなかったということだ」


一瞬彼女の息を飲む音が聞こえた気がした。

「ごめん。言ってる意味がよくわからない」

「だろうな。自分もよくわかってない。この状況を」

それでも彼女は視線を逸らさないが、探るような目つきが真顔になったように思えた。


「……あなた、ご出身は?」

「知らない」

目を丸くするのは当然の反応だ。今までこんな説明を幾度となくした気がする。

通例通りなら茶化しているのかと憤慨されるのだが、意外にもメイリンは困惑した表情で質問を続けた。

「最近までどこに住んでたの?」

「国境のレイモンド村だ」

「国境の、知らないわ。ご両親も?」

首を振ると「居ないの?親戚も?」と続いた。


「じゃあなぜ?『王宮』に……」

何故かはわからない。

「そんなの、ありえないわ」

あえりえない。


そんなことは、自分も知っている。

黒い瞳が何を考えているのかわからない。


いや、これは、軽蔑か。

人は序列で判断したこの瞬間に、大きな溝をつくる。

何故かチクチクと心が痛んだ。


「そうだな。全くだ。ありえない。

 両親もいない、故郷もない、誰もいない。お前にとってはありえないことだろう」


何故か、いつも以上に苛立っている。


出身は?学校は?なんて、何度も訊かれた話じゃないか。

今更何を苛立っているんだ。

特にそんなこと気にも留めなかったじゃないか。動揺する必要なんてないだろう。


「誰もいない。ずっと、一人だ」


何故自分はそこで笑ったのかわからない。


「……ずっと、一人?」


消え入るような声が、暗い闇に溶けた。

困惑した表情で大きな目を見開いた彼女が目の前にいた。


『ずっと一人』


彼女の口から咄嗟に出た言葉を無意識に反芻すると、残酷に自分の心を切り付けた。

相対する、真っ直ぐなメイリンの黒い瞳の中に浮かぶ自分が、その闇の中に幽閉された囚人のように見えて、言いようのない悲しみが襲ってきた。


何を弱気になってるんだ。

与えてもらったこの機会を通して、ぬるま湯に浸かったような連中よりも、自分は実力で勝てる自負があるだろう。


そのために、強くなったじゃないか。


言い聞かせる言葉を打ち消す程胸の痛みが、なんなのか感覚的にわかっている。


けれど言葉にはしたくない。


「……悪いが、帰らせてほしい」


メイリンは何かを口にしようとしたが、聞く気にもならず「一人で帰るからと伝えてくれ」と一方的に話を打ち切ってその場から離れた。



通ってきた暗闇の道を歩いていると、後ろからユスランとシュライゼが追いかけてきた。


「突然どうしたんだ?」

「何でもない、少し疲れただけだ。用事は終わったのか?」

「用事なんてありませんよ。私も帰る機会をうかがってましたから」

「そうか」


速足の自分に、それ以上何も聞かない二人が有難かった。


「と言いますか、シュライゼさん。あなたは何なんです?帰っていろいろお聞ききしたい」

「だから、シュライゼでいいって。けど、あんたも結構楽しそうにしてたじゃん。左の子。結構胸でかくてムチムチってしてて、お前も見たろ?」

「何、言ってるんですか」

「あれれ、耳赤くね?そっち系ダメな人??黒将軍超かわいい!」

「……」

「あ。それとぉ、途中で切り上げたから報酬が減るんだよね。あんた金持ちだったよな。今月厳しくってさ。補填してくんない?」

「…貴様……」


知らない間に仲良くなっているみたいだし。


『ずっと一人』

そのフレーズが頭から離れないが、少し苛立ちが収まったのは彼らのお蔭だろう。



______________________




『合格お祝いの手紙ありがとう。けれど、いつになったら会えるのか』


今日、入学して初めて日記をつけた。

これが伝わる日が来るのだろうか。


日記帳は、ミネアからもらって習慣としてつけるようになった。

蝋燭も沢山支給されたから別に気にすることもないが、これも習慣だ。

勿体ないとロクシアに言われそうだから吹き消すと、周りは静かな闇に覆われた。

自分は夜目が利くから、月明かりだけでも十分身支度が出来る。


日記帳を閉じて、誰にもわからないようにベッドの下に隠した。

ロクシアがいなくなってからずっと書き溜めている。


色々な出来事を彼に知ってもらうために始めたことだけど、いつ頃からか忘れたが、違う意味を持っているような気がする。

これはもはや、他人に言えない辛いことを聞いてもらえる存在だ。


そう考えると、『一人』と返した彼女の言葉が、本来の自分を浮き彫りにさせた。


---------『ご両親も?』


親など知らない。


そもそも、自分にはロクシアと旅を始める前の記憶がないのだ。


旅の途中で自分と同じ境遇の者など山ほどいたが、

人同士がつながりの強い集落で、両親や親族とは大きな意味を持つ傾向にあるらしかった。


だが、自分には必要ない。

ロクシアはそんなことは思い出さなくてもいいと言ったから。


誰の子供で、どこで生まれてなど、知る必要なんてない。

自分には必要のないものだ。

ロクシアがいれば。

強くて大きくてあったかいあの存在以外、他に誰もいらない。


会えないのは、自分がまだ未熟だからか。

一人前の大人になれば、戻ってきてくれるのか。


ロクシアに、早く会いたい。

どうすれば、会えるの。

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