第113話 なんでわかったんだろ * 女官学校〈キリエ〉
キリエ目線。
(043話 合同舞踏会でリュカと踊った子です)
「何よ鼻歌なんか歌っちゃって、一体誰からよ?」
面白くなさそうにメイリンは寝台に寝そべりながらこちらを見た。
今日は久々にセツ姉様から手紙が届いたんだ。
一日の終わりに開封するって決めてる。そうすると、一日元気に頑張れそうな気がするから。
で、ようやく夜になって寝る時間。待ちに待ったタイミングで封を切った。
「秘密~」
「わかってんのよ。どうせ男じゃないんでしょ?」
肘をつきながら、どこから取ってきたのか教官しか持っていないだろう瓦版をぺらぺらと捲りながら言った。
「うっさいなぁ。誰でもいいじゃん」
あたしの気持ちはその手紙に夢中だ。流れるような女性的な筆跡に、知的な文章。
誰もが憧れる女傑!あたしの理想をかたちにした『出来る女』の象徴だ。
手紙をもらえるなんて、あたしくらいじゃない?侍女の子たちは皆羨ましがるだろうなぁ。
ふふ。もらった手紙は全部きちんとしまって何度も何度も読み返すんだ。
内容は決って国の季節の移り変わりの情景から始まって、やはりフェンドレ様のこと。そして、国情。他愛もない城内の日常について。
あたしのために学生生活を想像して姉様なりのアドバイスが添えられ、最後はあたしの体調を気遣い健闘を祈る言葉で締めくくられる。
セツ姉様もお忙しいから、はやる気持ちを抑えてすぐに返答を書くことはしない。
あたしだってそれくらい考えるし!
「ふーん。女の人ね」
音もなくすり寄ってきていたのか、メイリンは上から盗み読みをしていた。
「うあっ!って、もう!勝手に見んなよ!」
「いいじゃない。減るもんじゃないんだし」
「減る!」
と冗談で手紙を隠すようにすると、面白くなさそうにメイリンは膨れっ面になった。
「いいなぁ、手紙」
ポツリと別に深刻そうじゃなく言ったけど、その言葉の裏側を読んでしまう。
メイリンはおしゃべりだけど、自分の事、全く話そうとしないんだ。
たまたま部屋が同じってだけで必要以上の身の上話とかしたことないけど、あたしはこの子とは馬が合うってか、勝手にそう思ってる。メイリンの気持ちは知んないけどね。
あたしもあんまりメイリンに自分の事言えてないから、他人の事言えないけど。
他の子だったら話の中に家の影とかあるけど、メイリンには一切ない。
所作を見ると相当レベル高い家柄っぽくて、恐らく学内トップクラスに目を惹く美人でナイスバディだし、どこのお嬢かしんないけど……昔の、あたしみたいに孤独な顔が覗くことがある。
このお嬢学校通えてるくらいだから、性格的なもんかもしんないけどね。
今日のお楽しみを読み終えてから、寝台に胡坐を掻いて言った。
「……姉様なんだ。大切な姉様」
メイリンがこっちを見た気がしたから、調子にのって笑いながら続けた。
「めっちゃカッコいいの!頭がよくて、皆の憧れなんだ」
ニッと笑うとメイリンも同じく優しく微笑んだ。
「へぇ、お姉さんかぁ」
「うん!そう。姉様みたいになるのがあたしの夢」
と言って、いつもの通り、里帰りした時にもらった腕輪を握ろうとした、その時だった。
「ぬあああああ!!!!!」
無い!
メイリンは奇声を発するあたしに目を丸くして「き、キリエ?」と声を掛けた。
無い!無い!!
寝台から飛び起きて、その場周辺、引き出しの中、ないとは思うけど色々なところをくまなく探す。
「どどど、どうしたの??!」心配そうに言うメイリンに、あたしは半泣きになって言った。
「無い!腕輪がっ!!」
「え?あ、いつもしてるアレ?」
「うん!!姉様に貰ったの……!」
すると、メイリンも夜中なのに、部屋の家具を移動させてまで探すのを手伝ってくれた。
……汗だくになってまで二人で探したけど、結局見つからなかった。
諦めきれない気持ちだが、ため息交じりに言った。
「……メイリンもう、いいよ……ありがと」
寝る時間に、メイリンに迷惑かけてるし。
最低だな。
ありもしないような隙間に手を伸ばしながら彼女はこちらを見た。
「大切なものなんでしょ?」と。
「それはそうだけど……」
何かを掴んだ様子でハッとしたメイリンは嬉々として引き上げたことに、若干あたしも前のめりになって期待はしてみたが、ほこりまみれになったアクセサリーが出てきたが、それじゃない…。
「……こんなタイミングで見つかったぁ…。…って、はぁ……ホント、見つかんないわね」とそれのほこりを払いながら机に置く。
自分のことのようにガッカリして一生懸命になってくれたことに、何とも言えない気持ちになった。
「ふとしたタイミングに出てくるかも。なっ。だからもういいよ!夜中にごめん!変な事言ってさ……」
ありったけの笑顔でメイリンに言ったけど、彼女は寝台に座って言った。
「どうせあたしが寝静まってから家探しするんでしょ?その方が迷惑なのよ」
なんか、バレてる。と心の中で思ったのが何故か伝わったのか、メイリンはニヤリと笑った。
「ホラ、あの時まだしてたよね。やっぱそうだよ!」
メイリンはかなり記憶力がいい。そして、彼女のおかげでようやく目星がついたのだ。
入浴時に外した覚えがないけど、いつものように夕食後一人で湖に走りに行った時まではあったそうだ。
ということは、湖周辺か。という仮説だ。
「……あたし、やっぱ見てくるわ!」
そう言って出かけようとすると、メイリンは「今の時間からじゃ、真っ暗だし探せなくない?」と言ってきたが、あたしは居てもたってもいられなかった。
姉様からの大切な贈り物だから。
すると、メイリンは立ち上がって、無造作にソファへ掛けた自分の上着を羽織って、ランプに火をともした。
え?
こちらを見たメイリンは口元だけでニヤリと笑って言った。
「じゃ、行きますか?」と。
一緒に行ってくれるってこと?
胸に温かい感情が流れ込んできて、「うん!」と大きく返事をした。
……何で、あたしの気持ちがわかったんだろう。
メイリンは軽い子を装ってるけど、やっぱりあたしよりも、ずっと年上なのかもしんない。
念のため剣を携帯して、メイリンの後を追って湖へと向かった。
◆ ◆ ◆
いつものロードワークの道をくまなく照らしながら、守衛に見つからないように湖に二人進んだ。
すぐに見つからないことはわかっていたけど、もう半分くらいの時点まで来ているのに、見つかる気配がないことに焦りを感じていた。
そうこの道を真っ直ぐ行くと、もう湖についてしまう。
そんな時だった。
湖の方向から複数の男の声がする。
メイリンも察したのか、二人同時にその場で止まった。
目を見合わせてから、息を潜めしゃがみこんで気配を消すようにランプの灯を足元で消した。
メイリンもあたしも、他の子達と比べて夜目が利くから特段不自由はない。
男らに気付かれないようにその場で耳を澄ますが、あたしには全く内容が聞き取れない。
けど、しばらくしてから横に控えるメイリンの顔つきが突然変わったんだ。
何かわかったのか、声を掛けようと口を開いた時、こちらを見てメイリンが小さくつぶやいた。
その表情は、今まであまり見たことがないような真剣な眼差しだった。
「キリエ」
「なに?」
「あんたは帰りなさい」
「は?なんで?」