第008話 碧眼の美少年と派手な男 * 学校〈ユスラン〉
ユスラン目線。
ユスラン様だ。そういう声が各所から聞こえてくる。
夕食後一人で『王宮』内散策をしていた。厳しいと言われるこの学校だが、寮の中だけは別世界だ。このハルネス寮は『王宮』と呼ばれるだけあって、寮生は主人同様の扱いを受ける。
侍女は一人一人寮生の名前を憶えており、ある程度融通も利き、寮生それぞれに住みやすい環境を提供しようという姿勢が伝わってくるくらいだ。
ここまでの学生寮は他にないだろう。当然、それ相応の者しか入寮を許可されないため、私にとってもそうだが、この居心地はそれほど特別なものではない。
建物も床は歩くと所々軋んでいるが、細部に至るまで見事に磨き上げあげられ深みのある光沢を放っているところなど、家が所有する築年数が古い海辺の別荘とよく似ている。
観察すると手すりなど欠けたであろう装飾の補修もうまく新しい材料で継ぎ足され、見た目に気づかないほど違和感がない。
歴史の古い名門校の寮だ。恐らく相当の文化的な価値があるのだろう。
私の心の師であるとともに、現学校長のレヴィストロース様もここのご出身であると聞く。
その頃から建物が変わらないことを考えると、若かりし日のここで過ごされた毎日がどのようであったのかと想像するだけで興奮する。
レヴィストロース様のように華々しい軌跡を残せるとは思わないが、ここで成すべきは「家」が納得するようなある程度の結果を出して卒業すること。
日々の生活や他人との関わり合いなど、一切期待などしていなかったのだが。
窓辺におかれた椅子に一人座ると、近くの者が数名遠慮がちに会釈をして席を離れた。
窓の外の木の陰の隙間からうっすらと明るい闇が覗く。
同世代の者達がガヤガヤ言っているのは思って程悪くはないし、本当は家柄などと切り離された場所で学生生活を送ることが出来たならと思わなくもないが、
こうして見ても社交パーティーで一度会ったような顔ぶれが多いため、私がそれほど珍しい存在ではないことを考えると実際他の学校よりも自分らしく自然に居られるのかもしれない。
それに、あの試合は生涯忘れられないくらいの衝撃だった。
血に飢えた獰猛な獣が獲物を捕らえるかのように、的確に人の急所を狙う様。圧倒的な自信と余裕に満ち若干楽しげに思える手慣れた剣捌きは、
まさに狂気の沙汰かと思えた。
その一振り一振りが冷酷で、試合というよりも殺し合いのような気迫に、全身に電流が走ったかのような感覚に襲われた。
ただ強いというものではない。私が今まで教わった枠を超えたあの型は、恐らく彼が自ら培ったものだろうか。
こんなに心を震わせる者に出会うとは思ってもいなかったというのが正直なところだ。
だが実際、あれほどの圧倒的な存在感だった男が意外と小柄で驚いた。対戦者から因縁をつけられていなければ、結局あれが誰だったのか見当もつかなかっただろう。
それに、
『ユスランは、自分みたいなのと一緒に居るのはよくないんじゃないか』
嫌でもすり寄ってくる者は多くいるものだが。本当に変わった子だ。どこか知りたいと思わせるような魅力のある、不思議な少年だった。
知らず知らず自分が笑っていることに気づいて口元を結びなおした。
見た目は相当みすぼらしい様子だったので同じ寮だったことに、驚きを隠せなかった。倹約という言葉は私も好きだが、あれはその域を超えている。
それに彼は、学校が初めてだと言っていた。剣の腕では申し分ないが、本当に学校を行かずして入学できるのだろうか。
私だけではない。誰もが疑わしく思うはずだ。
軽く目を閉じると、騒がしくもパタパタと音を立てて何かが近づいてきた。
「ユスラン!」
その場に居たものは全員ビクッとして声の主を見た。
呼び捨てにされることに慣れていない自分自身も座ったまま躊躇いながら振り返った。
誰だ?
見たことのない、褐色の肌に映える見事な碧眼の顔立ちの整った美少年が眉を上げていた。
「別に服がほしいと言った訳ではない。こんなことをされても、君に返すお金も持ってないんだ!」
何だ、一体。
とりあえず、椅子をすすめると軽く会釈をして飛び乗るように座り向き合った。
親しげに話すものなど誰一人いないはずだが、誰かと間違っているのか?
「ええっと、あなたは?」
「いい加減にしてくれ。頭でも打ったのか?リュカだ」
「リュカ……」
聞いたことのある名前だったが誰だっただろう。相手が知っていて自分が知らないケースはよくあるが、その場合は相手もそれを承知してあまり深い話題を振らないことが多い。
しばらく二人の間に沈黙が走った。
周りは興味津々でやり取りを皆見守っているようだ。この見たこともない美少年とユスランはどういう関係なのかと。
「リュカ」
もう一度口に出して下から上まで見たが、記憶している人物と一致しない。
ただ、あの入試の際、目を見張るような動きの中に、一瞬野獣のように光った青の瞳を思い出してまさかと思ったが、眉を寄せて首を傾けた。
「リュカ・フェリクス・グレイだ。もう忘れたのか」
「!」
人はこれほど代われるものか。
身なりをあまりにも気にしているようだったので、そういえば部屋を出たとき侍女に一言言って用意させたのだった。
その際髪も綺麗に整えてもらったのだろう。どこから見ても先ほどの者と同一人物とは思えない。
驚くほどの変貌ぶりに軽く声を上げて笑ってしまった。様子をうかがっていた者たちは、意外にも声に出して笑ってしまった私とその美しい少年にも驚きを隠せないようだった。
『ユスランに破顔させる美少年は何処の貴族の者だ』と、口々に噂をしているが、誰も思い出す者などいないだろう。
「……失礼。驚きました…」
「いや、この服のことだ」
至極真面目な顔で追及してくる。大した物ではないのだが。
「お気に召さないのですか?」
「違う。自分はお金を持ってない!」
「お金などいりませんよ。それは私からの……」
「ロクシアは『ただ施される物ほど高い物はない』と教えられた。着てた服が侍女に捨てられてしまったからすぐに返せないけど、稼いでなんとかするから」
アタフタ具合に吹き出す者もいたが、皆一様に心が和んだようだ。
「よくわかりませんが、では、出世払いということで」
「出世はするつもりだから、そうしてくれ」
そう発した言葉に、周囲からはクスクスと声を殺して笑う声が聞こえた。
まさか自分が、他人の輪の中で笑いものになる日が来るなど思いもしなかった。
すると、軽い感じの男が、静かに見守る野次馬の隅の方からゆっくりと歩いてきて突然声をかけてきた。
「黒将軍が『出世払い』だって。ホント噂よりもとっつきやすそうじゃん」
白に近い金髪の軽そうな男が、にやにやと笑っていた。
他とは一風変わった砕けた口調で堂々とした態度のこの男は何者なのか。
知らない顔だったが、周りの者は知っているようだ。
リュカに向き合って彼は言った。
「まぁ、お前、一般常識として知っておいた方がいい。このユスランってやつは、服の一着や百着くらいなんてことないお金持ちなの。わかった?」
ポンポンと何の遠慮もなくリュカの頭を撫でた。なんだこいつは。無遠慮にもほどがあるだろう。
「君は?」頭に手を乗せられたままで、リュカは男に尋ねた。
「この学校の2年生。シュライゼ・ミュラー」
シュライゼ・ミュラー。大体家は把握しているが、聞いたことがないな。
長髪で白に近い金色の髪を後ろで無造作に束ねた派手な印象の男。
砕けた服装で珍しい着方をしているが違和感もなく、むしろ洗練されて見える。
男は一瞬、試すような顔でこちらを見た。
「ユスラン・セブシェーン。王家に仕える有数の軍人家系の秘蔵っ子。物静かな黒将軍って言われてるよな」
ニコっと笑って見せたが愛想笑いでもない妙な接し方に、どうしていいかわからず一歩ひいたが男はおかまいなしだった。
「お前と比べて全くの小市民だけど、俺も仲良くしてくれ」
手を拭いて差し出した手は、剣を握る者が出来る豆が何度も潰れたような硬く頑丈な手だった。
この言葉を聞くのは本日二回目か。
まだ気を許した訳ではなかったが、この手のひらを見ると握り返すしかなかった。
握るか握らないかの瞬間に、グッと手を男に引き寄せられた
何?!
「じゃ、こっち来い」と言って、乱暴にリュカの手も引っ手繰り、シュライゼは反抗する私達を無理やり引っ張って行った。
ものすごい力だ。抵抗する隙も与えないまま私達は闇の中に連れて行かれた。
シュライゼ・ミュラー。
とんでもない男と『知り合い』になってしまった。
何故この時、私はいけ好かないこの者の手を、握り返したのか。
今更それを呪ってもしかたがないが、後悔先に立たず、である。




