白銀の若狼は咆哮する。
吹雪く雪原を相棒の雪狼でかけぬける……
装備した武具がカチャカチャ音を鳴らした。
リサ、無事でいてくれ。
俺は心の中で叫んだ。
あの時、あの女を見逃さなければ……
リサが崩れ落ちる、すんでのところでスッセリアの黒紫の聖女が支えた。
「その者は私の妻です、離してください。」
私は警戒しながら近づいた。
「倒れたから支えただけですわ。」
怪しく紫の瞳をきらめかせて聖女が言った。
「礼をいいます。」
私はすぐに戦えるようにかまえてリサに近づいていった。
「お礼なんて入りませんわ、この方は大切な方ですもの。」
なにか含むものを持った言い方で聖女が笑った。
答えずにリサを抱き上げる。
スッセリアのアーティンシア……いったいリサの何を知っているんです?
正式にはスッセリアの紫黒の聖女……希少な神聖魔法使い……その力の実態を知るものはない……か……
「妻を支えていただきありがとうございました。」
私は警戒しながら頭を下げ早々に間合いをとった。
「あら、それだけですの? 」
聖女が少し意地悪そうに笑った。
「後で礼を届けさせます。」
私はますます間合いをとって警戒した。
スッセリア聖王国は麗しき聖王がこの世界中心の至高なる大樹に仕えてるとされている……
確か、ほとんど聖王は外に出ないはずだ……
代わりに聖女、聖者と呼ばれる連中がでばってるみたいですね。
紫黒の聖女もそのひとりですけどね……
警戒を怠らないように途中で団員に命じながら部屋に戻る。
ベッドにリサを寝かせて綺麗な黒髪に口付けた。
「リサ、愛しています。」
私はそのままリサに抱きついた。
あの日……リサが雪原に倒れていたあの日……
私はあまりのリサの麗しさに一瞬、見惚れた。
黒黒とした長い髪が血の気を失った肌にかかり色気すら感じられる。
デアがなんとかしろと鼻面を押し付けなければいつまでも見とれていたかもしれない。
一目惚れでした。
彼女が覚えていたのは『リサ』と言う名前だけで不審者でしたけど……
記憶喪失で不安なのにいつでも一生懸命なリサにますます惹かれて……ときおりの悲しそうな顔さえドキリとして……保護を理由にリサにアピールしようとする団員どもを蹴散らしついに結婚にこぎつけた時どんなに嬉しかったか……
デアと雪原で咆哮を上げましたよ。
「う……ん。」
リサが身じろぎした。
「リサ、大丈夫ですか? 」
リサの可憐な頬を撫でた。
「アルス。」
妙に素直にリサが抱きついた。
可笑しい……いつもならあんまり絡みつくなとパンチの一つも飛んでくるのに。
「アルス……」
リサがあまく微笑んでキスをねだった。
可笑しい……おかしすぎる。
リサがこんなに可愛いはずない。
「あなたは誰だ。」
半信半疑で私は力いっぱいリサ? を逃げられないように抱きしめた。
「あなたの妻のリサよ。」
リサが妖艶に微笑む。
「違う……リサはそんな笑いを浮かべません。」
私はリサモドキを拘束しようとそのままベッドに押し付けようとした。
リサがスルリと逃げた。
「旦那様、そんなにきつくするとリサ壊れちゃうの。」
幼い声が聞こえて見上げると天井に貼りつくちっこいムササビが……獣人でしょうか?
私はなめられてるのでしょうか?
「降りてきなさい。」
私は起き上がってムササビをにらみつけた。
「嫌、リサは優しい主様がいいの。」
プイッと向いた姿は可愛いですが……今はムカつくだけです。
無言で剣のさやごとひきぬいて叩き落とした。
動物虐待なの〜と言いながらぽてっとベッドに落ちてきたのをすかさず捕まえる。
「どーぶつ、私が本当に虐待する前にリサの居場所を教えていただきましょうか?」
あえてにっこり微笑んでその手のひらサイズの身体を両手でつかんだ。
「ご、ごーもんされても言わないの。」
ガタガタブルブルちょっと涙ぐみながらムササビがつよがった。
いい度胸です、やってやりましょうか。
私は無言で部屋の外に出た。
「ど、どこに行くの。」
ムササビがものすごく怯えてるのがわかった。
「若長?」
部屋の前にいた副隊長のオランが怪訝そうな顔をした。
「リサがさらわれた、紫黒の魔女を拘束せよ。」
私はオランに命じた。
オランは小さく頷いて動き出した。
アーティしゃまはちがうの〜とムササビが叫んだ。
まるわかりだが……この小動物、きちんとしめてやります。
雪狼達の宿舎を開ける。
干し草が敷きつめられいて雪狼たちがのんびりとくつろいでいた。
「デア、遊んでやって。」
私はムササビをデアに渡した。
いや〜どーぶつぎゃくたいなの〜食べないでなの〜
と叫びながらムササビはデアにペロペロされまくられた。
デア達雪狼はきちんとしつけられていて与えられたものしか食べない。
デアは可愛いものずきなので思う存分可愛がれて満足したのかムササビを前足のあいだに抱え込んだ。
「なんでも教えるから助けてなの。」
ヘロヘロベタベタのムササビがウルウルした目で見上げた。
耳元に通信が来た……魔法の笛の音がオランの報告を伝える。
「デア、私は行きます。」
デアからムササビを掴んで駆け出した。
どーぶつ、ぎゃくたいはんたいなの〜。
ムササビが叫んだ。
本当にしてやろうかこの小動物。
宮廷の温室は外は雪なのにむわっとした空気にあふれていた。
団員が数名集まって警戒しているのがわかった。
オランが黙って指差す。
高いガラス張りの天井に見慣れない木々や植物……ひときわ高い木を紫黒の聖女が見上げていた。
「リサはどこです。」
私は叫んだ。
その声と一緒にアーティしゃま逃げて〜と小動物が叫んだ。
「あら、モモン捕まっちゃったの?」
わるびれなく聖女は笑った。
アーティしゃまモモンはもうダメなの〜
ってなんですか人聞きの悪い、いっそしめてやりましょうかこの小動物。
「あの方はここにはいらっしゃらないわ。」
聖女がそういって近づいてきた。
「リサは私の妻です。」
私はムササビをいつでも団員に投げられるように構えた。
「あなたは可愛いお姫様のお婿さんになればいいのよ。」
聖女が腕をかけげた。
閃光があたりを覆う、眩しさに思わず目をつぶった。
「逃げられたようです。」
オランの冷静な声にやっと戻った視界あたりを見回す。
気がつくとうるさい小動物にも逃げられていた。
「若長、若奥様は……。」
ミルファが心配そうな顔をした。
「私はあの女を追いかけます、オランあとは頼みます。」
私は信頼する副隊長のオランにつげて歩きだした
リサは……十中八九あの国です……
急がないといけない……本能がせきたてる。
外に出て魔法の笛を吹いた。
デアが勢い良くかけてくる。
装備を追いかけてきたミルファからうけとってデアと私につける。
「デア、リサを迎えにいきましょう。」
デアに飛び乗ってゴーグルをつけて首元の口覆いを引き上げた、フードを被ってぬげないように固定した。
ハーネスに身体を固定する。
合図をするとデアが走り出した。
雪のちらつく帝都を抜けて雪原を走る。
少し降っている雪がゴーグルに直撃する。
リサ、待っていてください。
きっと取り戻してみせます。
たとえあなたがなにであろうとも私はあなたの夫を止めるつもりはありません。
必ず、私の妻を取り戻してみせます。
アナタは私の大切な人なのですから……